第109話 古巣へ

 セルゲイの古巣であるザカフカーズ駅に拠点を構えるプスコフ、その起源は戦争中に対連邦軍を想定して編成された機械化歩兵部隊を中心とした連隊、であったらしい。

 連隊の任務は帝国に侵攻してくるだろう連邦軍の迎撃、陸海空全軍の共同作戦において地上部隊の迎撃を担当する方面軍の一翼であった。

 そして連邦との戦争が幕を開けると血で血を洗う鉄火の最中に投入され、甚大な被害を出しつつも迎撃を完遂し帝国の勝利に大きな貢献を行った。


 だが連邦は日増しに増していく戦局の悪化を受け前線を放棄、後方に新たな戦線を構築すると共に残存部隊の撤退に合わせ核兵器を投入。

 追撃を仕掛けた帝国軍部隊は核の炎によって塵も残さず焼き尽くされた。


 ──それが終わりの始まりであった。


 連邦軍が核を投入したことを受け帝国は国際法など既に形骸化し無力と成り果てたと判断、報復として核を対連邦戦線全てに投入する事を決断。

 戦場を覆っていた鉄火は消えた、その代わりに汚染された炎が戦場を蹂躙した。

 其処は最早軍人が人間として戦う盤面は存在しない、人と人が、軍人と軍人が互いの兵器を向け合い撃ち合う戦場は姿を消した。

 だが戦争は終わらない、帝国軍最高司令部は連邦が核の報復攻撃後に地上侵攻を企てていると情報を入手し迎撃策を想定していた。

 事前作成していた戦争進行計画に従い全残存部隊は地下深くに建造された軍事シェルターや地下空間に避難、侵攻してきた連邦軍を迎撃するべく戦力を温存する事を命令された。

 プスコフも下された命令に従い核の炎や放射線が及ばない地下に避難し戦力の温存を指示された部隊であった。

 軍事シェルターではなくザヴォルシスクのメトロに避難したのは部隊展開地点から最短距離に存在したシェルターであったからだ。

 そしてメトロに避難したプスコフは対連邦を見据えて地下で戦力を錬成し続け来るべき命令に備え続けていた。


 ──それがセルゲイの語るプスコフの歴史であった。


「だからと言って二百年も経てば当時を知る人物は全員鬼籍。間違いなく世代交代だけでも三世代以上も経っているので最高司令部からの命令を待ち続けるのは困難なのでは?」


「そうだ、30年は持ったがそれ以降プスコフはザカフカーズを拠点にした軍閥となり周囲一帯を支配する様になった」


 語られたプスコフの歴史に疑問を覚えたノヴァにセルゲイは歴史の続きを語り始める。

 プスコフが帝国軍の部隊として規律を保てたのは僅か30年しかなかった。

 いや、30年でも良く規律を維持し続けたと言えるだろう。

 だが最高司令部からの命令を待ち続けるには、部隊の練度を維持し続けるにはメトロに持ち込めた物資だけでは足りなかった。

 最初の1,2年は何とか物資を節約していたようだが3年目にもなると物資不足は顕著になり当時の指揮官はプスコフの活動を一部変更した。

 それが精強無比と当時謳われていたプスコフ所属部隊の他の駅への派遣である。

 当時は今よりもメトロに生息するミュータントは少なかったが対処法が確立される前であり犠牲者は数多く、駅の防衛強化は喫緊の課題であった。

 だがメトロに逃げ込めたのは軍人ばかりではない。

 帝国は義務教育において銃の取り扱いを指導していたお陰で民間人の中にも銃器の扱いを心得ている人がいたが当時は人手も銃も足りなかった。

 そんな時に現れた本職の軍人であるプスコフは、独自に自衛勢力を保有できない駅にとってはまさに救いであった。

 プスコフは周囲一帯の多くの駅との間に契約を結び部隊を常駐させることと引き換えに生活に必要な食料等の物資を調達するようになった。


「当時の隊員は何処の駅でも注目されたようだ。それもそうだ、地下にまでミュータントが現れるようになってから急いで防衛戦力を整えようにも時間も技術も無かった。それで何処もプスコフを引き入れようと必死だったらしい」


「……らしい、では今は違うと?」


「ああ、プスコフの最盛期は何時までも続かなかった。プスコフの働きで時間を稼げた駅の多くが独自にミュータントの対処法を学び、それを基にして独自の自警団を作るようになるとプスコフとの契約を解除するようになった」


「薄情ですね、軍事顧問として雇い続ける選択肢もあったのでは?」


「当時の事は記録に残ってないから俺もよく知らない。だがミュータントに備えるだけであればプスコフは強力過ぎ、運用コストも相応に高かったのだろう。プスコフが強力であるのは理解しているが負担が大きい、ならば戦力は下がるが対ミュータントに特化した低コストの自警団の方が良いと判断したのだろう」


 プスコフは強力であったが対ミュータントに用いるには過剰な火力であった。

 そして何より彼らの戦力を維持し続けるには大量の食料や物資が欠かせず、常時雇い続けるのはどの駅でも厳しかった。

 少しずつ契約は打ち切られていき、危機感を覚えたプスコフも負担軽減の為に複数の駅に跨った契約を結ぼうと考えた。

 だがそれだとプスコフの得られる報酬は当然のことながら減る事になり、部隊の戦力を維持し続けるには足りないのだ。


「プスコフ内部にもこのままじゃ駄目だと考えていた奴はいた。だが部隊を変えようにも当時はまだ現役の部隊員がいた事もあって変化は起こせなかった。『プスコフは今も帝国軍の一部隊であり卑しい傭兵ではない』、そう当時の上層部は答えたようだ。メトロにいても帝国軍的な立場を変えず部隊全体に徹底的な上意下達が仕込まれ続けた結果、下は身動きが取れず、上は旧来の考えから脱却する前に慣習に染まってしまった。こうなると内部からプスコフを変えるのは不可能、現役世代がいなくなるまでプスコフは変われなかった」


 当時の部隊上層部の石頭によってプスコフは帝国の一部隊という認識から脱却出来ず──だが見方を変えれば上層部の石頭のプライドによってプスコフは軍人崩れの野盗に堕ちる事は無かった。

 だが代償としてプスコフはゆっくりとやせ細っていく様になる。

 物資は慢性的に不足するようになり結成当時の戦力は低下する一方、事態を打開しようと食料栽培等に手を広げるが彼らの本職は軍人である。

 当然の様に上手くいかず生産できたとしても部隊全体を賄うには全く足りなかった。


「軍人的な気質が悪い方向に作用してしまったのか」


 軍人は国の平和を守る者であり、生産者ではない。

 平時であっても現代的な軍隊を維持するのは膨大な物資と資金が必要となるのだ。

 それを全てメトロで賄うことは不可能であり、プスコフが弱体化するのは避けられない運命であったのだ。


「メトロ駅が駄目でも帝都があったのでは?」


「当時の上層部が何度も足を運んだが門前払いをされた。酷い時は威嚇なのか足元に銃撃を加えてきたようだ」


「帝都もダメとなると……詰みですか?」


「ああ、そうだ。他所から見れば錆び付いた誇りを抱え続けた結果弱体化し野盗にもなりきれなったのがプスコフだ」


 それがセルゲイの語る古巣でもあるプスコフの評価であった。

 だがその口調は嫌悪に染まったものではない。

 其処にあるのは悔しさか何か、セルゲイの中には今でもプスコフへの捨てきれない思いがあるのだろう。


「だが衰退の一途を辿る筈だったプスコフは三十年前に在るモノを見つけてから息を吹き返した」


「在るモノとは?」


「悪いが昔話は此処までだ。此処からはプスコフの支配領域だ」


 そう言ってセルゲイとノヴァの二人は脚を止めた。

 二人の視線の先にあるのは今迄と特に変わった様子の無いメトロの光景である。

 唯一違いがあるとすれば『ここより先はプスコフの領域なり』と書かれた看板があちらこちらに見つけることが出来る程度である。

 だが見慣れているセルゲイにとってここから先はプスコフの領域であり油断の出来ない場所に踏み入る事を意味するのだ。


「先ぶれや知らせは出していますよね?」


「事前に出している、が」


「が?」


「……『来るなら来い』としか書かれていなかった」


 今後の事を考えてアポが取れたと聞いた瞬間にセルゲイを連れてメトロに来たのは間違いかもしれないとノヴァは考えた。

 或いはもう何度かやり取りをしてから来た方が先方の心証も良くなったかもしれない。

 だが時間が惜しいのは本心でもあり、気長にやり取りをする余裕がないのも事実である。


「本当に大丈夫ですか?」


「見ず知らずの他人ではない。それなりに交友のある奴だったから出会い頭に殺しに来ることは無い筈だ」


 ホントでござるか、と言い出しそうになったノヴァだが現状プスコフにアポを取れるのはセルゲイだけである。

 そして何よりプスコフの内情を知っているのがセルゲイであり道中殺されそうになるのが確実であれば訪問を引き留める判断を下すだろう。

 想定していた返答の斜め上ではあったがセルゲイが引き留めないのであれば聞く耳がない訳ではないのだろう、……心証は悪そうだが。

 そうノヴァは自分に言い聞かせた。


 そうしてノヴァはセルゲイの後ろに続きメトロの中を進んで行く。

 道中にはミュータント避けの杭や罠が幾つもあったがセルゲイは脚を止める事無く進んで行き、ノヴァも同じように避けて進む。


「此処だ」


 それから短い時間を歩き続けると少しばかり開けた空間に二人はいた。

 明りはなく真っ暗闇の中ではあるがノヴァは装着している外骨格に搭載された暗視装置で、セルゲイはヘルメットに装着する年季の入った暗視ゴーグル(ノヴァ修理済み)を着用しているので暗闇でも視界に問題はない。


「姿を上手に隠して潜んでいますね。光学センサーは誤魔化せても赤外線その他センサーの前には丸裸ですよ」


「……以前のおんぼろゴーグルなら見つけられなかった」


 そして二人の視界には暗闇の中に巧妙に隠れているプスコフの隊員らしき姿を逃す事無く捉えていた。

 だが此処に来たのはプスコフと戦う為ではない。

 セルゲイは手に持っていた銃を地面に置き、両手を上に掲げて大声を出す。


「撃つな! 攻撃の意図は無い! 俺はセルゲイ、友であるグレゴリーに話があって来た! 客人を連れているが彼にも敵対する意思は無い!」


 セルゲイと同時に構えていた銃を地面に置いたノヴァ、その視界にはセルゲイの言葉を聞いた事で隠れていた隊員の何人かが動き出すのを捉らえていた。

 そしてセルゲイが大声で叫んでから暫くすると突如として暗闇に包まれていた空間を光が満たし照らした。

 そして光源の照射と共に隠れていた隊員が動き出し二人を包囲した。

 その手には何度も修繕が加えられた年季の入った帝国正式採用のアサルトライフルが握られ不審な動きをすれば即座に発砲できる状態にあった。


「久しぶりだな、セルゲイ! まだ生きていたのか!」


「グレゴリー、久しぶりだな」


 二人を囲んでいる隊員とは別に駅の中から完全武装の軍人を引き連れた屈強な老人が現れ、包囲されている二人に近寄ってくる。

 そして、その老人こそがセルゲイの言っていた友人であるグレゴリーであった。


「お前が此処を去ってから二十年も経った。お前の知っているプスコフは既に何処にもいない、それなのに、何故お前は此処に来た!」


 だが、セルゲイの落ち着いた様子とは正反対にグレゴリーの姿は昂っていた。


「プスコフを変えると叫び、任務に邁進し多くの戦果を挙げ、叙勲までされた。お前に憧れた者は数多くいた! それなのに……」


 老人とは思えない気迫を醸し出しながら大股で近付く姿は軍人そのもの。

 威厳の深さも備えた姿を見れば頼りになると多くの人が思うだろう。


「それなのに何故お前はプスコフを捨てた!」


 グレゴリーは握った拳銃をセルゲイに向けた。

 その撃鉄は引かれ、薬室にも弾丸は装填されている、後は引き金を引くだけで即座に銃弾が撃ち出される状態である。


「済まない」


 セルゲイは何もしなかった、両手を上に掲げたまま銃を突きつけるグレゴリーから目を晒さなかった。


「何故何もしない、何故反撃をしないセルゲイ! お前ならこの状況下であっても対処出来るはずだ! プスコフ歴代最強と呼ばれたお前に出来ないことなどない筈だ!」


 その姿はグレゴリーの望んでいたものではなかったようだ。

 必死になってセルゲイに語り掛けてはいるが第三者から見れば武器を手に持たない丸腰のセルゲイに対して銃を突きつけるグレゴリーにしか見えない光景である。

 だがノヴァの目には違う姿に見えた。


「……銃を下ろせ、先に二人を案内しろ」


 セルゲイはグレゴリーから投げつけられる言葉に言い返す事は無かった。

 何も口にせず、グレゴリーからの罵声を聞き続けただけであった。

 だがそれでよかったのだろう

 銃を突き付けていたグレゴリーはまるで怒りの矛先を失ったかのように、或いは間違っていたと気付いたのか拳銃を下ろした。


 その姿にノヴァはどうしようもなく追い詰められ、だが上に立つ人間として弱気な姿を見せられないと自分を、仲間を欺き続けた男が信頼できる友を前にして内心を吐露したように見えたのだ。

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