第72話 尽きない問題

・売店の保管庫に侵入し窃盗行為を行う:34件

・カードを紛失したと虚偽申請し新規にカードを発行しポイントの横領を行う:4件

・ポイントが入ったカードを強奪しようとして喧嘩沙汰になる:8件

・運搬瓦礫に街の瓦礫を混入、かさ増しを行う:54件

・上記以外の問題行為:4件


 以上がウェイクフィールドへ瓦礫運搬を依頼してから僅か五日の間に起こった事件である。

 なお事件の大小に関わらず発生件数としてカウントしているため損失の幅に大きな差がある。

 

「……性善説に寄った判断は下していないつもりだった。だがこれは酷くないか」


「初日から二日目までは問題は起こっていませんでしたが此方の様子を伺っていたのでしょう。三日目を境に件数が急上昇しています」


 ノヴァが思わず口に出した疑問に答えたのはデイヴである。

 彼にはウェイクフィールドの出店に出す品物を任せており、また店の監督役も兼任してもらっている。

 その為売店で起こった事件について詳しく知る立場にある。


「大人はまだ理解出来た。だが子供に関しては想定外だ」


 大人に関してはマクティア家が念入りに人選を行ったのか大きな事件は起こしていない。

 起こしたとしてもカードを巡っての喧嘩や横領程度である……それでも問題ではあるが事件が発覚すればマクティア家が駆け付けて殴りつけてはくれる。

 だが特筆すべき問題は未成年、孤児と化した子供が起こす事件の数と再犯率の高さだ。

 

「売店の保管庫に関して言えば急造品だから入り込む隙間があったのは仕方がないとしよう。隙間を防いで強固にすればいいだけだ」


 売店の保管庫に何度も忍び込もうとする子供を警備アンドロイドが何度も捕まえてはウェイクフィールド側に引き渡すが収まる気配はない。

 それどころか捕縛回数が増えると共に巧妙さに加え組織的な動きで入り込もうとしてくる始末である。

 ……だとしても侵入を許す甘い警備はしておらず今の所窃盗は防いでいるが頭の痛い問題である。


「カード関連に関しても個人認証機能を付ければ済む話だ。だけど──」


「瓦礫混入に関しては監視カメラと移動経路の指定を行えば対応できるでしょう。瓦礫を混入出来る隙を無くします」


 現状では運んだ瓦礫の量=ポイントの量になっているが其処を突いて街の瓦礫を混ぜて運搬してくる事例が後を絶たない。

 加えて不正を行った犯人を軽く尋問したところ子供と大人が共謀しているという事実が発覚した。


「それで収まってくれればいいか……」


「犯行を抑制する為に実行犯に厳罰を与える事も可能です」


 犯罪に対する罰を過酷な内容に変更、見せしめを行うことで犯罪のハードルを上げる事は抑制方法の一つだろう。

 単純に生物の心理として痛い目に遭いたくないと思わせれば行動変容を促せるという考えに基づいたもの。

 だがこの方法に問題が無い訳ではない。


「見せしめで分かってくれるのかな、最悪被害妄想拗らせて態度が硬化しない?」


「その可能性は高いですが此処で行動を起こさないと犯罪を促進する土壌を育んでしまう結果となります」


「それはそうだ。だけどアンドロイドへの心象の悪化は確実だから間にマクティア家を挟んでいるのに、うまく機能していないのは何故なんだ?」


 アンドロイド側は事件を起こした犯人に直接罰を与えてはいない。

 運搬に出向いた現地人はマクティア家が選別した人員であり事件解決の責任をマクティア家が持っている。

 これは街におけるマクティア家の揺らいだ統治に信任を与える為であり、マクティア家がウェイクフィールドの統治機関である事を『木星機関』が認めている事を現地人に示す為でもある。

 此処でマクティア家を無視してアンドロイドが犯人に罰則を与えるのはマクティア家の統治より『木星機関』の行動が優越するものと誤解され街の治安の悪化を起こしてしまう可能性があった。

 その先にあるのはマクティア家の統治機能の喪失による無秩序化した現地人の集団、そして無法者と化した現地人を『木星機関』が統治できるかと聞かれれば難しいと言わざる得ない。

 内政経験は皆無、機関の構成員は自我を持ちつつも命令に忠実なアンドロイドしかいない。

 もし統治しようと考えれば個人単位の徹底的な管理しか今のノヴァ達には出来ない、それでも掛かる労力は膨大でありそんな特大の面倒事は御免であるのがノヴァの考えだ。


「ノヴァ様、そのマクティア家から要請がありまして武器の販売を打診されました」


 そして悩めるノヴァに更なる問題がマリナから振りかかる。

 ノヴァの疑問に答えるかの様に今度はマリナからの報告が出てきた。


「それは領主からの打診、それとも側近辺りからの提案?」


「領主直々です。手持ちの武器が粗悪なものしかない為、治安維持と街の防衛に大きな不安を抱えているとのことです。それで今行っている支援とは別に物資を購入したい・・・・・と打診されました」


 ミュータント蔓延る外から街を守るには武器が欠かせず、治安を維持するには相手を十分に威圧できる武器が必要だ。

 防衛と治安維持を担っている街の自警団はレイダーとの戦いを通して戦利品として大量の銃器を鹵獲し、今はそれらを運用している。

 最低でも自警団員一人に一丁の銃を配備できる纏まった数がウェイクフィールドにあるのは調査により確認できている。 

 だが現実には十分な銃器を保有しているのに関わらずそれらは本来の用途を果たせない不良品と領主が白状しているに等しい。


「食料・医薬品と別にか。だとしても購入費用に変わるもの彼等が持っているのか?」


「それなのですがマクティア家は街から可能な限り労働力を出すつもりのようです」


「労働力ね……、出されても今回の結果からして任せられるのは単純労働しかないけど?」


「先方にも私から同じ事を既に伝えています。その上での提案です」


「……マクティア家の目的は分かるか」


「それに関しては純粋に復興資材の不足が原因です。レイダーによって灰となり再利用が見込めない資源が多かったようです」


 取引を持ち掛けられた時点でマリナはマクティア家当主を問いつめた。

 何か目的があるのか、支援が不足しているのか、それとも恥知らずにも更なる物資を強請りにきたのか。

 言い逃れは勿論、煙に巻くような発言も許さずにマリナは詰め寄り、それを受けて顔を青くするマクティア家当主は包み隠さずに答えた。

 それで判明したのは食糧問題が片付き、本格的に復興に取り掛かろうとしたがレイダーによって復興に必要な資源の多くが灰になった問題だ。

 自前で用意しようとすれば長い時間が必要であり、その分住処を失った住民達は寒空の下での生活を余儀なくされる。

 街側も何とか残った家屋に可能なだけ人を住まわせようとするが、過密住居は精神的、衛生的側面からしても推奨はされない。

 

 そんな窮地にあったウェイクフィールド側にとって『木星機関』の依頼は渡りに船だった。

 街側としては単純労働でも何でもいい、対価として支払われるポイントを仲介料として幾らか貰い不足している物資の購入に充てるつもりであった。

 そこには打算が皆無とは言えないが、それでもウェイクフィールド側の嘘偽りも無い本音だ。


「マクティア家としては此方の覚えを良くしておきたい魂胆がありますね。まぁ、租借に関しての交渉で色々と条件を付けましたから」


 そう言ったマリナの顔は何処となく誇らしげである。

 実際にマリナのお陰で租借した工業地帯内における治外法権や無制限の資材搬入等今後の活動に支障が出ない様に交渉を纏めてくれた。

 こればかりはノヴァが逆立ちしても出来ない事でありマリナに感謝しきりであった。


「そうだな、だが現状では素直に頷けない。依頼は一旦中止して現場の防犯設備を整えてから再開する事になる。そうウェイクフィールド側に伝えてくれ」


「分かりました。先方も今回の失態を十分に理解しているので反対はする事ないでしょう。仮にあったとしても軽くあしらっておきます」


「頼む」


 ノヴァにとって幸運なのは不得意な事を自力でする必要がないことだ。

 デイヴやマリナ等の信頼のおけるアンドロイドに任せる事が出来る、ノヴァがするべきことは大まかな指針を与えるだけで今の所は円滑に活動が出来ている。


 だがノヴァの悩みの種はウェイクフィールド関係だけではない。


「話は変わりますが今後の航空偵察は如何しますか?」


「……『ガリレオ』とウェイクフィールド近辺に絞る。それと飛行高度は8,000m以下にして継続だ」


 デイヴに今後の航空偵察に関する方向性について尋ねられたノヴァは力なく応答える事しか出来なかった。

 大陸内陸部に向かった偵察機は三機目までは悉く撃ち落され、四機目は撃墜を想定した上で急造の改造を施しセンサーやレーダーの増設、速度向上の為の使い捨てのブースターを装備させた。

 特攻機紛いの強行偵察であり撃墜されたが少なくない情報を持ち帰る事が出来た。


「……因みにデイヴは内陸部にあるでっかい奴の正体予想できる?」


「現状では情報が少なすぎて全く予想できません」


 四機目の偵察機は機体が完全に壊されるまでセンサーやレーダー情報をはじめとした多くの情報を送り続けた。

そしてノヴァが得られた情報を基に分析する事で内陸部に何か巨大な物体がある事が判明、だが其処から先を調べる前に正体不明の巨大物体から放たれた何かによって偵察機は撃墜されそれ以上の情報収集は出来なかった。

だが其処でノヴァは諦めることなく、ならば内陸部から離れ高度30,000mまで上昇し遠距離からの望遠で正体を確かめようとした。

その為に五機目の偵察機は高性能な望遠カメラを用意し、高高度を飛行できる様に改造を施して飛ばした。


──そして五機目も撃墜された。

 

だがそれは正体不明の巨大な物体からではない、高度20,000mを超えた地点で上からの攻撃・・・・・・で撃墜されたのだ。


「下も上もダメ、加えて両方とも正体は掴めず仕舞い。参ったね、本当に」


 乾いた笑い声しか出てこない、今後の活動において欠かせない航空機はその用途を大きく制限された。

 無暗に飛ばしても撃墜されるだけであり、せめて攻撃を行った物の正体を掴むまでは航空機の活用を制限しなければならない。


「あ~、分かんない事だらけ、問題は一向に解決する気配を見せずに次々と湧き出てくる。なんだろうね、この悪意に満ちた世界は……」


 ノヴァの口から出くる言葉には隠しきれない疲労感があった。

 やる事成す事が全て空回りしている、ノヴァはそんな感覚を持ち始めてしまっていた。

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