第68話 人を騙る者ー2

 レイダーに襲撃された。

 街を支配され圧政が敷かれた。

 其処から街を支配していたレイダーを倒して街を解放した。

 

 言葉にすればそれだけ、だがその中には数多くの悲劇や惨劇があり中には言葉では言い表せないものもある。

 しかし結果から言えばウェイクフィールドはレイダーから解放された──だが無傷とはいかなかった。

 多くの人が傷つき、多くの物が壊された、街にはレイダーが刻み付けた多くの傷跡が未だに修復される事なく多く残っていた。

 

 だが何時までも俯いたままではいられない、街の住人達は時間と共に傷跡も癒えていくだろうと考え街の復興に乗り出した。

 崩れた建物を撤去し、再利用できる資源を回収し、土地を均し、再び建物を建てる。

 このサイクルを通して街は徐々に安定を取り戻していき再び以前の様な生活を送れる、そう誰もが望んでいた。


 ──だが望みは絶たれようとしていた。


 圧政によって無造作に積み上げられた死体は人もミュータントも問わずに街中に捨てられ土地を汚染した。

 再利用できるはずだった資源は軒並みレイダーが燃やして灰にした。

 生存に欠かせない食料・医薬品は無造作な浪費によって食い潰された。

 レイダーの圧政による過酷な生活によって衰弱した街の住人達。

 

 街の復興に必要な原資、人と物が尽きかけていたのだ。


 これでは街の復興は夢物語、それどころか街の如何しようもない窮状は住民達に多大なストレスを与えてしまった。

 不足する物資、進まない復興、好転しない現状によって荒んでいく人心、そこから生じる負の影響が街を覆い尽くすのに時間は掛からなかった。

 それでも街を統治していたマクティア家は現状を打破しようと幾つも行動を起こした。

 

 街から逃げ出したレイダーを追撃し隠していた物資の回収。

 物資を集積し無駄なく配給する事で消費量の抑制。

 付近にある交流のある小規模コミュニティからの物資の買い付け。

 最大の取引き相手であり、レイダーの出身地であるハルスフォードから支援を引き出そうとした。


 だが得られた物は僅かなものであり正に焼け石に水でしかない、迫り来る破滅の足音を少し先延ばしする事しか出来なかった。

 そしてマクティア家が情報統制をするまでも無く悪い知らせはウェイクフィールドに瞬く間に広がっていった。

 最早猶予はない、街の窮状を理解してしまった住人達は水面下で幾つもの小集団を形成し始めた。

 街の連帯は崩壊寸前、各々の小集団が生存に向けた独自の行動を起こそうと画策を始めるのを誰も止める事は出来なかった。

 

 そして近い将来、街に残された数少ない物資を巡り隣人同士で奪い合う悪夢が幕を開ける──筈であった。


「おかーさん、また飛んできてる」


「こら、隠れていなさい!」


 まだ小さな子供が空を指さした先には上空を飛行する大型輸送ヘリがあった。

 その機体の中には街が欲していた食料・医薬品等といった多くの物資が詰め込まれ連日運び込まれていた。

 

 街の住人達は航空機を見た事がなかった、その為初めて見る航空機に呆気にとられ、次いでその巨大さに多くの住人達が腰を抜かし騒ぎ出した。

 輸送ヘリで此処まで街がパニックに陥ったのは住人達が航空機と言う存在を知らなかったためである。

 何故なら生まれた時には文明が壊滅しているのだ、誰も航空機という存在を見た事がなく何も知らないからだ。

 そのせいでアンドロイドが攻めて来た、レイダーが秘密兵器を持ち出して復讐に来たなど多くの根の葉も無い憶測や噂話が燎原の火の如く広がった。

 

 だが航空機の格納庫から運び出された大量の物資とマクティア家の声掛けもあり騒動は迅速に鎮静化された。

 そして街の住人達も今や大型輸送ヘリが運び込む物資がなければ立ち行かない事を理解するのに時間は掛からなかった。

 それでも恐いもの見たさで多くの人が隠れながら遠目に輸送ヘリを見る事となり、それを止める人物はいなかった。

 

 こうしてウェイクフィールドは予期しなかった『木星機関』と名乗るアンドロイド集団の支援によって計画的に少しずつ復興していく事が可能になった。


 そして復興が漸く始まった街の中に最近になって営業を再開した一軒の酒場があった。

 その酒場は街の数少ない娯楽であるアルコールを提供し以前は多くの住人達で賑わっていた。

 だがレイダーによって店は荒らされ店にあった酒類の多くは奪われてしまい今では酒場でありながら酒を出せないという事態に陥っていた。

 それでも最低限の修繕だけ済ませた店内には少なくはない客がいた。

 荒らされた痕跡が残っていようと気にしない街の住人達は店主にとって顔なじみであり、そんな彼等の為に店側も軽い食事と水を提供している。

 そして彼等は店の雰囲気に酔いながら酒のお代りに水を飲んでいた。


「それで南はどうだ、手出しできそうなのか?」


「無理だ、死体の腐った匂いだけじゃなくそれを餌にしているミュータントが棲み着き始めているから下手な手出しは危険だ。だけど相手しようにも奴等危険を感じたら地下水路に逃げやがる」


「配給はもう少し増やしてくれないかしら」


「それよりも薬よ、最近体調が悪くなっている子が多いから心配だわ」


「酒は無いのか、酒は!飲まないとやってられるか!」


「うっせぇ、その腹にしこたま水でも流し込んでおけ!」


 街の社交場でもある店内には多くの住民達が思い思いの会話を楽しんでいる。

 内容は街の状態から暗いものにならざるを得ないが、それでも感情を共有する行為は人々のストレスを軽減してくれた。


 ──だが酒場に見知らぬ人物が一人入って来た瞬間に騒がしかった店内は水を打ったように静まり返った。


 大柄な男だ、頭部迄覆う擦り切れた外套を纏っており一目で怪しい人物であると酒場に集った誰もが思い至った。

 それでも住民達が怪しい男を酒場から叩きださないのは偏に外套男が身に纏った装備の為であった。

 店に入る時に見えた外套の下には見るからに丈夫そうな防具が見えるだけでなく多くのポーチが見え大振りなナイフも脇に吊り下げられていた。

 そして何より背中には非常に大きな銃を背負っており、それは街の自警団や暴れ回っていたレイダーでも持っていないものであった。

 

 街の住人達は互いの顔を見慣れている、だからこそ今迄街で見たことが無い武装した男に対し誰もが警戒し男の一挙手一投足に注目していた。

 だが男は住人達の視線を意に介さず店内を進みカウンター席に座った。

 そんな姿に住民達は複雑な思いを抱くも動き出せず、そんな彼等に代わりに店主が外套男に近付いて行く。


「いらっしゃいませ、ご注文は」


「水を一杯、それとこの写真に写っているミュータントに心当たりはないか」


 男は懐から写真を出すと注文を受けに来た店主に渡そうとする。

 だが横合いから伸びた手が男の手から写真を奪っていく。


「お前見ない顔だな、何処から来た」


 写真を奪ったのは街の住人である栗毛の少年、まだ幼さを残した顔立ちであり青年になるにはもう数年必要だろう。

 そんな酒場場にいるのが似合わない少年だが本人は気にしていないようだ。

 俗に言う不良少年のだろう、奪った写真を片手に持ちながら余所者に横柄な態度で話しかける姿は必至に悪ぶって背伸びをしているようにしか見えない。

 本来であれば取り合う必要のない相手ではあるが余計な諍いを起こしたくない外套男は少年に素直に教える。


「北から」


「へぇー、何をしに街へ来たんだ?」


「仕事の為だ、それと奪った写真は返してもらおうか」


 外套男が少年から奪われた写真を取り返そうとして腕を伸ばす。

 だが伸ばされた腕を軽く避けた少年はそのまま写真を見せびらかせる様に軽く振って見せた。

 返却を求められるも返す素振りは全くなく、それどころか写真を上下に振りながら少年は横柄な態度で一方的に話し続けた。

 

「仕事ね……、お前傭兵か」


「だとしたら」


「……へっ、街が大変だった時に逃げ出したてめえらが、何をしに戻って来た!」


 そう言って先程迄馬鹿にしていたような軽薄さを消して拳を握ると前触れも無く少年は外套を纏った男に殴りかかった。

 一連の行動は住人達にしても驚いた、元から少年と大人では体格差がありすぎる事に加え外套男の体格はとても大きい。

 どう考えても少年が怪我するに違いなく、外套男の気分次第では更なる怪我を負ってしまうだろう。

 

 店にいる住人達も少年が余所者に言いがかりを付ける程度であれば会話の途中に介入して事態の悪化を防ぐつもりではいた。

 だが少年の行動は酒場にいた大人達の考えを容易く超えていき静観する間もなく事態は急速に悪化した。

 最早一刻でも早く介入して喧嘩沙汰になる前に止めなければならない、外套男が反撃として背負った銃を発砲するような事態を防がなくてはならない。


「痛い痛い!離せ、離してくれ!俺が悪かった、済まない、許してくれ!」


 だが店に集った住人達の予想は全くの的外れであった。

 殴りかかった少年の拳を外套男は片手で防ぎ、それどころか五指で少年の拳を包み込むと握り潰さんばかりの力を込め始めたのだ。

 拳を掴まれた少年に取り繕う余裕などなかく、掴んでいた写真を手放し早々に音を上げみっともなく叫ぶしか出来なかった。


「勘違いしている様だが俺はこの街へ初めて来た。此処で何があったのかは知らないが俺はアンドロイドの後をついて来ただけだ」


 そう言って外套男は少年の拳を解放した。

 握られた少年の拳には青痣が浮かんでおり、それを直に見てどれ程の力が込められていたのか少年は理解すると共に強い相手であると思い知らされた。


「クソ!覚えていろよ!」


 流石に相手が悪いと理解した少年は解放されると同時に酒場から足早に出ていく。

 今迄幼いながらレジスタンスの一員でありレイダーとの戦いを幾度となく熟して来た者であると日々自慢げに語っていた少年の姿は無かった。

 元から酒場にいる人間は面白半分で聞き流していたが今回の捨て台詞も残して去っていく小悪党染みた姿は酒場に何とも言えない空気を残していった。


「あの子に代わって謝らせてくれ。本当であれば私達が止めるべきだった」


 そう言って酒場にいた男性の一人が外套男に頭を下げる。

 謝罪を受けた外套男もこれ以上事を荒立てるつもりはないので謝罪を受け入れ一連の少年の行動は一先ず決着はついた。


「そういえば、あんたアンドロイドに付いてきたって言ったか。そいつは最近になって街の上を飛んでくる奴等の事で間違いないか?」


「そうだ、此処に居る全員知っているだろうが最近になって街へ来た奴等の後を付けてこの街に来た。奴らのお零れにありつこうと考えてな」


 外套男は威圧するような事もなく男性の質問に答え、それと同時に情報収集を兼ねた会話を始めた。

 最近の街の様子はどうだ、どんなミュータントが出る、アンドロイドから何かしらの接触があったのか、会話の話題には事欠かず男性との会話は思った以上に弾んでいった。

 そしてその遣り取りを見ていた酒場にいる住人達も外套男にぽつぽつと話しかけて来た。


「聞いてもいいかい、あんたあのアンドロイドについて詳しいのか?」


「少なくともお前達よりは知っている」


「お話を聞かせてくれませんか」


「いいが此方にも条件がある。当分街に滞在するつもりだが泊まれるところはないか」


 外套男の言葉に反応したのは注文を受けに来た店主であった。

 落ちた写真を外套男に渡すと共に副業でもある宿屋について説明を行う。


「当酒場は宿泊所を兼ねています。別料金が必要になりますが今街で泊まれるところは此処しかありません。もし払えないのであれば街の何処かで野宿をしてもらうしかないのですが……」


「ふむ、なら宿泊代としてコレはどうだ」


 外套男が懐から取り出したのは二つの酒瓶であった。


「此処に来るまでに見つけた。俺は仕事柄酒を飲まない、代金の代わりになるか」


 店主は酒瓶を手に取ると事細かに観察を行う。

 そして酒瓶が未開封のものであり中に入っている液体が紛れも無い酒か確かめる為に一つを開ける。

 すると懐かしい芳香、正真正銘の香りを鼻が捉えた。


「充分です、それでお客様のお名前は?」


 酒場でありながら品切れであった酒が手に入った事に上機嫌な店主は即断で外套男を泊める事にした。

 その為に外套男に名前を聞くと少しの間を置いて答えた。


「俺の名はアランだ」


 外套男は自らを名乗った。






 そして外套男であるアランの正体こそノヴァの用意した模造人体に電脳を移し替えた元軍用アンドロイドであった。

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