第96話 つかの間の休息

 激しい戦闘の末にセルゲイの住む村は襲撃してきた野盗の集団を何とか撃退することが出来た。


 一時は不利な状況にまで追い込まれていたがセルゲイが野盗を背後から奇襲する事で混乱を引き起こし、その隙を村人達は見逃す事無く反撃に出た。

 まさか逆に襲われる事を考えもしなかったのか二手に分かれていた野盗の片方は混乱と共にセルゲイ達による一切の反撃を許さない逆襲で壊滅状態になり撃退された。

 そしてセルゲイ達は其処で止まることなく、返す刀でもう片方の集団にも猛烈な反撃を行った。

 ノヴァと傭兵の戦闘を暢気に観戦していた野盗達の隙を突き、態勢を建て直す暇を与えない苛烈な反撃を受けた襲撃者の多くは脇目も降らず逃げ出すしかなかった。

 

 そうして村を襲撃した野盗達を全て撃破した事で漸く戦いは終わりを告げた。

 村に襲い掛かった危機は去り、戦いに生き残った事に老若男女関係なく村人達は喜び歓声を挙げた──と直ぐにはならない。


「怪我人はこっちに運べ!」


「死体は直ぐに燃やせ、腐敗させるとミュータントを呼び寄せるぞ!」


「野盗の武器で使えそうなのはこっちに、ゴミはあっちだ」


「食事が出来たよ!腹が減った人は手を上げて」


 野盗達の襲撃を何とか乗り切った直後でありながら、村の中では大勢の人が絶え間なく動いていた。

 男は死んだ野盗の死体を一か所に集め焼却処分する為の準備を行い、子供は戦場に落ちていた武器を集めその中から使えそうなものを探し、女は炊き出しを行い空腹になった村人達に食事を配っていた。

 誰もが慣れた手付きで働いているのはそれが地下世界の常識であるからだ。

 放置した死体はミュータントを呼び寄せ、落ちていても使える武器は貴重な戦力となり、腹が減っていては碌に動けない事を実体験として学んでいるからだ。

 誰もが忙しなく働いている渦中にあっても例外を許されるのは病人と赤子だけである。


 ──そして誰もが忙しく働いている中で一人だけ手持無沙汰にのんびりとしている事に苦痛を感じてしまったノヴァも空気に飲まれて村人達と共に働いていた。


「先生、次の患者ですが!」


「もう直ぐ処置を終える!はい、縫合終了、後は包帯で巻いておいて!」


「分かりました!」


「次の患者は!」


「この人です、銃創が幾つもあって止血していますが出血が止まりません」


「弾丸摘出と破れた血管を結紮する、明かり頂戴!」


「はい!」


 それどころか村の中にあって貴重な医者として怪我人達の治療を行っていた。

 

 事の始まりはセルゲイが村にノヴァが医者だと伝えた時だ。

 襲撃により大勢の怪我人が集まる診察所の受け入れ人数は既に超過しており医者の手が足りない状況であった。

 増え続ける患者の数に対して治療が追いつかず最低限の手当てだけされて放置される酷い惨状であった。

 それでも乏しい知識でありながら応急処置をされるだけ地下世界においてはましな状況である。

 高度な技術と知識を持つ医者は地下世界において独占されセルゲイの住む小さな村等では常駐する医者が一人いるだけでも恵まれた環境なのだ。

 それどころか医者だと名乗る詐欺師が地下世界には溢れ、多くの人が何の治療効果のない偽物の薬を高額で買わされる被害が後を絶たない劣悪な環境である。

 

 そんな時に現れたのが確かな医療・医薬品関係の知識と手先の器用さも備え正確かつ適切な治療を行えるノヴァである。

 セルゲイの話を聞いた村の唯一人の医者が協力を仰ぎ、それを了承したノヴァの下には野盗の襲撃で傷を負った人々以外にも多くの人が集まり列を成していた。

 少しばかり数が多すぎやしないかと思ってしまったが、非常事態であったため心情的に断る事も出来なかったノヴァは患者を追い返すような事もせず集まってきた村人達を片端から診断・治療を行っていった。


 そうして休む間もなく始まった医療支援が終わった頃には村の方も一段落ついて騒がしさが幾分か収まっていた。


「あ~、終わった……」


 銃創の治療から始まり何十人もの村人の診断まで行ったノヴァの体力は文字通り尽きていた。

 治療と診察の疲れもあるが矢鱈強いオカマと戦った際の疲労も身体に残っていたノヴァは診察所から出るなり近くある空箱を椅子にして座り込んだ。

 腰を下ろした瞬間に溜まっていた乳酸が体中を駆け巡り何とも言い難い疲労感がノヴァの全身を包んだ。

 そうして、もう一歩も動きたくないと思い項垂れていたノヴァであったが近付いてくる足音を聞いて項垂れていた頭をゆっくりと上げた。


「ああ、此処にいたんだね、先生」


 視線の先にいたのは恰幅のいいおばあさんである。

 若い頃は美人だったなと思わせる愛嬌のある顔には年齢を重ねた事で幾つもの皴が刻まれている。

 しかし年老いた姿でありながらも背筋の伸びた姿からは行動力が溢れており女性の活発さを物語っていた。


「はい、先生、治療続きで何も食べていないでしょう。良かったら食べてくれ」


 そう言っておばあさんが差し出した器の中には暖かな湯気を放つスープが並々と入っていた。

 それは此処に来るまで栄養補給だと割り切って食べ続けていたサソリや巨大熊の干し肉とは全く違う、キノコと野菜、それと何かの肉で作られた暖かいスープである。

 湯気と共に美味しそうな匂いを嗅いだノヴァの身体が一斉に空腹を訴え、食欲を刺激されたノヴァは一言感謝を告げて食べ始めた。

 暖かくシンプルな味付けは疲労していた身体にすっと入っていき素朴な美味しさとスープの温かさが懐を満たしていく。

 久しぶりにまともな食事にありつけたノヴァはスープを直ぐに飲み干してしまった。


「温かくて美味しいです、ありがとうございます」


「それは良かった、だけど感謝するのは私達だよ。先生、彼らを助けてくれてありがとう」


「自分に出来る事をしただけです」


「それでもだよ、先生のお陰で助かった人は沢山いるの」


 確かにおばあさんが言うように怪我人の中には極めて危険な状態の人が何人もおり、ノヴァがいなければそのまま死んでいた可能性が高かっただろう。

 おばあさんにとっては運が良かったと一言で片づけられるものではないらしい。


「それにね、私の旦那も──」


「ユリア!」


 突如響いた鋭く大きな声にノヴァは驚いたが聞こえてきた声には聞き覚えがあった。

 案の定、声が聞こえてきた方向に顔を向ければ視線の先には早足で近づくセルゲイの姿があった。


「どうしたんだい貴方、大きな声を出して?」


「貴方?」


「私の旦那だよ、それでどうしたんだい」


「ああ、いや、なんだ……」


 何故か早足で近付いてきたセルゲイであったがおばあさん、いやユリアさんとの会話は何処かぎこちないものであった。

 それは短い間ではあったがノヴァの聞いていたものとは全く違うものであった。

 視線が彼方此方に向いて定まらないのは緊張しているからなのか、それともまた別の深い理由があるのか……。


「全く、昔の向こう見ずな性格は何処に行ったの。それともまだ先生を疑っているの?」


「いや、お前の目を疑っているわけではないが、なんだ、その心配でな……」


「心配しなくても私は無事よ。それに貴方の方が大変だったでしょう。傷はもういいの?」


「ああ、問題ない、それと心配をかけてすまん」


「なんだ、口下手とカカア天下なだけか」


 口下手な亭主と強気でありながら気配りができる妻、見間違えようがなくセルゲイとユリアは長年連れ添った夫婦であるのだろう。

 だからこそセルゲイを連れて帰ってきてくれたノヴァにユリアは深く感謝していたのだ。


「そうだよ、見ての通り父さんは母さんを心配していただけ。だけど父さんは何時まで経っても口下手で母さんも僕も苦労しているんだ」


「そうなので……えっと、どちら様ですか?」


 暢気にソコロフ夫婦を眺めていたノヴァであったが、何時の間にか座っている場所のすぐ横に一人の男性がいる事に遅まきながら気付いた。


「すみません、自己紹介がまだでした。私はセルゲイの息子のアルチョムといいます。ノヴァ先生、村の救援と治療、そして地上から父を連れ帰ってきてくれてありがとうございます」


 ノヴァの視線の先にはいた一人の男性はどうやらセルゲイさんの息子らしい。

 無精ひげを生やしながらも整った顔をしているアルチョムの顔を見てイケメンだな~と疲労した頭で考えながらノヴァは見ていた。











「それじゃ俺が相手取っていた奴って有名人だったのか」


「ああ、『壊し屋ソフィア』、言動こそアレだが実力派の傭兵だ。なんでも一人でミュータン

トの群れを壊滅させた、3mを超える大物を素手で殴り殺したなんて噂が絶えない強力な傭兵です」


「怖!脳筋特化ビルドのハルクかよ。道理で強い訳だわ」


 会話を進めていく中でノヴァはアルチョムから様々な事を聞くことが出来た。

 特にオカマに関する情報は納得と共にもう二度と戦わないとノヴァは決意する。

 雑魚無双専門であるノヴァにとって純度100%脳筋特化ビルドである『壊し屋ソフィア』という傭兵は相性からして天敵と呼べる存在である。

 今回の戦闘で引き分けに持ち込めたのも相手の外骨格の不調とセルゲイの反撃があったからである。


「だけど最近は同業者に嵌められたとかで多額の賠償金を背負ったと聞きました。今回、野盗と一緒にいたのも借金返済の為かもしれません」


「たしか戦闘中も言っていたな」


「次は無いと思いたいですが……、因みに先生なら勝てますか?」


「遠距離から一方的に銃撃が出来れば勝てる。けど近付かれたら防戦一方で負ける。加えて相手の頭が良いから対策を破られる可能性が高い」

 アルチョムが不安になるのも仕方がないが、だからと言ってオカマ相手との戦闘は安請け合い出来るものではない。

 あれからノヴァは脳内で何度もシミュレーションしてもオカマ相手に勝利できる確率は低いままであり、それは外骨格等の武装で幾ら優れていようと変わらない。

 仮に捨て身で距離を詰められ近接戦の間合いに持ち込まれればその瞬間にノヴァの敗北は確定し、何より僅かな隙も逃さず捕らえ瞬時に戦況を覆しそうな相手なのだ。

 ノヴァが真正面から戦って勝てる可能性は限りなく低く、それでも戦うとなれば不意打ちか場外戦法でも使わない限りは無理だろう。


「それについては安心してもいい。今回の襲撃で野盗共の戦力は大きく目減りしている以上、戦力の立て直しには時間が必要だ。仮に壊し屋と残った構成員で襲撃を企てようが今度はワシが阻止する」


「実はこう見えて父さんは村一番の戦力でね。若い頃はかなり無茶をしたって母さんがよく話していたよ」


「今も変わらないわよ。ミュータントの様子が何処か変だと言って息子と仲間たちを置いて一人で調査に行くような人よ。流石に今回ばかりはダメかと思ったわよ」


 ノヴァとアルチョムとの会話に途中から参加したセルゲイとユリアが不安を払拭する様に二人に語り掛ける。

 その声音からは悲壮感は一切無くアルチョムとユリアはセルゲイの言葉を信じているのだろう。

 仲良く会話をする親子三人の会話を眺めているとノヴァは遠くに残してきた家族同然のルナリアやサリア達のことを思い出した。

 連絡を取ることは不可能な状況であるがノヴァはどうしようもなく家族の声を聞きたくなってしまった。

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