第105話 毒饅頭ー下

 ──しくじった、しくじった、しくじった、しくじった、しくじった、しくじった、

 しくじった、しくじった!! 


 廃墟ごと圧し潰そうとする凶悪極まりない罠から必死になって逃げ続け──気が付けば狭い一室に壊し屋と一緒に女傭兵は閉じ込められていた。

 幸運にも四肢は瓦礫に潰されてはいなかったが、金属製の鎖によって強固に拘束されており隠しナイフでは到底破壊できそうにない。

 それ以前に捕らわれた自分達が何処にいるのか、一体誰が自分達を捕らえて閉じ込めたのか分からない事が多すぎる。

 だが前提となる情報が全くない中で考えても無駄でしかなく、時間だけが無常に過ぎていく。


「ちくしょう……」


 此処暫く、いや、かなり昔から景気が悪化する以外になかったメトロにおいて幸運にも参加する事が出来た景気のいい依頼だったのだ。

 本来であれば金払いを渋る筆頭であるマフィアの異様な金払いの良さ。

 それからして全体で流れる金の量は膨大である事は簡単に予想が出来る、後はその金の流れに上手く乗る事が出来れば──そう考えていた女傭兵の計画は最早破綻したも同然だった。

 間もなく自分と壊し屋は拷問によって吐けるだけの情報を吐かされて後に殺されるだろう。

 最後の手段として女として身体を売れば殺されない可能性もあるが相手は『探検家』と『皆殺し』である。

 取り扱う品々に比べれば女一人の命など無価値に等しい、壊し屋と共に慈悲も容赦もなく殺される確率の方が断然高いのだ。


 だが簡単に諦めるつもりなど女傭兵にはない。

 壊し屋と一計を図り、押し込められた部屋の中で一緒に大声で騒ぎ立てる。

 騒ぎを聞きつけた看守が扉を開けた瞬間が最後のチャンスである、扉を開き看守から鎖を解く鍵を入手し全力で此処から逃げ出し──


「は~い、仲良く話しているところお邪魔するよ。それで君達此処を襲撃してくるマフィアに雇われているらしいね」


「あっ、これは無理ね。貴方も諦めなさい、少しでも動けば殺されるわよ」


 自分達を閉じ込めていた部屋の扉が開き入ってきた看守は軽武装ではなく見た事の無い外骨格を装備していた。

 整備が行き届いた機体の両手には武装は何も持っていない、戦闘力は武装時に比べれば格段に下がっているのに関わらず壊し屋が抵抗を諦めた。

 それ程の覆せない差があるのだ、一目見た瞬間に諦めてしまう程に。

 つまり、自分達二人を捕まえた彼らにしてみれば咄嗟の浅知恵なんて簡単に見破れて当然なのだろう。

 それが出来ない無能が今迄マフィアに取引を露見させずに隠し続ける事が出来る筈もない。

 此処に来て漸く女傭兵は自分の最期を受け入れることが出来た。


「……此処が僕の最期か。せめてなるべく痛みを感じない様にして殺してくれない?」


 痛いのは嫌だ、復讐も出来なかった、占い師のクソ婆は絶対呪い殺してやる、様々な考えが頭の中に浮かんでは消えていく。

 女傭兵は力を抜くと壁に寄り掛かかるようにして最期の時を待っていた。


 だが直ぐ傍に立つ外骨格から致死の一撃を打ち込まれる事は無かった。


「勝手に自己完結しているところ悪いけど買収されるつもりある? 君達がマフィアに提示された金額の5倍払う用意はあるけど。あとオマケでドレスファミリーを滅ぼしてみない?」


 外骨格から聞こえてくるのは若い男の声。

 その声の主はまるで飲みに誘うかのように捕らわれていた二人に話しかけた。

 割ととんでもない内容を。






 ◆






 報奨金を受け取った女傭兵はマフィアの構成員に気取られぬ様に地上に集結している大部隊から離れていく。

 その足取りは細心の注意を払い速過ぎず、遅過ぎないようにしなければならない。

 そして大部隊の姿が廃墟の向こうに消え、追跡されていない事を確認した女傭兵は進行を変えて移動を始める。

 それから歩き続け一軒の廃墟を見つけると中に入り入口を塞ぐ今にも崩れそうな扉を三回ノックし口を開く。


「安酒を飲みたい。ストレートで」


 その言葉が合図であった、扉が開かれて中に入ると壊し屋を筆頭に同じ部隊にいた傭兵達が何人も其処にはいた。


「お帰りなさい、それで最後に絞れるだけ絞ってきた?」


「安心してよ、アイツも気を良くしていたようで報酬を渋る事は無かった。……だけど新しい雇い主と比べると報酬は格段に劣るけどね」


「それはそうでしょ。片や暴力と数しか取り柄のない破落戸集団、もう片方はメトロを騒がしている数々の代物の出所なのよ。比べるのも烏滸がましいわよ」


「それで隊長、移動先は分かるのですか」


 廃墟に集まったのは壊し屋や女傭兵を除けば全員がドレスファミリー子飼いの傭兵である。だが彼らがマフィアに従っているのは忠誠心などでは決してない、騙され卑怯な手によって多額の借金を背負わされ無理矢理首輪を付けられた人ばかりだ。

 本来であれば報復を恐れ、僅かな報酬と安酒で自分を誤魔化し続けるしかない彼らであったが転機は突如として訪れた。

 死んだとばかり思っていた女傭兵が生きて帰ってきた。

 そして傭兵達の中でも口が堅く信頼が置ける傭兵に女傭兵はある仕事を持ちかけた。


「ねぇ、一緒にドレスファミリーを潰さない?」


 その話を持ち掛けられた傭兵も最初は馬鹿も休み休みに言えと女傭兵を無視しようとしたが非常に高価な価値のあるバッテリーを大量に見せ付けてきたのだ。

 そしてあろう事か成功報酬ではなく前金としてバッテリーを渡されたのだ、長年使い続け中身が劣化したバッテリーではない新品同然の代物である。

 売却先によって非常に高い価値を持つ品物を前金として提示された傭兵達は最終的に全員が女傭兵の仕事に食い付いた。

 そして今、積年の恨みを晴らそうと多くの傭兵が秘密裏に廃墟に集い女傭兵の言葉を待っていた。


「逸る気持ちはわかるが落ち着きなよ。それで襲撃する場所については──」


『すでに目星は付いていますよ』


 そう言って女傭兵が背負う大型リュックの中から一機のドローンが出てきて廃墟に集った傭兵達に話しかけた。

 いきなり見た事がない機械が現れた事に警戒していた傭兵達であったが女傭兵の表情から敵ではないと判断し持ち上げた武器を下げた。

 それを確認したドローンは廃墟の壁をスクリーンとして映像を映し出した。


『マフィアが持ち出した品物の中には先生によって事前に発信機が仕込まれています。それによって既にマフィアが使用している地上拠点三か所を割り出しました。案内はこのドローンが自動で行うので貴方達、傭兵部隊は一番近くにある拠点を襲撃して中にいる構成員を全員殺害。その後は二ヶ所目の地上拠点に移動し其方も構成員を全員殺害して下さい。以上が貴方達に依頼する内容です。ご質問はありますか?』


「此処からかなり離れているが三か所目はどうするつもりだ?」


『三ヶ所目は私達が襲撃します。こちらも終わり次第二か所目に移動し苦戦しているようであれば加勢します』


「武器、弾薬が尽き掛けている。最初の依頼でマフィアにアルチョム達を相手にして苦戦している様に見せかけるためにかなり派手に消耗したせいだが補給は出来るか?」


『移動途中にある廃墟に隠しています。それを使って下さい』


「無線で本隊に襲撃が知られないか?」


『既に地上拠点の上空にはジャミングドローンが待機しています。戦闘開始と同時にジャミングが発生し通信を妨害します』


「僕は報酬に関してだけどあのクソ共が持っている借用書、僕達を債権地獄に繋いでいる書類を全て貰う契約だけど間違いは無いかな?」


『間違いありません。先生も私も含めて書類には価値を見出してはいません。マフィアの地上拠点に隠している物資のみが目当てなので書類はお好きにして下さい』


「了解、それじゃ皆の疑問は解消したようだから移動するよ」


 打ち合わせを終えた傭兵達は途中にある廃墟で武器弾丸を補充してマフィアの地上拠点を目指して移動を開始した。

 そして拠点に辿り着くと先鋒として壊し屋が拠点を警備している構成員に近付いていく。


「おい、何で傭兵が此処にいる! お前達はさっさと穴倉に──」


「もう、うるさいわね」


 壊し屋は構成員の顔を掴み後ろにある壁に勢いよく打ち付けた。

 元からある怪力が合わさり構成員は一撃で頭を潰され絶命した。

 それを皮切りに傭兵達は拠点の中に侵入、最低限の警備しか残されていなかったので構成員は襲撃を受けていると気付くのに遅れ組織だった抵抗をする事も無く全滅した。

 そして傭兵達は拠点の中を漁るが債権書類は一つも見つからなかった。


「……ないわね」


「そうだね、此処は外れだ。二ヶ所目に行くよ!」


 傭兵達を率いる女傭兵は物色を後回しにして二ヶ所目の地上拠点に向う。

 そして一ヶ所目とは違い厳重な警備がされている廃墟に辿り着いた。

 此処も壊し屋が先鋒を務め警備していた構成員を一撃で殺害し傭兵達が施設に流れ込んだ。

 一ヶ所目と同じように組織だった抵抗をさせる事無く中を制圧していく傭兵達であったが順調に進行できたのは途中までだった。


「死にたいようだな、傭兵!」


「これは当たりね! ボスのお気に入りの私兵の一人よ!」


 外骨格を装備した一際大きな体躯を持つ構成員に相対した壊し屋は不敵な笑みをしながら壊れかけのハンマーを強く握る。

 負けるつもりはないが楽に勝てる相手ではない、通常の外骨格に加えて追加で幾つもの鉄板を纏い防御を固めた敵である。

 廃墟から補充した武器はメトロで流通しているものと変わりなく決定的な威力に欠けており幾ら銃撃を加えようと安物の弾丸は装甲に弾かれてしまう。

 ならば現状唯一効果のありそうな壊し屋のハンマーだが近付こうとすれば生き残っていた構成員も加わり濃密な反撃を受けて近づけない。

 戦況は膠着しマフィアも傭兵も物陰に隠れながら銃撃を続けるしかなかった。


「お前達、裏切ったのか! 誰に雇われた、名前を言え!」


「裏切るも何も安い鉄砲玉として使いつぶそうとしたでしょう。それでも払う物払ってくれるなら我慢できたけど何度も値切りに遭えば愛想が尽きるわよ」


「僕も同感だよ。因みに新しい飼い主が出した買収金額はファミリーが提示した金額の5倍だよ。味方にしたいなら最低金額で5倍、いや10倍は提示しないと話を聞く価値も無いよ」


「舐めんじゃねえぞ! クソアマ!!」


「ぶっ殺してやるから出てこい腰抜けども!」


「この、金に卑しいネズミ風情が……!」


「金の切れ目が縁の切れ目、恨んでもいいけどそれが業界の暗黙のルール。知らないとは言わせないよ」


「勿論、マフィアの幹部に重用されている貴方なら知っていて当然よね」


 物陰に隠れながらマフィアと傭兵は互いを口汚く罵り合う。

 そうして十分も経つと我慢の限界を迎えた外骨格を装備した構成員が物陰から姿を現し一目散に壊し屋に接近を始めた。

 現状において外骨格に有効打を与えられる唯一の男であり、その脅威を理解しているからこそ最優先で殺すべきだと判断したのだ。


「この、クソ傭兵が! 舐めた真似をした代償を払ってもらうぞ!」


「来なさい、返り討ちにしてあげるわ!」


 壊し屋も此処が勝負どころだと判断して物陰から姿を出す。

 高速で近付く外骨格を迎撃するべく腰を落としハンマーを構え、間合いに入った瞬間に必殺の一撃を入れるつもりであり──


 ──だがその直後、轟音と共に何枚もの鉄板に覆われた外骨格の頭部が弾け飛んだ。


「あら?」


 肉体を制御する脳をなくした身体はまるで糸が切れた操り人形の様に地面に倒れた。

突然の事態に呆気にとられたマフィアと傭兵達、その直後、空気が抜けるような小さな音が連続で聞こえた。

 その音は消音された銃声であった、だがそれに気づく前にマフィアは正確に狙われた一撃によって命を奪われていった。

 そして隠れていたマフィアが一人残さず殺されると物陰から三か所目の拠点にいたはずのアルチョムが姿を現した。


「注意を引いてくれて助かりました、お陰で狙いやすかったです。それにしても一撃で吹き飛ばせるとは聞いていましたが先生が貸してくれた拳銃は凄いですね」


「……人の獲物を横取りするなんて無粋よ」


 色々言いたい事があった壊し屋だが、一言だけ告げるに留めると気を取り直して拠点の中を物色し始めた。

 そして傭兵達は目当ての書類を探し自分の名前が書かれた紙を受け取ると小さな紙切れになるまで破り続け、それから暖炉に放り込み燃やし尽くした。


「これで借金地獄から解放されたわね……。それで、この後の予定は?」


「先ずは先生に連絡をしてから中にある物資を運び出します。手伝えるのであれば追加報酬は支払いますが」


「そうさせてもらうよ」


 傭兵達は女傭兵の指揮の下で拠点に蓄えられていた物資を外に運び始めた。

 その光景を見ながらアルチョムは事前に渡された無線機の電源を入れ、通話状態が確立された事を知らせるランプが点いた。


「先生、マフィアの地上拠点を制圧完了で──」


『ゴメン! 芋砂して──ミュータントでもお前は殺し過ぎ! そこ、マフィアの癖に逃げるな! ああもう、数が多いんだから根性見せろよ、マフィアだろ! ええい! 興奮剤を投与するから狂った様に踊れ!』


 ノヴァへ作戦の成功を伝えようとした。アルチョムであったが通信機から聞こえてきたのは叫びにも似た悪口であった。

 切羽詰まった様にも聞こえるノヴァの声、だがノヴァという人物をこの場でよく知るアルチョムは慌てる事無く通信機を通して再びノヴァに話しかけた。


「あの、加勢が必要ですか?」


『大丈夫! マフィアのボスはついさっき頭を吹き飛ばしたから! 今はマフィアとミュータントを出来るだけ長く争い合うように誘導しているだけだから加勢はいらない!』


「……あまり無茶はしないでください。拠点には父もいるので多少討ち洩らしても大丈夫ですから」


『分かった! それと物資についての扱いは任せる、あ、おい、逃げんな、戦え! 嫌なら死ね!』


 取り敢えずノヴァの命の危機はない事が判明したアルチョムは通信機の電源を切った。

 ならば自分が今、するべき事は拠点に蓄えられた物資の運び出しだ。


 そうして頭を切り替えたアルチョムは作業に関わろうとしたが、拠点にいた傭兵達の目が自分に注がれている事に気が付いた。


「はは、先生に関しては何時もの事ですよ」


「……まぁ、うん、君たちのボスはすごいね」


「ははは……、それじゃ運び出し手伝ってくれますか? 色は付けますよ」


 ノヴァとの通信によって何とも言えない雰囲気の中に包まれたアルチョムと傭兵達はこれまた何とも言えない表情のまま作業を再開した。

 そうしてマフィア達がコツコツと増やし隠し続けていた物資はアルチョム達と傭兵達によって一つ残さず運び出されていった。





 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼




 ・放送局を占拠しました。

 ・施設を完全に制圧しきれていません。

 ・ランダムでミュータントが襲撃してきます。

 ・簡易陣地(改)を作成:ミュータント迎撃効率10%向上、

 ・迎撃用の罠を多数設置:迎撃効率20%向上

 ・放送設備は使用不能です。

 ・労働可能人員:1+10人+村からの一時的な避難民


 ・放送局制圧進行率 :98%→駆除はほぼ完了している

 ・放送設備修復率  :0%→被害状況の調査を予定している

   *接近戦するミュータントの集団を発見、至急対応せよ

     →ミュータントはマフィアと共に駆逐された


 ・仮設キャンプ:稼働中

 ・食料生産設備:稼働中・自給率は低い

 ・武器製造:火炎放射器 生産完了:予備以外の追加生産の予定は無し

 ・道具製造:汚染除去フィルター(マスク用)市場流通分の追加生産を予定

 ・バイオ燃料:生産中


 ・ノヴァ:芋砂で楽だと思ってたら戦況コントロール大変すぎ! 


 ・戦果:マフィアの物資を大量に鹵獲する事に成功!! やったね! 


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