帰還用拠点建築

第99話 此処をキャンプ地とする!

 身体が硬い、頭が重い、自らの肉体から発せられる誤魔化しようがない疲労感。

 それを感じながらも身体を動かすのは長年繰り返してきた習慣だ。

 泥の様な眠りに落ちたい誘惑を振り切り、意識を覚醒させるためにも瞼を開いた。

 目に映るのは最近になって見慣れた光景、多脚戦車のコックピットでありモニターに映るのは焼け焦げた跡と画面を覆うかのように広がるミュータントの死骸だ。


「……ああ、何時の間にか寝ていたのか」


 寝起きには少しばかり刺激的な光景であったが、そのお陰でノヴァの意識は覚醒した。

 昨日の行ったミュータント殲滅、放送設備のある廃墟に住棲み着いたミュータントを引きずり出しエイリアン製の兵器を駆使して殲滅したのだ。

 とはいえ一区画に棲み着いたミュータントを引きずり出し殲滅するのはエイリアン製の鹵獲兵器が無ければ不可能であった事は間違いなく、それでも困難極まる行動であった。

 本来であれば複数が分担して行う兵器の操作、火器管制、無人兵器の運用などを事前に組み込んだ管制プログラムがあったとしても負担は大きかった。

 津波の如く襲い掛かるミュータントを倒しても次から次へ新手のミュータントが現れる正に物量戦とも言うべき戦い。

 一瞬、一秒たりとも気が抜くことが許されず、隙を見せない様に兵器を操作する事をノヴァは強いられたのだ。

 そうして襲い来るミュータントを悉く退け廃墟に侵入、多脚戦車による簡易陣地を構成し終えた時に限界を超えて気絶するように眠ったのだろう


「体が痛い」


 コンソールに突っ伏すように眠ったせいかノヴァの背中は石のように硬くなっていた。

 身体を起こすだけで鈍い痛みが走る、それを解きほぐす為に狭いコックピットの中でノヴァは身体を動かす。

 それと同時に寝ている間に何か問題が起こっていないかセンサーのログを確認するが異常は見当たらなかった。


「襲撃はない。考え無しに挑んでくるようなミュータントは粗方殲滅できたと考えていいだろう」


 血の気の多い好戦的なミュータントであれば自身の縄張り近くに多脚戦車が居座る事に不愉快を覚えて損得勘定を抜きにして襲ってくる。

 だが昨夜の記録を確認したところセンサーに記録は無く、火器が使用された形跡もない。

 であるのなら昨日の戦闘で血の気の多いミュータントを粗方始末できたのだろう。


「だけど施設内は……時間が掛かりそうだ」


 だが殲滅できたのはあくまで好戦的なミュータントだけだろう。

 施設内に留まり罠を仕掛けるタイプの待ち伏せ型とも言うべきミュータントに関しては未だに手付かずの状態である。

 戦闘の序盤に投入した毒ガス兵器もあるが、あれだけで内部に棲み着いたミュータントを全て殲滅できたとは思えない。

 何より毒ガスは元々エイリアンが対人間用に使用する為に開発された兵器だ。

 ミュータントに対する威力は不足しており戦闘でも毒ガスに耐えて襲ってくる好戦的なミュータントはそれなりの数がいたのだ。

 施設を完全掌握するのであれば内部での戦闘は避けられないだろう。


「取り敢えず放送設備の状態を確認したいが……、防衛体制を整える必要もあるな」


 だが敵は施設内部のミュータントだけではない。

 施設外部にもミュータントは生息しており放送局に棲み着いたミュータントの多くを殲滅した事で一帯の環境が変わるのは避けられない。

 空白地帯と化した放送局に新たなミュータントが棲み着く可能性は十分にあり得る、それを防ぐのであれば放送局に近付くミュータントを常時迎撃できる体制を整える必要がある。


「だけど迎撃態勢を整えると調査が出来ない。逆に調査を行うと迎撃態勢を構築することが出来ない。……どうしよう人手が足りない、何をするにも人手が足りない。いっその事内部調査を後回しにして一先ず防備を固めるか?」


 ノヴァが使えるものはエイリアンから鹵獲した物資と自分自身の身体一つだけだ。

 某忍者漫画の様な影分身が出来ない以上取り掛かれる作業は一つしかない。

 であるなら優先すべきは今後の調査を──だが多脚戦車が近づく何かを検知、アラームが鳴り響きノヴァの考えは中断された。


「センサーに感、小さい、はぐれのミュータントか?」


 センサーに表示された反応は小さいものが三つ、大きさからして大型のミュータントではなく小型の可能性が高い。

 ノヴァは急いでセンサーが捉えた反応を映像で確認する。


「なんだ、アルチョム達か」


 コックピットのモニターに映ったのはミュータントでは無く人間、昨日も会ったアルチョム達と護衛達の三人組であった

 そして姿を見てノヴァは思い出した、昨日の戦闘終了後にアルチョム達も廃墟に来たが危険だとスピーカーで知らせて一旦帰らせた事を。

 そして外部スピーカーをオンにしたままコックピット内で戦闘明けのハイテンションのまま『ここをキャンプ地とする!』と大声で叫んだ事を。

 昨日の変人如き行動を思い出したノヴァは顔を覆い独りで悶え──だが三人の姿を見て一つの考えが浮かんだ


「アルチョム達の村から人手を借りればいいのでは? ……案外いける?」


 ノヴァの咄嗟の思い付きであったが可能性はある。

 無論アルチョム達の返答次第ではあるが人手が借りることが出来ればノヴァにとって大きな助けになるのは間違いなかった。






 ◆






「内部調査ですか?」


「そうだ、一先ず棲み着いたミュータントの大部分、好戦的な種類は殲滅したが内部にまでは手が回っていない。最初は自力で調査しようと考えたが空白地帯と化した此処に押し寄せるミュータントの事を考えると現状の簡易陣地ではなくもう少しましな陣地の作成を優先したい。その間、アルチョム達は空白地帯になった廃墟にミュータントが棲み着かない様にしてもらいたい」


「となると私達は先行して内部を調べると同時にミュータントを見つけ次第可能な限り駆除していく事になりますね」


 アルチョムの頭の回転は早かった。

 ノヴァが今必要としている事は何か、その中で自分達に任せたい仕事が何であるかを会話の中からしっかりと聞き取った。

 何よりノヴァの方から提案をしてくれたのだ、交渉において少しだけ有利となり何より相手からの要請を受けて自分達を売り込む形となったのは幸運である。

 だからと言ってアルチョムはノヴァに対して高圧的に交渉するつもりはない。

 恩人でもあるノヴァとは末永いお付き合いをする事を現状の最優先事項としているからだ。


「そうだ、出来るか?」


「……出来なくはないです。ですがその対価はどうなりますか?」


「対価か~、持ち合わせが何もないわ」


 労働に対する対価を払う。

 当たり前の事でありアルチョムに指摘されて改めてノヴァは頼み込もうとしていた仕事の大変さを再確認した。

 もう少し考えてみればわかった筈だ、施設内部に巣食うミュータントを排除しながら調査してくれなんて大人であっても簡単には出来ない事である。

 そんな危険な仕事をさせるのであれば危険に見合う報酬をノヴァは与えなくてはならない。

 だがアルチョム達が報酬と認めるような物がノヴァの手持ちには無かった。

 エイリアン製の鹵獲物資を対価にしようと考えたが現状で使い方が分かるのはノヴァだけであり与えても持て余すか整備が出来ずに使えない粗大ごみと化すしかない。

 であれば鹵獲物資以外になるが──正直に言ってメトロで価値が在るものをノヴァは全く知らないのでお手上げであった。


「……アルチョム達はミュータントを食べられる?」


「何でも食べるわけではありませんよ。それでも強い毒を持っていない限り大体のミュータントは食べますね。因みに外に放置されている死骸は損傷が酷いので対象外ですよ」


「……そ、そんなつもりはないさ」


 内心でノヴァは外に放置されているミュータントの死骸にアルチョム達が何らかの価値を見出してくれれば放置されている大量の死骸を対価にしようと考えていた。

 だがアルチョムの言う通り戦闘によって大きく損害したミュータントの死骸に価値は無いに等しいものだろう。

 仮にミュータントの毛皮に価値が在ったとしても焼かれ、撃たれ、潰された死骸の毛皮は襤褸屑であり価値などないに等しく、食用にも適さない以上価値のない生ごみでしかない。


「すまないがメトロで高い価値を持つものは何か教えてくれ」


「武器、食料、医薬品、発電や照明等の機械。それと言いたくはありませんが人も商品になります」


 仄かな希望が至極真っ当な正論で叩き潰された以上ノヴァはアルチョムに正直に問いかけるしかない。

 そうしてアルチョムから帰ってきた答えは地上にいた頃と変わらないものだ。

 メトロだろうが地上だろうが人が文明の力を頼って生存していく以上、価値が在るとみなされる物は似通っているようである。


「人身売買は除外して当然として……やっぱり作って売るしかないか」


 そうであるのならノヴァがする事は変わらない。

 家族とアンドロイド達と過ごしてきた時と同じように物を設計し製造するだけだ。

 材料は暫くの間エイリアンからの鹵獲物資の一部を流用すればいい、製造装置も同様であり小規模になるがある程度の物は作れるだろう。

 だがエイリアン製の物資も無限ではないので何処かで材料、製造装置を自前の物に置き換えていくのは不可避だ。

 そして、製造に関する問題が解決できて製品が出来上がったとしても、ノヴァ自身が販売ルートを持っていない事が最後の大きな問題となる。

 作っても買い手が付かない可能性がある、そもそも市場に辿り着けない可能性もあるのだ。


「先生、先生。実は私はこう見えて色んな場所を渡り歩いてきたので顔が広いですよ」


 そんなノヴァの苦悩をアルチョムは理解していた。

 成人した男性でありながら何処か人好きのする笑顔は自分の価値を正確に理解していなければ出来ないものだ。

 そしてノヴァにとってアルチョムの価値は非常に高いものであり、諸手を挙げて降参するしかなかった。


「OK、分かっているよ。メトロに関する人脈は皆無だからその辺は頼りにさせてもらう。対価も十二分に支払うのも約束しよう。それで今、メトロで供給不足になっていて高く売れそうなものは何か分かるか」


「ええ勿論。それで人手の方ですが」


「負傷者の治療の借りを返してもらう。それとは別に出世払いで借りたい」


「分かりました。村への説得は私が行いますから安心してください」


 ここで交渉相手からの高い要求があれば交渉は困った事態になったであろう、だが難航すると思われた交渉はノヴァの想定を裏切って順調すぎる程に進んでいった。

 それ自体はノヴァにとって有難いものであるが逆に順調すぎる交渉は何かを見落としてないのかとノヴァは不安を覚えてしまった。


「……いいのか? 客観的に見れば詐欺師の様な事をしている自覚があるのだが」


「問題ありません。ところで巷で私がなんと呼ばれているか先生は知っていますか?」


 ノヴァは内心を正直に打ち明けた。

 それは見落としが無いのか探る為の言葉でもあったが、同時にアルチョム達が気付いていない問題があるのではないかと考えての事であった。

 だがアルチョムから帰ってきた答えはノヴァが理解できないものであった。


「此処に来てから日が浅い事もあるが正直に言って聞いた事は無い」


「『探検家』です。メトロや地上を問わず色んな場所を渡り歩いてきた事からそう呼ばれるようになりました。因みに探検家が一番必要とする能力は何だと思いますか」


「……勇気?」


「ロマンチックですが違いますね。私の場合は見極め、大雑把に言えば勘ですね」


「勘か。知識ではないのか?」


「知識も必要ですが勉強すれば自ずと手に入ります。勘に関しては才能に左右されるもので自分の勘は意外と当たります。その勘が告げています、先生に賭けろ! ってね」


「はは、君の勘を裏切らない様に頑張るよ」


 アルチョムがノヴァを信じて動くのは勘がそう告げているかららしい。

 何とも根拠に欠ける言葉ではあるがノヴァ自身も勘というものに助けられたことが幾度もあるので馬鹿にはしない。


 何はともあれノヴァはアルチョム達の村から人手を借りることが出来た。

 後は継続して雇用を続けられる対価を用意するだけである。

 早速ノヴァは鹵獲物資の中にある製造装置を取り出す準備に取り掛かった。




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 ・放送局を占拠しました。

 ・施設を完全に制圧しきれていません。

 ・ランダムでミュータントが襲撃してきます。

 ・簡易陣地を作成:ミュータント迎撃効率10%向上

 ・放送設備は使用不能です。

 ・労働可能人員:1人


 ・放送局制圧進行率 :78%

 ・放送設備修復率  :0%

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