第66話 傘に入る条件
遮る物がない上空を飛行するのは連邦軍正式採用軍用大型輸送ヘリMTH-23を原型にしてノヴァが更なる大型化を施した機体である。
輸送機として原型機よりも大量の物資を可能とし、AWを運搬する為に専用の懸架装置を付ける事を前提に設計製造された機体である。
そして超大型ミュータントとの戦闘を経て更なる改修を施された機体には防空用のレーザー兵装が2門、対地攻撃用チェーンガンが1門増設された。
対地チェーンガンは小型・中型ミュータントにも十分通じる威力があり、防空レーザー兵装は生体ミサイルの迎撃を主眼に置いているが小型ミュータントであれば簡単に焼き殺せるだけの出力がある。
このヘリ一機の戦闘力で碌な装備のない小さなコミュニティであれば容易く殲滅させる事が可能であり、それが三機ウェイクフィールド上空を旋回している。
だがこの機体の本領は輸送機であり武装はオマケに過ぎない。
上空を旋回する輸送ヘリ一機の格納庫の扉が開く。
地上にまだ着陸していないのに関わらず解放された輸送機から何かが投下された。
それはイアンの目には人型のシルエットの様にしか映らなかった。
しかし投下されたシルエットが地上に近付くにつれイアンは我が目を疑った、落ちてくるものが紛れもない人の形を取っていたからだ。
「なっ!?」
「いやっ、人が落ちて!?」
イアンは絶句し、その後ろに隠れていたカーラは悲鳴に近い声をあげる。
彼等の知る常識では上空で旋回しているヘリの高度から落ちれば何者であれ即死は免れない、それが例え人間よりも頑丈であるアンドロイドであっても変わらない。
それが当然の事である世界で彼等は生きて来た──だからこそ落ちてくる人型のシルエットから轟音と共に凄まじい勢いで何かが噴射されたことが理解できなかった。
落下する人型アンドロイドは落下速度を軽減する為に減速装置を起動する。
轟音と共にジェット燃料を燃焼させ一時的に凄まじい勢いの推力の生み出した事で落下速度は下がっていき、着陸時にアンドロイドが勢い良く地面に衝突することは無かった。
そして減速装置の叩きだした推力で巻き上げられた大量の砂埃が晴れ、漸くイアンは非常識な落下を実行した正体を視界に収める事が出来た。
「何だあれは……」
遠目では人型に見えたシルエットだが、イアン達の前に現れたのは歪な形をした大きなロボットである。
3mに迫る程の巨体、表面は金属特有の鈍い光を放ち塗装が剥げた箇所は一つもない。
辛うじて人型の範疇にはあるが胴体の大きさに反して手足が異様に長く巨大である。
手先の五指には鋭い爪を装備しており、人体を貫き大穴を開ける事が簡単に出来てしまうだろう。
爪以外にも背中には武装の類を装着しているのか大きな出っ張りが幾つもあるがその正体はイアンには全く予想できない。
そして呆気に取られるイアン達を尻目にロボットは動き出した。
その歩みは滑らかなものであり壊れかけの機械特有の動きは一切ない。
「イアン様、カール様!下がって下さい!」
護衛を任されているロバートが呆気に取られる二人の前に出る。
そして手に持った銃を迫り来るロボットに向ける。
「ロバート、何をしている!?」
ロバートの行った行動はアンドロイドに敵対と誤解されかねないものである、すぐに叱責を加えるイアンだがその声音は震えていた。
正直に言えばイアンには敵対行動をしない事が正解なのかの判断が付かないのだ。
何のために来たのか、街の降伏勧告を伝えに来ただけなのか、一連の行動が何を意味しているのか全く理解できないのだ。
それでも分かる事は一つだけ確実にある──それは目の前のロボットにはイアン達は絶対に勝てない事だ。
念の為にと携帯している護身用の銃が、ロバートの構える散弾銃が小さく非力な玩具にしか見えない。
此処で銃に込めた弾丸を全て打ちこんでも倒せるイメージが全く浮かばない、それ以前に引き金に指を掛けた瞬間に殺されるかもしれない。
ロバートもそれを肌で感じているのか銃は構えるが引き金には指を一切掛けていない。
そしてこの場にいる誰よりもロバートの顔色は悪く、顔は真っ青に染まり全身が震えている。
その彼の心の大部分を占めるのが二つある、未知の相手を前にした恐怖と、自分の軽はずみな言葉が引き起こした現在の窮地に対しての後悔である。
ロバートはレイダーに捕らわれていた時に監獄の敵を皆殺しにした死神の顔を近くで見る事が出来た。
最初はその若さに驚いていたが彼のお陰で捕らわれていた仲間の救出が出来た。
レイダー共の決起会場中継でも一瞬ではあったがロバートは再び死神の顔を見た。
そして彼は会場に集っていたレイダーと強敵であるクリーチャーを殲滅していた。
結果から言えばウェイクフィールドは彼に二度も助けてもらったのだ。
それが成り行きだったのか、必然であったのかはロバートには分からない。
そして追い詰められた状況も合わさってしまい、ロバートは大きな思い違いをしてしまった。
──彼ならウェイクフィールドを助けてくれるのではないか。
あの時の判断を、軽率な行動を今になってロバートは後悔する。
絶え間なく押し寄せる問題に追い詰められていくイアンを見ていられずに口にした言葉がこの様な窮地を招いてしまった。
だが過去を変える事は出来ない、ならば二人の盾となり少しでも時間を稼ぐ事がロバートに残された最後の仕事である。
そうして決死の覚悟を決めたロバートに構わずロボットは歩き続け、しかし何故か途中で止まる。
そして予想外の行動にイアン達が頭を悩ませる前にロボットの頭部から言葉が発せられた。
「突然の来訪失礼する。上空を旋回しているヘリの着陸の為に広場を一時的に借りたいのだがよろしいか?」
「あ、はい、どうぞお使いください」
◆
つい先日に何とか来賓を迎えられる程度に整えた部屋、其処にはイアンとノヴァが向かい合うように座っている。
イアンの背後にはロバートが、ノヴァの背後には一体のアンドロイドが立っていた。
「改めて自己紹介させていただきます。私の名前はノヴァ、姓も家名も無いので気軽にノヴァと呼んでください」
目の前に座るノヴァが親しげにイアンに語りかけてくる。
見た目は特に印象に残らない平凡な顔立ちをした青年、顔の作りから東方の連邦加盟国の血を引いているのだろう。
ウェイクフィールドではあまり見ない人種であるがそれだけだ、物々しい雰囲気や殺伐とした表情は全くない。
事実イアンの目の前に座る青年は何とも気の抜けた表情をしているのだ、これだけを見れば只の人柄の良い青年にしか見えないだろう。
「初めましてノヴァ殿。私の名前はイアン・グラハム・マクティアと言います」
そんな人畜無害そうな青年を前にしてイアンは震えそうになる身体を抑えつけるのに必死であった。
何故ならノヴァの背後には武装したアンドロイドの兵団が控えているのだ。
最初に目にした大型ロボットが計四体、統一された武装と装備を持った完全武装のアンドロイドが少なくとも40体以上もいるだろう。
これだけの戦力があれば死に体のウェイクフィールドはいとも簡単に制圧されるだろう、仮にレジスタンスが抵抗しても無駄死にするだけだ。
もはや街の命運はノヴァの胸三寸で決まっていると言っても過言でもない、だからこそイアンは自然な会話を通して何とかノヴァに関する情報を一つでも集めなければならない。
「まさか現存する航空機で来られるとは思ってもおらず驚きました。それにしても此処迄復元するのは大変な時間と技術が必要だったでしょう、これらを何処で発見したのですか?」
「何分急いでいたもので、次からは陸路できましょう。それと輸送ヘリについては復元ではなく新規製造ですよ」
はは、面白いジョークですね……と言わなかった自らの口にイアンは感謝した。
しかしノヴァが事実を言っているのか、それとも本気でジョークとして言い放ったのかイアンには判別が付けられない。
このまま航空機の話題を振り続けるのは悪手である、イアンは直ぐに話題を変更する。
「屋敷の外に待機しているアンドロイド達も素晴らしいですね。特に大型の機体は見た事がありませんが非常に強力な兵器なのでしょう、あれは何処で発見したのですか?」
「ふふ、実はあれも発掘ではなく新規製造です。それと設計者として機体を褒められるのは何だかこそばゆいですね」
何で事もないかのように言い切ったノヴァだが、それを聞かされたイアンは動揺を身体の内に必死に押し留めた。
流石に法螺も此処迄くれば──
「あの大型機体はアンドロイド用の強化外骨格でして、前回手古摺ったクリーチャーを迅速に殲滅するために作った装備なんです。銃火器はありませんが巨体に見合ったパワーを用いて大型近接武器をぶんぶん振り回す、他にも電気ショックや火炎放射器などを装備していますから特殊なクリーチャーであっても今度は迅速に処理できるでしょう」
正気なのか、この男は──とイアンは叫びたかった。
現在イアンの内心は荒れ狂っている、それもこれもノヴァの話す事が法螺なのか事実なのか全く判別できないからだ。
よって彼等が運用している兵器類に関して下手に突いてしまわない様に、機嫌を悪くして今後の交渉に悪影響が出ない様に会話内容を変更しなければならない。
だがイアンはノヴァに対して何を話せばいいのか全く見当がつかなかった。
好きな食べ物は、誕生日は、家族はいるのか、アンドロイド達について、それ程の知識や技術は何処で学んだのか、聞きたいことは数多くある。
だがイアンはノヴァに関する事は全く知らない、彼の人となりも性格も何もかもが分からず、どの会話が地雷になるか見当もつかないのだ。
よって何を話せばいいのか分からくなったイアンは口をつぐむしかなかった、それが統治者としての失点であったとしても。
「さて世間話もこれ位にして本題に入りましょう、時間は有限且つ貴重なものですから」
そしてイアンの窮状を察したのかノヴァの方から話題を転換した。
だがそれでは会話の主導権はノヴァが握ってしまったようなもの。
それは何としても防ぎ会談の主導権をイアンは取り返さなければならない。
「そこまで急ぐ必要は……」
「ありますよ、とは言ってもそれはウェイクフィールドの、いやマクティア家の都合を考えてです。何せ我々としてはウェイクフィールドの統制が喪失する前に会談する必要があったので」
だが取り付く島は無かった。
そしてノヴァは懐から一枚の書類を取り出してイアンに見せる。
「限界なのでしょう、この様な書類を用意する位に」
それはイアン自らが書いたもの、支援の対価としてウェイクフィールドのあらゆるものを差し出すと自身の署名が入ったものだ。
「さて、私達が行う支援ですが食料医薬品の提供の他にも色々用意してあります」
そう言ってノヴァが差し出したのはイアンの使い古された端末と全く異なる新品にしか見えない端末だ。
割れても変色もしていない画面にはノヴァが提供する予定の物資の一覧が載っている。
「……有難うございます。特に不足していた物資を十分に得られたと住民達が知れば安心してくれるでしょう」
「ええ、私としても持ち込んだ物資で街の住民が安心してくれるのであれば持ってきた甲斐がありました」
ああ、確かに街の住民たちは安心するだろう。
提供される物資は街の窮状を細部まで知ったうえで持ち込んだ様にしか見えない。
欲した物が過不足なくたった一回の支援で賄えた、それを可能にしたのは圧倒的な情報集約能力と生産力だ。
その二つを彼等は持ち運用可能な勢力であるのだ。
そして支援の対価に彼等が求めた物は人でも物でもなかった。
「沿岸部にある工業地帯の租借ですか……」
「ええ、一先ずは50年間、他にもありますが今の所は私達が支援の対価として貴方方に求めるものは土地です。生産拠点として非常に有望な立地なので是非ともお借りしたいのですが」
ウェイクフィールドの、一部とはいえ土地を貸し出す事に対してイアンは悩ましい表情をしながら内心でノヴァの意図を測りかねていた。
工業地帯に連なる複雑に入り組んだ施設は無人となってから多くのミュータントが棲み着く危険地帯と化しているのだ。
あそこに踏み入ればミュータントに食べられるから近付くな、それが街の住人が子供達に昔から言い聞かせている事だ。
故にウェイクフィールドにとって工業地帯は無用の土地でしかなく、街にとって重要なのは漁や製塩を行っている浜辺なのだ。
だがイアンとは違いノヴァにはあの土地が重要なものに見えているようである。
しかしイアンとしてはあの土地に関しては警告をしなければならない、何も知らずに土地に踏み入って彼等が被害を負い支援を中断されでもしたら困るのはウェイクフィールドなのだから。
「ノヴァ殿、あそこは膨大な数のミュータントが棲み着いている危険地帯です。幾ら貴方方の装備が優れていても危険であると思うのだが……」
「安心して下さい。その問題についても解決策はありますし、工業地帯の再開発はウェイクフィールド側との協議を行った上で進めます。場合によってはマクティア家との共同事業も視野に入れていますから」
駄目だ、話が通じているようで通じていない。
確固たる自信があるのかノヴァの表情は先程から全く変わっておらず、此処まで自信を持って言い切られればイアンはこれ以上問いかける事は出来ない。
初めから無かったようなものだがウェイクフィールドは彼を止める事は出来ない、イアンが此処でするべき事はノヴァの決定を追認する事だけなのだ。
それを認めてしまえばイアンは楽になれるだろう、だがそれをマクティア家の当主という立場と責任が引き留めた。
「失礼ですがウェイクフィールドを此処迄厚遇される訳をお聞きしてもいいですか」
イアンは最後に残った気力を振り絞りノヴァに問い掛ける。
彼等は現状では土地の租借しか要求していない──だがそれで終わる筈がない。
そしてイアンは今までの情報から推測し一つの可能性が脳裏に浮かんだ。
それは工業地帯の再開発現場でミュータントを誘き寄せる餌として街の住民を動員すると言う考えだ。
無論只の憶測であり言いがかりの可能性もある。
しかしこれ程ウェイクフィールドに都合がいい対価をイアンは信じられない、何かしらの追加要求があると想定し現状で最も可能性として高いのが住民を使った生餌なのだ。
だからこそイアンはノヴァとの会話を通しその可能性の有無を探り、場合によっては譲歩してもらわなければならない。
既に格付けが済んでいても、一方的に恵んでもらうしかない立場であっても、今それが出来るのは此処に居るイアンだけなのだ。
「いいですが別に貴方達を特別扱いしているわけではありません。よく働き、よく休み、よく遊べ、昔から言われている事を私達は実行しているだけにすぎません。それに命令されて嫌々働くよりも自発的に働いてもらった方がいいのです」
だがノヴァの答えははぐらかしたものであり、核心には程遠い。
これではアンドロイド側の真意は分からないままであり、それでは駄目だとしてイアンはさらに一歩踏み込む。
「そうだとしても支援内容を見る限りウェイクフィールドの統治は今後もマクティア家に任せると書かれています。施しを受ける立場である事を考慮すれば貴方方が統治するのではないのですか」
「それも考えましたが今迄ウェイクフィールドを治めていたのはマクティア家です。それに街の住民の支持がなければ此処迄コミュニティを拡大できません。それを考慮すればぽっと出の我々よりマクティア家が変わらずに統治してくれた方が住民感情も悪化しないと考えたのです。それにウェイクフィールドが自主独立を貫きたいのであれば大いに結構です。此方も出来る限り尊重していきたいと考えてはいます」
甘い、甘すぎると言わざる得ない。
確かにマクティア家としてウェイクフィールドを長年治めて来た信頼は
だがそれはレイダーとの戦闘と其処から続いた圧政によって消え掛かっている、其処を付け込めば彼等が住民たちの信頼を得る事も可能なのだ。
何故それを行わないのかと──
「ですがそれは貴方方が正常な道徳・倫理観を維持している間のみです。それらを失くしレイダーと変わらない人の姿をした畜生になった時点で我々は独自の行動を起こします」
イアンの口は閉ざされた、下手な事はなにも言えない、口にした瞬間に何が起こっても不思議ではないと思わせるだけの何かが其処にあった。
「安心して下さい。ウェイクフィールドの住人が飢えず、凍えず、安心して眠れる様に支援を行いましょう。対価に関しても無理な取り立てや法外な請求をするつもりはありません。そんな事をしても此方には何の利益もありませんから」
ノヴァの表情は変わらない、それどころかイアンが内心で怯えている事をまるで察しているかの様に優しく安心させるように語りかけてくる。
「簡単な事です、我々がウェイクフィールドを支援してよかったと判断させて下さい。それが続く限り私達『木星機関』はこの街を見捨てませんから」
そう言ってノヴァは手を差し出す。
差し出された手をイアンは握り返すしかなかった。
「相互の発展と繁栄を願って、仲良くしましょうイアン・グラハム・マクティア殿」
ウェイクフィールドの危機は免れた、そしてこの日からイアン・グラハム・マクティアの新しい戦いが始まったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます