第95話 強敵と書いてオカマと呼ぶ

 男が振りかぶった鈍器、いや、スレッジハンマーを振り下ろす。

 並では到底持ち上げられない重量物であるが外骨格の出力によって男は重量級の武器を自在に振り回す。

 その一撃を生身の人間がくらえば身体は簡単に潰されるだろう、運が良くても重傷を負いながら身体ごと遠くに吹き飛ばされるだろう。


 だからこそノヴァは男から距離をとり遠距離から銃撃で仕留めようとした。

 男の装着している外骨格は機動性を確保するために重量物である装甲を外したのだろう。

 そのお陰で男の動きは外骨格を装着していながら軽やかであり素早い、だが代償として装甲で保護される範囲は小さく防弾性能は著しく低下している。

 格闘戦の装備も無い訳ではない、だがこのまま男の得意とする間合いで戦うのは危険であるとノヴァが思わされる程の迫力が男から醸し出されている。

 であるからこそノヴァは男から距離を取り遠距離から銃撃を加えていこうとした。


「残念だけど逃がさないわッ!」


 ──だがノヴァの考えを見切っていたのだろう、男は距離を取ろうとするノヴァに喰らい付き優位な間合いを保ち続けた。


「クソ!」


「御免なさいね。貴方の戦い方は隠れながら観察していたから離さないわよ」


 男の装着している外骨格の装甲は薄く、それは隠すことの出来ない大きな弱点である。

 だからこそ距離を取って遠距離での銃撃戦に持ち込めば有効な遠距離兵装を持たない男に不利な状況に追い込める、有利な立場で戦えて容易く倒せるとノヴァは考えていた。

 

 だが男はノヴァの想定を超えた強さを持っていた。


「はいそこ!……と見せかけてのオラアアア!!」


 大振りな一撃が来ると思わせていたらボディーブローがノヴァの脇腹に向って放たれる。

 無手ではない、外骨格の無骨なフレームに加え威力を増すために鋭い突起の付けられたナックルを装備した拳だ。

 それがノヴァの外骨格に衝突し轟音を響かせた。

 幸いにも男の拳がノヴァの外骨格を突き抜ける事は無かったものの緩和出来なかった衝撃がノヴァの身体を突き抜ける。

 銃撃とは違う、ミュータント特有の攻撃でもない、心技体共に鍛え絶え間ない研鑽によって磨かれた一撃はノヴァの身体を捕らえ突き抜けた。


「これで終わりよ!」


 渾身の一撃によって生じた瞬きともいえる隙、それを男は見逃さずに捕らえスレッジハンマーを上段から全力で振り下ろす。

 その一撃はノヴァの頭部を捉えており命中すればヘルメットは陥没し、頭蓋は押しつぶされ、脳漿が頭部にある全ての穴から吹き出る程の一撃だ。


 ──故にノヴァは強化アイテムを躊躇わずに投与した。

 

 機体に備え付けられたアンプルから強化アイテム、貴き血がノヴァの身体に注入される。

 強制的な情報処理能力の向上によりノヴァの目にはあらゆる動きがスローモーションのように感じられるようになる。

 そして振り下ろされるスレッジハンマーの一撃を知覚、直後にリミッターを解除させた身体を無理やり動かして一撃を躱す。

 風切り音がノヴァの頭のすぐ傍を通り抜けスレッジハンマーは何もな地面を打ち砕き轟音を奏でた。


「あら、いい反射神経しているじゃない。武器のスペック頼りだけじゃないようね」


「それはどうも!」


 男が振り下ろした渾身の一撃は何もない地面を打ち砕いただけに終わった。

 まさか避けられるとは想像していなかったのか男は一撃を躱して見せたノヴァに驚き、同時に笑いながら躱した事への賞賛を送った。


「下手糞が避けられてんじゃねえか!」


「いいぞもっとやれ!」


「さっさとそいつをぶっ殺せ!」


「中にいる奴だけ殺せ!着ている外骨格は金になるから壊すな!」


「あらやだ、いつの間にか見世物になっていたようね」


 いつの間にか野盗達は入口への攻撃を止めておりノヴァと男の戦いを観戦していた。

 騒ぎ立てる野盗達は自分達ではノヴァに勝てず返り討ちになる事を理解している、だからこそ自分たちが雇った用心棒の奮戦に興奮してしまった。

 そして用心棒の勝利とノヴァの死を願って各々が口汚い言葉を吐き出していた。


「もう、彼ら現状分かっているのかしら?」


「分かっていないでしょう。理解する頭があるなら野盗になっていませんよ」


「あら、あなたも言うじゃない」


 野盗達の声援を受ける男が呆れた声で呟く。

 本来であれば男がノヴァを抑えている間に野盗達は逃げるなり村を攻めるべきなのだ。

 だが現実として野盗達は逃げる事も攻め立てる事もせずノヴァと男の戦いを見ているだけであり男が呆れるのも無理がない有様であった。

 

 しかし無理やり動かした身体を労わる時間が欲しいノヴァとして今の状況は有難い。

 渾身の一撃を避けたことで生まれた奇妙な間によってノヴァの集中力は一度途切れてしまい、身体を無理やり動かした反動がノヴァを苛んでいた。


「疑問だけど、それほどの能力があって何故野盗に与するのですか?」


 過去に経験した窮地に比べればたいした事ではないが息を整える時間が欲しいノヴァは時間稼ぎとして男に会話を試みる。

 ノヴァとしては会話が成功しようが失敗しようが息を整える為の時間が少しでも得られればそれで十分と考えていた。


「知りたい?なら教えてあげるわ……といっても特別深い理由があるわけじゃないのよ。騙されて罠に嵌められて仕事に失敗。多額の借金を背負わされた上に仕事がなくなった。だから前金を気前よく払ってくれた相手に従っているのよ。それにね……」


 だが思いの外に男の方が会話に積極的であった。

 それでも口を開いて出てくるのは愚痴としか言えないものであったが会話の量はノヴァの想定以上となった。


「……つまり傭兵はね、あぶれた人が行き着く底辺なの。碌な仕事が得られない私達みたいなのに残されたのは身体を売るか、野垂れ死にしかないの。それが嫌でマシな生活を送ろうとするなら暴力を売りにするしかないのよ」


 切々を話す内容には実感が籠っており男の苦労が垣間見える。


 ──とは言っても話している事が事実である保証はなく、口から出まかせの可能性もあり話を鵜吞みにする事は出来ない。

 何より男が装着している外骨格の関節部から焦げたような匂いが漂ってきており焼き付けを起こしかけている事から男の方も機体を冷却する時間が欲しかったのだろう。

 なんて事はない、ノヴァが息を整える為の時間稼ぎに男も便乗したのだ。


「さて、あたしもそろそろ限界ね、もう終わらせましょうか」


「そうだな」


 時間稼ぎは終わり、ノヴァは息を整え、男は機体の冷却が終わった。

 ノヴァは両手に銃を持ち、男は巨大なスレッジハンマーを担ぐ、二人は向かい合いそれぞれの獲物を握る。


 ノヴァの勝機は男に近寄らせず遠距離から銃撃を加える事、装甲に覆われていない箇所に弾幕を集中させれば容易く男を倒せるだろう。

 男の勝機はノヴァが放つ弾幕を搔い潜り接近戦に持ち込む事、近寄ることが出来れば男の持つスレッジハンマーはノヴァの外骨格を打ち砕くだろう。

 両者は距離を取って互いの隙を伺う、一秒が引き延ばされ世界が再びスローモーションのように動きがゆっくりとなり──


「突撃!」


「死ね、ケダモノ共!」


「村を襲った事を後悔して死ね!」


 村の入口から姿を現したのはソコロフを先頭に銃で武装した男達だ。

 彼らは入口から勢いよく飛び出し村を襲っていた野盗達へ逆襲を行う。


「あぁ!?ビビッて引きこもっていたんじゃないのかよ!」


「何だ!?」


「噓だろ別動隊がやられたのか!」


「怖気づいてんじゃねぇ!わざわざ出てきた奴らをぶっ殺、ギャ!?」


「気をつけろ!一人だけクソ強い爺がッ!?」


「恐れるな!野盗など数と勢いだけが武器の烏合の衆、一人一人確実に殺せ!」


 悲鳴と怒声が再び地下鉄に響き渡る。

 ソコロフを指揮官として男達は野盗達を一人一人倒していき野盗達の数は凄まじい勢いで減っていった。


「はぁ、馬鹿だと思っていたけど此処まで酷いなんて」


 既にノヴァによって人を減らしていた野盗達であったが入口からの攻撃が止んでからは村が怯えて立て籠もったと勘違いして外骨格同士の戦いを暢気に観戦し始めたのだ。

危機管理が出来ていないと言うべきか、単純に馬鹿しかいないのか、ノヴァと睨みあっていた男が取り繕う事無く批判を口にした。


「それでお前はどうする、まだ戦うか?」


「そんな訳ないでしょ。降参よ、こ・う・さ・ん」


 先程まで張り詰めていた空気は霧散した。

 そして野盗側が不利を通り越して負けたこと理解した男は振りかぶっていたスレッジハンマーを地面に下ろした。

 その行動からノヴァは男が降伏したと判断したが、それでも油断ならない相手であるのは変わらない。

 ノヴァは銃を男に向け続け余計な行動を起こさない様に監視を続ける事にした。


「……ところで素直に降伏したから見逃してくれないかしら?」


「悪いがそれは出来ない、降参するのなら村に引き渡す」


「やっぱりそうなるわよね」


 男の言葉からして村に引き渡される事は避けたいようだが、それは避けられない事だ。

 村を襲った野盗に与していた以上村では男の扱いは野盗と同じものになるだろう。

 殺されるのか、拷問を受けるのかはノヴァには全く分からない、それに必要以上に村の判断に踏み込むつもりはノヴァにはない。

 そして降伏した男も降伏した先にあるものを薄々と感じ取ったのだろう、その眼が油断なく回りを観察し始めた。


「逃がすつもりはない」


「そう、でも御免なさい。アタシ……捕まるつもりはないのよ!」


 振り下ろしていたスレッジハンマーが宙を舞う。

 ノヴァに向って投げつけたわけではない、元からハンマーに火薬か何かを仕込んでいたのか爆発の反動で宙に浮かび上がったのだ。

 そしてそれは見事にノヴァの注意を惹く事に成功、男はノヴァの視線が外れた瞬間に走り出した。


「逃がすか!」


 一瞬の隙を付かれたノヴァは急いで男の後を追い始め─しかし目前に投げこまれた二つの手榴弾が爆発を起こして阻止した。


「さようなら!貴方とは二度と会うことはないでしょうけど!」


 爆発の煙が晴れた時には男は捨て台詞を吐きながら地下鉄の暗闇に消えていた。

 その見事な逃げ足と思い切りの良さによって男は見事ノヴァから逃げ切った。


「大丈夫か?」


「問題ありません。ですが一人取り逃がしました。セルゲイさんの方も終わりましたか?」


「ああ、終わった。お前さんのお陰で村を救うことが出来た、感謝する」


「どういたしまして」


 ノヴァが村の入口を見れば勝鬨を上げる村人たちが何人もいた。

 生き残った事、村を守れた事に喜び泣きながら誰もが懸命に生きている姿が其処にはあった。

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