第70話 人を騙る者ー4
アランに襲いかかって来たのはハウンドと呼ばれる四足歩行するミュータントである。
肉食であり大きさは大型犬程のサイズで群れで狩りをする習性を持つ。
その脅威は非常に高く、コミュニティによっては群れで襲われたらありったけの銃弾を撃ち込んで近付かれる前に倒せと教えられる程である。
そして倒し切れずに近付かれたら命は無い、強靭な肉体で四方から襲われ身体中に噛み付かれるのだ。
強靭な顎と牙が肉と骨を噛み砕き、引き裂き、最後には喉仏を食い千切られ貪り喰われる、それも意識を保ったままだ。
生きたまま喰われるのが嫌なら自分の頭に銃弾を撃ち込むしかないと巷で言われるほどだ。
そんな凶悪なミュータント二体がアランに迫るが当の本人は冷静に迫り来るハウンドの一挙手一投足を注視していた。
「こんなものか」
経験の浅い人間であれば恐怖に脚が止まるか、無闇矢鱈に銃弾をばら撒いていただろう。
だがアランは人間ではなくアンドロイドである、そしてその身体は潜入作戦に最適化された物ではあるが能力は戦闘用アンドロイドと遜色ないものだ。
二匹の内一匹が足元を、残ったもう一匹がアランの喉元目掛けて飛び掛かる。
ハウンドはこの様に多方向から攻めどれか一つでも獲物に食い込めば其処を起点に獲物を押し倒し仕留める戦術を多用する、アランはそれを知識として理解しシミュレーションを通して対処法を学んでいた。
故に足元に迫って来た一匹に関しては容赦なく前蹴りを繰り出す。
金属骨格と人工筋肉が生み出す力、それが鉄板を仕込んだコンバットブーツによって余すことなく伝達されハウンドの顎と頭蓋骨を粉砕し爆散させる。
爆ぜた事で血と肉と脳漿が撒き散らされ、たった一撃で派手に絶命したハウンドは蹴りの衝撃で吹き飛び瓦礫の中に消えた。
そして喉元目掛けて襲い掛かって来たハウンドは逆にアランに片手で首を握られ宙吊りにされた。
逃げる事も襲う事も出来ず身動きの出来ないハウンドの表情は身近で見ると凶悪そのものである。
その姿にはノヴァの飼っているシェパードのポチが持っている愛嬌と呼べるものは微塵も存在しない、凶悪かつ醜悪な物である。
「やはりポチとは違うな。愛嬌が全くない」
首を掴まれ涎を巻き散らしながら激しく暴れるハウンドにそう告げてアランは首を握りつぶした。
頸骨が砕かれる音と共に脊髄は寸断され呼吸停止と共に暴れていた身体から力が抜けていった。
物言わぬ死体と化したハウンドをアランは辺りにある瓦礫に投げ捨てた。
目前に迫った二体のミュータントの排除が終わりに残るのは背後にいた自称自警団の少年に向かって行った一匹だけである。
アランとしては自称自警団員が死んでしまうと街での活動に支障が出ると考えていた。
事前に警告していたとはいえ運悪く少年が死んでしまえば責任追及の矛先はアランに向かうだろう。
何せアランは先日街に来たばかりの余所者であり、少年の方は街の住民だ。
街の大多数は少年を擁護する可能性が非常に高く、その不利を覆せる要素をアランは現状何一つ持っていないのだ。
だがアランが動き出すより早く隔離区画に銃声が木霊した。
計五発、音からして小口径の物でありアランは速足で発生源に向かう。
最悪な状況、ハウンドに噛み付かれ苦し紛れの銃撃であったと想定して駆けつけたアランだったが想定していた状況とは異なっていた。
駆け付けたアランが見たのは白煙を上げる拳銃を持った少年と息絶えて横たわるハウンドが一匹と言った光景であった。
「は、は、やったぞ、俺がやったんだ……」
少年が独り言を呟きながら拳銃の引き金を何度も引いている。
その拳銃を見れば如何やら弾詰まりを起こしているようであり、少年は気付いていなかった。
視線を変えてハウンドを見れば頭部に複数の弾痕があり、撃ち込まれた弾丸のどれかが脳を破壊したおかげと推測できた。
「ほう」
素早く動く対象に銃弾を撃ち込めるのは素人には困難な事である。
それに加え近付くミュータントの迫力と命を懸けた局面であった事を加味すれば難易度は跳ね上がる。
運が良かったのか、それとも腕前が優れていたのかは不明だがアランは少年の評価を少しだけ上げた。
──だがそれだけである。
「オイ待て!何回言わせるつもりだ!」
アランは無事であった少年を放置して封鎖区画の奥に進んで行く。
それを見た事で漸く冷静さを取り戻した少年がアランを止める為に再び噛みついた。
「仕事だと何度も言っているだろう。それとも何か、お前が代わりに調査してくれるのか?」
だがアランが少年に言う言葉は全く変わらない。
それどころか代わりに仕事を代行してくれるのか逆に少年に聞く有様である。
無論少年はアランの代わりに調査を行えるだけの能力を持ち合わせていない。
下手に封鎖区画の奥に踏み込めば今度こそ少年は命を落としてしまうだろう。
そんなどうしようもない現実を突きつけられ、されど自警団から任された仕事を放棄する事も出来ない少年が出来たのは口を閉ざす事だけであった。
「理解したなら黙って家に帰れ、それでも付いて来るなら腹を決めろ」
そう言い捨てて封鎖区画の奥に進んで行くアランを少年は歯噛みしながら睨みつけた。
だが何時までも同じ場所に留まるのは危険である事を少年は理解していた。
今から区画から出る為に引き返すのか、それとも自警団に任された憎たらしい男の追跡を続けるのか。
「クソッ!」
悩んだ時間は短かった。
少年は声を荒げながらアランの後を付いて行く事を選んだ。
無論それが危ない橋である事は少年にも理解出来ていた。
それでも此処で逃げ帰れば少年に残された最後の居場所は無くなる、その恐怖が少年の危険な追跡を後押しした。
アランの移動速度は速くはない、後から少年が追いかけても直ぐに追いつく距離しか離されておらず実際に少年はアランに追い付く事が出来た。
「はー、はー」
だが短い距離にも関わらず少年の息は上がっていた。
それは肉体的な疲労によるものではなく、精神的な疲労によるものであった。
「ミュータント共は警戒している今が引き返す最後のチャンスだぞ」
「うるせぇ……」
先程の戦闘によりミュータント達はアランと少年の存在に既に気付いている。
だがミュータントも馬鹿ではない、仲間が簡単に屠られた事は理解しておりアラン達を強敵であると認識しているのだ。
だがそれは襲い掛からない理由にはならない、ハウンド達は遠くからアラン達を観察し少しでも油断すれば容赦なく噛みつく魂胆でいるのだ。
それが肌で分かってしまった少年は四方を常に警戒し続けねばならずそれが精神的な疲労となって少年の体力を容赦なく削っていた。
「見つけるのに手古摺ると思っていたが、運が良かったな」
だがアンドロイドであるアランにはハウンドのプレッシャーなど全く影響はない。
ミュータントを無視して封鎖地区の奥に進み続け目標を探し続けている。
その最中に瓦礫の中で見付けた血痕をアランは指で拭い、指に付着した血を舌に載せる。
そうして味覚センサーと成分分析機能を通じて血液から情報を集め目標のクリーチャーを探し続けた
「これだな」
そしてアランは目標のクリーチャーの残した血痕を発見した。
血痕は時間経過によって風化が進み瓦礫の中に半場埋もれ掛け、あと一日遅ければ血痕は完全に消えてしまっていただろう。
だがそうはならず手掛かりを得たアランはアンドロイドのセンサーを稼働させ血痕の後を追跡、クリーチャーの血痕が地面にあるマンホールの入口で途絶えている事を突き止めた。
「深手を負って地下水路に逃げたか」
足跡と出血量から目標のクリーチャーは深手を負っている事が判明している。
地下水路で死んでいるのか、それとも傷付いた身体の再生に専念しているのかは不明、しかし此処で調査を切り上げるつもりはアランにはない。
「おい、本気か、地下には……」
「クリーチャーが蠢いている、噂話でしかないがお前は此処に残れ」
躊躇いなくマンホールの中に入っていく姿に驚く少年を放置してアランは地下に降りていく。
マンホールの底に広がっていたのは暗闇に包まれた地下水路であった。
僅かにマンホールから注ぎ込む日の光だけで地下を照らせはしないが視覚モジュールを暗視モードにする事でアランは視界不良を解決した。
「うわ、ちょ!?あいた!?」
だが背後のマンホールから少年が落ちてきた。
アランが振り向けば少年が涙目で尻を抱えているのが目に入り、マンホールに視線を向ければ外からミュータントの唸り声が聞こえて来た。
「俺にも仕事があるんだよ!つうか俺一人であそこから逃げられる訳ないだろ!」
少年の言い分は最もである。
唸り声からして三体以上のハウンドが襲い掛かって来たのだろう。
逃げ場は何処にもなく、あるとしたら更なる危険があるマンホールだけだ。
一縷の望みに掛けて少年は地下水路に脚を踏み入れたのだ。
「勝手にしろ、だが邪魔だけはするな」
此処迄来て流石に帰れとはアランにも言えない。
それでも邪魔にならない様に釘を刺し、また視界不良で少年がパニックにならない様にケミカルライトで視界を確保しながらアランは地下水路を進むことに決めた。
そうして地下水路にある血痕を辿ってアランは進んで行くが終わりは直ぐに訪れた。
「此処でくたばったのか。呆気ない終わりだな」
血痕の先には傷付いて力尽きて死んだクリーチャーがいた。
身体に残った歯形からしてハウンドに集団で襲われたのだろう、幾ら強力なクリーチャーであってもミュータントに数で圧倒されれば餌となってしまうのだ。
だがミュータントがこの地下水路にいるのは偶然ではない。
クリーチャーの死体の先には扉が一つあり、その中にアランが警戒しながら入り中を調べた。
「成程、この物資を守っていたのか」
部屋の中には木箱が積まれ中には銃が入っていた。
街を支配していたレイダーが分散して保管していた物資の一部なのかは分からないがクリーチャーの役目はこの物資を守る事であったのだろう、残念ながら勤めを果たす事は出来なかった様だが。
だがアランとしても目の前にある木箱に収められた銃器の取り扱いに困っていた。
中にある武器を見る限り品質は余り良くはない、正直に言えばノヴァ謹製の武器を支給されるアランには価値を全く感じられないのだ。
だがこのまま放置する事も出来ずアランは頭を悩ませた。
だがアランの後ろで木箱の中身が何であるのか知った少年が口を開いた。
「おい、銃の処分は俺に任せてくれねぇか」
「……どうする積りだ」
「自警団の仲間を引き連れて回収するんだよ」
「ふむ」
少年の言い分は間違ってはいない、寧ろ危険物の処理は治安を預かる自警団として当然の行動だろう。
放置して何処の誰かもわからない相手に銃が渡ってしまう事を防ぐ為でもある。
──だが、アランは少年の言い分を、自警団を信じる事が出来ない。
「悪いが自警団に任せる事は無い。俺が運搬する」
「!?なら何処に持っていくんだよ!」
「広場にある復興本部だ」
街へ来た新参者の追跡を素人臭い少年一人に任せる自警団である。
渡した銃を確実に処分するのか、はたまた自警団で運用するのか分からない以上下手に処分を任せる訳にもいかない。
何よりウェイクフィールドという街をこれ以上不安定化させない為にマクティア家の監視下で処分を行ったほうがいいとアランは判断した。
そしてこの日を境にアランと少年の長い付き合いが始まるが、それはまた別の話である。
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