第94話 私を信じて
太陽の光が届かない地下鉄は光源がなければ一寸先も見えない暗闇に包まれている。
しかし地下に住む人々は暗闇を照らすために手作りの篝火や蠟燭、貴重な電灯等を使って暗闇を照らして生きている。
それはセルゲイの村も同じ、本来であれば複数設置された篝火が村の入口兼バリケードをぼんやりと照らしているだけの筈だった。
しかしノヴァとセルゲイ、二人の視線の先にあるのは火災による炎で赤々と照らされた村の入口だ。
入口そのものは形をまだ原型を留めているが一部が燃えており本来の機能を喪失するのも時間の問題だ。
それでも未だに保っているのは入り口に詰めかけた村側の人員が必死に補修作業をしているからだろう。
入り口の向こう側からは多くの怒鳴り声が聞こえ、入口に備えられた幾つもの銃眼からマズルフラッシュが煌めき銃弾を撃ち出している。
銃弾が向かう先にいるのは──人だ。
だが善人ではない、老若男女問わず襲い掛かかり彼らが持つ財産、食料、果てには命さえ奪い取る事をよしとする悪人である。
そんな悪党が徒党を組み組織だって略奪活動を行うのが野盗であり、現在進行形でセルゲイの村を襲っている者達の正体だ。
「クソ、野盗共は幾ら殺してもいなくならない、常に腹を空かせたケダモノ共だ」
「野盗に襲われた原因に心当たりは?」
「そんなものは今も昔も変わらない。食い物と貯め込んでいる物資と財産、住みやすい場所を奪い取るか、あるいは全部だ」
セルゲイは手に持った銃に弾丸を込めながらノヴァに答える。
その眼には一目で分かる程の殺意が籠っており、可能であれば今すぐにでも野盗に襲い掛かり一人残さず殺し尽くしたい衝動に駆られているのだろう。
それでもノヴァと話をするだけの冷静さを保っているのは怒りに任せた突発的な行動では事態を打開できないと理解しているからだ。
「腸が煮えくり返るが、今はまだ最悪の事態にはなっていない。それにケダモノ共がこちらに気付いていない状態を利用しない手は無い」
「作戦はあるのですか?」
「村の正面を攻め立てている奴らの背後から襲う。一番簡単な方法だが……」
「敵は此処以外も襲っている?」
「そうだ、入口に詰めかけている人員が少ない。間違いなくもう一つある村の入口も攻められている。向こうもギリギリの状態だろう」
ザヴォルシスクの地下に張り巡らされた鉄道の保守保安用に作られた作業員用の区画、其処にセルゲイさんが住む村がある。
地下で生きていくには纏まった生活できる土地に加えて防衛に向いた地形が欠かせない。
その二つを高い水準で満たしているのがシェルターであり、次点が地下鉄の駅である。
だが二つは既に多くの人が居住しており新たな住人を迎える余裕はない。
故にシェルターにも駅にも居場所がない人々は極僅かにある作業員用通路に住み着くか、中央から離れた場所にある作業員用の区画に住み着くのだ。
そしてセルゲイの住む村は危険と隣り合わせの移動を続けた果てに辿り着いた安心できる場所なのだ。
そして安心できる場所というのは野盗達にとっても同じだ。
それどころか根無し草である彼らは村を占拠した暁にはアジトとして運用する腹積もりだろう。
「分かりました。では私が此処にいる野盗を引き受けます。セルゲイさんはもう一方の入口に向って下さい」
「……恩に着る、俺は隠し通路を使って村に入る」
「分かりました」
ノヴァの提案をセルゲイは即断で受け入れた。
時間は残されていない、目前にある入口の防衛が成功したとしても、もう一方が破られれば村は野盗に蹂躙されてしまう。
その先には財産も尊厳も命さえ略奪される地獄のような光景が待ち構えているだろう。
それを防ぐには二か所同時に野盗の背後を襲う必要があり、道中確認できたノヴァの戦闘力であれば可能なのだ。
だからこそノヴァの提案を聞いたセルゲイはノヴァを信じる事にした。
数日前に出会ったばかりで会話も数えられる程度しか話していない、それでも窮地にあって自ら危険を冒して村を救う行動を見せたノヴァをセルゲイは信じるにたるものであった。
「さて、あと少し働きますか」
セルゲイが銃を担いで隠し通路に向かう姿をノヴァは見送った。
そして隠れていた瓦礫から姿を出して村に襲い掛かる野盗に近付いていく。
背後から襲われる事を野盗達は警戒していないのか隙だらけ、今奇襲するのもアリだが一人ずつ背後から絞め落とす事も可能だろう。
それだけでなく野盗の背後関係や村を襲った原因について問い詰めるのであれば手加減して気絶させた方が都合いいのではないかとノヴァは考えて──
「死ねや!」
「お前らに勝ち目なんてないからさっさと降伏しろ! そうしたら優しく殺してやるぞ!」
「結局は殺すんじゃないか!」
「当たり前だろう、男は殺して女は犯す、子供は人買いに売って万々歳だ!」
「ちげぇねぇ!」
やっぱりこいつら皆殺しにするべきだとノヴァは決めた。
「おい、爆弾持ってこい忌々しいゲートを吹き飛ばすぞ!」
「おい爆弾はあるか!」
「これかな?」
「おお、そう──誰だおまっ!?」
爆弾を差し出したノヴァが仲間でないと気付いた野盗の一人が行動を起こす前に外骨格の拳が振るわれた。
一撃で意識を刈り取るどころか殴った勢いそのままに野盗の身体が吹き飛び、絶賛防衛中のバリケードに轟音と共に叩き付けられた。
「ドミー!?」
「なんだ、どうしたんだ!?」
「いきなり吹き飛んできたぞ!」
仲間の一人が宙を舞ってバリケードに叩きつけられたのは野盗にとってもショックな出来事であったらしい。
そして慌てふためく野盗の中にも頭の回る人はいるようで吹き飛んできた原因を探そうとして後ろを振り、ノヴァと目が合った。
「て──!?」
野盗が言い終わるまでノヴァは待つつもりはない。
当初考えていた一人一人を気絶させる作戦は早々に破綻したので次の行動に移行。
行動方針は単純明快、先制攻撃で蹂躙である。
両手に握った二丁の銃から放たれた光弾が振り返った野盗の頭部に命中。
光弾が肉を、骨を、脳髄を弾き飛ばして野盗は物言わない死体に早変わりした
そして奇襲のアドバンテージを活かすべくノヴァは隙を晒している野盗に次々と銃撃を加えていった。次いでに撃ち殺した野盗の近くにいる相手にも光弾を。
「何がギャ!?」
「後ろから撃たれてるぞ!?」
「おい、弾持ってこい!」
先程まで人を人とも思わない残忍な言葉を吐き出し続けていた野盗達は奇襲されると思っていなかったのかノヴァが呆れるほどの醜態を晒しながら有効な反撃を出来ないでいた。
自分達が捕食者だと勘違いしていた野盗は一人また一人とノヴァの放つ銃撃で撃ち殺されていき、その数を勢いよく減らしていく。
「ふざけやがって、死ね!」
だが野盗側も一方的に殺されるだけではない、犠牲を払いながらも奇襲から立ち直ると姿を隠す事無く堂々と姿を現しているノヴァに向けて銃撃を加えていく。
一人二人ではない、生き残った野盗の銃口は余すことなくノヴァ一人に向けられて多くの銃弾が撃ち出された。
生身であれば人体がミンチになる程の弾幕、勝利を確信した一部野盗達であったが現実は彼らの想像通りにはならなかった。
「銃が効いてねえぞ!?」
「ふざけんな! 銃弾を弾きやがったぞ!」
「おかしいだろ! あのしみったれた村が凄腕の傭兵を雇った話聞いていないぞ!」
野盗達の放った銃弾はノヴァに着弾するも火花を上げながら弾かれるだけだ。
ノヴァの外骨格に備え付けられた装甲は強力なミュータント、あるいはクリーチャーを想定して製造された軽量かつ強度も靭性も優れた代物である。
野盗の持つ銃では威力不足であり火花を散らして弾かれるだけ、それを分かっていながらも野盗達に出来る事は銃を撃ち続ける事だけ──
「あらあら、何だが凄いものがあるじゃない」
ノヴァはその声が聞こえた瞬間に射撃を中断、その場から勢いよく跳んで離れる。
その直後、ノヴァがいた場所に轟音と共に何かが叩きつけられた。
「あら、上手く隙を突いたつもりたったのに」
衝撃で舞った砂埃が晴れるとノヴァが先程まで立っていた地面には巨大な鈍器が叩きつけられていた。
鈍器の大きさは人一人簡単に叩き潰させる程の大きさでありノヴァの強力な外骨格であっても損傷は免れないだろう。
危険であると判断したノヴァは突如鈍器を振り下ろしてきた相手を見る。
「お前も野盗のいち、み…か?」
「ハ・ズ・レ。アタシは彼らに雇われた用心棒よ」
ノヴァが視線を向けた先にいたのは野盗達とは大きく姿の異なった人物である。
巨大な鈍器を振り下ろしてきた事からサイボーグとではないかと考えていたが見慣れない形をした強化外骨格の様な物を装着しており、それを使って巨大な鈍器を振り下ろしてきたのだろう。
しかし目の前の人物が装備している外骨格らしき装備はお世辞にも整備が行き届いているようには見えない。
本来であれば装甲に覆われているべき箇所の装甲はなくフレームが剝き出しのまま、それだけでなく十分な油もさせていないのか金属の擦れる音が離れていても聞こえてくる。
頭部を覆うヘルメットは無くしたのか素顔は剝き出しであり、正直に言って外骨格の機能を維持できているのが不思議なくらいである。
ノヴァとしては地下世界で外骨格を運用できている事に驚き──しかし、それ以上に目の前にいる人物の素顔に釘付けになった。
「いやね、あまり人の顔をじろじろ見るのは失礼よ」
「あ、いや、すまない。非常に特徴的な人でつい」
先程から女子言葉を話しているが外骨格を着込んだ人物の素顔は男性である。
しかも顔もかなり厳つい、キャラが濃いどころか個性が渋滞を起こしているような人物であったのだ。
ノヴァの背筋を何とも言えない感覚が走り抜けるが、それを飲み込んだノヴァは外骨格を着込んでいる男性に話しかける。
「キャラが濃……違った、ええと、あれだ、お前も野党の一味か」
「もう、二回目よ。もう一度言うけど違うわよ。アタシは彼らに雇われた用心棒、彼等の仲間じゃなくて雇われただけよ」
「そうか、なら加勢するな」
「そうもいかない事情がこっちにもあってね。まぁ、此処まで落ちぶれたけど前金貰っておきながら逃げるなんて出来ないのよ。特に、この業界は狭いから悪評が付きやすくてね」
振り下ろした鈍器を手元に引き寄せながら男はノヴァに答えた。
男自身も仕事には納得がいっていない様子だが、それでも自らの感情を押し殺し仕事を行う姿勢から相手は一介の用心棒ではない雰囲気を醸し出す。
そしてノヴァの判断は当たっていた。
「そんな訳で……ちょっとアタシに倒されてくれないかしら!」
巨大な鈍器を振りかぶり男がノヴァに迫る。
燃え盛る炎をバックに野盗とは一線を画す相手との戦いが始まった。
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