第115話 お仕事を頑張ります

 地上の冷気に晒されながらも現在メトロで最も勢いのあるキャンプ『木星』。

 多くの駅から来訪者が訪れては大小様々な取引が行われ活気に溢れ、また多くの移住希望者が集いキャンプは日々拡張を続けていた。

 そしてキャンプの中央にあった廃墟は度重なる改修が行われ今やキャンプの心臓部と化し重要人物の仕事場兼居住地となっている。

 そんな建物の中で一フロアを丸々使用し仕事場、執務室、研究所、と最後に家を兼ねたフロアに住む事を余儀なくされた人物であるノヴァは──


「うぅ、仕事が、仕事がぁ~」


 執務室にある机の上に突っ伏して悪夢を見ていた。

 寝ていながら顔を苦渋に歪ませ口からは夢の内容が容易に察せられる寝言が零れていた。

 だが所詮は夢であり悪夢に魘されて身動きした際に発生した音でノヴァは悪夢から目を覚ました。


「ヤバい、少し寝ていたか!?」


 寝ぼけ眼で時計を見ると十分程度眠っていた事に気付き、また机に積み木の様に積まれた書類などが床に散らばっているのを見てノヴァは書類を拾う為に床に這いつくばった。


「技術以外の問題は任せる事が出来る、けど逆に言えば技術関係の問題に対処できる人が殆どいないのはヤバいな。ええと、水道、送電関係のシステムに異常なし。下水の処理機能も問題なしで野菜工場も大丈夫。後はなんだっけ? あぁ、大事な武器工房と製造所も問題なしで大丈夫だな」


 最近はザヴォルシスク郊外にまで移動し手付かずの森林から木材を調達し加工まで行うようになった事で自給が出来るようになった紙。

 メトロにおいて紙は貴重であり用途は幅広く現在はキャンプの扱う機械や補修部品等の主力商品に劣らない売り上げを出すようになった。

 だがその代償として木材加工施設や伐採機械などを新たに製造する必要があり肉体労働以外の頭脳労働は全てノヴァが行う必要があった。

 そして木材加工施設以外にもキャンプで稼働している各種インフラシステムを完全に理解できているのは現状ノヴァ一人しかいないため整備に関しては重い負担となっている。


「メッチャつらい。メッチャつらいけど、あともう少しで一通りの知識を叩き込んだ各種インフラの責任者が出来る。それまで耐えてくれ俺の身体! いや、やっぱつれぇわ。もう一歩も動けない」


 ノヴァも現状のままでは何れ大きな問題が起こると予想しているためマニュアル作成や各種インフラの整備が可能な人材の育成に力を入れていた。

 だがそれでも身体、特に頭脳労働で酷使した脳は休息を欲する程に疲労が溜まり、書類を拾う為に屈んだ床から立ち上がれない程であった。


「失礼します、ボス。もう少しで会議の時間ですが起きていますか?」


 そんな時に執務室の扉が叩かれて一人の女性が入って来た。

 切れ長の目をした美人さんであり床に散らばった書類と屈んだノヴァを見て状況を直ぐに察したのかノヴァの直ぐ傍に屈んでは書類を集めていく。


「どうやら随分疲れているようですね。会議の方は私から各部署に連絡を入れて3時間ほど遅らせましょう。短い時間ですが横になってお休みください」


「……どちら様ですか?」


「タチアナですよ」


「タチアナ、タチアナ。あぁ、タチアナさんか」


 ノヴァは動きの悪い脳から記憶を掘り起こし該当する人物を直ぐに思い出した。

 エイリアンの基地から強奪したコールドスリープポッドで冬眠状態にあった人達、その中にいた一人がタチアナを名乗る目の前にいる女性であった。


「済まない少し眠らせてもらう」


「3時間後にまた来ます。書類の方も私が整理しておくのでゆっくりしてください」


 だがそれ以上ノヴァに考える余裕は無かった。

 ふらふらとベッドに向って歩き勢いよく倒れ込むと掛け布団で全身を包み込んだ


「うう、ベッドから離れたくない……」


 そう呟いた直後に襲ってきた眠気にあっさり降伏したノヴァはベッドで小さな寝息を立てて眠った。






 ◆






 三時間の睡眠は死にそうになっていた脳を復活させるのには十分であり、幾らかマシになった頭でノヴァは会議室にある自分の席に座っていた。


「ボス、大丈夫。無理をしたら駄目よ?」


「そうだよ。今はまだボス以外にキャンプのシステムを整備できる人がいないから無理は禁物、任せられる箇所があれば僕達にどんどん割り振っていかないと無理を重ねて倒れてしまうからね」


「はは、気を付けるよ」


 先に会議室に来ていたソフィアとオルガから心配されたノヴァは返事をしつつ会議室を見渡した。

 既にキャンプにおいて役職も持っている人物は勢揃いしており最後に来たのがノヴァであったようだ。


「それでは会議を始めます」


 タチアナはノヴァが席に座った事を確認してから会議を始める。

 既に何度も繰り返された会議であり話し合うのは専らキャンプの運営に関する事である。

 内容はキャンプの拡張に合わせて報告内容は増えていくが時間はそう掛からず会議は順調に進行していく。

 しかし最終的には毎回同じ問題で会議室にいる誰もが頭を悩ませるのが定番となっていた。


「大きな問題はやはり移住希望者か。初めのころよりだいぶ落ち着いてきたと思ったけど一向に収まる気配がないね」


「はい、内政部の見解として現状は居住可能な土地は不足していません。ですが居住空間として流用できる廃墟は少しずつ減っているのが目下の懸念事項です」


「そう遠くない内に建物を一から作るか、地下空間を拡張するか。どちらも悩ましいな」


 内政部を取り仕切っているのは今朝執務室に来た女性タチアナである。

 彼女は冬眠から目覚めた直後は混乱していたが落ち着き、一般人であったと伝えられたがその後のやり取りから妙に組織運営や人心掌握に優れていたのでノヴァがキャンプの主要メンバーに起用した経緯を持つ。

 そして彼女が取り仕切る内政部はキャンプの細々した移住者対応や住民の生活相談窓口として働きキャンプにとって欠かせない部署となった。


「商業部も移住希望者を採用しているけど受け入れは困難になってきたよ」


 オルガは商業部を取り仕切り、キャンプが生産する各種製品の売買を担当している。

 また戦闘を伴わない肉体労働等を斡旋する事業所の側面を持ち合わせており移住希望者の雇用先の調整も担当していた。


「傭兵部はまだ余裕があるけど仕事が増えないと暇を持て余す人がそろそろ出て来るわよ」


 ソフィアは傭兵部を取り仕切り、キャンプに仕事を求めに来た傭兵を一元的に管理している。

 しかし組織運営に関しては商業部であるオルガが兼任し暴れ出そうとする傭兵を新調した外骨格で大人しくさせるのがソフィアに求められる役割である。


「そうか。となると新しく仕事を作らないと駄目か」


 オルガとソフィアの報告を聞いたノヴァは移住希望者の増加に頭を悩ませる。

 だが事前に想定していた状況の中では現状はまだマシな方であった。

 最悪の場合はキャンプでは捌けない程の難民と化した移住希望者が押し寄せる事もノヴァは想定していた。

 それに比べれば手綱を握れる状態である事は喜ばしい、対応さえ間違わなければ移住者問題はこれ以上悪化する事はないのだ。


「取り敢えず以前から構想だけはあった防壁の建設を始めよう。それで幾らか人を吸収できるだろう。後、それ以外に出来る事は住民の自由な商売を認める事だが」


「治安維持を担う憲兵の編成は終えていますので問題ありません。ボスの許可があれば今日からでも活動可能です」


「なら移住者の商業活動を認めるか。それでも無節操に活動は許可できないから認可制で活動を認める方針にする。内政部に追加の人手は必要か?」


「其方に関しても対応済みです。目ぼしい人材は既に確保しています」


「……いやホント凄いね。スカウトして正解だったよ」


 現状のキャンプにおける働き口はノヴァが計画している拡張計画に伴う仕事が殆どである。

 だがそれで住民全員を雇用しきることは不可能、完全雇用を実現しようにもこれ以上の計画の前倒しは物資供給が間に合わず、また監督する為の行政能力が足りない。

 始めから社会主義の様に真っ赤な統制など出来はしないと考えていたが現状はノヴァの予想を超えてしまった。

 であるなら治安が悪化しない程度に自由な商業活動を認めてノヴァに頼らない働き口を作るしかない。

 だが全てはノヴァの考えた机上の空論に過ぎない、最悪の場合は商業活動の統制が取れず治安崩壊のケースも考えていた。

 だが先手を打って下準備を既に済ませていたタチアナの行政手腕のお陰で事態の悪化が避けられる見通しが立った。

 事前に通達はしていたとはいえ此処まで順調に計画を進められるのは彼女のお陰であるのは間違いなく、ノヴァは彼女の能力に舌を巻く他ない。


「ふふっ、これ位何てことありませんよ」


 そして仕事の手腕を認められはにかむ彼女にノヴァは何かを感じていた。

 何かは悪意などではない、彼女の今迄の行動でキャンプの物資を悪用或いは横流しするような行動は確認できなかった事から危険視する必要は無いのだろう。

 何より拡張の一途を辿るキャンプにとって彼女の行政能力は最早欠かせない段階になっており、内心にどの様な物を飼っていようと登用するしかないのだ。


「では私の方からよろしいですか?」


 口には出さず内心で色々考えているノヴァであるが会議は進んで行く。

 そして会議も終わりに近づき最後に残ったのはキャンプの防衛を担う軍部を取り仕切るグレゴリーを残すのみになった。

 初めてあった時とは見違えるように生気に漲るグレゴリーの表情、だが今日は何時にも増してギラギラとする戦意を醸し出していた。


「ああ、大丈夫だ。それで例の共産主義者達はどうだ?」


 メトロには特定の思想を基にして独自の勢力を築いている駅が存在している。

 その中には共産主義を党是とする共産党をトップにした駅も存在し、その勢力はメトロに広く名前が知られる程大きなものであった。

 そしてノヴァのキャンプは件の共産党に協力関係を結ばないかと非常に熱意が込められた勧誘を受けたばかりであった。


「どうやら中央議会では我々のキャンプに対する非難の大合唱のようです。彼らの言い分としては此処を不当に占拠し本来であればメトロの為に活用されるべき資源を我々が独占していると。間違った現状を在るべき形に戻すために協力を提案したが一瞥もせずに断ったと言っています」


「あれが協力とはね。問答無用の武装解除にキャンプのすべてが党の管理下に置かれて党のお偉いさんが移住するのを向こうでは協力というのか」


 共産党から来た使節から手渡された書簡に書かれていた協力内容、それはノヴァのキャンプに対する無条件降伏要求に他ならない代物であった。

 その為ノヴァはある程度制御が可能な移住希望者よりも共産党を厄介且つ目下最大の脅威として捉えていた。


「奴らは寄生虫です。少しでも豊かな場所を見つければ難癖をつけて強請に来る。それが共産主義者の唱える人類平等の形であると彼らは唱えています」


「本当に厄介だな。──問答無用で潰すしかない」


 キャンプの占拠を企む共産党、その膨大な数の党員を雪崩の如く差し向け目標となった駅にある人も物も何もかも奪い去る狂信者の集団。

 その党是が如何に人類平等を謳っていようと奪われた者達から見れば略奪の為の言い訳にしか聞こえない。

 過酷なメトロで生きる為に共産主義に染まるしかなかったとしても言い訳にはならない。

 そしてノヴァは共産党を敵と定めた。

 対話は不可能、実力を以て排除するしかないのだ。


「グレゴリー指揮官、其方に供与した戦車の習熟度はどの程度だ?」


「何時でも実戦投入可能です!」


 プスコフに供与した戦車、ザヴォルシスク郊外から発見し回収した帝国製戦車の車体を流用しエイリアン製多脚戦車の予備部品と武装で作り上げた異形の戦車。

 主砲の代わりにエイリアン製の大口径のエネルギー砲を組み込み、対人火器として火炎放射器と機銃を搭載。

 脚部を畳んで線路を走行する事が可能であり四脚で自立しての移動も可能としている。

 嘗てプスコフ凋落の原因となった共産主義者との戦闘、何重にも張り巡らされた防壁を稼働可能な電車で突き破る戦法を取られたと聞いたノヴァが用意したのが対軌道戦車であるキメラ戦車であった。

 それを二両与えられたプスコフはキメラ戦車の習熟に勤しみ戦力化を達成した。


「オルガ、商業部を通して情報収集を進めていたが大きな変化は聞いているか?」


「共産主義者に困っている同業者を引き入れて情報収集をしているけど武器と食料品の買い込みが増えただけ。向こうは侵攻の準備を始めた段階だよ」


「傭兵部、探索部は計画している進行ルート上に大きな変化を確認しているか?」


「ないわよ」


「此方も同じです。遠方から接近する群れも観測していません」


「内政部の方は?」


「周辺駅の抱き込みは完了しています。快く我々が駅を通過する事を認めてくれています」


 キャンプ『木星』の暴力装置であり生まれ変わったプスコフの戦闘準備は完了。

 地上移動時におけるルートに大きな障害は確認できず、メトロにおける進行ルート上にある駅の抱き込みも完了

 全ての下準備は整えてあり、後はキャンプを率いるノヴァが決断するだけである。


「了解、それじゃ作戦『レッドパージ』を始める」


 そしてノヴァは決断を下す。

 苦労して築き上げたキャンプを我欲のままに欲し、占拠を企む共産主義者達に代償を支払わせる事を。

 今後余計なことが出来ない様に〆て分からせることを。

 そうしてノヴァの言葉を聞いた主要メンバーが席を立ち会議室を去っていくのを眺め、一人になったのを確認してからノヴァは小さな声で呟いた。


「なんで俺はリアル大戦略をやっているのだろうか?」


 ノヴァの疑問に答えるものは誰もいない。

 会議室の冷たい空気の中にノヴァの言葉は消えていった。






 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼




 ・放送局を占拠しました。

 ・施設を完全に制圧しきれていません。

 ・ランダムでミュータントが襲撃してきます。

 ・簡易陣地(改)を作成:ミュータント迎撃効率10%向上、

 ・迎撃用の罠を多数設置:迎撃効率20%向上

 ・放送設備は使用不能です。

 ・労働可能人員:625人(現在も増加傾向にある)


 ・放送局制圧進行率 :98%→駆除はほぼ完了している

 ・放送設備修復率  :71%→ノヴァ直轄の部隊が修復中


 ・仮設キャンプ:稼働中(移住希望者の一時受け入れ先)

 ・大規模居住施設:多数稼動(キャンプの住人用)

 ・食料生産設備:多数稼働中・自給率は上昇傾向

 ・武器工房:多種多様の武器を製造

 ・道具製造:汚染除去フィルター(マスク用)等を始めとして多数生産

 ・生産設備:機械、補修部品等を多数生産

 ・バイオ燃料:プラントを追加建造し大量生産中

 ・資源回収・再資源化施設:稼働率60%

 ・その他新規施設建造中


 ・プスコフ:ノヴァ謹製の装備により新生、ほぼ全ての部隊がキャンプに常駐、共産党絶対コロス


 ・ノヴァ:おしごといっぱい

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