第111話 禁忌の地

 廃墟と化したザヴォルシスク、嘗て地上で過ごしていた人類は数を大きく減らしながらも地下深くに建造されたメトロやシェルターに避難、長い時間を過ごして来た。

 そして地上では我こそが主とでもいうように人間が消えて廃墟と化した街並みにミュータントが棲み着き独自の生態系を作り上げていた。

 ミュータントは狂暴であり武装していない人間など歩く餌にしかならない。

 それを知っているからこそ地上に出る事は危険と認識され余程の事がない限り一般的なメトロの住人は地上に出てくることは無い。

 そうして太陽の光が届かない地下深くに生活拠点を移した生存者たちは長い時間をメトロで過ごし世代交代を重ねていった。

 だが彼らの生活は地下だけで完結できるものではなく、それによって数は少ないながらも地下から地上へ出て行く者達がいた。

 まだ使えるかもしれない機械や物を地上で探すため、崩落した線路の代わりに地上を経由して移動の為に等理由は様々ある。

 そんな彼らも地上の主は最早人間ではなくミュータントであると身をもって知っている。

 だが傭兵や商人等の特定の人間は危険を承知で地上に出る事が何度も繰り返された。

 そうして地上に出る度に少なくない犠牲を払いながら彼らはミュータント蔓延る地上を走り抜け、多くの死と流された血は積み重なり彼らの経験、知識となり、地上に出る際の暗黙の了解も同じ時期に作られていった。


『禁忌の地』もその一つである。


 曰く、その土地に入った者は誰一人として生きて帰らなかった。

 曰く、その土地には巨大なミュータントが棲み着き傍に近付く人もミュータントも全て食べてしまう。

 曰く、彼らは神が人類に与えた罰なのだ。

 曰く、あの土地は呪われている。

 曰く、消えた者達は生贄となった、等々。


『禁忌の地』に関する話は人の数だけあり、噂話を含めればきりがない。

 だが一つだけ彼らの話に共通している点がある。


 ──土地に踏み入った者は誰一人として帰ってこなかった。


 それ故、彼らは畏れと戒めを込めて『禁忌の地』と呼ぶのだ。






 ◆






 そんな曰くつきの場所に調査に赴くと知らされた傭兵達は渋った。

 臆病というなかれ、命を懸けて依頼を熟す傭兵にとってジンクスとは馬鹿に出来ないものだ。

 それは気休めかもしれないが、本人にとっては無視する事が出来ない大事な事なのだ。

 だからこそ彼らは幾ら金払いのいいノヴァの依頼でも首を縦に──


「ドレスファミリーが隠していた高級酒と摘を報酬に付けるぞ」


「付いて行きますぜ、ボス!」


「『禁忌の地』だがなんだが知らないがボスなら大丈夫だ!」


「現金ね、アンタ達……」


 酒の力は偉大である、安酒にしかありつけなかった懐のさびしい命知らずの酒好きの多くがノヴァの甘言に見事に釣られた。

 だが予想外に酒の為に命を張れる馬鹿が多く殺到してしまった。

 数が多すぎれば調査に支障が出るのでノヴァは咽び泣く馬鹿の多くを選別、ソフィアを同席させ戦闘能力或いは偵察能力に優れた傭兵十名を選別した。

 だが200年間正体不明であり続けた『禁忌の地』の調査するには心許ないと考えたノヴァは同時に傭兵以外の戦力も動員した。


「うわ……」


「あらやだ、ボスはこんな隠し玉を取っていたのね」


「寝返って正解だった……」


 キャンプの外に固定砲台代わりに待機させていた多脚戦車一台を稼働、また戦闘用に調整されたドローン群の一部をノヴァは引き連れて調査に向うことにした。


 小さなミュータントの巣を一方的に殲滅できる戦力、それが今回の調査にノヴァが用意した戦力である。

 彼らを引き連れてノヴァはプスコフが失踪したと伝えられた『禁忌の地』へ移動を開始、道中に襲って来るミュータントは鎧袖一触で殲滅させられた。

 そうして被害を受ける事無くノヴァ達は今回の調査地点でもある『禁忌の地』に到着した。


「此処が『禁忌の地』なんだよな?」


「いつも見ている廃墟と代り映えしないぞ?」


「そうねぇ~、特に変わった物は見つからないわね?」


 地上に出る者達が恐れ近付こうともしない『禁忌の地』と呼ばれる場所、そこは傭兵達が普段から見ている廃墟とは何も変わらない光景が広がっている。

 これが巨大なミュータントや蜘蛛の巣に覆われた廃墟など一目で分かる異常さがあれば傭兵達も慎重になっただろうが見慣れた光景しかない事で警戒が緩んでしまった。


 だがノヴァは違った。


「おいおいおいおい、このジャミングパターンは──」


 多脚戦車に搭載されているセンサーが不審なジャミング電波を検知、無線機器が使用不能となりキャンプとの通信が一切取れなくなった。

 そしてノヴァはジャミング電波の波形に心当たりがあった、何せつい最近エイリアン製ドローンに搭載されていたジャミングを使ったばかりであったのだ。

 その為正体の分かったジャミング電波の発生源をノヴァは急いで特定しようとした。

 だがそれよりも早く多脚戦車に搭載されている対人センサーが反応を検知、自分達に近付く正体不明の何かを傭兵達にノヴァは叫んで知らせた。


「2時、8時の方向から何かが来る!」


 ノヴァの突然の叫び声に反応できたのはアルチョムとソフィアだけだった

 二人は警戒の為に構えていた銃をノヴァが警告した方向に向けるが近付いてくるような何かを肉眼で見つける事は出来なかった。

 それでも二人はノヴァの判断を信頼し何もない空間に向けて銃弾を放った。

 放たれた幾つも銃弾は何もない空間を突き進んでは廃墟に衝突し──


「「ギャアアアア!?」」


「何かがいるわよ!?」


「先生、何かを撃ち抜きました!!」


 一部の銃弾は何もない筈の空間に突き刺さり悍まし気な叫び声と共に血飛沫が撒き散らされた。

 その異様な光景に二人は訳が分からずとも銃撃を続け、止めにノヴァが多脚戦車を動かし反応があった地点を機銃で薙ぎ払った。


「お代わりが来るぞ! 5時、11時から、2時、8時方向から波状攻撃!! 銃を構えろ!」


 だがそれで終わりではなくセンサーは新たに近付く反応を検知した。

 ノヴァは呆気に取られた傭兵に叱責を入れると銃を構えさせ警戒させる。

 その直後に廃墟の上をバッタの様に飛び跳ねながら近づく何かを傭兵達は肉眼で視認した。


 それは獣型や虫型のミュータントとは違い人型ではあったがグールとは一線を画していた。

 下半身は凄まじい跳躍力を発揮する為か長く折り畳まれた獣の形をしているが上半身は人間の様な構造をしている。

 だが一番の特徴は金属質の様な装甲に全身が覆われ、その手に握っている物が細長い銃の様な形をしていたのだ。

 傭兵達はその今迄見た事も無い生物に対して衝撃を受けていた。


「戦車を盾にしろ! 着地する場所を予想して銃撃! 復唱!!」


「イエス、ボス!! 戦車を盾にしろ! 着地する場所を予想して銃撃!」


「その調子だ! 奴らは不死身の生物ではない、鉛玉をぶち込めば殺せる生き物だ!」


 だがノヴァは既に廃墟を飛び跳ねながら近づく生物がエイリアンだと見破っている。

 初遭遇で動揺している傭兵を無理矢理落ち着かせるとノヴァは近くにいたエイリアンの一匹に照準を合わせ、廃墟に着地した瞬間に機銃を撃ち込んだ。

 多脚戦車の大口径機銃は金属製の装甲ごとエイリアンを貫通、大口径も合わさり一秒も持たずにエイリアンは原型を失い血煙と化した。

 その光景を見た事で冷静になった傭兵達は戦車の脚を、廃墟の残骸を盾としてエイリアンに向けて銃撃を加えていく。

 対するエイリアンも殺されるばかりでは無く構えた銃らしきものからは実弾ではなく小口径のエネルギー弾が高レートで発射され盾としている戦車や残骸に衝突し小さく弾けた。


「ずるいわよ! サブマシンガンの成りをしているのに炸裂するなんて!」


「物陰に身を隠せ! 戦車の攻撃に合わせろ!」


「ヤバい、撃たれた!?」


「何処に当った! 手当が必要か!」


「尻に当った! 凄く痛い!」


「弱音を吐けるなら大丈夫よ! まだ弱音を吐くならアタシが代わりに尻を掘ってやるわよ!!」


「断る! 化け物に撃ち殺された方がマシだ!!!」


 戦況はノヴァ達の優勢である。

 多脚戦車は立ち止まり傭兵達が身を隠せる盾として機能しながら機銃による攻撃で確実にエイリアンを一体ずつ仕留めていく。

 また隠れている傭兵達も纏まった銃撃を加えればエイリアンを仕留める事は出来ていた。


 ──だからこそ一番の問題は飛び跳ねるエイリアンではなくセンサーでしか感知が出来ず、物音立てずに忍び寄ってくるエイリアンであった。


「6時方向、透明野郎が4!」


「本当に油断できない生物ですね!」


「「「「ギャアアアア!?」」」」


 アルチョムはノヴァの指示があった方向に向けて弾倉にあった全ての銃弾を放つ。

 そうしてメトロで一般流通している使い古されたアサルトライフルから放たれた弾丸の半分以上は虚空を貫くだけだ。

 だが残りの銃弾は叫び声と共に何もない空間に血飛沫を撒き散らす。

 そして銃撃を食らった事によるショックなのか先程まで何もいなかった場所の光景が解ける様に消えていき異形の生物が現れた。


「先生、襲ってきた生物は一体何ですか!!」


「光学迷彩を搭載した人攫いに特化した生物だ! 打たれ弱いが近付かれれば終わりだ! 見つけ次第最優先で殺せ!!」


「了解!」


 光学迷彩を搭載した生物、エイリアンの一種であるだろう生物は廃墟を飛び跳ねるエイリアンとはまた違った異形さがあった。

 成人男性と同じ大きさでありながら装甲に全身を覆われておらず代わりに模様が細かく変化する体表の様な物を纏っており死後も体表は不規則に変化を続けていた。

 だが一番に悍ましいのはエイリアンの胸部、腹部を繋いだ形で臓器の代わりに大きな空間があった事だ。

 人間一人位なら収納できる大きさであり光学迷彩を可能とすることから考えて人を攫う為に作られた種類なのだろう。

 バッタの様に飛び跳ねながら銃撃を加えるエイリアンが対象となる人間を足止め、または誘導を行い忍び寄った光学迷彩を搭載したエイリアンが人間を捕まえる。

 初見であれば見破る事は不可能であり、無線で助けを呼ぼうにもジャミングによって連絡は出来ない、仮に逃げようとしてもバッタの様に飛び跳ねるエイリアンが見逃すとは思えず捕獲が困難だと判断すれば容赦なく殺しにかかるだろう。


 だが今回は違った。

 襲撃してきたエイリアンは一匹残らず倒され、最後の反応がセンサーから消えると同時に辺りは静寂に包まれた。

 先程までの激戦が嘘の様に静まり返った廃墟の中で傭兵達は目を凝らしながら辺りを警戒し続けていた。


「バッタに透明。成程、捕獲特化のエイリアンに、人間を追い立てる猟犬といったところか、実に厄介だな!!」


「ボス、笑い事じゃないわよ!」


「笑うしかないだろう、行方不明のプスコフを探しに来たらエイリアンと出会うなんて誰に予想が出来る」


 戦車から降りたノヴァにアルチョムとソフィアは詳しい説明を求め、その事に関してノヴァは隠す事無く知る限りの情報を二人と傭兵達に伝えた。


「これが先生の言っていたエイリアンですか?」


「嫌だわ、こんな生物がいたなんて……」


「これが『禁忌の地』の正体だろう。誰も生きて帰ってこなかったのも一人残さず連れ去られたか、或いは殺されたのだろう。いやはや、エイリアン案件、エイリアン案件」


「何故人間を捕獲するのですか?」


「そうよねぇ~、生かして奴隷にでもするの?」


「違うぞ、エイリアンは元人間だぞ。奴らが人間を捕獲するのは改造する為だろう。その成れの果てがさっき倒したエイリアンだ」


「…………なんですって?」


「……そんな!」


 ノヴァは比較的原型を留めていたエイリアンの死骸をナイフで解剖しながらその構造を解析していく。

 その最中にエイリアンの正体を軽い調子で告げられたアルチョム達は最初ノヴァが言った言葉の意味が理解できなかった。

 だが言葉の意味を理解した瞬間にアルチョムとソフィア、そして傭兵達の顔は青白いものに変わってしまった。


 その土地に入った者は誰一人として生きて帰らなかった──いや、帰れなかったのだ。


 メトロに数多く流れる『禁忌の地』に関する噂の正体、それを引き起こしていたのがエイリアンであり、エイリアンが元人間である事。

 アルチョムとソフィア達の反応からしてエイリアンの存在そのものがメトロには伝わっていないのだろう。

 地上にはミュータント以外の脅威がありエイリアンが人間を攫って改造していますと告げてしまえば大きな社会的混乱を起こす、当時の帝国上層部がそう考えて情報封鎖を行い隠蔽したのかもしれない。


「もしかしてプスコフも!」


「十中八九捕獲されて改造待ちだな」


 アルチョムが考えている事は恐らく正しい。

 プスコフの隊員はエイリアンに捕まり改造されているか、もしくは改造を終えて先程倒したエイリアンの中にいたのかもしれない、或いは逃げようとして殺されたか。

 その可能性を指摘されたアルチョムの顔は青白さを通り越して真っ白になっていた。


「よし、それじゃエイリアンの住処にカチコミ掛けるぞ」


 だがノヴァの一声がアルチョムや傭兵達に蔓延していた暗い空気を吹き飛ばした。

 その言葉の意味が理解できない者はこの場にはおらず誰もが信じられない目でノヴァを見つめていた。


「ボス本気?」


「本気だよ。部隊が皆エイリアンに改造されたと決まった訳でもない。仮になっていたとしてもドックタグでも持ち帰れば恩を売る事は出来るだろう」


 ノヴァの元々の目的は行方不明の隊員を探し出してプスコフに恩を売る事である。

 可能であれば生きているのが望ましいが最悪の場合でも遺品を持ちかえれば最低限の恩を売れるとは考えているのだ。

 その為にもエイリアンの住処にノヴァは行かなければならない。

 無論アルチョムや傭兵達がエイリアンと戦う事に怯えているのであれば逃げるのも選択の一つではある。

 だがノヴァとしては時間が惜しい、二度手間は避けたいところであった。


「先生、私にも出来る事はありますか?」


 だが傭兵達が反対の声を上げる前にアルチョムがノヴァに賛同した。

 その言葉を聞いた傭兵達がノヴァに向けるのと同じ視線を向けるがアルチョムが動揺することはなかった。


「君が異様に熱心な理由は聞かないでおこう。だが本当にプスコフの隊員を助けたいなら危険な目に遭ってもらうぞ」


「構いません」


 真っ白になり掛かった顔のままノヴァに向けてきたアルチョムの表情には言葉では言い表せない覚悟の様なものがあった。

 これ以上尋ねるのは無粋、そう判断したノヴァはエイリアンカチコミ作戦にアルチョムを加えることにした。

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