第69話 人を騙る者ー3
……ウェイクフィールドへ潜入成功。
当機はウェイクフィールド潜伏期間中アランと名乗り傭兵として活動を行う。
街での傭兵活動に関しては任務に支障がない程度に受理する方針を採る。
今次潜入作戦における戦略目標を以下に設定する。
・模造人体の実践運用データの収集。
・ウェイクフィールドの住民感情及び治安状態に関する詳細な情報収集。
・『木星機関』の介入による街への影響に関する調査。
・レイダーの協力者であったエドゥアルドに関する情報収集。
上記の目標に関する優先順位を設定。
・最優先目標 : 模造人体の実践運用データ収集。
・第二優先目標 : エドゥアルドに関する情報収集。
・第三優先目標 : ウェイクフィールドに関する調査。
初期の行動指針として航空偵察で街にクリーチャーが観測された。
観測されたクリーチャーが残存個体、新規製造個体かは不明であり調査を行う事とする。
また調査中にクリーチャーを製造しているエドゥアルドの研究所があった場合はこれを確保し『木星機関』の管理下に置く事とする
追伸:模造人体・機体コードネームIHBー1の外見は余計な注目を集める為新しい機体を請求、また新造される機体は平均的な成人男性をモデルにする事を希望する。
◆
「アランさん、おはようございます。直したばかりの部屋でしたがよく眠れましたか?」
「ああ、問題ない。それと水を一杯貰おう」
ウェイクフィールドに潜入したアランの初日は酒場に集った住人達の質問攻めに遭い終日身動きが取れなかった。
本来であれば住民達の質問を振り切り行動する事も可能だったが、その選択をアランは選ばなかった。
それは冷静な判断に基づく行動であり、今後の活動を見据えた現地人コミュニティへの繋がりを得る為だ。
そんなアランの考えを知らずに酒場に集った多くの住民達は街にやって来たアンドロイドについて尋ねた。
彼等の目的は、アンドロイドは何処から来た、あの空飛ぶ兵器は何なんだ、質問は多岐に渡りアランはそれぞれに対して答えていった。
──その際には傭兵らしい受け答えを行いつつアンドロイドに対して好意的な考えを少しだけ混ぜながら。
そうして酒場で初日を過ごした事で現地に於ける最低限の繋がりは出来たとアランは考える。
先程の酒場の店長からの受け答えからも好意的な反応が観測でき現地住民との関係構築も好調な滑り出しである。
「大丈夫だ。それと代金は払うから当分あの部屋を借りられるか」
「お代がいただけるのであればこちらとしても有難いです。昨日のボトル二本でしたらあと三日ほど利用可能です。延長するのであれば別途にお代を頂きます」
「分かった。代金はやはり酒等のアルコール類がいいか」
「はは、出来ればそれでお願いします。酒場と名乗っていながら棚が寂しいので早く満たしてあげたいのですよ」
そう言って店主の後ろに視線を向ければ空いたスペースが目立つ棚が幾つもある。
其処には昨日アランが宿泊代として払った酒瓶が二本ともあるがそれだけだ。
店主の言う様に棚の酒をある程度満たせなければ酒場とは名乗れまい。
「成程、見付けたら此処に持ち込もう。それと酒以外の何か価値のありそうなものは何かあるか、それと見つけた場合の売却先に心当たりは」
「価値のある物は……やはり食料品と医薬品ですね。今でしたら街の広場にあるマクティア家の復興本部に何か価値のある物を持ち込めば何かしらを分けてくれるかもしれません。それ以外は何とも言えません」
「それで充分だ。それと、この写真に写っているクリーチャーは街の南で見たのは間違いないか」
「はい、そうです。アランさん、南に行くのであれば気を付けて下さい。今は再建した自警団が辺り一帯を封鎖していますがレイダーが人やミュータントの死体を纏めて南に放置したせいでミュータントが棲み着き始めています。噂では地下水路に生き残ったクリーチャーもいると噂されています」
「無理をしない程度に動くつもりだが忠告感謝する」
店主との会話を終えたアランは一礼と共に酒場から外に出た。
朝日が昇り太陽の光が街を照らしており住民達も各々が既に行動していた。
男も女も関係なく働ける年齢の誰もが街の復旧作業に従事しており街の至る所から掛け声が聞こえてくる。
アランは街の復興を一目だけ見てから移動を開始した──が、アランの姿は街中では酷く浮いていた。
ミュータントやクリーチャー等の危険生物との偶発的な遭遇を考え初日と同じ武装で街中を移動していたが外套は勿論の事背負っている大型銃器は老若男女問わず注目の的だった。
せめて外套は脱ぐべきだったと考えるが見た目はボロ布のようである外套は不燃且つ防刃防弾繊維で編まれた一級の防具でもある。
見た目は怪しいが何が起こるか分からない潜入作戦である以上アランは多少の不信感を与えても身の安全を第一とする事を選んだ。
「まま、おっきい!」
「こら、見てはいけません!」
「ひゅー、見ろよあの銃、お前の竿より遥かにデカいぞ」
「バカ野郎、男は竿の大きさだけじゃねぇんだよ。大事なのはハートだ」
「腕も身体もでけぇ、人型のミュータントかよ」
「あら、いい男」
……やっぱり外套は脱ぐべきだったかもしれないと遅まきながらアランは考えたが身の安全が第一として外套を脱ぐ事はしなかった。
そんな風に街の住民達の好奇の視線に晒されながらもアランは脚を止める事なく歩き続け目的地である街の南側に近付くにつれて人気は少なくなっていった。
そして機体の嗅覚センサーが腐臭を検知、空気中に有機物が腐敗した匂いが混じり始めた地点を境に住民達の姿は一人残さず消えた。
此処から先が目的地であり店主が言っていた封鎖地区である事は間違いない、アランはそのまま街中を進み続け──封鎖地区に入る前に脚を止めた。
「忠告しておく、このまま後を付けるのであれば敵として判断する。言っている意味は分かるな」
アランの後ろにあるのは廃墟ばかりで住民達の姿は一人としていない。
だがノヴァ謹製の身体を与えられたアランは複数のセンサーから得られた情報を統合する事で巧妙に隠れた人物を容易く発見する事が可能だ。
そしてアランの確信を持った言葉でこれ以上隠れて尾行するのが困難だと判断したのか廃墟から一人の現地人が出て来た。
「……何時から気付いていた」
「最初からだ、お前の尾行は雑過ぎる。多少勘のいい傭兵であれば気付ける程だ」
「ちっ」
廃墟から現れた人物は酒場でいきなりアランに絡んできた現地人の少年であった。
念の為に視覚と聴覚から得られるデータで骨格、声紋、虹彩を照合するが間違いはなく該当人物本人であった。
となれば追跡を行ったのは人気のない場所で先日返り討ちにした事に対する報復の可能性が高いとアランは判断した。
「舌打ちは良いがこれ以上此方に付き纏うなら実力行使も辞さない。言っておくが俺は敵に掛ける情けは持ち合わせていない、容赦はしないぞ」
報復行動に対する警告をアランは発したが少年は態度を変えることなく不機嫌な視線を向けたまま近付いて来た。
考えなしの行動なのか、それとも何か策があって近付いているのかアランは判断が出来なかった。
それでも不意打ちを考慮しセンサーを少年に注視させ何時でも戦闘が出来る様にそれと無く腰を落とす。
そんなアランの警戒を察していないのか少年は近付き続け、されどアランが一足で飛び掛かれない程度の距離を残して立ち止まった。
「そいつは出来ない、俺は街を守る自警団だからな。お前が怪しい行動をしていないか監視しなくちゃいけないんだよ」
「先日のあれで自警団か、そこいらにいるチンピラの間違いじゃないのか」
「ンだと!」
「事実だろう、壊滅した自警団に街を解放したレジスタンスの人員が編入されたようだが教育は行き届いていないようだな。彼我の実力差も理解出来ず絡んできたのがその証拠だ」
「クソッ……」
ウェイクフィールドに元からあった自警団はレイダーとの初戦で壊滅的な被害を出した。
現在は街を解放するのに尽力したレジスタンスの人員で壊滅した自警団を再建している途上であるとアランは酒場での聞き込みで教えられた。
そして先程の少年の言い分が正しいのであれば彼は自警団の一員であり、街の治安活動に従事していると言えるだろう。
だが酒場での冷静な判断力の無さに加え粗野な振る舞いを見る限り自警団としての教育は行き届いていないとアランは判断せざるを得ない。
そして痛い所を突かれ咄嗟の言い回しにも詰まった少年が出来たのはアランを憎らし気に睨むだけだった。
「もう一度聞く、お前は何の用で後を付けて来た。下手な言い訳はしない方が身のためだ」
「……お前を監視するためだ。自警団に知らせたら何処の誰か分からないお前を一人で野放しに出来ないと判断して、俺が監視に回された」
自警団に知らせたのは街の治安の為か、それとも恥を掻かされたことの報復に仲間を集めようとして無視されたのか。
可能性としては後者が高そうだが碌に相手をされずに一人で監視に向かわせた以上自警団は少年の言い分に関心は持っていないのだろう。
「そうか、なら邪魔をしないのであれば監視は構わない。だが仕事を妨害するなら覚悟しておけ」
そう言ってアランは少年に対する警戒を解くと目的地に向けての移動を再開、その後ろを少年が距離を取りながら付いて来た。
最初こそ不満げに舌打ちをしながら付いてきた少年だったが街の南を封鎖している粗末な作りをした壁を乗り越えようとするアランを見て慌て始めた。
「おいここから先は危険区域だぞ、分かっているのか!」
「煩いぞ、監視するなら黙っていろ」
「此処から先はミュータントがいる危険地帯なんだよ!だから壁で囲っているんだよ、見て分かんねぇのか!」
「危険は理解しているがこの先に俺は用がある。封鎖している壁を壊すつもりはない、仮に俺が死んでもお前に迷惑は掛けない処か却って清々するだろう」
そう言ってアランは粗末な壁の隙間に脚を掛けて登っていく。
そして壁を登りきった先には今迄感じていたものより強烈な腐臭が漂い、目に見える狭い範囲では既に幾つものミュータントが僅かに残った死体を啄んでいた。
「おい、お前!聞いているのか!今すぐ其処から下りろ!」
アランの足元では少年が先程から同じ様な事を繰り返し叫んでいる。
だがそれを無視してアランは壁を跨ぎ反対側へ飛び降りた。
身に着けた装備と機体の重量が合わさり重々しい音を立てて地面に着地したアランだがその音を聞きつけたミュータントが寄ってくるのが確認出来た。
即座にアランは背中に担いでいた大型銃器を手に取り戦闘態勢に移行、射程範囲内にミュータントが入り込めば即座に発砲できる状態になり──
「話を聞きやがれデカブツ!此処は立ち入り禁止つってんだ、ろ!?」
アランと同じように壁を登って来たのか、少年が壁の上に跨りながらアランに向かって叫んでいた。
そして叫び声に釣られて一匹のミュータントが駆け寄って行くのに少年は遅まきながら気付き、その顔が引き攣ったものに瞬時に変わった。
「お前はもう帰れ、付いて来たら死ぬぞ」
「んな、なめんじゃねぇ!こちとら自警団なんだ、ミュータントの一匹や二匹倒せらぁ!」
「なら勝手にしろ、死んでも責任は取らないぞ」
警告を無視したのであればこれ以上何も言う事は無い。
アランは少年に向かうミュータントは無視して自らに迫るミュータントを視界に捉える。
電脳内でのシミュレーションではない、新しい身体での初めての戦闘が始まる。
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