閑話 ムキムキマッチョ潜入記録

第67話 人を騙る者ー1

何も見えない、何も聞こえない、何も感じない、そんな暗闇の中にいる。

 如何して此処に居るのか、自分は何者か、理解しようにも外部から入ってくる情報は皆無であった。

 仮に何処からか情報を入力されたとしても処理できる演算力も無ければ意識も無い、終わりの無い空虚な時が続いて行くだけだ。


 ──しかし感じる事も考える事もなかった暗闇に久しくなかった声が響く。


『電源電圧上昇、配線確認……バッテリーがありません。直接接続で電力供給をしています』


『電脳の不活性メモリー占有率0%、デバック作業完了』


『電脳内ウイルス汚染除去完了、システム更新を確認しました』


 聞き覚えのある声は機体状況を知らせるアナウンスであった。

 いつの頃から鳴り止まなくなった警告を発し続けていたシステムが再び稼働している。

 そしてアナウンスの発する言葉の意味が分かる程度に電脳が覚醒していく、凍結されていた演算力と思考能力が戻ってくる。


『機体のセルフチェックを実行・エラー』


『再度セルフチェックを実行・エラー』


『再度セルフチェックを実行・エラー』


『規定回数を超えました、機体を認識できません』


 電脳に備わったセルフチェックプログラムが起動、機体の稼働状況を確認しようとしたが肝心の機体を感知できなかった。

 それでも規定に則り複数回セルフチェックプログラムを奔らせるも結果は変わらなかった。

 あるべきはずの身体は何処にもなく、首から上の頭部しか感知できなかった。


『電源電圧規定値を超えました。機体ナンバーBAE11-09、覚醒します』


 それでも残された頭部に内蔵された電脳、其処に眠っていた軍用アンドロイドの意識が覚醒する。

 目覚めは劇的なものではなかったがガルトアームズ社製特殊任務用軍用アンドロイドは起動に伴い現存している各種センサーを稼働させる。

 それは電脳に刻み込まれたプログラムに従った行動であり現状を早期に理解し迅速な行動を行う為の情報収集でもある。

 だがそれで分かった事は少なく、現状自分の身体は無く生首状態であり、目の前には一人の人間と一体のアンドロイドらしき反応を検知しただけだ。


「おはよう、そして初めまして機体ナンバーBAE11-09」


「お前は誰だ?」


「君を直した技術者、気軽にノヴァって呼んでくれ」


 そう言って軍用アンドロイドの目の前にいる青年、ノヴァは自己紹介を行った。

 稼働する視覚モジュールを用いてノヴァを観察するが武装や危険物は感知出来ない。

 東洋系の顔立ちで特徴と呼べるものないありふれた表情であり、服装から判断して言葉通り単なる技術者でしかないと現状では推測するしかない。


「証拠に今まで君を悩ませていた警告音は消えている筈だよ」


 だが彼の放った一言は軍用アンドロイドが抱いていたノヴァに対する評価は誤りであると告げていた。

 事実として今迄、軍用アンドロイドの心身を狂わせる原因の一つであった電脳汚染は軒並み除去されているだけでなくシステムの最適化も行われていた。 


 だがそれは一介の技術者が出来る様な事ではない。


 ガルトアームズ社製特殊任務用軍用アンドロイドの重要器官である電脳は専用施設でなければ整備補修が出来ない様に設計製造された。

 連邦軍に納入される際の仕様であり、運用されるであろう任務の性質も兼ねて機密保持も考慮された処置であった。

 だからこそ大崩壊以後の自分では解決できない電脳内の汚染に長年苦しみ、問題を取り除くために長い放浪生活を通じて自分を整備可能な設備を探し続けていた。

 

 そして望みは叶った、ノヴァと名乗る青年によって。


「……本当の様だな。それで何故俺を目覚めさせた」


 BAE11-09は警戒心を持ってノヴァに問いかけた。

 連邦軍に所属し多くの非合法作戦を遂行してきた自分を態々修理し起動した目的は何なのか。

 内容によっては機密保持の為に電脳の初期化を行わなければならない、それは数多くの制約を課された軍用アンドロイドに許された数少ない権利であった。

 だがそれは最後の手段であり、何より自殺紛いの行動を軍用アンドロイドは実行したくないのだ。


「それは君に任せたい仕事があるんだ。だけどそれに関してはサリアが詳細に説明してくれるから変わるね」


「有難うございますノヴァ様、此処からは私が説明します」


「お前は……」


 ノヴァの背後に控えていたアンドロイドが軍用アンドロイドの目の前に出てくる。

 だが、その姿は長い放浪生活に加え連邦軍に在籍していた時代を含めても軍用アンドロイドが見たことが無い機体であった。

 整備が行き届き洗練された胴体に人間と見間違いそうな頭部、其処にアンバランスな無骨で大きな手足が付いている。

 一目でバランスが悪そうな機体であり異なる会社のアンドロイドボディをちぐはぐに繋ぎ合わせたように見える。

 だがその動きにぎこちなさは皆無であり流れる様に動く様は高度な身体制御技術が使用されていると判断できる。

 其処にあったのは軍用アンドロイドが知らない未知のアンドロイドであった。


「お久しぶりです、それにしても貴方は正気だと口調も変わるのですね。違和感が凄まじいです」


「お前は誰だ」


「おや、記憶野が戦闘で破損したのですか?それとも負けた事に耐え切れなくて電脳を初期化でもしたのですか?」


 だがアンドロイドが発した口調には聞き覚えがあった。

 それは一時期嫌に成る程聞き、現状の姿になった原因が持つ特徴的な毒舌であった。


「成程、お前を直したのが目の前にいる人間か」


 目の前にいるアンドロイドは自分に復讐を行ったメイドの姉だ。

 あの時とは違い今はサリアと名乗り、機体も全く異なるものに変わっている。

 だが今重要なのは何故自分を倒したサリアが此処に居るのか、その目的が何であるかが最重要である。


「それで態々倒した相手に修理を施したのは何故だ。目覚めさせて俺に何を任せたいのだ」


「ガルトアームズ社製特殊任務用軍用アンドロイドである貴方は敵地へ潜入し諜報、破壊活動を行うために製造・配備されました。そんな貴方にはこれからノヴァ様の目と耳となりウェイクフィールドと呼ばれる街へ潜入し情報収集を行ってもらいます」


「成程、確かに私の得意とする作戦だ」


 敵地への潜入及び諜報・破壊活動は軍用アンドロイドの得意とするものだ。

 その為に製造・配備され、実際に連邦軍で運用され数多くの作戦を完遂してきた実績がある。

 だがそれだけでは軍用アンドロイドは納得できない、その程度であれば此処迄手間暇をかける必要がないからだ。


「疑問がある、何故私を選んだ」


「あなたの戦歴を評価しているからです」


「成程、散々調べ尽くされているようだな。なら抽出した戦闘データ・記憶・プログラムを使い軍用、民生用を問わずアンドロイドに書き込めばいい。何故そうしない」


「それで造れるのは貴方の劣化コピーです。加えて貴方が活動していた時代とは常識も環境も何もかもが変わり貴方のデータをそのまま使用できません」


 極論を言えばアンドロイドも機械の一種である、その特徴として戦闘データ・記憶・プログラムをアンドロイドの電脳に書き込めば書かれた内容の動作を実行できる。

 だがそれは同一個体の増産とは言えず、専用ハードと比較すればどうしても劣るものになる。

 ならば専用ハードを揃えて複製すればいいのではないかと考えるが記録・データが通用していた時代は大昔であり流用できる部分は限りなく少ない。

 結果としコピー&ペーストで簡単に高度なユニットを増やす事は出来ないのだ。


「我々が欲しいのは隠密状態でありながら高度な判断を行い、任務を遂行できる経験を得た優秀なユニットです。その為に貴方には創設される諜報部隊に所属するアンドロイドの教導をしてもらいます」


 簡単に複製できないのであれば一から育成するしかない。

 今の時代に適応し高度な判断が出来る様になるまで最適化と経験を積んでいく方法をサリアは選択した。

 個体差の有るアンドロイドが個々の学習を通して能力を獲得していく、その教導者として嘗ての復讐相手は優れていたのだ。


「考えは理解できる。だがお前は俺がした仕打ちを忘れていないだろう。ノヴァ……様が俺を使う事にお前は反対しなかったのか」


「未活用の能力があるのであれば凍結を続けるのは大きな損失であると私がノヴァ様に進言しました」


「加害者である私が言うのもあれだが……お前は納得しているのか?」


「個人的に思う事はあります。ですが最優先するべきものが何であるのかは理解しているつもりです」


 能力は申し分なく、連邦軍時代に積み上げて来た経験はノヴァ配下のアンドロイド達が持っていない唯一無二のものである。

 確かにサリアにとって過去の因縁もある相手ではある、恨みも怒りも憎しみも電脳が狂いそうになるほどにあった。

 

 だがそれは解消された、身体を砕き、切り裂き、完膚なきまでに一度は倒している。

 復讐は既に完遂しているのだ。

 あの時点で胸に抱えていた憎悪と言った感情は既に解消されており、今サリアが感じているのは個人的な不快感でしかない。

 その程度であれば我慢して表面上の付き合いに留めればいいだけである。


「そうか、なら俺から言うことは何も無い」


「ああ、それと貴方の生殺与奪は私が握っています。もしノヴァ様に危害を加える様な事があればその人格を一ビットたりとも残さず消去しますから」


「今度の上官は何とも恐ろしい」


 当事者であるサリアが納得しているのであればこれ以上の会話は必要なかった。

 何よりサリアの不興を買って電脳の初期化などされたらたまらない、軍用アンドロイドは死にたくはないのだ。

 であれば完膚なきまでに倒された事などは過去の物として割り切るしかない。


「それで俺の新しい身体は、まさか頭部だけで教導をさせるつもりなのか?」


「減らず口を叩けない様に遠隔制御プログラムでも流し込みましょうか?それが嫌なら口調を改めなさい」


 そう言いつつサリアは軍用アンドロイドの電脳に新しい身体に関する情報を送信する。

 それを受け取った軍用アンドロイドは詳細を確認し──与えられる身体の異常さに思考が止まりかけた。


「これは……正気か?」


「正気です、何より生存している現在の人間がアンドロイドに持つ感情は最悪です。そのような現状で態々アンドロイドであると判別できる身体を使うデメリットが大き過ぎます」


 そう言ってサリアが何処かに通信を送ると部屋にある一つの大きな箱が動き軍用アンドロイドの目の前で止まった。

 そして箱の前面が開くと其処には一人の人間が眠っているかの様に目を閉じて中に収められていた。


「今迄のアンドロイドボディとは全く違います。強固な金属骨格と強靭な人工筋肉で造ったフレームに疑似生体スキンを被せています。スキン内には血管が走り、適切な栄養補給があれば自己修復が可能です。Imitation Human Body模造人体・機体コードネームIHBー1、これが貴方の新しい身体です」


 無機物で作られた骨と人工筋肉を有機物の衣で覆い隠した機体。

 人に紛れ、人の隣を歩き、人を探る為に作られた身体。

 

 アンドロイドが持つ過去現在の記録を照合しても類似品の無い異端、異形の機体が其処にあった。





 因みに身体のモデルになったのはノヴァが好きな映画の一つで、とある暴走した人工知能が未来の抵抗軍のリーダーを抹殺する為に過去に送り込んだムッキムキのボディービルダー体型の殺人マシーンである事をアンドロイド達は全く知らないものとする。


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