第85話 決着

 空飛ぶタコであるエイリアンから放たれる触手は強力である。

 実験装置の陰に隠れたとしても伸縮自在の触手が装置を容易く貫きノヴァを仕留めようと動く。

 不意打ちで触手を一本切り飛ばしたせいかエイリアンは警戒して宙に浮かび続けている。

 

 以上の二点からノヴァが取れる行動は限定される──つまり逃げ回りながら撃ち続けるだけである。


「五号!兎に角撃ちまくれ!撃って撃ちまくれ!」


『私には射撃管制システムは搭載されていません!命中率は著しく低いんですけど!?』


「問題ない!的がデカいから適当に数撃てば当たる!兎に角撃ちまくれ!」


『やればいいんでしょ!やればぁあああ!?』


 後ろを振り向いて銃を撃ち続けながら逃げる曲芸染みた芸当はノヴァには出来ない。

 今も全力でフロアを逃げ回るのが精一杯であり銃を撃つ余裕など無い。

 そんなノヴァに代わって銃を撃っているのは五号であり強化外骨格に備え付けられた武装保持アームを操作して銃を撃っていた。

 携行していた実弾兵器の弾は既に尽き、今やエイリアン製の銃を三丁構えながら慣れない銃撃を続けていた。


「オラ!銃置いてけ!」


 そして牽制の為に途切れることなく撃ち続けて弾切れを起こした銃の代わりはノヴァが兵士クラスのエイリアンを見つけては腕を切り飛ばして強奪を繰り返していた。

 逃げて、撃って、奪って、逃げる、実験装置を破壊する暇は無い、ノヴァ達は戦闘の始まりから今迄宙を浮かぶエイリアンから逃げ続けていた。

 まさに絶体絶命の危機、僅かでも選択を間違えた先に待ち構えているのは死である。


 だがその甲斐はあった。

 ノヴァを1秒でも早く殺害する為に上位個体は逃げ続けるノヴァを追跡し続けていた。

 配下の戦力も未だに健在だが一番戦闘力の高い敵を引き付ける事にノヴァは成功しているのだ。

 そしてのノヴァは一人で戦っているわけではない。


『実験装……火災、発生、システ…緊、急停止』


 ノヴァが命懸けの鬼ごっこをしている最中に実験装置の一角が爆発を起こした。

 エイリアン由来の未知の領域に踏み込むため研究所に建造された実験装置には幾つもの安全装置が仕掛けられておりその一つが作動したのだ。

 幾重にも組み込まれた安全装置をエイリアンは無効化して実験装置を起動させたがノヴァに付きっきりな現状止める術は無い。


「GURAAA!!」


 ノヴァの追跡を中断し咆哮を上げる姿はまんまと出し抜かれたことに怒り狂っているように見える。

 そして起動を継続させるために上位個体は急いで触手を実験装置に突き刺した。


「余所見とは余裕だなタコ!」


 エイリアンの攻撃が止んだ瞬間を逃さずに今度はノヴァが攻撃に転じた。

 周りに立ち並ぶ様々な機材を足場にして駆け上がり、宙に浮いたエイリアンに飛び移る。

 身体を固定する為に剣を身体に突き刺したのが余程の痛みなのかエイリアンは悲痛な叫び声を上げながら身体を大きく揺らす。

 暴れ馬の様に上下左右に揺れるエイリアンの身体の上でノヴァは剣を支えにして必死に耐える。

 

「五号!風穴を開けろ!」


『いい加減死んでください!』


 五号は操作しているアームに装着された三丁の銃口をエイリアンの身体の一点に押し付ける様にして発砲。

 光が瞬くと同時に血肉が弾け飛び、撃ち終わる頃には腕が簡単に埋まってしまう程の大穴が刻まれ噴水の様に血が噴き出している。

 だが人体を軽く超える巨体を持つエイリアンの命には届かない、大量出血による失血死を狙うのであれば同様の穴が最低でも三個必要だろう。


「プレゼントだ!受け取ってくれよ!」


 エイリアンの振り落としに耐え切れなくなったノヴァは支えになっている剣を手放した。

 そして振り落とされる直前に五号が刻んだ大穴に腕を突き刺し手に握っていた手榴弾を身体の奥深くに埋め込んだ。

 効果は絶大、ノヴァが地面に降り立った瞬間にエイリアンの身体が風船の様に膨らみ爆ぜる。

 銃撃とは比にならない大量の血と肉片が雨の様に降り注ぎフロアの一角を鮮血に染めた。

  

「GeRRAaaAA!?!?」


「流石に堪えただろ!」


『敵が高度を落としています!潰されない様に移動してください!』


 宙に浮く事が出来ない程のダメージを負ったのかエイリアンは減速する事なく轟音と共にフロアに墜落した。

 しかし浮いていた高度は大したものではないせいかエイリアンは未だに息を保っており巨大な身体を暴れさせている。

 

「危な!?」


『今すぐ離れて!』


 轟音と共に触手が振るわれ実験機器が面白い様に吹き飛ばされる。

 範囲内にいた兵士クラスのエイリアンも同じように暴れる触手に吹き飛ばされフロアの壁に衝突しては紅い華を咲かせた。


「ノヴァ様、無事ですか!」


「サリアか!こっちは大丈夫、そっちは?」


「実験装置の破壊に成功しました。電力供給のケーブルを四本切断しているので供給される電力は大幅に低下しています」


「そうか、なら勝ちか」


 未だに痛みにのたうち回っているエイリアンだが実験装置を見れば稼働音は小さくなり実験に必要な電力が供給されない事で中断シークエンスに入っている。

 後は空飛ぶエイリアンを仕留めて残った残敵を掃討すればこの一件は終わる事が出来る。


「これで最後、遠距離から銃撃で仕留める」


『ようやく終わりですか……』


「五号、気を抜くのはまだ早いです。あの薄気味悪い生物の生体反応が完全停止してから気を抜きなさい」


 そう言って各々が未だに暴れ回るエイリアンに向けて武器を構え、発砲した。

 光弾が雨霰と降り注ぎ血肉を弾き飛ばし、放たれた擲弾が爆風と共に触手を粉微塵にして吹き飛ばした。

 戦闘でも何でもない作業染みた銃撃は的確にエイリアンの命を削る。

 しかしエイリアンも無抵抗で撃たれ続けたままではない。

 撃ち込まれる方向を察知する為に身体を突き抜ける激痛を手掛かりにして、触手を真下に突き刺し床を盾として持ち上げた。

 

「しぶといな、いい加減──」


 死んでくれ、とノヴァは言い切る事が出来なかった。


『縺薙?縺セ縺セ縺ァ邨ゅo繧峨↑縺??√♀蜑阪□縺代?谿コ縺』

 

 聴覚でも視覚でもない五感を通した情報ではないものが脳裏に大音量で響き渡る。

 頭が割れそうなほどの痛みと共に何かが直接頭の中に投げ込まれたような異様で異常な感覚はノヴァが膝を付いてしまう程の物であった。


『お父様!?』


「ノヴァ様!?」


 突然の急変にサリアと五号は射撃を中断してノヴァの安否を確認してしまった。

 そしてエイリアンは漸く掴んだ千載一遇の機会を逃す愚か者では無かった。

 轟音と共に床を持ち上げて作った即席の盾が粉砕され無事な触手が一斉に放たれた。

 

 エイリアンの行動に即座に反応したサリアは戦斧で迫る触手を切り払った。

 だがそれも三本が限界、切り払い損ねた触手がノヴァに向かって突き進み巻き付いた。


「何をしている貴様ァ!」


 サリアは引き寄せられるノヴァの手を掴む。

 そしてこれ以上引き込まれない様に戦斧を地面に突き刺して固定した。


『薄気味悪いソレでお父様を引っ張るな!!』


 五号はアームを操作して銃撃を加えるが先程迄の銃撃で弾の大部分を消費しており触手を千切る前に銃が弾切れを起こした。

 ならばと鈍器代わりに銃器をぶつけるが勢いが全く足らない、触手を殴打するだけで傷一つ付ける事が出来ない。


『実験開、始……へ接続、ワーム、ル生成』


 状況はさらに悪化する。

 盾の陰に身を潜めていた時にエイリアンは触手を実験装置に突き刺して再稼働させていた。

 だが当初の目的でもある遥か彼方にある星に至る穴を穿つ事は出来ない。

 時間も無い、正確な演算を行える余裕も無い、故に上位個体は確実に脅威を取り除く事を選択した。

 

 そして実験装置の真上に空間を穿つ穴が作られた。


「吸い込まれる!?」


 サリア達の周りに撒き散らされていた瓦礫が動き始める。

 最初はゆっくりと動き出していたが次第に浮きはじめて最後にはワームホールに吸い込まれるようにして孔の中に消えていった。

 エイリアンも瓦礫の様にワームホールに吸い込まれ始めており触手に捕らわれたノヴァも引き寄せられている。


『お父様、起きて!!』


「五号!ノヴァ様の容態はどうなっていますか!」


『バイタルは正常!でも気絶している!』


「大声で呼び続けなさい!」


 サリアはノヴァが吸い込まれるのを阻止するのが限界であった。

 引き寄せる力は強くノヴァを掴んでいる腕には過剰な負荷が掛かり人工筋肉は断裂を始めていた。

 サリアの視界には幾つものエラーが表示され機体が悲鳴を挙げていた。

 だがサリアは掴んだノヴァの手を離さない。

 フレームが修復不可能なレベルで歪み始め、機体表面の外装が罅割れ其処から内部機構が露出を始めた。

 腕部人工筋肉の断裂は4割を超え千切れた繊維が飛散して関節部からは火花が散る。


「サ、リア?」


『お父様!?』


「ノヴァ様、もう少し耐えて下さい!」


 そんな窮地の最中にノヴァは気絶状態から回復した。

 だが状況が理解出来た時には既にノヴァの手に負える範囲ではなくなっていた。

 引き千切れそうになる腕に全力で噛み付いて支えにしようとするサリア、その機体が今にもバラバラに弾け飛びそうな様子をノヴァは見つめる事しか出来ない。


『ノヴァ、ま、無事ですか!』


 だが強化外骨格のヘルメットから五号でもサリアでもない通信が入る。

 ノヴァはまだ壊れていないセンサーから此方に向かっているのが護衛部隊だと分かった。


「装置を撃て!」


 ノヴァはヘルメットの中で叫んだ。

 その直後ワームホールを生成している実験装置に向かって銃撃が加えられる。

 護衛部隊の最後に残った銃弾や擲弾は一発も外れることなく実験装置に命中し火花と爆発音が瞬く。

 ワームホールの形が不規則に揺らめくと同時に孔が狭まっていく。


 ──だが孔が閉じ切る前にサリアの機体が限界を迎えた。


 人工筋肉が一際大きな音を立てて断裂、関節部が火花と共に弾け飛び肘関節が壊れた。


「あっ」


 ノヴァの手にはサリアの手があった。

 だがサリアの姿が遠ざかっていく、五号の叫び声がヘルメットに木霊する。


「の、ヴぁ、さマ!」


 フレームが歪み発声器官に甚大な損傷を負ったサリアの声が聞こえる。

 それにこたえる前にノヴァはワームホールに吸い込まれて──そして孔が閉じた。

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