第90話 無人の街で

 眠りから覚めて見た天気は余り良くないものだった。

 空は薄雲に覆われて地表を照らす光は弱々しい、加えて寝ている間にも降っていたのか多脚戦車には少なくない雪が積もっていた。


 そんな悪天候でありながらノヴァは食事を手早く済ませるなり強化外骨格を装着した。

 探索に持ち込む武装の準備を終え、引き連れている多脚戦車を警戒状態に移行する。

 これで不用意に近付いたミュータントに対し自動的に攻撃するように設定、鹵獲物資の強奪を防ぐ準備も整えた。


 そして諸々の準備を終えたノヴァは目の前に広がる廃墟と化した街に歩き出した。

 遠ざかる姿を見送る人はいない、鹵獲した多脚戦車のセンサーだけが遠ざかるノヴァを見ていた。


 街に中に入ったノヴァは直ぐ近くにあった廃墟から探索を行った。

 元は団地だったのか塗装は全て剥がれ落ち、コンクリートが剥き出しになった廃墟へ雪を掻き分けてノヴァは進んでいく。

 そして雪に足を取られながらも建物内に侵入すると、ミュータントの生き残りに警戒しながら廃墟の探索を行う。

 一番の目的は現在地を特定できるものを何でもいいから見つける事、今ノヴァが切実に欲しているものだ。

 それさえあれば現在地の目途がつき電波塔を見つける起点にもなる、そうすればサリア達に正確な救援信号を送ることが可能になり帰ることが出来る。


「何もないな……」


 だが一件目は外れであった。

 現在地が特定できる物であればなんでもよかったが、ノヴァが見つけられたのは昨日のミサイル攻撃で焼け死んだミュータントの死骸と新しく出来た瓦礫の山だけ。

 攻撃によって新しく空いた建物の横穴からは冷たい外気と共に雪が入り込み内部を外と同じように雪で白く染めていた。


「次だ、次」


 一件目の廃墟を後にしてノヴァは二件目の廃墟に取り掛かる。

 だが此処も一件目と同じように地図やそれに類した代物は姿形もなく、人工物として残っているのは建築物の骨組みにコンクリートだけの有様だった。

「仕方ない、廃墟になってから時間が経ちすぎた」


 まだ二件目である、街の中には調べて終わっていない廃墟がまだ沢山ある。

 ノヴァ一人では調べきれないほどの廃墟の中に一件くらいは何かあるはずだ。

 そう自分に言い聞かせ、数を熟せば何かしら見つけることが出来るだろうとノヴァは考えて次の建物の中へ入っていった。


 だが三件目の廃墟も何も得るものがなかった。


「安全に探索できるだけマシと思う事にしよう」


 昨日の大規模戦闘によってミュータントの数は著しく減少しているのか現時点でミュータントとは遭遇していない。

 数えるのも馬鹿らしいほどある廃墟をミュータントに警戒しないで探索できるだけでも肉体的、精神的な消耗は少なくなり探索できる数を増やすことが出来る。

 そうして更にノヴァは自分に言い聞かせて廃墟の中を片っ端から調べていく。


 だが前向きに振舞い続けるのにも限度があった。

 時間を掛けた探索が何度も無駄に終わり目ぼしい結果は無い。時間だけが無常に過ぎていき何時の間にか日は傾き辺りは薄暗くなりかけていた。

 空元気が保ったのも五件目の廃墟まで、そして七件目の探索を終えた時にはやる気は尽き廃墟の壁を背にしてノヴァは座り込んだ。


「…………幸先が悪すぎる」


 深いため息と共に出た言葉数は少なく、声には隠し切れない徒労感が漏れ出していた。


 終日探索に費やした結果は全滅、地上部分は風通しの良い吹き抜けになっているかミュータントの巣穴と化していた事が判明しただけだ。

 次にノヴァは廃墟にあるかもしれない地下室といった地下部分を調べようともした。

 だが探索ではそれらしい入り口を見つけること出来ず、仮に入り口を見つけられたとしても降り積もった雪と瓦礫に埋もれ辿り着く事も難しい。


「今日は切り上げるか……、明日には何か見つかるだろう」


 疲労していたノヴァは今日の探索を終えることにした。

 そして端末に今日の結果を書き込んでいき明日は少し離れた場所で探索を行う予定を組み上げていく。


 廃墟の壁に背を預けたノヴァの耳には聞こえるのは端末を操作する音と廃墟に吹き込む風の音だけ。

 どうしようもない心細さを感じたノヴァは余計なことを考えないように端末の操作と同時に頭の片隅で街が廃墟になった理由を試しに考えてみた。


「廃墟の理由は一番が戦争、次点でエイリアンかな。戦争はありえそうだが……エイリアンが関係していたら困るな」


 現時点では街が廃墟と化した原因は分からない。

 核戦争か、あるいはエイリアンによる侵略の影響か、はたまた別の影響なのか。

 そんな比較的どうでもいいことを思考彼方此方に空回りさせながらノヴァは考え続けた。

 だがそれは一種の現実逃避であり、ノヴァの精神を安定させるために必要な事であった。


「それと今後どうするか。廃墟の探索を続けるのか、街を出て電波塔探しの放浪生活に戻るのか……。碌な選択肢じゃないな」


 廃墟の事以外にもノヴァは今後の行動方針も考えていたが妙案と呼べるものが思い浮かぶ事はなかった。

 現時点で考えられるのは地道な探索を続けるか、街の探索を切り上げて多脚戦車で次の街を目指すかの二択だけだ。

 仮に次の町を目指すのであれば当てのない放浪生活に戻るしかなくノヴァの精神的にきつい選択である。

 今はまだ肉体面に影響は表れていないが現状のコンディションをこの先の放浪生活で維持し続ける事は可能とは言い切れない。

 反対に廃墟の探索を続けても成果が得られない日が続くようであれば同じようにきつい。

 結局のところ肉体が先に倒れるか精神が先に折れるかの話であり当事者であるノヴァにも予想は全く付けられない。


 そんな風に展望の見えない考えがノヴァの脳を駆け巡っていると建物の外から遠く遠吠えが聞こえてきた。

 ノヴァは作業を一時中断、警戒を行いながら廃墟に隠れながら遠吠えが聞こえた方向に顔を向ける。

 ヘルメットの望遠装置を起動させて原因を探ると遠く離れた所で多くのミュータントが移動しているのが見えた。


「なんだ、ミュータントか」


 どうやら何かを追っているだけでありノヴァに気が付いたわけでもないらしい。

 それが分かるとノヴァは遠くの出来事だと判断すると張り詰めていた警戒を解き再び端末の操作に戻った。


 その直後に何かが爆発する音が──銃声が廃墟に轟いた。


「銃声! いるのか、人が!?」


 それは青天の霹靂だった。

 先が見通せないノヴァにとって聞こえてきた銃声は福音であり、すぐに立ち上がると銃声が聞こえた方向に顔を向けた。

 だが見えた先にいたのは銃を撃った人ではなく、今も移動を続けているミュータントの群れである。

 その光景を見たノヴァの脳裏には一つの推測が生まれた──銃を放ったのはミュータントに追われているからではないかと。


「間に合えよ!」


 そこに思い至ったノヴァは強化外骨格の機能を全開にして廃墟から飛び出した。

 地面に降りては積もった雪で移動速度が低下する、そう考えノヴァは廃墟を足場にして跳躍を繰り返しながらミュータントの群れを追う。

 そして群れの先頭を見下ろせる位置に着いたノヴァが目にしたのは廃墟の中に入り込もうとするミュータントの群れだ。

 どうやら入口が瓦礫で防がれているようでミュータントの群れは廃墟の中に入れないようである。

 廃墟を囲むように徘徊している個体や瓦礫の隙間に身体を捩じり込もうとする個体が何体もおり時間を掛ければミュータントは廃墟の中に侵入できるだろう。


「邪魔だよ」


 よってノヴァは廃墟に夢中になっているミュータントに対して奇襲を行った。

 群れの中心に爆弾を投げ込み即起爆、回避行動の猶予も与えなかった事で群れの三分の一が消し飛び、合わせてノヴァは廃墟の屋上から銃撃を加える。

 二丁持ちしたエイリアン製のSFチックな銃からは無数の光弾が放たれて着弾したミュータントの血肉を弾き飛ばしていく。

 突然の攻撃に驚愕したミュータントだが姿が見つからない敵対者に対して最初は声を荒げさせていた。

 だが時間共に減っていく群れを見て一匹また一匹と逃げ出していき、ノヴァがワンマガジン撃ち終わる頃には群れは一目散に逃げていった。


 ミュータントの再襲来を警戒しながらノヴァは身を潜めていた廃墟から出ていきミュータントが取り囲んでいた建物へ近付いていく。

 一見した限りでは周りにある廃墟と変わりないように見える。

 だが出入口になりそうな場所は全て瓦礫で防がれており、入り口らしいものはミュータントが集まっていた一箇所だけ。

 そしてノヴァが強化外骨格でひときわ大きな瓦礫をどかすとミュータントでは入れない小さな出入口が現れた。


「狭いな、けどミュータントも入り込めないから悪い事ばかりではない」


 ライトで照らす廃墟の中は薄暗く、そして床には奥に続く血痕が残されていた。


「血が出ているが致命傷ではない以外は不明、それと外骨格は此処で待機させるしかない」


 流石に入り口らしき穴は強化外骨格が通れそうなほどの大きさはしていない。

 ノヴァは外骨格を外し武装の一部を装備して廃墟の中に足を踏み入れ、床に点々とついた血痕を辿って廃墟の中を進んでいく。

 道中には罠らしいものはないが瓦礫の配置はミュータントの足止めを意識した作りになっていて間違いなく人の手が加えられていた。

 そしてノヴァが何度目かの角を曲がろうとした瞬間足元の床が銃声と共に弾け飛んだ。


「クソ外したか、運のいいミュータントめ!」


 警戒しながら進んでいたお陰で事前に聞こえた小さな音。

 それが聞こえた瞬間にノヴァは瓦礫に身を隠し銃撃を免れた。

 そして角を曲がった先にいるだろう人物に向かってノヴァは声を張り上げた。


「違う、俺はミュータントじゃない!」

「あぁ!? ミュータントじゃなければお前はファシスト共か! こんな僻地にまで来てもお前らが欲しがるような物は何もないぞ! それとも恥をかかされた腹いせに殺しに来たのか!」


「ファシスト? 一体何を言っているか分からないが俺は敵じゃない!」


 そう叫んだノヴァは銃を放り捨て両手を上げて姿を見せる。

 危険な行為であるが先程の銃撃から装備している防具で防げると判断したからだ。


「お前さん……ファシストの屑野郎ではないな、誰だ?」


 角を曲がった先にいたのは一人の老人だ。

 片手で銃を握り、もう片方の手は出血が止まらないのかわき腹を押さえており其処から血が滲み出ていた。

 ライトで照らした顔も青くなっており一目で体調が悪いと判断できる程であり急いで手当をする必要がある。


「俺は敵じゃない、武器も持っていない」


「近づくな! いいか、ゆ……くり、と──」


 ノヴァが近づこうとすると警戒を露わにして叫んだ老人。

 だがその言葉は次第に小さくなり、言い終わる前にまるで意識を失ったように後ろに倒れ込んだ。


「おい、大丈夫か!」


 急いでノヴァが駆け寄ると老人の体調は危険な状態であった。

 わき腹からの出血は止まることなく流れ続け、体温も低下しており一刻の猶予もない。


「医師免許なんて持っていないモグリだけど目を瞑ってくれ」


 そう言ってノヴァは老人の治療を開始する。

 ノヴァは老人を死なせるつもりは全くない、何故なら漸く見つける事が出来た手がかりであるのだから。

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