第97話 情報提供
「話が変わりますがノヴァ先生はどうして此処へ?先生の腕があれば医者として帝都周辺の駅でも引く手数多ではないですか?」
「いや、私は医者ではないのですが……」
「えっ、あれ程の腕を持っているのに?」
負傷者の治療でノヴァが見せた技術は医療に明るくないアルチョムから見ても見事と言う他ない。
もし彼がいなければ治療が間に合わずに多く負傷者が死んでいた可能性もあるのだから。
だからこそノヴァが自分は医者ではないと言ってもアルチョム達にしてみれば信じられないのだ。
何せ、ついさっきまで負傷者の治療を行ってくれた人物であり高度な技術と知識を持つノヴァを医者であるとアルチョム達が誤解するのも仕方がない事であった。
「……もしや何か事情があって医者を名乗れないということですか、それでしたら深く事情は聞きませんが」
「まぁ、はい、そういう事です。あまり人には言えない事情がありまして……詳しくは教えられません」
「そうですか」
アルチョムとしては目の間にいる人物の経歴を知りたいところであるがノヴァの思いつめた表情を見て、今はまだ聞けるものでないと判断した。
それに場合によってはノヴァの抱える事情を知ったことで何かしらの問題を引き起こす可能性もあるのだ、もう暫くは無難な関係を持って人柄を知ってからがいいだろうとも考えていた。
ノヴァとしても医者でもないのになぜ高度な医療技術と知識を持っているのかと聞かれても答えにくい問いかけである。
無論、ついさっき知り合ったばかりの人間の事情を根掘り葉掘り探るような思慮の浅い人物には見えないが必要以上の情報をアルチョムに伝えるのはノヴァとしても憚られた。
「そうですか……、ですがメトロにおいて脛に傷を持たない人はいません。先生が良ければしばらく此処に滞在しませんか?それでもし定住の意思があるのであれば私達は先生を歓迎します。」
だとしても、このままサヨナラをするつもりはアルチョムにはない。
当然の事だがアルチョムはノヴァの抱える事情は全く知らない、何かしらの事情がある事もついさっき聞いたばかりだ。
それでもアルチョムは事情が有る無しは関係なく正面からノヴァを勧誘する事にした、それ程までにノヴァの持つ医療技術は価値が在るものなのだ。
「急な話ですね」
「はい、我々のような村では医療技術を持った人は貴重な人材です。メトロでもその数の少なさから小さな集落では医者のいない所も少なくありません。末端にまで治療が行き渡る事がなくちょっとした傷から感染症にかかり死んでしまうのも珍しくは無いのです。ですから何処にも所属していない先生のような人がいれば勧誘するのも仕方がないのです」
ノヴァとしても負傷者の治療を通して村の衛生状況、医療体制を分析してみたが取り繕うまでもなく村の医療リソースは不足している状態だ。
もし今回の様な野盗の襲撃を受ければ医療体制は簡単にパンクするだろう。
だが医療崩壊を未然に防ぐため村の医療リソースを増やしたいのだろうが成り手がいないのか、育成が追いついていないのか、あるいは両方かもしれないのが村の現状だ。
そんな時に村に来た高度な医療技術を持った流離の人材で、いざとなれば戦闘も可能、一見した限りでは性格に致命的な問題がないとあれば是非とも村に住んで欲しいに違いない。
仮にノヴァが得意な能力を持たない村の住人であったら好待遇を約束して定住を促すだろう、そして今回の勧誘に白羽の矢が立ったのがアルチョムなのだ。
「お気持ちだけ受け取ります」
「無論、事情あるのは承知しています。では戦闘に負傷者の治療と働き詰めですから少しでも休んだほうがいい──」
「そこまでにしておけ。いいか、アルチョム、彼には今日一日だけで大きな借りを作っている。先ずは借りを全て返してからだ」
アルチョムはノヴァに対して積極的な勧誘を行っていたが、それに待ったを掛けたのは意外な事にセルゲイであった。
そしてアルチョムの勧誘が止まった瞬間を逃さずノヴァは咳払いをしてこの村に来た経緯を話し出す。
「有難うございます。それで、此処に来たのは電波塔について知っている人がいるかもしれないとセルゲイさんの提案で訪れたのです。今迄、碌な手掛かりがない状態で探し続けていた私としては有難い提案でしたので」
「電波塔、何故ですか?」
「それに関しても遠くにいる私の仲間との連絡を取るためです。事情があって今は離れ離れになっているので……」
「成程、だから電波塔を見つける必要があるのですね」
「はい、アルチョムさんは電波塔について何か知っていますか?」
「そうですね……一箇所だけ心当たりはあります」
「本当ですか!」
そう言ってアルチョムが懐から取り出したのは折り畳まれた一枚の地図だ。
地図を広げると描かれていたのはザヴォルシスクの大まかな見取り図、それに加えてアルチョムが書き加えたのか多くの注釈が書き込まれており村の周辺一帯を網羅していた。
そしてアルチョムは地図上で村から遠く離れた場所を指さした。
其処には『ザヴォルシスク放送局』と書かれている。
「此処に戦前の放送施設があります。100mは超えている電波塔らしき塔もありますから先生が探しているものに近いと思います。ですが……」
「問題があると?」
「はい、此処には沢山のミュータントが棲み着いて巣を構えています。この放送施設を中心
とした一帯は危険地域として知られています」
漸く発見できた電波塔、だが喜ぶにはまだ早いようでアルチョムの言うことが事実であれば非常に危険な立地に電波塔があるらしい。
「ですが言葉だけでは伝えきれないですね。良ければ明日、放送施設の近くまで案内しましょう。それと疲労が溜まっているでしょうから食後に空き部屋へ案内します。今日は其処で休んでください」
「では一泊だけお願いします」
アルチョムの提案に対してノヴァは迷うことなく即答した。
事実として戦闘と治療を続けたせいでノヴァは疲労困憊であり今はアドレナリンの放出によって無理やり覚醒している状態である。
だからと言って油断はできない、此処で一泊と念を押して告げておかないと一泊の筈が二泊、三泊となり何時の間にか村に住み着いてしまう流れに誘導されかねないからだ。
……それとは別に、久しぶりに多脚戦車の狭いコックピット以外で寝ることが出来る機会はノヴァにとって願ってもない申し出であった。
背に腹は代えられぬ、消耗した体力を回復する事に専念する為だからと自分に言い聞かせてノヴァは明日に備えて村に一泊する事になった。
◆
翌日、セルゲイ達の村で一泊したノヴァは案内役のアルチョムと彼の護衛の数人を伴い、朝早くから村を出発していた。
そして日の光が差す事がない暗闇の地下世界から太陽光が降り注ぐ地上に──されど過酷な環境とミュータントが蔓延る地上にノヴァは帰ってきた。
其処からが周辺の地理を熟知しているアルチョム達を先頭にして廃墟と化した街をノヴァは進んでいく。
時折ミュータントが襲ってくることもあったがアルチョム達は連携して撃退し、ノヴァは外骨格の火力を活かして一撃でミュータントを撃退した。
ノヴァの持つ外骨格の火力にアルチョム達が驚き、改めて村に定住しないかと勧誘される一幕があったもののノヴァ達は歩き続けた。
そして歩き始めてからかなりの時間が経過した頃に案内役のアルチョムの脚が一つの廃墟で止まった。
「ここから先は危険地帯で僕達では進めません。ですがこの廃墟の屋上から目的の放送施設が見えます」
「分かったアルチョム達は中にある階段を使って屋上に来てくれ」
そう言ってノヴァは機体に搭載されたアンカーを廃墟の屋上に打ち込む。
確かな先端が廃墟の構造物に突き刺さり返しが展開したことを確認してからアンカーを巻き上げてノヴァは廃墟の屋上に登る。
アルチョム達より一足先に屋上に辿り着いたノヴァは屋上から辺り一帯を軽く見渡した。
建物自体の高さもあって視界は良好であり外骨格の望遠機能を使うまでもなく目標の電波塔らしき高層建築物を直ぐに見つけることが出来た。
「成程、確かにこれは危険地帯だわ」
そしてアルチョムが言ったとおりに電波塔とその周辺にある廃墟群には遠目からでも簡単に分かる程多くのミュータントの姿があった。
四足歩行の犬みたいなミュータントもいれば色違いの白いグールの姿もあり、電波塔周辺の上空にも飛行型ミュータントが元気になん十匹も飛んでいた。
廃墟の外側だけでもこれほど多くのミュータントの姿があるのだ、廃墟の内部にも大量のミュータントが生息しているのは間違いない。
もし何も知らずにあの廃墟群に入れば四方八方からミュータントが襲い掛かかり簡単に殺されるだろう、アルチョム達が危険だと判断するのも当然だった。
「はぁ、はぁ、凄いですね……それ……」
しばらく電波塔周辺を観察していると屋上に続く階段から急いで登ってきたのかアルチョム達が息を切らせて現れた。
「急がせてしまったようですまない」
「はは、これ位大丈夫ですよ。それで実際に見てどうでしたか?」
「ミュータントのパラダイスだな。軽装備であそこに踏み込むのは自殺行為、重武装でも一人ではどうしようもない」
アルチョムの問いかけにノヴァは偽ることなく答えた。
事実として強化外骨格の火力だけでは全く足りない、隠密行動でミュータントを一匹一匹間引いていくのは根気と弾丸が持ちそうにない。
「それはそうでしょう。頭のいかれた野盗達でさえ此処一帯には近付かない程の危険地帯です。先生一人ではどうしようもありません」
「過去に放送局に入り込もうとした人や集団はいないのか?」
「目的を持った場合であればゼロです。野盗や犯罪者が逃げ先を間違えて入りこんだ話なら聞いたことがあります。まぁ、一人として帰ってきた人はいませんが」
「ステルスはやはり厳しいか……、ミュータント同士の縄張り争いで潰しあった話は?」
「それは聞いたことがありません。あったとしても廃墟内部の事ですから分かりませんよ」
「そうだよな~」
何とか突破口は無いものかとアルチョムに詳しい話を聞きながら廃墟を観察するがそれらしいモノは何一つとして見付からなかった。
それどころか生半可な装備では自殺に行くようなものだと改めて突きつけられる始末である。
「……まさか本気であの危険地帯に行くつもりですか?誇張でも法螺でもなく周辺一帯はミュータントの巣窟としてザヴォルシスクに広く知られています。入り込んだら最後、四方八方からミュータントが襲い掛かり骨すら残らないと言われている場所ですよ」
「此処以外に電波塔があるのなら行ってみたいけど……、因みにあそこ以外にザヴォルシスクには電波塔がある場所は知っていたりする?」
「……電波塔があるのはザヴォルシスクではあそこだけです。ですが流石に先生といえどもあの数のミュータントを相手にするのは不可能です」
「確かに単独であれば奇跡でも起きない限り無理でしょう。まぁ、最初から奇跡なんて当てにしていないから」
奇跡や魔法も存在しない代わりにミュータントや汚染地域や危険地域が広がっているのがこの世界だ。
「アルチョムに聞きたいのだが、あそこに生息しているミュータントの正確な種類、もしくはここら一帯に分布しているミュータントの詳細な記録は持っているか?」
「今迄の記録がありますからお見せします。ですが教えてください、先生はこれから何をするつもりなのですか」
「そうですね……ちょっと正面からカチコミしてミュータントを皆殺しにしてきます」
なんてない、とまるで少し遠くに散歩に行くような気軽さでノヴァはこれからする事をアルチョムに告げた。
それを聞いたアルチョムは何を言っているのか分からないのか首を傾げ、ノヴァ自身もこれからやる事に対して馬鹿な選択をしたという自覚がある。
それでも現状最短最速で電波塔を確保できる手段はこれ位しか思い付かなかった。
ポストアポカリプスな世界において無理無茶無謀を貫きとおすのに必要なものは祈りや奇跡でもなく膨大な数の武器や物資である。
そして現状のノヴァは無理無茶無謀を回数制限はあるものの貫けるだけのリソースと物資が手元にあるのだ。
ここが使い時である、節約し切り詰めてきた軍需物資の放出する時である。
「その住処、貰うぞ。土地、設備、何もかも俺が使わせてもらう」
廃墟に棲み着いているミュータントに聞こえる事は無い。
だがノヴァが告げた言葉は放送局に棲み着いたミュータントに対する宣戦布告であった。
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