第110話 条件
ザカフカーズ駅はメトロに数ある駅の中でも比較広い面積を持つ駅である。
複数の路線から構成された中継駅であり駅構内から出る事無く複数の路線を乗り換える事が出来る作りとなっている。
乗り換えのホーム以外にも出店などを組み入れられる余剰空間も多く作られており地下に作られてはいたが圧迫感を感じる事がない。
それがザカフカーズ駅であったがプスコフが拠点を構えた事でその姿は大きく変化した。
ノヴァはセルゲイと共にグレゴリーの副官らしき屈強な兵士の後ろを着いていきながらザカフカーズ駅構内を注意されない程度に観察をした。
元々あったであろう出店は跡形も無く撤去され構内の余剰スペースは一つ残さず隊員の宿舎や武器格納庫等に転用、それでも収容しきれなかった物が構内の通路の端に積み上げられていた。
もはや電車が乗り入れる事がない路線は射撃訓練場に転用、ホームも肉体錬成の為の訓練場と化していた。
そして多くの軍需物資で狭まった通路を駅構内にはプスコフの構成員は当然として彼らの家族らしき女性や子供が通り過ぎていく。
元は帝国軍の一部隊であったプスコフも現在はメトロに適応し終えたのか駅の中に一つのコミュニティーを形成していた。
そんな駅構内をセルゲイは慌てる事無く進んで行くがノヴァは違った。
装着していた外骨格のせいで駅構内にある老若男女問わずに視線を集めていたのだ。
女性は比較的遠くからノヴァを観察しているだけであったがプスコフの隊員である男性は誰もが注意深くノヴァの外骨格を観察していた。
そして小さな子供に関してはガションガションと音を立てながら進んで行くノヴァの後ろをカルガモの様に付いて来ていた。
「此処に入ってお待ち下さい」
後を付いていた副官の男が立ち止まったのは応接室と書かれた部屋の前であった。
セルゲイは扉を開けて難なく入っていったがノヴァはそうはいかない、一先ず後ろをカルガモの様に付いて来ている子供を離してノヴァは外骨格を外した。
機械的な作動音と共に外骨格の背面が展開されノヴァが姿を現す、すると周りを囲んでいた駅の住人達は皆驚いたような姿を見せていた。
その驚きは見た事がない外骨格の中に人がいた事に驚いたのか、はたまた中から出てきたのが年若い青年であった事が意外であったのか、その理由はノヴァには分からない。
取り敢えず外骨格を待機モードに移行、周りにいる住人達に勝手に触らない様に、危害を加えると自動で迎撃行動の為に動き出すからと注意をしてからノヴァは応接室に入る。
部屋の中は外と違い必要最低限の物しか置かれていない。
そして中央に対で置かれたソファーの片方にセルゲイが座っていたのを見たノヴァも同じソファーに座り、グレゴリーが来るのを待った。
それから三分も経たないうちに扉が叩かれる音と共にグレゴリーが部屋に入ってきた。
その姿はセルゲイに銃を突き付けていた時とは違い昂っている様子は無く冷静であり、軍人然とした姿であった。
「先ず二人に謝罪を、武装を解除していたのにも関わらず武器を向けた事は本当に済まなかった」
「俺に関しては謝る必要はない、慣れている」
「交渉を最後まで聞いてくれることを条件に謝罪を受け入れます。何かしらの理由があっての行動でしょうが肝は冷えましたから」
「感謝する。改めて私はザカフカーズ駅に拠点を構えるプスコフの指揮官を務めているグレゴリーだ」
「初めましてグレゴリー指揮官。今回セルゲイさんを通してアポイントメントを取ったノヴァです。よろしくお願いします」
ノヴァとグレゴリーは互いに手を差し出し握手を行う。
その後に互いにソファーに座ると今回の面会に関する話し合いを始めた。
「さて、セルゲイの手紙にも貴方の名前が書かれていましたが、情報流出を考えて書面には面会を望むとしか書かれていませんでした」
「ああ、そうだ。だが俺の役目は顔合わせの場を作った位だ。プスコフに用があるのは客人の方だ」
「その通りで、セルゲイさんにはパイプ役になっていただきました。今回の件も迅速にかつメトロにいるマフィアに情報が洩れない様に対策を施しました。急な来訪も一環です」
「成程。では失礼を承知で尋ねさせてもらおう。地上でドレスファミリーが壊滅したのは君が原因なのか?」
大規模な武装組織を率いているグレゴリーはメトロにおける情報収集を欠かしていない。
情報が一つでも掛けた先に待つのは部隊の損耗であり、プスコフ全体の弱体化だと身をもって知っているからだ。
そして現在のメトロにおいて一番ホットな話題は地上に進出したドレスファミリーが僅かな生存者を残してボスを含めた上層部諸共に壊滅したという大事件だ。
大人から子供までドレスファミリーを壊滅させたのは誰かと根も葉もない噂で持ち切りであり正確な情報を集めるのは困難であった。
唯一分かっているのはメトロに存在する何処の組織も大規模な行動を起こしていない事、地上に大規模に進出したのはドレスファミリーのみである事、壊滅したのは地上で起こったという情報だけだ。
本来であれば僅かな情報だけで事件の詳細な全体像を掴む事は出来ないだろう。
だがグレゴリーはドレスファミリー壊滅から間を置かないで届いたセルゲイからの手紙によって予感の様なものを抱いていた。
それは手紙に書かれているノヴァという名の人物がドレスファミリー壊滅事件の首謀者に近しい人物ではないかという予感だ
「そうです」
「……隠す気は無いのか」
「隠した処で何時かは知れ渡ります。それでも現状では誰に知らせるかを選ぶ選択肢がありますから」
だが問いかけたノヴァが返した反応はグレゴリーが予想したものではなかった。
戦果を勝ち誇る訳でもなく事実を伝えるだけに留まっている、まるでドレスファミリーを壊滅させたことなど些事に過ぎないと言わんばかりに。
「成程、セルゲイが慎重を期すのも頷ける」
「信じてくれるのですか?」
「ああ、セルゲイは詐欺といった唾棄すべき行為をする男ではないと知っているからだ。無論、今話した事全てを信じる訳にもいかないが」
「今はそれで十分です。それで契約内容ですがプスコフを雇用したいと考えています。内訳としては複数部隊を指揮できる人材に加え最低でも組織的な戦闘を行える隊員を2,30名程求めます。報酬内容はこちらに記した通りです」
ノヴァは報酬内容を記した書類をグレゴリーに手渡す。
其処に描かれているのは報酬として食料、補修部品などが記されておりメトロの相場からすれば十分な量だとセルゲイに太鼓判を押された内容である。
無論、これは報酬内容の素案にしか過ぎず今後の話し合いによっては変動する事も考慮に入れた内容に仕上がっている。
そして報酬はグレゴリーを、プスコフを動かすには十分なものであったようだ。
書面を見たグレゴリーは僅かに目を見開き、書類を何度も繰り返して読み込んでいく。
そして書かれた内容が決して自分の読み間違いでない事を理解すると書類を机に置き目を瞑った一人考えに耽った。
「報酬が事実であれば、マフィアを殲滅するのであれば喜んで力をお貸したいと言いたいところです」
グレゴリーが考えていた時間は長くない。
だが何かを決断したような表情でグレゴリーはノヴァの顔を見た。
手応えありとノヴァは内心でガッツポーズを行うが表面上は平静を取り繕いながらグレゴリーの返事を待った。
「ですが……、この依頼、お断りさせていただきます」
だがグレゴリーの口から出た言葉は報酬内容の擦り合わせなどではなかった。
聞き間違いでも何でもなくプスコフを率いるグレゴリーはノヴァからの依頼を断ったのだ。
「貴方の持ち込んだ依頼が悪い訳ではなく、それどころか素晴らしい報酬内容です。それと周囲からの横槍があったわけでもありません。ただタイミングが悪かったのです」
そう話すグレゴリーの目は疲れ切っていた。
間違いなくプスコフで何かが起き、それが原因で組織もグレゴリーも追い詰められていた。
「二日前にプスコフでも優秀な部隊が丸ごと一つ消えました。また同時に運用可能な火器が払底しました。それを受けて私を始めとしたプスコフ上層部はこれ以上部隊を存続させるのは不可能と判断、プスコフの解散を近々宣言するつもりであったのです」
◆
「先生、プスコフとの契約はどうなりましたか?」
「……流れた、あ“~~~~」
プスコフとの面会を終えてキャンプに戻ってきたノヴァは執務室にある机の上に突っ伏して言葉にならない感情を吐き出した。
その姿を見ていたのは少し前にキャンプに帰還していたアルチョムでありノヴァの姿と言葉から契約が結べなかったことを知る事になった。
「プスコフの虎の子である第一部隊が全員失踪、運搬していた火器も何もかも含めてだ。それで駅全体がお通夜状態、指揮官の子供もいたようで上も下も死んだようになっている。おまけにプスコフとして今後の展望が描けないから部隊上層部は解散を考えているという役満状態だ」
「第一部隊が全員ですか!?」
「知り合いでもいたのか」
「ええ、います。ですが精鋭と言われる第一部隊が一人も帰ってこないとは……」
突っ伏したままのノヴァの口から出てきたのはプスコフの散々たる現状である。
このような状況であれば多少割のいい依頼が入ろうと長期的な展望を描けない以上は安易に依頼を引き受ける事が出来ないのだろう。
それ以前に運用できる銃火器が払底した状態というのは軍事組織として致命的である。
説明を受けたアルチョムもプスコフの内情を知った事で何かしら思う事があったのか表情は険しいものになった。
「言い出しておきながらこの様だ、すまない」
「謝らないでください、セルゲイさん。こればかりはだれも予想出来ないのですから」
セルゲイはプスコフとのパイプは持っていたようだが詳しい内情までは知らされていなかったようである。
どちらかと言えばプスコフではなく指揮官であるグレゴリーとの間に私的な交友関係を細々と続けていたというのが正しいだろう
指揮官であるグレゴリーもプスコフの内情を教えるつもりは無く細々とした交友に留めていた事も原因ではあるだろう。
「逆にセルゲイさんに捜索を頼むかと思っていたけどそれも無い。となるとプスコフ解散は既定路線なのだろう」
ノヴァとしては行方不明になった仲間を探してほしいと逆に要請されるかと思っていた。
だがそんな事は無くグレゴリーは何らかの条件を付ける事も無くノヴァとセルゲイを開放した。
恐らくプスコフ側も散々手を尽くしたが結果が芳しくなかったのだろう、それが諦めとなって駅を覆い尽くしているに気付いたのは応接室から出た時だ。
訓練をしている隊員も惰性で続けているだけなのか掛け声には気合が籠っておらず、改めて駅を観察すれば誰も彼もが暗い顔をしている事にノヴァは遅まきながら気付いた。
彼らは散々手を尽くした上で諦めた、そしてプスコフという組織は駅の中でひっそりと死んでいく事を選んだのだ。
「済まない、当てが外れ──」
「なら、無理難題を実現すれば話を聞いてくれるな」
だがノヴァはこの程度で諦める物分かりに良い人間ではない。
セルゲイの謝罪を打ち切り突っ伏していた顔を挙げると表情には変なやる気が漲っていた。
「ソフィアはいるか!」
「あら。どうしたの、ボス? アタシに何が御用かしら?」
「少し、付き合え」
「……ボスはそっちの方だったのね。少し待って身嗜みを──」
「下らない事を言う元気があるなら無くなるまでこき使ってやろう」
傭兵の中では突出した個人戦闘能力を持つソフィアを呼びだしたノヴァ。
その際に甚だしい勘違いを容赦なく一刀両断すると装備を整えて外出する準備を整える。
「勘違いしているようだが俺は男色ではないし呼んだのは色事目的ではない。お前の他に戦闘に秀でた傭兵を何名か見繕って俺と一緒に調査するだけだ」
「ノヴァ、お前さんは何をするつもりだ」
「『禁忌の地』の調査。こんな面倒はさっさと解決するに限ります」
セルゲイの問いかけにノヴァは誤魔化す事無く答える。
調査に向かう先はプスコフの部隊が消息を絶った場所、原因を調査し可能であれば行方不明になったプスコフの隊員を見つけて恩を着せる腹積もりであった。
「先生! 自分も同行させてください!」
「アルチョムか? 任せていた仕事がある筈だが?」
「終わらせた後に急いで取り掛かります。ですからどうかお願いします!」
ノヴァがソフィアを連れて出ていこうとするのを引き留めたアルチョムは必死であった。
その表情から行方不明のプスコフの部隊に深い交友を結んだ友人がいると察したノヴァはアルチョムに問いかける。
「付いてくるのはプスコフの隊員を探すためか?」
「そうです」
「向かう先は『禁忌の地』と呼ばれているらしくどんな危険があるか不明だ。キャンプでも替えの利かないアルチョムを連れて行きたくは無いのだが」
「指示には必ず従います、勝手な行動もしません。ですからお願いします」
「親友がいるのか?」
「……はい。大切な友がいます」
「……分かった。武装は以前貸した武器を装備して付いて来い」
「分かりました!」
ノヴァはソフィアと他数名の傭兵にアルチョムを加えた即席調査チームを結成すると直ぐに動き出した。
目指すは『禁忌の地』、其処で何か起こったのかノヴァは事件の真相を探るために行動を開始した。
「これ、エイリアン案件じゃねえかっ!!」
そして事件は大した謎を内に秘めた事も無く全容はあっけなく明らかになった。
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
・放送局を占拠しました。
・施設を完全に制圧しきれていません。
・ランダムでミュータントが襲撃してきます。
・簡易陣地(改)を作成:ミュータント迎撃効率10%向上、
・迎撃用の罠を多数設置:迎撃効率20%向上
・放送設備は使用不能です。
・労働可能人員:1+10人+村からの一時的な避難民+???
*大量の移住希望者が向かっている
→キャンプには彼らを収容する余剰は無い!
・放送局制圧進行率 :98%→駆除はほぼ完了している
・放送設備修復率 :0%→被害状況の調査を予定している
・仮設キャンプ:稼働中
・食料生産設備:稼働中・自給率は低い
・武器製造:火炎放射器 生産完了:予備以外の追加生産の予定は無し
・道具製造:汚染除去フィルター(マスク用)市場流通分の追加生産を予定
・バイオ燃料:生産中
・新規施設建造中
・ノヴァ:サイドミッション発生は速攻で終わらせる!
→エイリアン案件じゃねえか!! チクショウメ!!
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