第88話 盗んだバイクで走り出せ!
安眠と程遠い眠りはヘルメットに設定されたアラームが鳴り響くことで終わりを告げられた。
潜伏してから何度も繰り返した動作だ、設定された時間が経過したことを知らせるアラームを慣れた手つきでノヴァは止めた。
ノヴァの意識は眠りの世界からから現実に引き戻された。
閉じていた瞼を開けると光が差し込む、だがそれは日の光ではない。
強奪した多脚兵器のコックピットブロックに備え付けられた操作端末とモニターから発せられる人工的な光である。
スリープモードであった機体は待機状態に移行、モニターが一斉に起動して放たれた光が視界を通して脳を刺激しノヴァの頭は覚醒していく。
「……十分に寝られたと思おう」
寝心地は良かったとは口が裂けても言えない。
エイリアン製コックピットには居住性という言葉は存在せず狭苦しく操作に必要なものしか置かれていない。
クッションは存在せず座っている操縦席は全て固い金属で作られ座り心地は最悪、寝起きの身体はまるで石の様に固くなったと錯覚する程だ。
それでも最低限の睡眠は取ることはできた、脱出作戦に欠かせない体力は大分回復できただろう。
キャノピーを開放したノヴァはコックピットから立ち上がり背伸びする。
硬くなった身体を解し全身に血が巡っていく、人っ子一人いない格納庫にノヴァの吐息が解けていく。
ある程度の柔軟を終えたノヴァは次に自前の端末を操作して寝る前に設定した作業の確認を行う。
画面には強奪したエイリアン製多脚兵器のシステムの書き換えが完了した事が表示されていた。
「システムの書き換えは全機完了、コンテナの積み込みも終わっていて仕込みも終わっている」
システムの細部までチェックを行うが問題は見当たらない。
格納庫にある多脚兵器の操作権はノヴァが握り戦力化が完了したといえるが試験的に動かしてみても問題は見つからない。
出来れば実際に火器を起動させて戦闘時の動きを観察したいがそこまでする時間はなく、誤魔化すにも限度がある。
端末の画面を切り替えると格納庫に対して中央にある管制室からの問い合わせのログが長々と表示されているのだ。
寝ている間に送られてきたものであり、自動的に返信を繰り返すプログラムで誤魔化し続けてきたが流石に限界である。
時間は残されていない、ぶっつけ本番で動くしかない。
「さて、それじゃ脱出作戦始めますか!」
気合を入れるために叫んだ後、ノヴァはコックピットに座り込む。
キャノピーが下がり見慣れないエイリアン製の操作端末を手に取る。
「一号機起動」
掛け声と共にノヴァが搭乗している多脚兵器が待機状態から戦闘状態に移行。
一号機と名付けられた機体から聞きなれない起動音がコックピットに響き、脚部が動きだして機体が持ち上がる。
「二号機、三号機起動」
格納庫にあった同型の多脚兵器、それをノヴァは強奪し即席の無人機に仕立て上げた。
二号機、三号機と名付けられた機体は一号機と同じエンジン音を響かせて戦闘状態に移行し問題なく動き出した。
「運搬機起動」
見かけは百足のような脚を持った機体は積み込んだコンテナの重さに負けることなく立ち上がる。
二対の脚が付いた胴体の上に二つのコンテナが積み重なり、それが6機連結され運搬機一機で12個のコンテナを運ぶことが出来る。
そんな運搬機が格納庫には4機あり、その全てにコンテナが積まれノヴァの傍で命令を待っていた。
「よし、全機問題なく起動しているな。それじゃ移動開始」
ノヴァが乗る一号機を追うように多脚兵器群が動き出す。
重々しい足音を響かせながら格納庫を移動する様子に異常は見られずモニターを眺めていたノヴァはひとまず安心することが出来た。
兵器の修理や換装も行う為か広く作られた格納庫の出口まで着くとノヴァは一号機の脚を止め、追い掛けていた兵器群も脚を止める。
「よし、此処からだ」
ノヴァは端末を操作して外へ通じる出口を塞いでいる隔壁を開放させる。
隔壁が動き出した瞬間に中央の管制室は異常に気付く、今迄のような誤魔化しは通用せず大量のエイリアンが押し寄せてくる。
それは避けられない未来、だが既にノヴァは腹を括った。
隔壁を制御しているシステムに侵入し作動させる。
重い駆動音と共に隔壁が動き出す、だがその動作は逸るノヴァには余りにも遅く見えた。
「第1、第2隔壁解放。遅い、早く開いてくれ」
隔壁が動き出してから10秒も経っていない、だが逸るノヴァには長い時間のように感じられた。
そして隔壁が半分も開かない段階で施設に全体に甲高い音が響き渡る、エイリアンが異常に気付いたのだ。
「気が付いたか、だが数少ない武器で隔壁は壊せないだろう」
監視カメラを操作すれば格納庫の出入口を封鎖している隔壁前には既に多くのエイリアンが集まっている。
銃を持ったエイリアンが隔壁を破壊しようと銃撃をしているが数は少なく、本来であれば銃を装備しているエイリアンの手に武器は何も無かった。
原因はノヴァが運び出したコンテナにある、中にはエイリアンが扱う銃が大量に納まっており本来であれば押し寄せたエイリアンが装備している筈の銃であるのだ。
敵の武器を奪い、少しでも相手の戦力を低下させようとノヴァが考え付いた策であり効果は覿面であった。
加えられる銃撃からして隔壁はもう暫く持つだろう。
「それじゃ景気よく爆発させ──」
少しでも隔壁に集うエイリアンを分散させるためにノヴァは施設の色々な場所に仕込んだ爆弾を起爆させようとした。
だがノヴァが起爆スイッチを押す前に一際大きな振動と爆発音が施設に轟いた。
ノヴァの知る限りこのような大規模爆発が起こせる爆弾を仕込んだのは二か所だけだ。
その一つである発電所の爆弾は未だに待機状態である、そうなると答えは一つしかない。
「あのタコ起き上がった!再生完了していないだろ!」
端末に写された監視カメラ映像には途轍もない速さで移動する上位個体が映し出されている。
しかし上位個体も無傷ではない、水槽に仕込んだ爆弾によって触手が何本も半ばで引き千切られており胴体の一部も欠けている。
だがダメージをものともせず一心不乱に移動する姿はノヴァに危機感を感じさせるのに充分であった。
急いでノヴァは施設に仕込んだ爆弾を起爆させた。
起爆スイッチが押されると同時に幾つもの爆発音と振動が施設に轟いた。
「クソッ、分散しないで此処に一直線かよ!」
だが上位個体は元より他のエイリアンまでもが格納庫を目指して移動していた。
この調子で集結されれば格納庫への侵入を防いでいる隔壁も持たない、あるいは上位個体の触手によって穴だらけにされるだろう。
「チッ、隔壁は上がりきっていないが運搬機から先行!」
ノヴァの命令を受けた4機の運搬機が動き出す。
上がりきっていない隔壁によって積まれたコンテナの上部がギャリギャリと金属が擦られる音を奏でながら隔壁の向こう側へと姿を消していく。
戦闘状態である多脚兵器が潜り抜けるにはあと少しだけ時間が掛かる、その時間を稼ぐためにノヴァを含めた三機の多脚戦車は照準を格納庫への侵入を防いでいる隔壁に向ける。
異変はすぐに表れた、轟音を立てながら隔壁が歪んでいく。
監視カメラの映像を見れば上位個体が残った触手で攻撃しており、隔壁は攻撃を受ける度に歪み拉げていく。
そして一際大きな轟音と共に隔壁が打ち破られる、破壊された隔壁を跨いでエイリアンの大群が格納庫に流れ込んできた。
「死にさらせ!」
ノヴァは格納庫の出入口に向かって多脚兵器に搭載された火器を放った。
格納庫への侵入口は一ヶ所しかない、そのお陰でエイリアンは一塊にならざる得ず其処にノヴァは火力を集中した。
遠隔操作している2機の多脚兵器もノヴァの後に続くように搭載された火器を放ち、濃密な弾幕となってエイリアンを迎え撃った。
「お前らのせいで臭い飯を食う羽目になって、碌に眠れない生活を送る羽目になったんだ!その借りをたっぷりの利子をつけて返してやる!」
ノヴァの攻撃によりエイリアンの攻勢を一時的に押しとどめることが出来た。
だが押し寄せるエイリアンの数は多く、僅かに空いた弾幕の隙を搔い潜り攻撃から運よく逃れたエイリアンが格納庫の中に侵入する。
現状の弾幕を薄くして侵入したエイリアンの対処まで手が回らないノヴァに対してエイリアンは攻撃しようとし──仕掛けられた罠を起動させて下半身が吹き飛ばされた。
「トラップゾーンへようこそ!隔壁付近には大量の罠が仕掛けているんだよ、兵器奪ってそれだけと思ったか馬鹿め!」
ノヴァが強奪したエイリアン製多脚兵器は強力である。
それでもイナゴの様に押し寄せるエイリアンを完全に押しとどめるには手数が足りなくなることをノヴァは理解していた。
故に弾幕を抜けられることを前提に隔壁付近には大量の罠を事前に仕掛けておいたのだ。
多脚兵器の弾幕で敵を押し止め、カバーはできない範囲には大量の罠で対応するのがノヴァの考えた時間稼ぎだ。
──だがノヴァの策をエイリアンは力ずくで破ってきた
「噓だろ、お前死んどけよタコ野郎が!」
上位個体は自身に次ぐ巨体を持つ人型エイリアンであるタイタンを肉壁にして前進してきた。
足止めの攻撃は悉くタイタンに命中し後ろに隠れた上位個体を筆頭にエイリアンが次々と侵入してくる。
ノヴァは射撃をタイタンに集中して前進を食い止めようとするが速度が幾らか落ちただけ、兵士級のエイリアンの撃ち洩らしも多くなるが仕込んだ罠で何とか足止めはできていた。
だが戦況は次第に悪化している、このままではエイリアンに追いつめられるのも時間の問題──だが当初の目的である時間稼ぎをノヴァは果たした。
「漸く上がりきった!」
隔壁は完全に上がっていない、だが多脚兵器が通り抜けられる高さは既にある。
ならばこれ以上の戦闘は不要、ノヴァが操る多脚兵器が後退していき一つ目の隔壁を跨いでいく。
残った隔壁はあと一つ!それを越えれば待ち望んでいた外である。
そして最後の足止めのための起爆スイッチをノヴァは握る。
「あばよタ……」
『繧医¥繧ょ・ス縺榊享謇九@縺ヲ縺上l縺溘↑縲∵ョコ縺励※繧?k縺樔ココ髢難シ』
だがスイッチを押そうとしたノヴァの頭の中に言語化出来ない、大音量の何かが響き渡る。
それは研究所でノヴァが一時的に気を失ったものと同じであり上位個体が放ったものである。
それを再び喰らったノヴァは意識が吹き飛びそうになり
──だが耐えきった。
「──残念だったな!思った通り、てめぇの毒電波は間に何か挟めば軽減できるらしいな!」
正体不明の攻撃によって鼻血を流しながらもノヴァはコックピットの中で叫ぶ。
ノヴァが搭乗している多脚兵器のキャノピーには急造であるが追加の装甲板が付けられている。
攻撃に対して防御力を上げるための措置でもあるが本命は上位個体が放つ正体不明の攻撃を遮る壁である。
そして狙いは当たった、攻撃そのものを防ぐ事は出来なかったが研究所で受けた衝撃よりはギリギリ耐えられる程度にまで落ちた。
「反則臭いお前とこれ以上戦ってられるか!」
ノヴァは多脚兵器を動かし続けると同時に最後の起爆スイッチを押す。
轟音と共に格納庫の天井に仕掛けられた爆弾が炸裂し天井が崩落する。
降り注ぐ瓦礫が下にいるエイリアンに降り注ぎ身体を押しつぶし、肉壁にしていたタイタンと背後に隠れていた上位個体にも降り注ぐ。
巨体を持つ上位個体やタイタンは頑丈な身体によって押し潰されるのは免れたが大量の瓦礫によって身動きは出来なくなった。
「そこでじっとして居ろ」
憎しみ籠った咆哮を上げるエイリアンを無視してノヴァは隔壁を越えて外へ向かう。
そしてノヴァが目にしたのは一面に広がる銀世界であった。
今も雪が降り注ぎ、僅かに差し込む太陽の光を反射してキラキラと輝く光景を見てノヴァの胸の内には感動と喜びが沸き上がった。
だが今は外の光景を見て感傷に浸っている暇はない
「あばよタコ野郎」
そして振り返ると第一、第二隔壁の昇降装置を破壊、隔壁が下がり轟音を立てて出口は閉じられた。
これでエイリアンは施設から出てくる事は出来ない、だが最後に発電所に仕掛けた爆弾が一つ残っているのだ。
既に格納庫の天井の崩落と同時にタイマーが作動している。
あれが爆発した際の影響がどれ程のものになるのかノヴァにも予想は仕切れない。
だからこそ少しでも施設から距離をとる必要があるのだ。
降り積もった雪を掻き分けて多脚兵器が進んでいく。
先行していた運搬機にノヴァが追いつき命令を更新して速度を上げようとし──地震と勘違いしそうな程の揺れが起こった。
「タイマーが作動したか」
モニターを見れば施設があった場所が勢いよく盛り上がる、そして閃光と共に爆ぜて大爆発を起こした。
爆発の衝撃は上空を覆っていた雲も吹き飛ばし其処から燦燦と太陽の光が差し込んだ。
「た~まや~、て言えばいいのか」
もくもくと立ち上る黒煙は爆発の規模を物語っていた。
モニターに映るのは跡形もなく吹き飛んだ施設だ、中にいたエイリアンも上位個体も謎のサソリも生き残ってはいないのは確実だ。
脱出作戦は成功した、エイリアンは壊滅した、考えうる限りの最上の結末であった。
それを理解した途端にノヴァの全身から力が抜けていく、今迄張り詰めていた緊張の糸が一気に途切れてしまったのだ。
──だが気を抜いたノヴァの不意を突くように地響きが響き、音の発生源を見たノヴァは凍り付いた。
「アカン、雪崩や!」
視界を不良の原因であった分厚い雲が搔き消されたことノヴァは漸く気づいた。
今いる場所が雪山のど真ん中である事を、そして雪山で大爆発と共に強烈な振動が降り積もった雪に加えられたら何が起こるのか。
導き出される結論は一つ、だが気付くのに遅れてしまった結果、ノヴァは搭乗している多脚兵器ごと雪崩に巻き込まれてしまった。
「んなぁあああああああ!?!?!?」
コックピットの中でノヴァの悲痛な悲鳴が木霊した。
それを聞き届けるものは雪山には誰一人としていなかった。
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