第112話 カチコミ作戦
廃墟と化したザヴォルシスクにある『禁忌の地』。
その一帯に踏み入れた者は誰一人として帰ってこないと噂される土地の最奥に一際大きな建築群がある。
それは周りに立ち並ぶ廃墟群とは違い風化や劣化は見られない、それどころか内部には人工的な明かりが常に輝き、何かが稼働する重低音が常に響いていた。
廃墟と化していたザヴォルシスクにおいて其処だけが自然の力が及ばない完全に制御され統治された場所であった。
──だが其処に住んでいるのは人間ではなかった。
「…………」
「…………」
「…………」
口答えせず、命令された作業を只熟していくだけの人型でありながら人間ではない生物。
いや、元々は人間であったが改造され人型でありながら異形の生命体に改造されたエイリアン達が異星文明らしいデザインの建築群で黙々と働いていた。
仕事に関して彼らが思考する事は無い。
例えそれが最後の命令から200年以上経過していても疑問に思う事はなく新たな命令が下されるまで現状維持を続ける事が前哨基地で働き続ける彼らの役割なのだ。
──だからこそ素材を持ち帰ってきた同族二体がボロボロでぎごちない動きをしていても疑問に思う事はなく、定められた手順に従い同族を基地内の所定の場所に誘導する。
同族が誘導されたのは持ち帰った素材を保管用のカプセルに詰め替える施設である。
捕らえられた素材は此処で吐き出された後に専用のポットに押し込まれ薬液を注入され身体活動を仮死寸前にまで低下させて人工的な冬眠状態にさせる。
そうする事で低コスト且つ鮮度を維持した状態で素材の長期的保管を可能にするのだ。
素材を抱えた同族が案内された場所には詰め替え作業を行うエイリアンが既に5体も待ち構えていた。
エイリアンという括りの中でも単純作業に専従させるために作られた彼らは最低限の武装すらなく青白く体毛がない身体を動かし装置を稼働させていく。
そして同族が吐き出した素材を装置に乗せる為に近寄り──
「一体残らず殺せ、鳴き声一つ上げさせるな」
「分かりました」
素材を収めている筈の胴体から伸びた腕、同族が素材の捕獲に活用する触手とは異なる五指がある手に握られているのは消音器付き拳銃。
それが同族二体の両方の腹部から現れると共に弾丸が同時に放たれた。
消音の為に炸薬量を減らした弾丸ではあったが近くにいたエイリアンを貫くには十分であり、頭蓋を貫いた弾丸は脳を蹂躙した。
叫び声を上げる事無く死んだエイリアンではあったが倒せたのは二体だけ、残りの三体は少し離れた場所で機械を操作していた。
そして同族が倒れる音を聞いて振り返ったエイリアンは見た、捕らえた筈の素材が同族の腹を突き破り出てきたのを。
それを見たエイリアンは最低限残された思考能力で目前の光景が異常事態であると判断、異常を知らせるべく叫び声を上げようとするも連続して撃ち出された銃弾が身体を穿つ。
二つの拳銃から撃ち出された弾丸は二体のエイリアンの身体、肺を中心に撃ち抜かれ呼吸困難に陥り声が出さなくなった後に止めとして頭部に弾丸が撃ち込まれた。
だがそれで倒されたエイリアンは二体のみ、最後の1体は拳銃の弾倉が尽きた事で止めを刺せなかった。
だが最後の一体は肺を中心に撃ち抜かれ声は出せない事を理解したのか叫ぶのではなく、この場から逃げ出すのを選択した。
人間であれば呼吸困難に伴う苦痛によって満足に動けないが必要最低限の機能以外は削ぎ落されたエイリアンは苦痛で体の動きが鈍る事は無い。
エイリアンは走り出す、発揮可能な最大速度で異常が起きた事を伝えるべく──
「シッ!」
だが短い呼気と共にアルチョムが投擲した投げナイフがエイリアンの頭部を貫いた。
無骨な刃が頭蓋を貫通し脳を蹂躙、制御を失った身体が走り出した勢いを保ったまま倒れ壁にぶつかり止まった。
「ビューティフォー」
「父に仕込まれた技です。先生、それでこの後はどうしますか」
アルチョムの見事な投擲にノヴァは素直に感激していた。
賞賛されたアルチョムも悪い気はしないのか顔を綻ばせていた。
そして捕獲用のエイリアンも始末したノヴァとアルチョムは身体に纏わりついた粘液を払い落しながら最後の作戦の確認を行う。
「事前の作戦通りに二手に分かれる。俺が此処の電波施設を掌握、アルチョムは改造施設の機能を停止させてくれ」
基地に侵入する前に発見したエイリアン側のジャミングドローンをハッキングしてノヴァは今いる施設の大まかな構造に関する情報を入手していた。
その情報を基にノヴァは一つの作戦、エイリアン基地の襲撃を立案した。
第1段階としてノヴァとアルチョムは捕獲されたと偽り内部に侵入、その後に二手に分かれて別々に行動を行う。
ノヴァの役割は外部と通信を行う電波施設を掌握し連絡を出来ない様にすると共に外部には『問題なし』と信号を送り続けるように細工を施す事。
アルチョムの役割は基地に建設されている改造施設に侵入し人間をエイリアンに改造するプロセスを停止させる事。
上記二つを実行するのが二人の役目である。
「今回の作戦は隠密で進める。奴らに思考能力は無いに等しいが感覚は鋭敏だ。大きな音を立てる戦闘を起こせば全方位から集まって来る。戦闘は可能な限り避けるか、見つかっても異常を知らされる前に始末する様に」
「はい」
「施設を停止させたら暫く身を潜めている様に。予定時間を迎え次第第二段階に移行する」
そうして作戦の最終確認を済ませた二人はエイリアンが跋扈する基地の中を進んで行く。
道中に遭遇する警備を行うエイリアンの巡回を隠れてやり過ごし、それが出来ない場合は音を出さない様に迅速に仕留め死体を隠した。
そして騒ぎを起こす事無く基地の中程まで進んだ段階で二人は脚を止めた。
「ここからは別行動だ。定期連絡を欠かさない様に、後相手は人間ではなくエイリアンだから気を付けてくれ」
「大丈夫ですよ、メトロでも似たような経験はしてきましたから」
「なら安心だ。だがどうしようもなくなったら直ぐに助けを呼ぶように。無線のチャンネルも常に合わせておけ」
「分かりました」
事前に通信チャンネルを合わせた無線機をノヴァが叩いて示し最低限の会話を終えるとノヴァは単独で基地の中を進んで行った。
「大丈夫です、絶対に死ねませんから」
ノヴァを見送ったアルチョムは独り言を呟き再度気を引き締めてから先に進んで行ったノヴァと同じ様に動き出し基地の中へ進んで行く。
そしてアルチョムは事前に見せられた施設の概要図から改造用と思われる装置が集積された施設の内部に辿り着いた。
また其処にはノヴァから事前に言われていた通りに作業のエイリアンが大量に働いていた。
体毛の無い青白い人型のエイリアンが一言も喋ることなく働く光景、それは何処かホラー染みており様々な経験をしてきたアルチョムであっても冷や汗を掻く光景である。
「流石に多いな」
エイリアンと呼ばれる存在に対する恐怖はある。
だが恐怖に負けて何もしない選択肢はアルチョムには在り得ない。
施設内にいるエイリアンの動きを隠れながら観察し推測した行動パターン、それを基にしてアルチョムは動き出した。
僅かな戦闘音であれば施設の稼働音で聞こえないだろうが施設内にいるエイリアンは多数、
戦闘そのものを避けるようにしてアルチョムは進んで行き目標である制御室らしき部屋の前に辿り着いた。
「此処が地図通りであれば制御室、陣取っているのは三体だけ」
部屋の中で制御盤を操作しているのは三体のエイリアンであり、操作に専念しているためか背後への警戒は疎かである。
部屋に近付く他のエイリアンがいない事を確認したアルチョムは消音器付きの拳銃で二体を撃ち殺し弾丸が尽きた拳銃をしまうと振り返ろうとしたエイリアンの口を塞ぐと同時にナイフで首を切り裂いた。
声を上げさせる事無く三体のエイリアンを始末したアルチョムは死体を退かし無線機でノヴァとの通信を行う。
「先生、制御装置を確保。今映像を送ります」
『映像を確認した。此方は既に通信設備の掌握を行っている。二十秒後に完了するから操作盤を指示通りに動かせ』
無線機に付いているカメラから映像を受け取ったノヴァは電波施設を掌握してから無線機越しにアルチョムに指示を出す。
初めて触れる人類とは違った形式の制御装置であったがノヴァの指示のお陰でアルチョムは間違いを起こす事無く操作を進めていく。
『最後に青いボタンを押せ、それで改造プロセスは安全に停止できる』
「はい!」
アルチョムはノヴァの指示通りに最後のボタンを押す。
その後、先程まで鳴り響いていた重低音が小さくなり最後には聞こえなくなった。
設備の電源は未だ付いたままではあるが動きは完全に停止しているようで作動音は出ていない、改造プロセスは安全に停止していた。
アルチョムは操作を終えると同時に深く息を吐いた。
ノヴァの指示があるとはいえ見慣れない機器を操作するのに神経が張り詰めてしまうのは避けられなかった。
だが操作から解放された瞬間にアルチョムは漸く張り詰めさせていた神経を元に戻すことが出来た。
「これで終わ──」
──だからだろう、過剰な集中のせいで邪魔であると排除していた音が漸くアルチョムの耳に届いた。
それは制御室に近付くエイリアンの足音。
それに気が付いて急いで動き出したアルチョムだが隠れる時間は無く、動き出した瞬間に部屋の中にエイリアン、異常を確認しに来たのか作業用よりも頑丈でタフなソルジャータイプか三体も入ってきた。
「シッ!!」
考えるよりも先にアルチョムの身体は動いていた。
一番手前にいたエイリアンに向けて弾倉を撃ち切る勢いで発砲、仕留めた事を確認する前に二体目に投げナイフを投げつける。
最後の三体目は他二体を率いているのか体格が一回りも大きく銃が既に向けられていた。
一体目と二体目が斃れるのを確認する前にアルチョムは残った投げナイフを全て頭部に向けて投擲。
迫りくるナイフを防ごうと銃を盾代わりにしたエイリアンの視界が塞がったと同時にアルチョムは動き出した。
「ウラァ!!」
間合いを詰め、エイリアンの懐に入ったアルチョムは全速力で持ち上げ脚を股関節、人間であれば生殖器が存在する股間を蹴り上げた。
これが人間であれば想像を絶する痛みによって悶絶するか気を失ってしまう程の攻撃、だが改造過程において生殖機能を削ぎ落されたエイリアンには生殖器官などは存在しない。
人間であれば致命的な攻撃であったがエイリアンに対して効果は薄く、懐に入り込んだアルチョムに向ってエイリアンは銃器を鈍器の如く振り下ろした。
それを紙一重で避けたアルチョムであったが無線機は掠った事で弾き飛ばされた。
その事を知るよりも前にアルチョムの身体は再び動き出し、振り下ろした銃器を足場にしてエイリアンに接近、片手に握ったナイフを首に突き立てた。
「ハッ!」
「ギャ!?」
──浅い!
体躯の大きさは勿論、人間とは異なる筋繊維密度によってナイフの刺さりは浅い。
ならば、とアルチョムは首に刺したナイフを引き抜くと同時にエイリアンの首に組み付き何度もナイフを首に突き立てる。
組み付いたアルチョムを振り落とそうとエイリアンが暴れる、それに耐えながらアルチョムはナイフを突き刺し続け回数によって首をズタズタに引き裂いていく。
そして首の傷口から吹き出る血によって制御室が真っ赤に染まる頃になってようやくエイリアンは息絶えた。
「はぁ、はぁ…………」
弾き飛ばされた無線機からはアルチョムに呼びかけるノヴァの声が聞こえて来る。
それに返事しようとアルチョムが無線機を拾い上げようとした所で再び制御室の外から音が聞こえた。
だが今回聞こえる足音は一体分しかなく新しい弾倉を入れた拳銃であれば対応は可能であるとアルチョムは判断した。
そして制御室に近付いてきたエイリアンが部屋に足を踏み入れた瞬間に発砲しようとし──だがアルチョムは撃てなかった。
「アンナ……なのか?」
エイリアンの姿はまるで工場で生産された様に均一であり人間であった頃の面影は一切なく基になった人間を推察する事すらできない。
アルチョムの目の前に現れたエイリアンもそう、人間であった頃の面影なんて物は一切存在しない。
だが他のエイリアンとの違いを挙げると擦ればその体型だろう。
臀部が大きく、腰がくびれ胸がある、他のエイリアンとは違い一目で女性が素材になったと分かってしまう。
だがそれだけだ。
腕は異様に長く伸びて指がない触手の様な形に変化しており、顔は上半分を腫瘍のような物で覆われており表情なんてものは無い。
個人を特定するのは最早不可能であり──だからこそアルチョムは撃てなかった。
「うぐッ!?」
だがエイリアンにはアルチョムの葛藤など知った事ではない。
触手と化した両腕を伸ばすと同時にアルチョムの首に巻き付き締め上げる。
その力は強く拳銃を取り落とした両腕でアルチョムが振り解こうとしたが拘束が緩む様子は一切ない。
「あ……ん、な」
首が絞められ脳への酸素供給が不足していく。
狭まる視界の中でアルチョムは呼びかけるが返事は無い。
見えるのは機械的に動き続けるエイリアンが首を絞め続ける光景だけ。
「アルチョム!」
だがアルチョムの息が絶える直前に駆け付けたノヴァが発砲した。
弾丸の半分が首を絞める触手を引き千切ると同時エイリアンを部屋の外に蹴飛ばし頭部に向けて発砲、弾丸を受けた頭部の腫瘍が膨らみ血肉を撒き散らして破裂した。
「……先生」
「エイリアンの改造プロセスは最短でも二十日は掛かる。プスコフが捕まって1週間も経っていないからコレはアンナではない」
「すみません」
「いや、お前が早まらないように情報を制限した俺の責任だ」
倒れ込んだアルチョムに手を伸ばして立たせ終えるとノヴァは部屋にある制御盤を操作して幾つもの情報を画面に映し出す。
其処には施設の稼働履歴や保管されている人間に関する情報が一覧として表示されていた。
「成程な、奴らは捕らえた素材を補充時以外には使わずにストックしているようだ。直近の履歴でも古い素材から順番に使っているようだ」
そう言ってノヴァが更に制御盤を操作すると隣に隣接されている保管庫、人間を冬眠状態で保管しているポットの一つが点滅を始めた。
それが何を意味しているのか、理性が答えを出すよりも前にアルチョムの身体は動き出していた。
「アンナ!」
「死んではいない、安心しろ」
ポットのガラス越しに見えたのは一人の女性、その姿はアルチョムの記憶に在るものと殆ど変わらない姿のままポットの中で眠りについていた。
その姿を見た事で漸く実感が湧いたのかアルチョムの両目からはポロポロと涙が零れていった。
その姿を見るのは無粋としてノヴァはアルチョムから目をそらし、その直後に施設の稼働音とは異なる重低音が基地を震わせた。
また重低音と同時ノヴァの無線機に外に待機している傭兵達から通信が入った。
「さて時間通りだがそっちはどうだ?」
『ボス! 時間になったから始めているけどこっちは大丈夫よ!』
「それは重畳、そのまま派手に暴れてくれ」
『壊し屋本当に続けるのか! 奴ら基地からわらわら出て来るぞ!!』
『ボスの命令よ! それに突撃じゃなくて此処で隠れながら銃を撃ち続けるだけで十分なんだから気合を入れなさい! その股にぶら下がっている物は飾りなの!』
『チクショウ! また撃たれた!』
『またてめえか! 今度は腹にでも食らったか!!』
『尻だ! 右じゃなくて左の方!』
『間抜けだな!!』
『下らない事言ってないでさっさと撃ちなさい! 今度無駄口叩いたらアタシの●●●●で口を塞ぐわよ!! それでボスそっちの方はどうなっているの!』
「行方知らずになっていたプスコフの部隊にいた恋人を見つけたアルチョムがガラス越しに涙を流している所だ」
『あらやだ、その話詳しく聞かせて──じゃなくて、そっちも早く動いてよ!』
外で待機している傭兵達だが通信内容からして問題はなさそうである。
ならば後はノヴァ達が動くだけである。
「さて聞いていたようだが、作戦の第二段階として俺達も動くぞ。ソフィア達が注意を引いている間に後ろからエイリアンを強襲する」
ポットの中で眠っている女性が無事である事を確認できたアルチョムは涙を拭い、通信機から聞こえるノヴァ達の会話を通して作戦の第二段階が始まった事を理解した。
「安心しろ、此処に来る前に吹き飛ばした基地よりは断然小さい。それに合わせて中にいるエイリアンの数も少ない、多く見積もっても百体程度だろう。不意を突けば皆殺しは可能だ。武器はエイリアンから奪ったモノを使え、撃ち方は分かるか?」
ノヴァの問いかけに対してソルジャータイプのエイリアンが落とした銃を拾ったアルチョムは制御室の外に向って発砲。
部屋に入ろうと押し寄せていた作業用エイリアンを一人残さず蜂の巣にして弾倉に込められていたエネルギーを使い果たした。
「はい、問題ありません」
「それは重畳、なら作戦の仕上げにかかるぞ」
ノヴァは背負っていたエイリアン製の武器を構えアルチョムと共に制御室から出ると背後が疎かになったエイリアンを急襲した。
そして、この日をもってメトロに言い伝えられていた『禁忌の地』の一つが地上から姿を消した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます