第100話 仮設キャンプの設営
メトロにおいて価値の在るモノは何か。
この問いに対して屈強な傭兵は銃と答え、子を持った母親は食料と答え、神経質な老人は燃料と答える。
人、或いは属するコミュニティによって価値のあるモノが異なるのは当然であり、そのどれもが間違ってはいないのだ。
そうした中でアルチョムが考える価値が在るモノは何か、それは『機械』である。
太陽が届かないメトロに暮らすのであれば暗闇を照らす電灯は欠かせない。
その電灯に電力を供給する発電機、電力を制御する変圧器、鈍らになったナイフを研ぐグラインダー等、メトロで生きていく上で機械は欠かすことが出来ない代物である。
しかし大前提としてメトロの全域に様々な機械が十分行き渡っているとは決して言えない。
あるコミュニティでは発電機がなく焚火の炎を光源としている所があった。
最低限の武器の手入れさえできず壊れた銃器が倉庫の端に積み上げられていた。
地下から沸き上がる有毒ガスを排気することが出来ず放棄された駅があった。
ミュータントの様に己の身体のみで生存することが出来ない人間は機械を使うことで漸く対等の立場になり過酷なメトロで生きていけるようになる。
逆説的にメトロにおいて機械の恩恵を得られない人間は自然に、ミュータントに、或いは同じ人間に一方的に狩られる存在に堕ちてしまうのだ。
それを知識と実体験として知るアルチョムはだからこそ機械の価値を知り、また其処に商機を見出していた。
生まれ育ったコミュニティに一生留まる人が多くいる中で『探検家』と呼ばれる程にメトロと地上を移動するアルチョムは変人、或いは気狂いと呼ばれている。
だが誰もが足を踏み入れていない場所であるからこそ未だ手付かずの機械、あるいはまだ使える機械部品を見つけることが出来るのだ。
それらをメトロに持ち帰り市場に流す、得られた報酬で村に必要な物資を買い込む、そうしてアルチョム達はメトロで生きてきた。
しかしアルチョム達の働きに関係なく近頃は機械も部品も見つけることが出来なくなり、纏まった稼ぎを得られる機会は激減していた。
それは村にとって数少ない外貨獲得手段が失われる事であり、危機的な状況である。
だがそれも仕方がない事、メトロに人類が逃げ込んで200年を超えれば地上に放置された機械は錆び付き、風化し、壊れる。
メトロで使われる機械も同様に時間と共に摩耗し壊れ、しかし補修部品があれば修理は出来るだろうが部品が無ければ壊れたままだ。
そして補修部品の出所は地上から持ち帰ったもの、新たに供給される事がない以上見つけられる部品は年を経るごとに減る一方であった。
メトロに住む住人の中には危機感を抱いて行動を起こした所もあった。
あるコミュニティでは消耗される部品を独自に生産しようと試み、それは一定の成果を収めることは出来た。
だが地下で生活する以上利用可能なスペースは限られるので生産規模拡大による量産は困難であり、また生産設備を動かすだけの電力、素材を十分に揃えられないためメトロの需要を賄う事は出来なかった。
そうして今、現在のメトロでは慢性的に機械、或いは補修部品が不足していた。
錆び付いた壊れ掛けの機械部品であっても価値が在り、もし殆ど新品に近い物を見つけることが出来れば大金持ちになれる。
そうなると仕事にありつけない人々が僅かな希望を胸にミュータントに怯えながら地上に飛び出す事が増えた。
しかし成功したのはごく僅か、大半の人々は碌な物を見つけることが出来ずに途方に暮れる、そんな光景が駅でありふれたものになるのに時間は掛からなかった。
──ここで問題である。
此処にノヴァという名の技術、製造、生産等の機械に関する知識・技術がカンストしている頭の可笑しい人間が一人。
その手元にはエイリアンから笑顔で奪ってきた生産設備と大量の素材があります。
止めに現在のメトロで不足している機械に精通しているアルチョムを加えると、どの様な化学変化が起きるのか。
そして化学変化の結果出来上がった品物をメトロに売りに行った結果がどうなるのか。
その結果をノヴァが知るのはアルチョム達が品物をメトロに売却に行ってから3日後の事であった。
◆
「いやホントに高値で売れましたよ! 過去の取引なんか比べ物になりません! 一回で一年分を軽く超える稼ぎが出ましたよ!」
「お、おう、それは良かった。……所で後ろにいる護衛二人の顔色が悪いけど」
「いやぁ、同業者の視線がですね……」
「一人残さず血走っていましたよ。隙を見せた瞬間に殺しに掛かってくるんじゃないかと思うと一瞬も気が抜けなくて……」
「お、おう」
「安心してください! 嗅ぎ付けられない様に仲介業者を挟みましたし、買収もしています。稼ぎは少し減りましたが全体から見れば微々たるものです!」
満面の笑顔で報告するアルチョムと精魂が尽き果て地面に座り込む護衛の二人の対照的な光景から彼らがメトロで行ってきた交渉の凄まじさをノヴァは理解した。
そして取引で得られた大量の物資を見せられ──だが大量の物資に見慣れているノヴァにしてみればささやかな量の物資である。
取り敢えずは初回の取引は成功であり得られた物資は大量、これを元手にノヴァは今後するべき作業を脳内でリストアップする。
「所で先生、今回の取引で得られた成果に関する分け前ですが……これだけ頂いてよかったのですか?」
アルチョムは今回の取引で大量の物資を買い込む事が出来た。
取引総額は自分達が一年間頑張って稼いだ額を軽く超えている、その事に対して内心思う事が無いとは言えなかったが渡された品物を見れば当然の事だと納得は出来た。
多品種高精度の補修部品に、ノヴァが完全修復を行い新品同様になった発電機、今はもう見つからないと思われていた大型機械部品。
アルチョムの詳細な調査情報があっての初めて製造できたものであるが長年様々な物を集めてきたアルチョム達から見ても最上級品であった。
だからこそ取引は慎重に慎重を重ねて行い、仲介業者の買収まで行った。
それでも最終的に得られた収益は莫大であり、その半分近くをノヴァは気前よく報酬として与えたのだ。
それはアルチョム達から見ても貰い過ぎではないかと腰が引けそうになるのだがノヴァは当然の事であると迷う素振り無く言い切る。
「人件費と運送費は当然として人脈と交渉を加味すれば当然だ。金払いの良い依頼主とは長く付き合いたいだろう」
「それは勿論、お陰で村に不足していた物資を買い込むことが出来ました。この取引が継続して出来るのであれば取引継続をお願いします」
それを聞いたアルチョム達は互いに顔を見合わせて頷いた。
今後ともノヴァとの取引を行うのは勿論、可能な限り協力する事に、ノヴァは働きに対して十二分な報酬を支払うと判断したからだ。
「それで先生が今行っているのは拠点の構築ですか?」
「どちらかと言えば簡易的なキャンプだな。村から来た人員を休ませる場所と製造設備の設置、防衛陣地だけは本格的に作っているが」
アルチョム達がメトロへ行っている間に多脚戦車と掘っ立て小屋しかなかった仮設キャンプは大きく変わっていた。
物資を使い切り空になったコンテナを利用した居住区に炊事場に食糧庫に武器庫、それを囲うように掘られた溝と堀がミュータントを寄せ付けない。
ノヴァ本人はキャンプ程度でしかないと言っているかもう少し手を加えるだけで小さな村が出来上がるだろう。
「それにしても短時間で此処まで出来るのは本当に凄いですね」
「たいした事でもない、エイリアン製の物資を使えれば誰でも出来るさ」
前提条件としてエイリアンから物資を奪い取ってくる人は普通でないという突っ込みをアルチョムは耐えた。
認識の違いはあるだろう、それでもノヴァにとってこの程度のキャンプなどたいした事ではないのだ。
「最も奴らの基地は根こそぎ物資を奪ってから吹き飛ばしている。今頃、瓦礫と雪の下に埋まっているだろう」
「……はは、エイリアンも気の毒ですね。それで調査は順調という事ですか」
「いや、頓挫している」
アルチョムの問いに対してノヴァは苦虫を嚙みつぶした顔して答える。
実際にノヴァが仕留めたミュータントを見せるとアルチョム達も納得した。
それは彼らが何度も見てきた見慣れた6本足の蜘蛛の姿をした虫型のミュータントである。
「廃墟の中に大量のコレが棲み着いていやがった。しかも奴らこの前の襲撃で死んだミュータントの死骸を食って数が馬鹿みたいに増えている可能性がある。今は建物の入口を封鎖して外に出てこない様にしているが何時まで持つか」
メトロに暮らす人々に間では知らない者はいないと呼ばれる虫型のミュータント『パウーク』、メトロにおいて場所を問わずに集団で生息する厄介な存在だ。
暗闇から奇襲を行い、倒した獲物に集団で襲い掛かり殺された人は何処のコミュニティにもいる。
繫殖力も強く定期的に駆除を行わなければ手が負えない程に増殖し小さな村なら簡単に飲み込む危険な相手である。
そしてノヴァが見せたパウークは……アルチョム達の記憶にあるモノより二回りほど大きい。
「……此処まで大きなモノを見るのは初めてです」
「だろうな、見慣れている筈の作業員が一目見て腰を抜かしていた。もう少し遅ければ巣穴に連れ去られていた処だ」
「どうするつもりですか、虫型は身体が大きくない代わりに数が厄介なミュータントの筈ですが此処に棲み着いたこいつ等は巨大で数も多い。私達の持ってきた銃では対抗できませんよ」
「それは痛感している。だが此処を諦めるつもりはないし碌な武装も与えずに万歳突撃をさせるつもりはない。あのクソ蟲の為の武装、火炎放射器を急いで開発している」
「火炎放射器……ですか」
「ああ、奴らに投げた即席の火炎瓶が効果的だったようでな。奴らは火にめっぽう弱いようで大きさに関わらず良く燃えてくれた」
「ですが燃料はどうするのですか? 今のメトロでは火炎放射器用の燃料は売っていません。私も過去に使ったことがありますが僅かに残った燃料を凄まじい勢いで消費する大飯食らいですよ」
アルチョムの疑問は正鵠を射ている。
メトロでは屠畜した家畜の脂肪を燃料に加工して使うこともあるが品質は正直に言って悪いものだ。
もっぱら燃料となるのは可燃性のゴミや腐った路面の枕木などであり液体燃料というものは殆どない。
出所が不明な液体燃料が時たま市場に出る事もあるが品質は悪く用途も発電機用に使われ武器として使われる事は殆どない。
もし火炎放射器を運用するのであれば貴重な燃料を大量に集める必要があり、その費用は今回の取引で得た利益の殆どを費やすことになるだろう。
それ以前に購入する資金があったとしても現物が手に入らない可能性の方が高いのだ。
「それについては解決済みだ」
そう言ってノヴァはアルチョム達を連れある建物の中に入った。
其処は地下構造物のない即席で作った建物、そして中には巨大な機械が置かれ稼働していた。
「これは鹵獲物資の中にあった装置だ。解析したところ、有機物を投入すると中に充満している微生物が分解してくれる。そして微生物の増殖と共に副産物として石油に近い油分が分泌される、所謂バイオ燃料製造装置だ。そして此奴に投げこむ有機物も既に大量にある、今迄放置していたミュータントの死骸だ」
本来の使い方としてはエイリアン用の食料生産装置なのだろう。
食用に適さない有機物を燃料、或いは材料として食用微生物を培養し抽出、食用に加工したものが基地にいた時に見たホースに繋がれたエイリアンに流し込まれていたものだろう。
肉片の一片、髪の毛一本すら無駄にしない効率を極めたエイリアンにしかできない食料生産方法であり、燃料として使えるバイオ燃料は副産物でしかない。
だが今ノヴァに必要なのはドロドロとした食用微生物ではなくバイオ燃料の方である。
生産が始まってまだ日が浅いため燃料の生産量は少ないがもう数日経過すれば纏まった量の燃料を生産可能になる計算だ。
「今急いで試作火炎放射器を製造している。試作を幾つか作り問題点を洗い出して修正、それから完成品である正式量産型を実践投入する。その頃には十分な燃料も出来上がっているだろう」
「……はは、いやはや、凄いですね」
なんて事の無い様にノヴァが告げる全てがアルチョム達の理解の範囲外であった。
同時にアルチョムは顔を引きつらせながらも何とか返事が出来た自分を褒めてやりたいと切に思った。
「あ、それと生産量によっては燃料も取引品目に加えてくれ。それと次の取引ではメトロで栽培されている食用植物の苗や種、繁殖用の家畜の購入もしておいてくれ」
だがそれを説明に夢中で見ていなかったノヴァは追加でアルチョム達の心労を増やす発言を行う。
「……理由を聞いても」
「理由も何も食料供給を安定させるのは最優先だろ? 今回は悠長に育てる時間がないから食料を外部から購入したが継続するつもりはない。足元みられる可能性もあるし、食料を人質にして余計なちょっかいを掛けられたくない」
今現在のノヴァの最優先目標は電波塔の修理であるのは変わらない。
しかし、電波塔の修理はノヴァ一人では流石に手が足りず大勢の人手が必要であった。
だが人手を集めようにも報酬も何もなければミュータント蔓延る危険地帯に働きに来る物好きな人など早々にいないのがメトロの常識である。
だからこそノヴァは製造した機械や補修部品をアルチョムに渡し市場で換金してもらい、其処で得られた成果の内半分をアルチョム達の報酬として渡すことで作業人員を彼らの村から借りているのだ。
だがこれ以上に人員が必要になるのであれば食料供給が不安定な市場に任せるのはリスクが大きい。
予想もしない値上がり等で食料品価格が上昇すれば作業員を養うことも困難になる。
それを防ぐ、或いは影響を軽減させるために食料生産体制をある程度整えておく、それがノヴァの考えだ。
「……誠心誠意、勤めさせていただきます」
アルチョム達はそう返事を返すしかなかった。
もしこれが只のメトロの住人が言えば気にも留めずに聞き流していただろう。
だがアルチョム達は今日一日のやり取りだけで確信を抱いた、ノヴァならやりかねないと。
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
・放送局を占拠しました。
・施設を完全に制圧しきれていません。
・ランダムでミュータントが襲撃してきます。
・簡易陣地を作成:ミュータント迎撃効率10%向上
・放送設備は使用不能です。
・労働可能人員:1+10人
・ミュータントの大集団を発見、至急駆除せよ
・放送局制圧進行率 :79%
・放送設備修復率 :0%
・仮設キャンプ:稼働中
・食料生産設備:準備中
・武器製造:火炎放射器 生産予定
・バイオ燃料:生産中
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