第73話 下の下
航空機の活動を制限する正体不明の何か、ウェイクフィールドからやってくる小さな盗人達、街を統制しきれないマクティア家とのアレコレ。
それらの対処などの実働はアンドロイドに任せてはいるが、しかし機械やシステム周りはノヴァが行う必要があった。
盗難防止の為の監視装置を始め、個人認証機能を搭載した配布カードと判別システム、新型偵察機の開発、先行量産型AWの製造及び兵器・武装の開発等々とノヴァの仕事は溜まっていく一方であった。
サリアを筆頭としたアンドロイド達による日常生活の支援がなければ過労でノヴァは倒れていただろう。
だが仕事による疲労は軽減できても解消されなかったストレスがノヴァの中に積み上がっていた。
「ノヴァ様、明日はウェイクフィールドの郊外探索に行きませんか?」
「あい?」
だが終わる気配の見えない仕事の山に埋もれて死んだような目をしているノヴァにサリアが声を掛けた。
しかも内容は普段のサリアを知るノヴァからすれば少々信じがたい言葉であった。
──あのサリアが!ノヴァの身の安全を第一にして危険な目から常に遠ざけたいと言って憚らないあのサリアが探索に行きましょうか!嘘だろオイ!
余りの予想外の言葉に面食らい加えて色々と限界が来ていたノヴァ脳内では処理しきれず暫くの間サリアの言葉が脳内で何度も繰り返された。
「……行き成りどうしたの」
数秒間の驚愕を経て理解したノヴァはサリアに尋ねる。
「ノヴァ様のストレスが看過できない程に溜まっているからです。それで外出を兼ねた気晴らしに如何かと」
なんてことは無くサリアが言ったのは探索と言う名の気分転換であった。
だがその提案は色々と一杯一杯であったノヴァには渡りに船だった。
「うん、行くか。それじゃ向こうの地図ある?ある程度目星を付けてから行く事にしよう」
そうと決まればノヴァの行動は早かった。
作業を途中で切り上げ端末にウェイクフィールド郊外の地図を映し調査地点をピックアップしていく。
サリアの青天の霹靂でも何でもない気分転換の探索であり間違いなく護衛は付くだろう。
それでも拠点でもある自宅の中に籠り続けるのも精神衛生上悪く、何より探索でも何でもいいから外に出て身体を動かさないと色々と考え続けてしまうのがノヴァだ。
サリアの気遣いを理解したノヴァは久しぶりに感じる胸の高鳴りを感じながら探索計画を立て始めた。
◆
サリアの提案の翌日にノヴァは装備を整えウェイクフィールド郊外に向かう。
移動には輸送ヘリを使い、建設途中の資源生産工場の近くに整備されたヘリポートに降り立った。
無論ノヴァ一人ではなくサリアを筆頭に四人の完全武装のアンドロイド──
「ワン!」
プラス一匹の集団で郊外探索する事になり、現地でもう一人合流する手筈となっていた。
そして現地に到着したノヴァ達がいるヘリポートには合流する予定の一人のアンドロイドが既に到着していた。
「ようこそノヴァ様、それでは私も護衛の一人として参加させていただきます」
「よろしくアラン、先に送ったメッセージ通り探索に付き合ってもらうよ。今日目指す場所は軍事施設だから元軍属の君がいればセキュリティを正規手順で解除できないかなと思って来てもらった」
ノヴァの目の前には街への潜入調査員であり現時点で唯一の模造人体を装備しているアンドロイドがいる。
その姿形はノヴァの趣味が多分に入った造形をしており実際に間近で見ると迫力が凄く流石一時代を築いた俳優の姿であると感心するしかなかった。
「分かりました。ですが私も詳しいとは言えないのは理解して下さい」
「分かった、それじゃ出発しようか」
互いに挨拶を交わすとサリアが用意していたトラックに集団が乗り込んでいく。
トラックは乗り込んだアンドロイド達の重量に負けることなくエンジンを動かして廃墟と化した街の中を進んで行く。
荷台に乗り込んだノヴァは久しぶりに感じる廃墟の空気と光景をただ黙って眺め色々あったなと思いを馳せていた。
無一文の素寒貧から多くのアンドロイド達を従え、男のロマンである巨大ロボットを生み出し、現在に至っては接待ゴルフならぬ接待探索に向かっている最中である。
そんな事を考えながらノヴァは流れていく廃墟を観察し、ふと思い出した事が気になり目の前に座るアランに尋ねた。
「それでレポート読んだけど子供に付き纏われているってホント?」
「事実です、武器を発見した日から事あるごとに関わってくるようになったのです」
アランが提出してくれたレポートには潜入初日に遭遇した子供に付き纏われているという記述があった。
初日に恥を掻かされた仕返しでも企んでいたのか、その日からアランに付き纏うようになり地下水路での武器発見を契機に本格的に纏わり付かれるようになった。
武器自体は復興本部に直接提出した事で感謝されており、それから自警団と共に封鎖地域のミュータント殲滅にも参加したりと中々の活躍ぶりらしい。
そんなアランの後を追う様に件の子供が付いて来ており、その様子は親鳥に付いて来る雛鳥のようであるとかないとか……。
「ひょっとしてパパ友──」
「断じて違います。一方的に付き纏われているだけです」
アランの断言にノヴァが取り付く島は一切無かった。
ノヴァにしても本気で言ったわけではない、だが身近に子持ちのアンドロイドが増えるのを少しだけ期待していた。
「ですがレポートにある子供に関して新しい情報があります」
そんな浮ついたノヴァの気持ちとは正反対に真面目な表情でアランは話を切り出した。
「孤児が徒党を組んでギャング化しています。それだけなら理解できますが構成員の子供に麻薬服用による禁断症状が一部見られます」
ノヴァが最下層だと思っていたものの下には更なる悪意があったらしい。
人の悪意の底は果てしないとノヴァは乾いた笑いをするしかなかった。
「ギャングの首魁の正体は不明、孤児に麻薬を摂取させ末端の実行員に仕立て上げているようです。窃盗等を行わせその成果で麻薬を与えているようで現在の標的は機関の保管庫の中身です。現状では地下に潜伏していたレイダーの生き残りが関与している可能性が高いと見ています」
「……街側に対処できる人員はいないの」
「人員は皆無です。自警団の構成員の中核であった経験を積んだベテランが軒並み死亡、構成員の充足を優先したため大量の若く経験の浅い人員に数少ない退役した団員が監督しています。ハッキリ言いますが組織として使い物になりません」
アランはウェイクフィールドの自警団を酷評する。
そう言い切れるだけの惨状が自警団の内部には渦巻いていたのだ。
「現状で自警団を引き連れて地下水路に侵入した場合、生き残りのクリーチャーが一匹いただけで組織立った行動を取れずに容易く壊滅するでしょう。仮に地下にいる敵を排除して子供達の下に辿り着けても保護は出来ません。統制を失い報復として子供達を殺害するでしょう」
それはアランが自警団員と交流する事で得た内部の生々しい内情であった。
現に経験を積んだ人材が不足しているのか武器を運び入れただけのアランにさえ団員の教育を頼みこもうとする始末である。
軍事の専門家であるアランからしてみれば自警団という組織は何時内部崩壊してもおかしく無いと判断せざるを得ない。
「……自警団の内情は酷い物だな。何故そこまで悪化した?」
「中核を担う人員の不足もありますが、大きなものはレイダーと戦い勝利した事を自分達の成果であると誤認しているせいでしょう」
今の自警団員を構成しているのは元レジスタンスであり、レイダーにゲリラ戦を仕掛けていた。
しかし成果は思ったように上がらず、レイダーによって徐々に追い込まれてレジスタンスは劣勢状態であった。
だがノヴァの介入によってレイダーはその戦力を壊滅状態にまで追い込まれ、しかしノヴァは更なる追撃をすることなく街を去った。
「壊滅状態にあるレイダーに追い打ちを掛ける様に自警団は行動を起こしました。それによって街を占拠していたレイダーを追い出し、それが自分達の力であると誤認してしまったのです」
その後勢いづいた自警団は逃げ惑うレイダーの残党を追撃し連戦連勝が続いた。
それが自警団員になった若い構成員の認識を歪めた、自分達の力を過信しレイダーと戦って無様な敗北をしたベテラン達を見下すようになった。
「今の自警団は二つの派閥に分かれています。元レジスタンスで構成される若者中心の多数派、領主を筆頭にした数少ないベテランの小数派です」
此処まで話されればノヴァも理解せざるを得ない。
街の治安維持機能は低下しているのではない、現在進行形で崩壊しかかっているのだと。
「道理で此方の要望通りに事が進まない訳だ。私達は舐められているんだろ」
「そうです、歪んだ認識を持った構成員に幾ら正論を言った所で届きません。実力行使しかないでしょう。そう考えれば子供達の件は都合がいいです」
「何をするつもりだ」
ノヴァはアランに問いかけるが、彼が何をするのか分からない人間ではなかった。
「自警団ではなく機関が介入します。自警団が妨害するのであれば排除し子供達を処理します」
処理、それが意味するのは後腐れがない様に殺害するのだろう。
何よりそれしかないのだ、街に薬物汚染された子供を養う余裕は無い、それどころか多くの犯罪を行った罪人なのだ。
彼等が生きているよりかは死んでくれた方が街には有難いのだ。
「ですがコレは表向きです。実際には子供達の身柄を保護します。対外的に子供達には死んでもらい実際は機関で引き取ります」
だがアランの考えはノヴァの想定したものでは無かった。
元軍用兵器であり冷徹且つ冷酷な判断を下せる様に設計されたアランが言い出すには余りにも似つかわしくない言葉にノヴァは困惑するしかない。
「言っておきますがこれは慈善行為ではありません、彼らには工作員として役立つ様に教育を施します」
だがアランの根本は何も変わっていない。
潜入・破壊工作を行う為に作られたアランにしてみれば自分が所属する機関の諜報能力を迅速に向上させるのが任務であるのだ。
そう考えた時、諜報員がアンドロイドばかりと言うのは組織として非常に脆弱である。
それを解消するにはアンドロイド以外に人間の諜報員も必要であり、だがそんな人材が都合よくいる訳でもない。
ならば一から育成するしかなく、アランのすぐ傍に消えても何も問題の無い子供達がいるのだ。
麻薬による薬物汚染等があるようだが機関の力があれば治療は可能であり、何の問題にもならない。
アランの考えを聞いたノヴァは暫くの間目を瞑った。
脳内では今迄育んできた理性、倫理観、道徳が激しくせめぎ合い混沌と化していた。
トラックが廃墟を走り、荷台の上でノヴァは揺られながら考え続け、悩んだ末に答えを口に出す。
「分かった、今回の一件はアランに任せる。必要な部隊があれば動員するといい。それと今回の件が終わり次第、第四席次fourthに任命する」
「謹んで拝命します」
短い会話であった、だがそれで必要な事をノヴァは伝えた。
途中で投げ出す事は出来ない、全てはノヴァの我儘で始まった事なのだから。
荷台の外の風景は未だに街中の廃墟のままである、それをノヴァは再び眺め始めた。
移動で巻き上げられた砂埃が目に入り涙が流れる、目元を拭うが涙は暫くの間流れ続けた。
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