あなたはそこにいますか
第114話 キャンプ『木星』
メトロの薄暗い地下鉄路線、錆び付いた線路の上をトロッコに乗ったキャラバンが隊伍を組んで進んで行く。
トロッコにはエンジンは搭載されておらず車輪を人力で動かす仕組みの為速度はそれほど出ていない。
車体に椅子と柵を付けた単純な仕組みで整備が簡単でありメトロの駅を行き来する為の運搬手段として今でも多くの人々に活用されている。
隊伍を組んでいるキャラバンは複数のトロッコを連結させて移動しており地下には男達がハンドルを上下させる荒い息使いが木霊している。
トロッコに乗っている男達は交代でハンドルを動かし、疲労した男達はつかの間の休憩をとるが完全に気を抜くことはない。
トロッコに乗る誰もが耳を澄ませ、繰り返し補修された武器を片時も離さず何時でも撃てる様にしている。
「……駅はまだかな」
「この調子だと……あと1時間くらいだろ」
「そこ、あと少しだが最後まで気を抜くな」
小声で無駄話をする若い男二人に壮年の男性、キャラバンを率いる隊長が注意して気の緩みを引き締める。
「はい、ですが此処までくれば大丈夫では?」
「そうして油断した知り合いが一月前に死んだぞ。お前もそうなりたいか?」
「すみません」
「なら黙って警戒を続けろ」
若い男二人は経験の浅さから注意が散漫になってきたのを見た男も若い頃はそうであった自分を思い出すが甘い対応をするつもりはない。
何故ならトロッコの中央に載っているのは交易の成果である荷物が大量に積み込まれているのだ。
その貴重性、価値を考えれば周囲の警戒を怠ることは出来ない。
ミュータントのパラダイスと化した地上と比べれば幾らかマシではあるがメトロに広がる闇の中にも人々に害をなす存在が数多くいるのだ。
食糧や物資を食い荒らすネズミや虫を始めとして地下の暗闇に適応したミュータントや人々を襲い何もかもを奪い去っていく野盗。
それでもメトロで生きる人々は暗闇から襲い掛かる敵意を跳ね除け、工夫を凝らして日々逞しく生き続けてきた。
キャラバンが寄り集まって、より規模を大きく組む事も工夫の一つ、移動中の安全確保とミュータントや野盗から襲撃を受けても返り討ちに出来るように、持ち帰った成果を奪われない様に互いに背中を預けるのだ。
しかしキャラバンが大規模な商隊を組んでいようと大勢の武器を持った男達がいようと油断はできない。
敵は僅かな隙を逃さず常に暗闇の向こうで目を光らせて襲い掛かってくるのだから。
そうしてキャラバンは隊長の指揮の下で警戒を怠ることなく地下を進んで行った。
幸運にも規模を大きく組んだお陰かキャラバンへ襲い掛かるミュータントや野盗に遭遇する事も無く暗闇を進み続けること約一時間、キャラバンは目的地である駅に到着した。
キャラバンは駅への侵入を防ぐ防壁を確認するとトロッコを止める。
金網と幾つもの木杭によって組まれた防壁はミュータントの侵入を防ぎ、駅を外部の敵から守る物である。
「何者だ! 名乗れ!」
トロッコが止まるのと同時に人工的な明かりがキャラバンを照らす。
そして防壁の上には武装した男達が何人も詰め掛けて銃を向けると共にトロッコに鋭い誰何の声が投げかけられる。
「おお! 友よ、久しぶりだな! 俺だ、キャラバンを率いている!」
「お前か! どうやら今もしぶとく生き残っているようだな! おい、門を開けろ!」
防壁の上にいた自警団団長はキャラバンを率いる男の顔を見ると同時に警戒を解いた。
その後ろに止まっているキャラバンにも部下に命じ駅への侵入を防ぐ防壁を開放した。
そうしてキャラバンに所属する男達は安全地帯である駅に到着したことで一時の安らぎを得ることが出来た。
◆
「無事を祝って乾杯!」
「乾杯!」
駅に迎え入れられたキャラバンは一時解散し所属していた男達は各々駅へ散っていった。
キャラバンを率いていた男も同様であり防壁の上にいた自警団団長を伴った酒盛りをしていた。
二人は付き合いの長い友人であり、酒の好みも合うので二人そろった日はこうして酒場に繰り出し酒を飲んでいた。
無論二人が酒場にいるのは酒を飲むためだけではない。
キャラバンを率いる隊長と自警団を率いる団長、互いが持つ情報の交換も兼ねた集いでもあるのだ。
──最も酒を飲みたいがためにこじつけた理由であると既に多くの人に知れ渡っているが。
「それで、お前の所の調子はどうだ。いつもの着ていたボロボロの装備はどうした」
「一式買い替えた。最近は実入りのいい仕事が多くて懐は何時にも増して温かい。行く先々の駅も同じようで正に好景気と言ったところだな!」
「成程、好景気か。例のキャンプが原因か、確か名前は──『木星』だったか?」
「それで合っている。今回の交易は其処に食料品を運び込んで色々買い付けてきた。聞いて驚け、量も品質も一級品の品々が今回の成果だ。だがまぁ、そのせいで移動中は何時襲われるか気が気ではなかったが」
隊長の言葉を聞いた団長がトロッコを見れば駅に住む多くの人が集っていた。
彼らの目にも今回の成果が凄まじいものであるのが一目で分かったのだろう。
「それにしてもあそこは金払いがいい。マフィアのけち臭い仕事よりも大変だがその分報酬は高額、正直に言ってあそこを通さない仕事は受けたくないね」
「それ程までか。俺も行ってみようか」
「いけいけ、行くなら早めにいかないといい仕事は全部取られるぞ! どうせなら俺と一緒に行くか? 向こうに着いたら驚くぞ!」
今やメトロにおいてその名は知らぬ者はいない『木星』と名前が付けられたキャンプ。
何の前触れもなく現れたと思えば凄まじい勢いで市場から食料品を買い上げていき、代価として貴重な機材や補修部品を払っていく。
メトロにおいて常に不足してきた品々が流通を始めるに伴いその名前は知られていき、現在では遠方から態々出向いて交易を始める駅が幾つもあり、絶える気配はない。
「それ程羽振りのいいキャンプならマフィア共が放っておかないと思うが?」
「あ、マフィア? 無理無理、あんな数しか取り柄の無い屑どもがいくら襲撃しようと返り討ちに遭うだけだ。なにせ向こうにはプスコフが付いているからな!」
「プスコフは随分前に落ちぶれたと聞いていたが?」
「それは大昔の話だ。今の奴らならマフィアの一つや二つ簡単に殲滅できるだろうよ。なにせ俺が此処に来る前にマフィアの一つが一日で潰されたぞ」
「一日で!?」
団長の疑問に酒を飲んで気分の良くなった隊長は勿体ぶることなく答えた。
その言葉に団長は驚くも信じられなかった、マフィアは組織の大小はあるが非常に厄介な存在であると身を以って知っているからだ。
「おう、なんでもちょっとばかし脅してキャンプから用心棒代を取ろうとした馬鹿どもがいたが、実行の前に襲撃されて丁寧な話し合いがされたようだ」
「そんなにプスコフは強かったか? 以前見た時は俺達と変わらないボロ装備だった筈、集団行動は優れていたがそれだけだろ?」
「確かに昔はそうだった。だが俺が見た時はプスコフの奴らが装備しているのは新品同然の銃や防具だった。運よく近くで見る事が出来たが一目で分かった、奴らの持つ銃と防具の性能は俺達が持っている物とは比べ物にならないぞ」
間近で見たからこそプスコフが装備しているものがどれだけ優れているのか、商売として多くの物を見てきた商人としての経験が一瞬見ただけで判断を下す程の代物である。
幾ら数が多くとも自分達と大差ないボロ装備を身に着けたマフィアがプスコフを相手に勝てる訳が無いのだ。
「それだけの装備何処から集めてきた? それ以前に『キャンプ』が金を持っているのは運よく未発見の機械を大量に見つけたからだと聞いているが」
「それ、『キャンプ』の奴らが流した嘘だぞ」
「なに、じゃあどうやって……」
「作っていた」
「は?」
「二度も言わせんな。奴らは機械や補修部品を大量に見つけた訳じゃない。キャンプで機械と補修部品を一から作って売っていた。今回、持ち帰ったボルトもナットもOリングも発電機も、今メトロに流れている物全て奴らが作っていた」
「……本気で言っているのか」
「本気だ、お前も例の『キャンプ』を見れば嫌でも分かる」
自分の言葉を信じられない団長の姿を見ながら隊長は酒を飲んでいく。
だが信じられないのも仕方がない、自分自身すらこの目で見るまではキャンプは何処かで大量のお宝を見つけてきたものだと考えていたのだ。
だが団長も自分が見た光景を見れば嫌でも分かるだろう。
地上に作られた巨大な生産設備、多くの工作機械を動かせる発電量、現在進行形で拡張を続けていくキャンプ、それらを守る最新装備で武装したプスコフの軍勢。
自分を含めて多くの男達が腰を抜かした光景であり、メトロに帰ってきた今でも幻を見たのではないかと考えてしまう。
だがトロッコに積まれた品々が夢でも幻でもない、現実に存在していたと告げる証拠だ。
「だがまぁ、余り気に病む事は無いぞ。キャンプの奴らはメトロに興味はない、売られた喧嘩は買って再起不能になるまで叩きのめすがそれだけだ。仲良くしていれば喧嘩を売られる事は無い。交易も無理難題を押し付ける事も無いから仲良くした方がいいぞ」
それはそれとして駅の防衛を担う団長の心情も分からない訳ではない。
物も資源も武力もあるキャンプが突然現れたのだ、キャンプの行動次第で突然矛先が駅に向けられる可能性もあるのだ。
駅の防衛を任されている団長としては頭の痛くなる問題であるのだろう。
キャンプの対応についてアドバイスしながら隊長は酒を飲んだ。
「まぁ、お前の言う通りにするしかないか。だがキャンプがその様子だと移住を希望する奴らも大量にいるだろう。お前もキャンプに移住希望を出すのか?」
「移住は……したいと思っているが当分先だな。お前の言う通りで移住を考える奴らがキャンプには大勢いた。俺が行った時は順番待ちの状態だったが受け入れ自体は行っていた」
「……改めて聞くと凄いな」
「だろ」
メトロの駅に居住出来る人の数は多くない。
元々の構造として人間が住む事を想定していないので狭い空間に多くの人間を押し込む事で現状はギリギリのところで成り立っている。
だからこそ容易に人を増やす事は出来ず、毎年少なくない人数が駅から出て行く。
多くは自発的に出て行くが犯罪を起こした罰として駅から追い出す事もある。
彼らが駅の外へ出て行きそれからどうなったのか聞く事は殆ど無い、運が良ければ他の駅やコミュニティーに住むことが出来るだろう。
だが運が悪ければ彼らはメトロの暗闇に飲まれ帰ってくることは無い、残酷ではあるが彼らにとってそれが当たり前なのだ。
だからこそ多くの移住希望者を受け入れ続けているキャンプの存在は駅にとって有難い存在でもあるのだ。
「それでキャンプの代表は誰だ、俺でも知っている奴か、どんな奴だ?」
だからこそ団長はキャンプを作り上げた代表が誰であるのか聞きたかった。
自分達では逆立ちしても出来ない事をやってのけたのはどの様な人間なのか。
自警団団長として、一人の大人としてその人物を知りたかった。
「待て待て、今思い出す。確か名前は……、オルガ? いや彼女は交易の元締めであって代表じゃない。ソフィア……でもなかった」
「噂話でしか聞いていないが俺でも二人は違うと知っているぞ。ソフィアは『壊し屋』と呼ばれる傭兵でキャンプを率いる能力があるとは聞いていない。オルガに関しては詳しくは知らないがマフィアに目を付けられた女だっただろ」
「そうだった、二人じゃなくて確かセルゲイ、アルチョムの……」
「『皆殺し』と『探検家』、お前本当にキャンプに行ったのか?」
「行ったさ! 俺がいた時に姿を見ていないだけだ」
「……まぁ、代表ともなれば忙しいのだろう。俺が聞いた噂では2mを超える巨漢の男だとか、頭だけが異様に大きい老人だとか色んな噂を聞いたが合っているか?」
「それは違うらしいぞ。俺も向こうで聞いたら嫌な顔で否定された、相手によっては喧嘩売っていると受け取られるから口にするな。馬鹿が一人、殴られてキャンプから追い出されたのを見たからな」
「ほう、慕われているな」
「付き従ってくれる部下がいないとあれ程の──、思い出した!」
「何を思い出した?」
「確かキャンプの代表、姿は知らないがキャンプの住人からの話じゃあ『ノヴァ』と名乗っているらしい」
「ノヴァ?」
隊長が思い出したキャンプの代表である人物、その名前は『ノヴァ』というらしいが団長が記憶している限りではそのような名前の人物は聞いたことが無かった。
だからこそ団長は一人で考えてしまう、ノヴァという人物は何者なのか、何処から来てメトロで何を成そうとしているのか。
だが幾ら考えようと答えは分からないままであった。
◆
今やメトロに広く知れ渡ったキャンプ『木星』は人々の話題の中心であり、またキャンプを率いている代表に関しても多くの噂話が流れていた。
2mを超える巨漢の男、頭だけが異様に大きい老人、目覚めた地底人、帝都から追い出された貴族である等々。
様々な噂話がメトロに流れては消えていき、姿を知らない人々は好き勝手に色々な想像を語っては笑い話として楽しんでいた。
そんな話題の中心人物であるノヴァは──
「燃え尽きたぜ、真っ白にな……」
有名な某ボクサー漫画の如くキャンプにある執務室の椅子に座りながら項垂れていた。
キャンプの拡張計画が動き出してから32日目、噂の人物であるノヴァは仕事のし過ぎによって真っ白に燃え尽きる寸前であった。
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