ノヴァ遭難記録

第86話 敵地の中心で

 自分を繋ぎ止めていたサリアの腕が引きちぎれノヴァはワームホールに吸い込まれた。

 遠ざかるサリアと護衛部隊の姿、ヘルメットからは大音量で叫ぶ五号の声が聞こえる、必死に手を伸ばすが誰も掴み取る事が出来なかった。 


 ワームホールについてノヴァが知っている事は少ない。

 SF作品に頻出する専門用語として、くぐり抜けることで遠く離れた場所へ一瞬で移動できる概念という浅い理解にとどまっている。

 そして映像作品による演出の仕方も千差万別、一瞬で潜り抜けてしまうものからエキセントリックな演出が挟まるものまであり統一はされていない。

 だからこそ実際に体験した感覚をどう表現すればいいのかノヴァには適切な言葉を見つけることが出来なかった。

 それは深い穴に真っ逆さまに落ちているような感覚であり、空を飛んでいるかのような感覚でもあり、一瞬であり、途方もなく長い間のようにも感じられた。

 

 だが摩訶不思議な感覚も永遠には続くことがなかった。

 僅かな浮遊感と共に見知らぬ空間に放り出され、重力を思い出したかのように身体は落下し地面に叩きつけられた。


「痛ッ……くはない?何がどうなっているんだ」


 無意識で受け身と取っていたのかノヴァは大の字に寝ころんでいた。

 そのおかげがかなりの高さから落ちたように思えたが感じたのはそこそこの衝撃だけであり強烈な痛みなどはない。

 緊張しながら強化外骨格を着込んだ身体を動かしたが問題なく動く、四肢が骨折している感覚もない。

 そしてノヴァが不幸中の幸いと思いながら起き上がると寝転がっていた地面に弾力があることに気付いた。


「うわ、タコ野郎の死体がクッションになったのかよ」


 ノヴァが見つけたのは先程まで死闘を繰り広げていた空飛ぶタコであるエイリアンの死体である。

 既に死んでいるのか見上げる程だった巨体は空気の抜けた風船のように萎んでおり、身体は肉の絨毯の様に広がっている。

 伸縮に富み軟体であった身体が落下するノヴァの身体を受け止めた、そのおかげで大きなダメージをノヴァが負うことはなかったのだ。


 その点にだけ関して言えば助けられたとも言えなくはないが──


「いや、やっぱお前のせいだ。気絶する位のわけわからん毒電波を浴びせやがって。さっさと死ねよR18Gタコ!」


 思い出したら怒りが沸き上がってきたノヴァはエイリアンの死体を蹴りつける。

 だが強化外骨格から繰り出した蹴りで帰ってくるのは固いゴムのような感触だけ、反応がない死体を嬲る事の無意味さを感じてノヴァは早々に止めた。


「というか此処何処だよ、何か目印になりそうなものはあるか五号。五号?」


 周りにあるものは見慣れない人工物らしきもの、光源らしき装置が幾つもある事から何らかの施設である事しか分からない。

 ノヴァはエイリアンの額に突き刺さったままであった剣を回収しながら五号に語り掛ける、だが五号からの返事は返ってこなかった、

 マイクが壊れたのかとノヴァは何度も五号に語りかけるがいくら待っても僅かな音声すら聞こえてこない。

 流石におかしいと思ってノヴァが肩越しに五号が操作しているカメラを見ると保持しているアームが項垂れていた。

 身体の上下運動に合わせてカメラの目線を一定に保つアームが全く稼働していない、それが意味することを理解したノヴァに冷や汗が流れた。


「おいおいマジかよ、五号の電波が届かない場所なのかよ」


 人工知能である五号の本体があるのは本拠地『ガリレオ』の地下にある演算処理施設である。

 そして今回の教育を兼ねた研究所探索の際には遠距離から五号が操作できる端末をノヴァの外骨格に外付けしていた。

 本体と操作端末を繋いでいたのは無人偵察機を改造して作った無人電波中継器であり効果範囲はウェイクフィールド全体を余裕でカバーすることが可能であり電波強度も高い。

 その中継電波が届いていない、つまり今いる場所が中継器のカバー範囲外であるという事実に他ならない。

 

 ──いや、まだそうと決まったわけではない!

 

 ノヴァは急いで外骨格のヘルメットを被って機体のシステムチェックを行う。

 ヘルメットに内蔵されたモニターには外骨格各部の状態が表示され全てに異常がないことを告げていた。

 それは外部通信モジュールも同様である、つまり電波が受信できないのは強化外骨格の問題ではなくノヴァが中継電波の範囲外にいることが決定的になった。


「救難信号発生装置は……生きている、壊れてはいない」


 幸いにも機体に内蔵されている救難信号発生装置は無事だ。

 デイヴやサリア達アンドロイドの強い要望で機体に備え付けられた特別製であり不測の事態に備えて用意したものだ。

 装置が発する強烈な電波を巡回飛行している偵察機が受信、位置を逆算して特定しサリア達が迎えに来る使用になっている。

 命綱が無事であったことに心底安堵したノヴァは気を取り直して移動を始める。

 電波を発する以上閉鎖空間や建物内部を避け、見通しのいい場所や外に出る必要があるのだ。


「取り敢えず此処が何処なのか特定するのは後回しにして、何処が見通しのいい場所に──」


 独り言を言いながら足を動かしていたノヴァだがその足は途中で止まった。

 原因は遠くから響いてくる足音、規則正しく幾つも重なって聞こえてくる音から集団で移動している。

 加えて時間が経つに連れて音は大きくなっていく、それは此処に向かってきているか近くにある別の施設に向かっている途中なのだろう。

 

 ──幸先がいい、此処には人がいる!


 無意識そう考えて足音の元に移動しようとしたノヴァ。

 だが地面に絨毯の様に広がっているエイリアンの死体を踏んだ嫌な感触が舞い上がった心を否応なしに落ち着かせた。

 

 そうなると気になる事が幾つも沸き上がってくる。

 こちらに近づいてくる集団は友好的な存在なのか、敵ではないのか、……そもそも人間なのか。

 緊張か、不安か、あるいは両方のせいかノヴァの呼吸が浅くなる。

 無意識のものであったがそれがノヴァの頭を冷やし慎重な行動を促した


 ノヴァは今、自分がいる場所を見渡して潜伏に適した場所を見つけ其処に隠れた。

 強化外骨格を脱ぐという選択肢はない、着込んだ状態でも全身を隠せる場所に身体を丸めて押し込み機体稼働状態を最低限にする。

 薄暗い視界の中でノヴァは息を潜め此方に近づいてくる足音の正体を見極めようとした。

 

 ──もし人間であれば少しだけ観察してから事故で意識を失っていたと装って話しかけよう。


 そんな事を考えている内に足音の集団がノヴァとエイリアンの死体がある部屋に入ってきた。

 ノヴァは息を潜め、存在感を希薄にし、されど意識は明確に集団の正体を確認した。


「……マジかよ」


 ノヴァが目にした足音の正体、それは人ではなかった。

 だが頭部に髪は無く三対の黄ばんだ眼を持ち、剥き出しの鋭利な乱杭歯という人間ではありえない頭部を持った人型。

 此処に連れ去られる前に散々と殺し合いを行ってきた敵であるエイリアン、その中でも兵士クラスに所属する個体が何体もいたのだ。

 ノヴァは思わずささやいてしまったが幸いにもエイリアンには聞こえていないようでノヴァが隠れている場所に注がれる視線は今のところ無い。

 仮に見つかれば戦闘は不可避、味方もいない状態では物量で磨り潰される最悪な可能性がありありとノヴァの脳裏に浮かんでしまう


 故にノヴァは必死に息を潜め存在感をなくそうと努めた。

 その甲斐もあってかエイリアンはノヴァに気付くことなく死体となっているエイリアンの方ばかりに注視している。

 そのまま死体にだけ気を取られてこっちに気付かないでくれとノヴァは祈ったが、その後のエイリアンの行動はノヴァの想定外のものであった。


「噓だろ、共食いしてやがる」


 兵士クラスのエイリアン達が一斉に死骸に喰らいついた。

 ぶちぶちと肉がちぎれていく音と口汚い咀嚼音が部屋に響き渡る。

 自分達に指示を出せる個体ではあっても死んで死体となれば食料として扱われる。

 合理化の極致、あるいは特異な生態系がもたらした習性なのかノヴァには判断できない。

 今ノヴァが出来る事は息を潜め、エイリアンの食事が一秒でも早く終わることを祈る事だけだ。


 死闘を繰り広げていた敵の死体が同じエイリアン仲間に食われ、一部のエイリアンは身体を引き裂いて体内から何かを取り出している。

 死体を切り分け分割し、内臓を啜り、最終的に分割された死体はエイリアンによって運ばれて姿を消した。

 後に残ったのは死骸から流れ出た膨大な量の血、それは床一面に広がり池の様になっている。


 エイリアンの足音が遠ざかり完全に聞こえなくなった瞬間にノヴァは漸く気を抜くことが出来た。

 体力を使い尽くした後の様に壁に背中を預けると息を吸うためにヘルメットを外──そうとしたが目の前の惨状を見て中断する。

 代わりにヘルメットの中で盛大な溜息をつき、そして小声で呟いた。


「……どうしよう」


 ノヴァは余りの情報量に混乱していた。

 目の前で繰り広げられた惨状に冷や汗は止まらないし身体は小刻みに震えている。

 何よりノヴァの置かれた現状が悲惨なものである。


「アブダクション、されちまっているじゃん」


 地球外生命体、エイリアンによる誘拐を指す言葉として【アブダクション】がある。

 誘拐の目的は様々あり人体について調査を行うため、攫った人間を使った人体実験、謎の物質を謎技術で人体に埋め込む等多種多様である。


 結論から言えばノヴァは非常に危険な立場であり、現在進行形で命の危機が続いているハリウッド映画も真っ青な状態であった。

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