第106話 大転換!?
仮設キャンプは大きな変革を迎えようとしていた。
元々はミュータントが大量に巣食っていた放送局を始めとした廃墟群であったがノヴァは持てる力と技術を総動員しこれを撃滅、ミュータントを一掃し放送局を支配下に置いた。
最終的な目的は放送局に隣接された大型電波塔を修復し救難信号を発する為である。
その為の下準備として調査電波塔の修復途中に建物が崩壊しない様にミュータントに荒らされた地下構造体の調査を行っていたが先日完了した。
致命的な欠損は見つからなかったが念の為に幾つか怪しい場所の補修をすれば問題は無いだろうとノヴァは判断した。
そうしてノヴァは漸く電波塔の復旧に取り組めるようになった。
そう、ノヴァによって仮設キャンプは大きな変革を、長年放置され自然とミュータントによって傷付けられて破損した電波塔の復旧に取り組む──そのつもりであった。
だが修復作業が始まる事は無かった。
「先生、あの、此処に移住したいと言っている人達が来ています、……何人も」
「うちは移住を募集していないYO!?!?」
何故なら弱肉強食上等のミュータントよりも、他者を騙し脅し奪う人の形をした獣同然のマフィアよりも厄介な問題が襲来したのだ。
◆
仮設拠点におけるミュータントを駆逐したビル内部に大きな一室がある。
其処は最近手狭になったキャンプから作業場所を移したノヴァの執務室兼作業部屋兼研究室兼会議室という多目的すぎる部屋であり引っ越したばかりの筈なのに既に色々な物が運び込まれていた。
また部屋の中で比較的奇麗に片付いた一角には大きなテーブルと椅子が何脚も運び込まれ会議が出来るようになっていた。
そして今、テーブルには仮設拠点において影響力の強い人物たちが集って会議を行っていた。
議題は勿論、仮設拠点に移住を希望したメトロ住人の取り扱いである。
「どうしてこうなった……、どうして明らかに不気味且つマフィアを蹂躙したヤバい奴らの所に移住希望を出しに来るんだよ」
議長兼仮設キャンプの中心人物であり、メトロに向けて色々と作っては放り投げ、つい最近は襲撃してきたマフィアをミュータントごと撃滅したノヴァ。
「大丈夫ですか先生、移住希望者には帰ってもらいますか?」
ノヴァが製造した品々をメトロに送る運搬と取引を担い最近は秘書的な立場を確立しつつあるアルチョム。
「……ごねるようであれば無理矢理にでも追い出す必要があるぞ」
キャンプにおけるミュータントの駆逐や製造した品々を運搬する人手の供給源である村を代表して会議に参加したセルゲイ。
そして──
「問答無用で追い返せばいいのに何を悩んでいるだい?」
「そうよね、マフィアをあれだけ容赦なく潰したじゃないの?」
先日のマフィア殲滅の協力者であり傭兵部隊の纏め役でもあった女傭兵。
壊し屋と呼ばれる個人においてはノヴァを超える強さを持つオカマ傭兵。
アルチョムやセルゲイ等の関わりの深い人物であれば会議室に居てもおかしくは無い、だが何故か傭兵の二人が当然の様に会議に参加していた。
「どうして君達が此処にいるの? 支払いはちゃんと済ませたよ」
「確かに、この前の依頼は文句の付けられない取引だった。だからこそ僕らとして今後も取引できる様に新規顧客の開拓として参加させてもらったのさ」
怪しい視線をノヴァに向けられている女傭兵の表情は実に胡散臭い笑顔である。
前回の依頼にしても他の傭兵を巻き込んで完全に統制していたことから直接的な戦闘よりも裏方として采配を振るうことが得意な傭兵なのだろう。
だからと言ってメトロからの移住問題に傭兵達が参加できる立場ではない、それどころか円滑な会議の邪魔になる可能性の方が高──
「それに、お土産としてメトロの裏事情に関する情報を持ってきたよ。どうして彼らが此処に来たのかその理由の一片を知りたくない?」
「……価値ある情報であれば見合った報酬は払おう」
「流石ボス、気前がいい人は好きだよ。ちなみに僕の名前はオルガ」
「アタシはソフィアよ。よろしくね、ボス」
「……お、おう」
女傭兵のオルガ、壊し屋のソフィア、実に癖の強い人物達である。
……特にソフィアに至っては自己紹介時に筋骨隆々の体躯を持ちながら自然にウィンクをしたのでノヴァは懐に忍ばせていた拳銃を一発位誤射しそうになった。
「さて、それじゃメトロに関しての情報だけど今向こうは上も下も大騒ぎ。何せメトロでも上から数えたほうが早い大組織が丸ごと消えてしまった。何処も事実確認と空白地帯になったシマを奪い合う有様だよ。此処まではボスも知っているよね」
「そうだ、アルチョムから聞いてはいるが驚きはしない。元から裏業界の混乱を狙っていたからな」
ノヴァとしては大手組織を壊滅させる事で他のマフィアがハゲタカの様に我先にと空白となった場所を奪い合うのは想定していた。
その奪い合いは数日で終わるものではなく長期間に渡る混乱が続くのは間違いない。
そうなればマフィアも他所へ手を出す余裕も無くなりノヴァは作業に集中できる、実に単純明快であるが実現する可能性は非常に高いとノヴァは考えていた。
事実あれから取引に出かけたアルチョムからも怪しい動きは無いと報告を受けている。
マフィア側も余裕がなく下手に動いてドレスファミリーの二の舞になりたくないのだろう。
「マフィア側の理屈はその通り。だけど一般的なメトロ住人は違う、死んで当然の屑どもだったけど彼らと関係を持っていた人は沢山いて、しかも彼らが持つ組織力を後ろ盾にしていた駅やコミュニティも数多くあった。これが何を意味するか分かる?」
「……マジかよ」
メトロを牛耳るマフィアを片付けた、悪者は全員いなくなってミュータントも片づける事が出来てめでたしめでたし──で終わる事は無かった。
「だけどドレスファミリーは壊滅してしまった。何処を探しても影も形を見当たらない、そんな状態が続けばどうなるか。その結果として今迄では考えられない程にメトロは不安定になっている。小さな火種さえあれば忽ち燃え上がる、もしかしたらすでに燃えているかもしれないけどね」
「アタシ達も最初はメトロに戻ろうとしたけど何処も彼処もキナ臭くてね。傭兵としては稼ぎ時でしょうけど不安定過ぎて、ね。下手をしなくても足元が掬われそうだからしばらくの間は落ち着くまで此処にいようと二人で考えたの」
ノヴァが潰したドレスファミリーは脅迫、強盗、麻薬密売、人身売買等の悪行を当たり前の様に行う犯罪集団である。
だがその組織はメトロでも上から数えた方が早いと言われる程の巨大組織であり曲がりなりにもメトロを平穏に保つ一翼であったのだ。
何より公的機関が治安を維持している訳ではないメトロにおいてドレスファミリーの持つ武力、戦力は意味があるものであったのだ。
だがドレスファミリーは消えた、ノヴァが潰した。
マフィアのボスを殺し、一通りの幹部を殺し、大量の戦闘員を軒並み殺し、資金源であった地上拠点に隠していた物資は一つ残さず奪い去られた。
メトロにドレスファミリーの残党が幾ら残っているかは不明だが組織の再興は不可能だ。
何より生き残った構成員は軒並み四分五裂し跡形も無く消え去るのだろう。
こうしてドレスファミリーはメトロから姿形も残さずに消え去る。
残されたのは力の空白地帯の出現による不安定さを増したメトロだけだ。
「……他にもメトロに大規模組織が無い訳じゃないだろ。彼らが空白地帯に進出するんじゃないのか?」
「確かに旨味があればするかもしれない。だけど今のメトロに占拠して価値が在る場所なんてあるの? 何処も彼処もボロボロ、人手は増えるだろうけど増え過ぎたら食料だけが凄まじい勢いで減っていく。彼ら全員に行き渡る仕事なんてどこが用意してくれるの? 居住空間にも限度があって何処も一杯一杯。これがメトロの現状だよ」
メトロの住人も好き好んで危険な場所に住みたい訳ではない。
だが彼らを受け入れる場所が無いから其処に住むしかないのだ。
例えマフィアに支配されていようと、搾取され奪われるしかないのだとしても其処にしか居場所がないのだ。
だが最低で最悪な平穏すら崩れると知った彼らはどうするのか。
それが移住希望の真相だ。
「だとしても、どうして此処の居場所が分かった。アルチョム達は案内をしていない筈だが」
「……すみません、原因は私かもしれません。数える程ですがマフィアの地上拠点にいた怪我の酷い奴隷を治療する為に此処へ連れてきました。一通りの治療を行ってからメトロへ帰しましたが道順を覚えていたかもしれません」
「……可能性はある。だがそれに関してはアルチョムを責めるつもりはない」
アルチョムが助けた奴隷、その中に仮設キャンプへ続く経路を覚えていた者がいて、其処から流出した可能性は高い。
だからといってアルチョムの行動をノヴァは責められない、自分が同じ様な立場に立った時は間違いなく同じ行動するに違いないからだ。
「それにメトロの住人は組織や個人を問わないけど基本的に強いものの庇護下に居たいと考える人が多い。けどまぁ、メトロにも地上程じゃないけどミュータントが入り込んでいるからそうなるのも仕方がないけどね」
「そう言った理由で今はドレスファミリーを滅ぼした『悪魔』の話題で持ちきりよ」
「『悪魔』?」
「あら、それは聞いていないの。どうやら虐殺から生き延びたファミリーの一員がいたのよ。だけど錯乱していて話が通じないのよ」
ドレスファミリーの構成員でもあり地上探索に赴いて生き残った数少ない生き証人達。
だが彼から地上で何が起こったのか話を聞こうとした多く人が集うも彼らが口に出したのは理解し難い代物であった。
『歌が聞こえる、叫びと雄叫びを楽器にして踊れと言っている! 俺達は楽器だ、音楽を奏でる楽器だった!!』
『ボスも、仲間達も、ミュータントも、全部、全部! あいつは悪魔だ、悪魔だ!』
『俺たちは手を出していけない存在に手を出したんだ!! ボスも幹部も仲間も、皆、悪魔に魅入られた! いやだ、死にたくない、戦いたくない、歌は、歌は辞めてくれ! 踊りたくない、踊りたくないんだあぁぁぁ!?!?!?』
『来ないでくれ、見つけないでくれ、俺は此処にはいない、いないいないいないいない』
『……あそこに行くんじゃなかった』
聞き取りで判明したのはドレスファミリーが文字通り壊滅し、生き残りも凄惨極まる所業によって心を粉々に砕かれた事位であった。
「……取り逃がしがいたか」
「どうやら心当たりがあるようだね。そんな訳で彼らはマフィアより強い存在の支配下にいれば安全と考えた。それ以外に行くべき場所は何処にも無いからね」
「分かった。それで拠点の話と『悪魔』が合わさった噂話はどれ位の勢いで広がっている」
「まだそれほど広くは知れ渡っていない筈、だけどメトロ中に広がるのは時間の問題、そう遠くない内に大人数で押しかけるかもしれないね」
女傭兵オルガの言葉が止めであった。
ノヴァは机に突っ伏して頭を抱え、そして脳内ではこれから大量に来るだろう移住希望者と仮設キャンプの収容人数を考えて──発狂した。
「ヤバい、ヤバいヤバい! 足りない、受け入れる為の余剰は殆ど無いぞ!」
「……追い返さないのか」
「追い返しても彼らに帰る場所は無い。そんな彼らが何処に住み着くか考えたらミュータントをある程度間引いたキャンプ周辺しかない。そうなれば、うう……! 増える浮浪者、輸送品の強奪、追い払えば逆恨みに徒党を組んでの襲撃、キャンプ周辺の治安の悪化、犯罪の増加。……冗談抜きで胃がキリキリと痛くなってきたぞ」
崩壊した街、ウェイクフィールドの面倒を見た経験がノヴァに警鐘を鳴らす。
此処で下手を打てば電波塔の修復処ではなくなると、先手を許せば事態はウェイクフィールドの様に悪化の一途を辿るしかないと。
だが状況が違い過ぎる、此処には潤沢な物資も無ければ暴動を問答無用で鎮圧できる兵力も無いのだ。
ならば採れる手段は自ずと限られてくる。
「収容しなければ……、余計な事をさせない様に仕事をさせて自前で物資を生産させて疲労困憊で余計な事を考えない様にさせないと!! 最優先は衣食住ぅぅぅうう! 時間を無駄に出来ない急いで動かないと手遅れになる! お前ら動け!!」
マフィアよりもミュータントよりも厄介な移住という名の難民問題を前にしてノヴァの思い描いていた計画は露と消えた。
そして計画は180度どころか360度以上も回転して動き出す、仮設キャンプの大拡張計画と共に。
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
・放送局を占拠しました。
・施設を完全に制圧しきれていません。
・ランダムでミュータントが襲撃してきます。
・簡易陣地(改)を作成:ミュータント迎撃効率10%向上、
・迎撃用の罠を多数設置:迎撃効率20%向上
・放送設備は使用不能です。
・労働可能人員:1+10人+村からの一時的な避難民+???
*大量の移住希望者が向かっている
→キャンプには彼らを収容する余剰は無い!
・放送局制圧進行率 :98%→駆除はほぼ完了している
・放送設備修復率 :0%→被害状況の調査を予定している
・仮設キャンプ:稼働中
・食料生産設備:稼働中・自給率は低い
・武器製造:火炎放射器 生産完了:予備以外の追加生産の予定は無し
・道具製造:汚染除去フィルター(マスク用)市場流通分の追加生産を予定
・バイオ燃料:生産中
・ノヴァ:難民、治安悪化、犯罪増加、トラウマががが
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます