第98話 駆除という殲滅
地形・ミュータント事前調査に1日、投入戦力の事前工作に2日、計3日間かけてノヴァは全ての準備を終わらせた。
そして極寒の地へ辿り着いてから26日目、ノヴァの放浪の旅路は一つの区切りを迎えようとしていた。
「やるべき事は全てした、後は実行に移すだけだ」
多脚戦車のコックピットの中でノヴァは独り呟く。
誰にも聞こえない独り言は自分に言い聞かせるため、今此処に至ってなお脳内で渦巻く不安、迷いを追い出すための言葉でもあった。
そして迷いや不安を追い出した後に頭に浮かび上がってきたのは離れ離れになった仲間や家族と呼べるアンドロイドや娘の姿だった。
「これからする事を聞いたらデイヴは呆れるだろうな。サリアに至っては全力で止めに来て、マリナは頭を抱える、ルナリアは……これから危険な事をすると言ったら泣いちゃうかな」
仲間であり家族でもある彼らと過ごした記憶は全く薄れていない、だからこそノヴァは寂しく孤独であった。
放浪の末に辿り着いた廃墟でもセルゲイやアルチョムといった親切にしてくれる人はいたが、ノヴァの感じる寂しさや孤独が解消される事は無かった。
それはつまりノヴァが感じる感情の正体が郷愁である事の証明であった。
突然迷い込んだ過酷な世界、ミュータントから逃げては戦い、素材を集め製造を繰り返し、多くのアンドロイドが集って出来た我が家。
それはノヴァにとって新しい故郷となり帰る場所となった。
「全兵装システムチェック、異常なし。多脚戦車及び追加兵装、後方支援砲撃ユニット、多目的ドローン、駆動システムに異常なし。ネットワーク接続、通信遅延は許容範囲内」
どちらかと言えばノヴァは最高等級の回復アイテムはボス戦まで温存するかゲームクリアまで死蔵するタイプである。
もったいない精神からくる貧乏性であるがゲームであれば問題は無かった、後で気が付いて使っておけばボス戦が楽になったと愚痴るだけで終わっていた。
だがポストアポカリプスな世界に来て経験した様々な出来事がノヴァの貧乏性を強制的に修正、ここぞという時には躊躇わずに投入可能なリソースを惜しむ事無く投入出来るように大きく変化した。
何よりノヴァが今望んでいるのは我が家に帰る事だけ、後生大事に物資を抱え込んだままでいるつもりは皆無、これから行う事に必要だと判断して迷う事無く投入するだけだ。
「観測ユニットからの映像は変わりなし、今日もミュータントは元気に廃墟の中で騒がしくしていると……」
最終チェックは問題なく終わった、ミュータントに特異な行動は見られない、あとはノヴァがボタンを押すだけだ。
「……あぁ、行くぞ!」
覚悟なんて大層なものでもない、決意と言えるものでもない、ただ帰りたいだけ、これからする事は帰る為に必要な事でしかないのだ。
放浪生活でホームシックを拗らせたノヴァにとってボタンを押すのに必要な思いはそれで充分であった。
そしてノヴァはコックピットにコンソールに表示されたボタンを押した。
多脚戦車の後方に設置された装置はコンソールからの信号を受け取ると甲高いサイレンの音を鳴らしながら起動、推進装置に火が付いた5つの飛翔体は甲高いエンジン音を響かせながら空に放たれた。
多脚戦車の頭上を飛び越え目指すはミュータントが蔓延る廃墟、観測ドローンで誘導された飛翔体は突然の事態に動きが止まったミュータントを置き去りにして廃墟に衝突、内に秘めた猛毒を一帯に撒き散らした。
「エイリアン製の毒ガス兵器のお味はどうだ」
エイリアンにとってNBC条約や国際条約違反兵器などの人類国家間での条約など知った事ではない。
エイリアン製の兵器に求められたのは人類を効率的に殺し尽くす事だけ、そうした思想とも呼べない只殺す為だけに生み出された兵器が矛先を変えてミュータントに襲い掛かる。
故に毒ガスで生み出された地獄と見間違えるような光景は当然の結末であった。
「……戦果は大打撃! 大打撃! 大打撃!!」
個体差も種類も関係なくミュータントの命が消えていく。
飛翔体から散布された毒々しい赤い煙、観測ドローンはそれを吸ったミュータントがもだえ苦しみ血の泡を吹いて次々に死んでいく姿を一つ残らず写した。
そして情報を受け取った演算装置はプログラムに従い機械的に死亡判定を下していき、多脚戦車のディスプレイには毒ガス兵器で死んでいくミュータントカウントが凄まじい早さで増えていく。
「だけど、これで終わる訳は無いよな」
だがこれで終わりではない、そして毒ガス程度でミュータントを殺し尽くせるなら文明は崩壊しない。
毒ガスの散布範囲外にいた、あるいは毒ガスそのものに耐性を持っていたミュータントが廃墟から次々と現れては、その数を凄まじい勢いで増やしていく。
そして全てのミュータントが殺気立つと共に攻撃を加えてきた敵を血眼になって探し──敵は直ぐに見つかった。
「「「「! ッ!!!! ッ!」」」」
幾重にも重なった雄叫びが空気を、廃墟を揺るがす。
そして種の違いを超え、敵対関係を超え、廃墟に巣を構えているミュータントが一斉に動き出す。
それは生存の為、緊急時に発生するミュータントの特異行動であり、敵への殺意で纏まった狂気の集団である。
津波の様に押し寄せるミュータントの物量、その光景を見た人は絶望の淵に沈むか、或いは絶望を通り越して現実味のない光景だと思考放棄してしまうに違いない。
「地雷原へようこそ」
だがノヴァは絶望に沈む事も、思考放棄する事無い。
事前に想定した通り一直線にノヴァに向ってくるミュータントを処理していくだけだ。
そして警戒することなく地雷原に踏み入れたミュータントが地雷を踏み抜き次々と吹き飛ばされていく。
突如として手足を失ったミュータントは強靭な生命力で直ぐに死ぬことは無かったが背後から迫る後続の大量のミュータントによって踏みつぶされて次々と死んでいった。
また同時に踏み潰され撒き散らされた肉片や臓物がミュータントの足を滑らせ集団の移動速度を低下させた。
その結果としてノヴァに迫るミュータントの集団は玉突き事故を起こしたように一塊となって動きを止め、想定通りの動きをしたミュータントにノヴァは攻撃を加えていく。
「死ね、只々死ね」
タイタンが携行していた武器を流用して作成した即席の砲撃ユニット、其処から放たれた高密度のエネルギー弾が放物線を描いてミュータントの集団に打ち込まれた。
エネルギー弾は着弾と同時に形状崩壊、内に秘めていたエネルギーを放出して大爆発を起こしミュータントを木の葉の如く舞い上げた。
そして即席の砲撃ユニットは一つだけでない、後方に並べられた砲撃陣地からは次々と砲撃が行われミュータントを地面ごと耕していく。
もはや戦いではなく戦争とも言うべき様相を呈してきたノヴァとミュータントの戦い、地上戦はノヴァが有利に進めているが油断は出来ない。
そして戦場は地上だけでなく空中にも拡大する、廃墟に巣を構えている飛行型のミュータントがノヴァに接近を始めたのだ。
飛行型は地上より数も種類も少ない、だが空を飛ぶ能力は多少の不利を簡単に覆せるだけの能力であり軽視できるものではない。
過去、隙を突くことで一方的に殲滅できたデーモンが完全な戦闘態勢で集団を形成して襲い掛かってくるのだ。
「多目的ドローン全機戦闘モードで起動」
故に出し惜しみする事は無い、強奪したエイリアンの物資にあった多目的ドローン全183機を戦闘モードで飛行型ミュータントにぶつける。
観測した限りでは飛行型ミュータントは36体、それを5倍以上の数のドローンで襲うが大きさではミュータントの方が遥かに大きく戦力的には同等かあるいは下回っているかもしれない。
そして空中でも戦いが始まった、細長き楕円形のドローンが搭載された機銃を放ちながら飛行型ミュータントに、ミュータントも進路に立ちふさがるドローンに敵意を露にして向かっていく。
ドローンから放たれた小口径のエネルギー弾はミュータントの翼と翼膜に集中攻撃を行い、翼が焼かれて飛行能力を喪失したミュータントが空から墜ちてゆく。
ミュータントは空中で掴んだドローンを握りつぶしガラクタに変え、或いは近くにある別のドローンに投げつけて次々と墜としていく。
或いは損傷覚悟でドローンの弾幕を掻い潜りノヴァに接近しようとしたミュータントもいたが多脚戦車に備え付けられた大口径の機銃によって原型を留める事無く粉砕された。
戦いはまだ始まったばかり。
ノヴァは我が家に帰るため、家族と再び会うために放送局の設備が必要だった。
故に設備を確保するために廃墟に棲まうミュータントを一匹残らず殲滅あるいは駆除するつもりでいる。
そしてミュータントは侵略者であり殺戮者であるノヴァから自分達の生息域を守るために死力と狂気を武器に鉄と火が支配する殺戮場と化した戦場に赴いてゆく。
地上と空中、二つの領域で繰り広げられる戦いは互いの存在を殺し尽くすまで止まる事がない殲滅戦争へと姿を変えるのは必然であった。
◆
ノヴァとミュータントの戦いの余波が及ばない戦場から離れた場所、元は集合住宅地であったのか其処には数多くアパートの廃墟が未だ原型を留め残存している。
その数あるアパートの廃墟の中で一際高い建物の屋上、其処でノヴァを放送局に案内したアルチョムと護衛の三人の男達が双眼鏡を覗いている。
空が晴れ、視界を遮る霧などの気象現象が発生していない屋上は遠くで繰り広げられる闘争を観察するのに最適な場所であった。
──だからこそ見間違いは在り得ず、双眼鏡で覗いた先の光景が余りに荒唐無稽な物であっても見間違いであると自分自身を誤魔化すことは出来なかった。
「父さんから事情を聞いていたとはいえ……これは想像できなかったな」
誰に言い聞かせる訳でもなくアルチョムは内心を偽る事無く口に出し、最後には乾いた笑いが自然と出てしまった。
劇烈、熾烈、強烈、アルチョム自身が知る言葉では視線の先で繰り広げられる闘争を十全に言い表すことが出来ない。
互いの存在を一切許さない、一欠けらの肉片すら存在する事を拒絶する地獄のような殺戮が繰り広げられているのだ。
「笑い事じゃないぞ」
「いや、笑う以外にどんな表情をすればいいんだよ」
「それは……あれだ、頭を抱えるんだよ」
自身の護衛でもあり、仲間でもあり、付き合いの長い友人でもある二人も現実味のない光景を目にして混乱していた。
だがそれも仕方がない事だ、三日前に廃墟に生息するミュータントを駆除すると突然言い出した時はアルチョムも全く信じておらず、そればかりか精神病を患った病人ではないかと考えもした。
しかし三日間の準備期間中にノヴァは村へ訪れては情報収集と負傷者の治療をしてくれており、ノヴァに対する評価は優秀な医者ではあるが少しばかり虚言癖のある人物だとアルチョムは考えていたのだ。
だがそれは間違っていた。
だけどそれも仕方がないだろうとアルチョムは言い訳をしたい。
一体何処にミュータントの生息域に大規模な殲滅戦争を仕掛けられる人がいるのか、ミュータントと戦わずに何処か無人の廃駅を占拠するか、武力を盾に小さな駅を脅せば一生安泰な生活が送れるだろうに。
「それでアルチョム、今後の関係をどうするつもりだ」
「つかず離れずの距離……とは言えないね。最優先で友好関係を築いて敵対だけは絶対に避けるよ」
「それは賛成」
「だな」
先生、いやノヴァと名乗る男と親しい関係を築く事は最優先事項である。
今迄の会話と行動から観察した限りではノヴァ自身は良心的な人物であるのは理解できている。
だがミュータント相手に殲滅戦争を仕掛けられる戦力を保有しているのだ。
本人は軽く手を払っただけであったとしても周囲に甚大な被害を齎すことが可能であるのがノヴァという人物である。
関係を親密にしてそのような行動を起こさせない様に働きかけないと、ふとした瞬間に村が吹き飛ばされる可能性があるのだ。
それに今回の殲滅戦争で勝利すれば放送局を拠点としたノヴァはお隣さんとなる、それを加味すれば関係を親密にしなければならない。
無論ノヴァが今回の闘争に敗北する可能性もある。
だが負けたとしても此処まで入念に準備を行うノヴァの性格からして逃走経路は確保している筈であり、傷付き消耗したノヴァを確保してアルチョム達は村に全力で逃げる算段を密かに整えていた。
「おい、アルチョム。ミュータントの圧力が目に見えて減ったぞ」
「……本当に占拠するつもりですか先生」
アルチョム達にも下心があった、だからこそ危険を冒してまで此処まで来たのだ。
放送施設に巣を構えているミュータントの姿を見せ、仕方がないと装置の確保を自発的に諦めさせる。
そうして傷心状態にあるノヴァを励ましながらアルチョムはそれと無く村への定住を促すつもりであった。
優れた戦闘能力は勿論のこと、医療知識・技術を備えた人材は何処の駅であれ喉から手が出るほど欲しい人材である。
そんな貴重な人材が無謀な事をして命を散らさない様に監視するのが今屋上で観察を続けているアルチョム達の隠れた目的であった。
だがノヴァはアルチョムの想像を超えていた。
「あぁ、先生が勝ったようだね」
ノヴァに立ち向かう最後のミュータントが機銃による弾幕で原型を残さずに霧散。
未だに燃え尽きない炎と黒煙を背景に微動だにせず砲撃と射撃を繰り返していた多脚戦車が動き出す。
撒き散らした肉片を踏み付け、流された夥しい血で出来た真っ赤な海に波紋が波打つ。
多脚戦車に乗っているノヴァが向かう先は一つ、蹂躙し殺戮の限りを尽くした放送局だ。
「やばいな、先生」
「お前ケガしても先生の言うことに逆らうなよ。そうなったら弁明も聞かずに見捨てるからな」
「二人とも無駄話は其処まで、先ずは先生にお祝いに一言を言いに行きますよ」
朝日と共に始まった殲滅戦争、永遠に続くだろうと思えた闘争は日が暮れる前に終わりを告げた。
勝者はノヴァでありミュータントはその数を激減させるか放送局一帯に限れば殲滅されたことだろう。
この環境の変化が村にどの様な影響を齎すのか現時点では不確定でありアルチョムにしても全く予想が出来ない。
だからこそ新しく隣人になったノヴァへアルチョムはいの一番に挨拶に伺うのだ。
その力が村に福音を齎すことを願って。
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
・放送局を占拠しました。
・施設を完全に制圧しきれていません。
・放送設備は使用不能です。
・放送局制圧進行率 :78%
・放送設備修復率 :0%
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