ウェイクフィールド郊外調査

第71話 最優先事項

 ノヴァ率いるアンドロイド勢力は『木星機関』を名乗る。

 機関の本拠地である街『ガリレオ』の運営主体はアンドロイドであり、現在まで街に流れ着くアンドロイドの数は途絶えることは無い。

 

 そんな街の中心部にあり且つ街一番の大きさを持つビルの中にノヴァの居住区がある。

 大崩壊前は単なる修理生成センターであり壊れた機械や兵器を直していた施設でしかなかったがノヴァが施設を掌握してから役目は大きく変化した。

流入するアンドロイドのメンテナンスに加え新規の機体製造、需要に応える形で途中までは設備の増築、改築を繰り返して対応していたが間に合わず最終的に施設丸ごと建て直す事になった。


 ビルの中には各種重要な製造施設やメンテナンス設備を始め、複数のフロアを合わせた広大な空間もありフロア全体がノヴァの住まいである。

 フロア内には寝室や浴室などの基本的な生活空間をはじめ専用の医療設備等が揃えられており、豪邸と言っても過言ではない物である。

 小市民的な感覚を今でも引き摺っていたノヴァとしては広すぎる自宅に落ち着けなかったがサリアを始めとしたアンドロイド達の要望もあり今では住み慣れて来た。

 そして豪邸の一室にはノヴァ専用の作業部屋兼仕事部屋も併設されており高性能なマシンスペックを存分に扱える環境があった。


「や、やっと終わった……」


そんな高性能演算装置に囲まれた部屋の中でノヴァは疲労困憊な表情で端末の操作を終えた。


「お疲れ様です、実働部分に関しては私達で行います。ノヴァ様は休んで下さい」


「ん~、そうする。それとコレ美味しいよ、ありがとう」


 傍にいたサリアが労いの言葉を掛けると共に差し出した紅茶と軽食代わりのお菓子を口に入れる。

一杯の紅茶とお菓子から得られたエネルギーは疲労困憊であるノヴァの頭には良く染み込み、紅茶の香りはノヴァの体調を落ち着かせる。

 街の一角に建築した植物工場から収穫できた砂糖や茶葉等をサリアの調理技能で加工して用意された食事は栄養は勿論の事、味についても申し分ない。

 植物工場自体は未だ実験的栽培の域にあるが多品種少量生産によってノヴァ達が消費する分には十分な収穫が見込める。

 交易品でもめったに手に入らない貴重品であり、ノヴァの美味しい食事への欲求によって実現した成果の一つであった。


「それはよかったです。ですが最近のノヴァ様は働き過ぎなのでお休みになって頂きたいのですが……」


「ゴメン、それは出来ない」


 乾いた笑いをしながらノヴァはサリアに応えた。

 

 ──もしこの世界に数は少なくとも信頼できる組織や国家があれば

 ──もしこの世界が暴徒化した人や野生の獣が溢れる程度の世界であれば


 仮にそうであればノヴァが此処まで働くことは無かっただろう。

 だがこの世界はノヴァの考えていた以上に過酷で、今はその牙を向けられていない状況でしかないのだ。


「偵察機の映像から判明した内陸部は魔境だ。いつ溢れ出て来た大型ミュータントに蹂躙されるか正確な予測が出来ない以上出来る限り防備は整えておきたい」


 プロトタイプAWの実戦データ収集を目的に実施された大陸内陸部への進出。

 恒久的な拠点を作る意図は無く実戦の為の一時的なもの、それ以上の想定は全く無かった。

 だがこの作戦は大陸内陸部には全高20mを超えるミュータントが多数生息しているという驚愕の情報をノヴァに齎した。

その後にウェイクフィールドからの支援要請などがあったもののノヴァは飛行可能な偵察機の多くを情報収集の為に内陸部に派遣した。

 そして得られたのは多種多様な大型ミュータントの生息情報と高度1万mを飛行していた偵察機をという頭の痛くなる情報だ。

 誰が・どうやって・何の目的で偵察機を撃墜したのかは全く不明、加えて初めて撃墜されて以降内陸部へ派遣した偵察機もまた悉く撃墜される惨憺たる結果となった。


 もはや人類種の生息が困難極まる文字通り異世界と化している内陸部、だが其処はノヴァ達と同じ大陸上なのだ。

 仮定ではあるが今の平穏はミュータントの気紛れによって保たれている可能性が高く、裏を返せばミュータントの気紛れ次第では何時でもノヴァ達の元に進出が可能だ。

 そしてミュータントの侵攻を防げる物理的な障壁や障害、摩訶不思議な力などは現状確認できていない。


 故に対大型ミュータントに対する備えをノヴァは急ピッチで整備しなければならず、それが出来るのは現状ノヴァしかいないのだ。

 対人類に特化した戦車や戦闘機等の大型兵器では大型ミュータント相手には分が悪くノヴァの設計したAWが現状において有効な戦力である。

 加えてAWはノヴァが独自に設計しこの世に産み落とした特異な兵器である為一から設計出来るのはノヴァしかいないのだ。

 そしてAWに限らず武装や兵装や輸送、補給システムの設計構築などを含めればノヴァの仕事量は尽きることは無い。

 AW並び兵器の開発は急務であり後回しにしていいものでは無いのだ。

 

 それを理解している為にサリアを筆頭にしたアンドロイド達はノヴァに強く言い出せなかった。

 その代わりに小まめに休息を入れ体調悪化を防ぐと言った健康管理が主な介入となった。

 

「それで租借した工業地帯の掃討は進んでいる?」


「はい、目下の進捗状況は12%といったところです」


 美味しい食事を堪能しながらノヴァはウェイクフィールドから租借した工業地帯の掃討作業についてサリアに尋ねる。

 すると目の前のモニター画面が切り替わり計画の進行状況が詳細に映し出される。


「現在第2ブロックの掃討作業に取り掛かっています。第一の方はミュータントの掃討が済んだので後続部隊に引継ぎを行い瓦礫の解体撤去作業中です」


「土地が広いからな、複数の区画に区切って一個ずつ綺麗にしていかないとミュータントは根絶できないからな」


 モニターには『木星機関』が得た工業地帯の地図が映っておりそれが複数のエリアに分割されている。

 これは画面上のものだけでなく租借した工業地帯は実際に有刺鉄線や電気柵などで物理的に分割されているのだ

 そして外部からの侵入進出を完全に遮断した上でアンドロイド部隊によってミュータントの殲滅作業を行い、殲滅後には他の部隊が建物の解体撤去作業に取り掛かる様になっている。


「掃討が完了した区画は工作部隊が入り建物の解体を順次進めていますが、基礎部分の劣化が予想以上に激しい事が判明して工事が遅れています」


「まぁ、碌な整備もされずに二百年以上潮風に晒されていたから仕方がないよ。それにしても工作用重機作って良かった」


「はい、アレがなければ工事期間の大幅な短縮は不可能でした」


 モニターに表示される映像が切り替わり画面にはアンドロイドが搭乗した全高3mの人型重機が活躍している。

 戦闘用に作ったアンドロイド専用対クリーチャー用強化外骨格、それを基にして武装や装甲を取り外し解体用のプラズマカッターや高所移動用の射出式アンカー等の装備を付けた人型工作重機である。

 戦闘外骨格を流用する事で製造コストを抑え製造ラインにも大きな変更を加える事なく製造できる様になっている。

 工業地帯ではその性能を遺憾なく発揮し複雑極まりない工場群は順調に解体されていき、進捗スピードは予想以上に進行している喜ばしい結果になっている。


「ですが順調すぎる解体速度によって瓦礫の処理が間に合っていません」


 だが良い事ばかりではなく、想定以上の効率を発揮した人型重機によって生じた多量の瓦礫を処理しきれなくなっていた。

 今では作業場の片隅に運搬待ちの瓦礫が積み上がり、作業スペースを圧迫するのも時間の問題であった。


「一時廃棄場は整備しているけど足りる?」


「足りないので追加で二箇所整備する予定です。ですが現状の運搬能力では焼け石に水です。問題を根本的に解決するのであれば輸送能力を強化するべきです」


「それはそうだけど、現状の生産設備に空きは無いからな……」


 現在『ガリレオ』の生産設備及びリソースの大部分はAW及び兵器関連に多く割り当てられている。

 残ったリソースも資源生産施設の建造へ割り当てられ、その為輸送機械製造へ割り当てられるリソースは殆どない。

 ならばと生産設備及びリソースを拡張しようにも増築改築に必要とされる資源が足りていない。

 最後の手段としてより多くのアンドロイドを現場に投入する方法もあるのだが現状の作業スペースに追加でアンドロイドを受け入れメンテナンスする余裕は無かった。


「サリア、足りないのは瓦礫運搬だけで間違いない?」


「そうです」


「ならウェイクフィールドに瓦礫の運搬を要請するのはどうだ」


 瓦礫の運搬作業は細かな作業は必要とされない単純労働でしかない。

 処分場へ運搬し現場監督として少数のアンドロイドを配備すれば円滑な運搬は可能ではないのか。

 アンドロイドを運搬に動員する事も可能だが単純労働に高度な作業が可能なアンドロイドを宛がうのは勿体ないという考えもある。

 何より瓦礫の運搬だけなら特に技能は必要とされず現地人を雇って活用する事が可能だろう。


「確かに可能です。その際に最低限の運搬道具の供与と何か報酬になるモノがあれば精力的に働いてくれるでしょう」


 猫車や台車と言った運搬用道具であれば少しのリソースで生産する事は可能、輸送機械を作るより安上がりになるだろう。


「いい考えだけど何が報酬になるのかな?此処で作っているのは兵器にアンドロイドボディ・各種工作機械・加工素材とか色々あるけど安値では売れないよ?」


 ノヴァ達が作っているのは掛け値なしに高価な代物しかない。

 それを瓦礫の運搬作業程度で売るつもりはノヴァには無く安売りするつもりもない、そうなると街の住人達に売れそうなものは一気に減ってしまうのだ。


「……酒や菓子の類はどうですか。ポール様達が売却する嗜好品ですがノヴァ様一人では到底消費できませんし、適切に消費するためにもいいかと思います。それと普段の取引でポール様達に売却している品物の一部も売り出しましょう」


「そうだな、売店作って色々売ってみよう、特に酒や煙草は街の男達に売れるだろう」


 数は少ないがポール達がノヴァ達に売却する品物の中に酒や煙草が入っている。

 酒は調理用に使うにしてもノヴァ本人が余り酒を好んでいない事もあり消費しきれず、煙草に関しては元々喫煙しない人間であるのに加え健康に気を使っているサリアによって倉庫の奥にしまわれていた。

 日の目を見ることが無く倉庫で埃を被っていたものが売れるのであればポール達にとっても新たな販路になりえるだろう。


「支払方法は如何しますか?」


「カードを作って渡す。電子マネーで払って貰うよ」


 カードを発行し瓦礫運搬に伴う暫定的な報酬としてノヴァはポイントを用意する。

 報酬として与えられたポイントは売店での品物の購入に使用できる、システム構築は既存の物を流用して作り運用は電子マネーの発行総量に気を付ける程度だろう。

 ノヴァにとって今最も重要なのは大型ミュータントという既に開いていた地獄の門の中身がいつ降り掛かっても大丈夫なように戦力を揃える事だ。


 その日が何時になるのかは現状では全く分からない。

 明日か明後日か一年後か十年後か、もしかしたら百年後かもしれない。

 それでも災厄から身を守る為に備えを作る方がノヴァにとって大切であり、街の住人を瓦礫運搬に用いる事に関しては軽い気持ちであった。






 そしてノヴァが始めた瓦礫運搬とポイント事業が問題化したのは開始からたったの5日後であった。

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