第64話 自己満足の為に

「それは今すぐ決める必要はあるのか?」


 それはノヴァにとって逃げ道であった。

 総人口約5,000人の生殺与奪を今握っているのは誰であるのか。

 無意識に考えようとはせず生来の価値観に従い支援しようとしたノヴァをサリアは止めた、その善意が今後ノヴァを縛り苦しめる鎖となる事を理解しているためだ。


「ウェイクフィールドを支援し復興させる事は出来るでしょう、それが可能なほどのリソースを我々は持っています。ですが支援した瞬間から我々は無償で支援をしてくれる都合のいい組織・・・・・・・・・・・・・・・・・・と見なされます」


 ミュータントが蔓延り、文明は崩壊し、あらゆる物資が欠乏し、力がなくては生存が許されない過酷な世界。

 其処で懸命に生きる住人達の目にノヴァの行動はどの様に映るのだろうか。


「間違いなく多くのコミュニティが接近してくるでしょう。私達も助けてくれ、守ってくれと、その数は我々でも予測しきれません」


 破綻しかけていた生活から脱却して安定した生活が送れる様になる、襲い掛かるミュータントから守ってもらい安心して生活を営む事が出来る。

 ノヴァ自身が努力し命を懸けて得た当たり前のようにある平穏な生活、それは彼等にとってどのような価値を持っているのかを本人だけが正確に理解していなかった。


「情報封鎖を行って外部との接触を断てば──」


「何時まで情報封鎖を行うのですか?その期間は、封鎖に必要な人員器材は、街の住人が大人しく従ってくれますか、従わなかった場合は武力を伴った措置を講じますか?それに加えて街の外から来る人物にはどの様な対応を行うのですか?情報が無い事も情報になりえるのですよ。」


 他のコミュニティにノヴァ達の存在を知られない様に情報封鎖を行う。

 それは見通しの甘さによって破綻する事をサリアが告げた。


「支援の代わりに沿岸部の土地を譲渡させるのは。以前の港町より優れた立地で多くの生産設備を建設できて拡張も──」


「土地だけ欲しいのであれば武力で制圧すればいいのです」


 ノヴァの言葉をデイヴが遮る。

 普段であればノヴァの話を中断させるような事をしないデイヴの行動にノヴァは驚いてしまった。


「私としては沿岸部にいる現地人が開発にあたり障害になります。土地だけが必要であるなら強制的に立ち退きを行えばいいのですが時間は掛かるでしょうし、また土地に彼等しか知らない抜け道が作られていれば作業は困難を極めます」


 支援の代価として街の近傍にある廃工業地帯を譲渡させる。

 超大型ミュータントによって第二候補地の製造拠点の建築・維持にかかるコストが膨大になった現状ウェイクフィールド近傍の廃工業地帯は最も有望な土地である。

 

 だがノヴァ達に必要なのは土地であって人は不必要である・・・・・・・・・・・・・・、その事をデイヴは言葉を飾らずに告げる。

 そして其処に住む現地人をまるで邪魔な障害でもあるかの様に語る姿にノヴァは何も言えなかった、同じ様な事をノヴァも考えていたからだ。


「私も今回の支援には反対ですね」


 そしてデイヴに続きマリナも街への支援に反対を表明した。


「私の計画ではある交易路の再構築はある程度自立している小規模なコミュニティを選んでいます。それは此方の持ち出しが少なくて済み、加えていざという時に対処がし易いからです。ですがウェイクフィールドに関わるのであれば覚悟が必要です。上手く行くのか、失敗して制御の利かない不良債権を抱えて泥沼に引き込まれるか。どっちに傾くか正確な予測を立てる事が難しいです」


 それはウェイクフィールドの復興に費やすリソースが無駄になる可能性。

 そうなった場合に支援を打ち切る事が出来るのか、街に引き摺られてリソースを浪費し続ける可能性は無いのか。


「我々が実施した支援に不満を抱いて何らかの抗議を行った場合は如何しますか?彼等が武器を手にしてレイダーとなった場合は?」


「危害を加えてきたら正当防衛として対処する……それしかないだろう」


 本拠地には刑務所なんて物は無い、住民がアンドロイドしかいないからだ。

 彼等は命令に忠実で犯罪行為を起こす事は無かった、そんな物を作る必要がなかったのだ。

 だから彼等が食い詰めレイダーとなったのであれば敵として処理する事しか出来ない──それだけしか生き残る手段が残されていなかったとしても。

 何より一度でも銃を、武器を手に取って危害を与えたのであればノヴァはそれ以上深く考えずに敵として処理するだけで済むのだから。


「分かりました、では難民と化した住人は如何しますか。ウェイクフィールドでの生活に見切りをつけて難民となって本拠地に向かってくる可能性は?」


 生まれ育った街を捨て新天地へ向かう。

 言葉にすれば簡単だ、だがミュータント蔓延る荒野での旅路では困難を極める。

 過酷な環境に加え何時ミュータントに襲われるか分からない恐怖の中で難民と化した彼等は此処に何人が辿り着けるのか。

 そして辿り着いてしまったからには何らかの対応をしなければならなくなる。

 それを怠れば貧民街を形成し本拠地に対する盗難等の犯罪行為を働く可能性があるのだから。

 だがそれにも限度がある、本拠地の余剰人員から考えても1,000人が限度だ。

 難民の数が超えてしまえば監視は行き届かずに破綻する、収容人数に収まったとしても生活インフラや継続的な食料供給は可能なのか?


 元の世界であらゆる国家を悩ませ政治的な問題と化していた難民問題をノヴァは解決できるのか──そんな事が出来る訳が無い。


「ノヴァ様、統制できないのであれば処分する事も可能です。彼等は我々に何の利益を齎さない不良債権でしかないのですから」


 難民の取り扱いに頭を悩ませていたノヴァにサリアが告げる──これが簡単確実な方法だと。

 サリアの言葉にある処分の意味が分からないノヴァではない、それを間違いなく理解できてしまうからこそサリアの言葉が信じられなかった。


「本気か」


「本気です。ウェイクフィールドの住人を一人残さず始末する、これが一番後腐れのない方法です」


「レイダーとは違う!法を犯し、命を弄んだ畜生とは違う彼等を、生きるのに必死な彼等を虐殺出来る訳が無いだろ!」


「可能です。我々にはそれが可能なだけの能力があります。そして虐殺を行ったとしてもノヴァ様を悪と断じ裁く事が可能な勢力はありません」


 ノヴァが怒りに任せ叫ぼうとサリアが怯むことは無い。

 可能性と結果を、行動に伴うメリットデメリットを冷静に淡々と述べる。

 その言葉が持つ意味にノヴァは怒りを覚え、声を荒げる──だがノヴァの理性はサリアの言葉に賛同してしまった、理解を示していた。

 だからこそノヴァの怒りは長続きせずに鎮火してしまい、その事に自己嫌悪を覚えてしまったノヴァは椅子に頭を抱え込んで座ってしまった。


「これは単なる思考実験に過ぎませんが全てがあり得る可能性なのです。そして可能性の起点となるのはウェイクフィールドへの支援です」


 思考実験、正確な数値や法則に基づくものではない単なる考察に過ぎない。

 だが目の前にいる3人のアンドロイドが語ったものは真に迫っていた、現実に起こるであろう問題の可能性を網羅していた。


「お前達は支援には反対なのか」


「私は支援に反対です。我々であれば支援は可能ですが大規模コミュニティの舵取りは参考となるデータが余りに少なく成功は確約できません」


 マリナは危機の瀕したコミュニティの運営が困難である事から反対する。


「私も反対です。費やすリソースの量によっては本拠地の運営に支障が出る可能性がありますから」


 デイヴは支援に費やす膨大なリソースが今後の運営に悪影響を与えるため反対する。


「私も反対します。彼等はノヴァ様の善意に付け込んでいます、元々彼等の窮地にあるのも彼等がレイダーから街を守れなかった事が原因で我々には無関係です。それどころか彼等が出来なかったレイダーの殲滅を代行に加え、街の復興の為に支援を求めるのは限度を超えています」


 サリアは街の住人がノヴァの善意に際限なく付け込んでいるから反対する。

 

 3人とも反対する理由は異なるが、それぞれの意見は的外れなものではない。

 それどころか正鵠を射ていると言えるだろう。

 生半可な言葉では覆す事は困難であり、それを理解してしまったノヴァは何も言えなくなった


「私達アンドロイドもノヴァ様の善意によって救われました。その恩に報いる為に我々はノヴァ様の下で働いていますが現地人にはそれが出来るのでしょうか、不当な扱いだと叫び支援を貪るだけの人ではないと言い切れますか?」


 ノヴァがアンドロイドを積極的に助けるのは成り行きもあるが基本的に彼等が命令に従順だからだ。

 指示を与えれば黙々と働き、人より頑丈であり、何より裏切ることが無い、そんな労働者としてアンドロイドは理想的な存在であったのだ。

 しかし人は傷を負い、食糧が欠かせず、脆い、そして状況によっては裏切る可能性もあるのだ。

 頭の何処かで人もアンドロイドと同じように行動してくれるとノヴァは考えていた、それが間違いではないのかとサリアはノヴァに問いかけた。

 それに対してノヴァは何も言えなかった、そして自分が如何に甘い考えを持っていた事に気付かされた。


「ですが私達はノヴァ様の判断に従います」


 落ち込んだノヴァの耳にサリアの言葉が響く。

 それは今迄語ってきた意見とは全く嚙み合わない言葉だ。


「情報が必要であれば探し出しましょう。予測演算が必要であれば正確かつ詳細な結果をお知らせします。不確定要素があれば排除しましょう。手を差し伸べるのであればサポートします。善意に付け込む有象無象があれば払います。其処に至るまでに必要な情報は全て開示し提供します」


 それは宣誓だ、サリアはノヴァの目の前で自らの決意・誠意を示している。

 誓いの言葉を朗々と語っている。


「ですが最後に決めるのはノヴァ様です。私達はその決断に従います」


 サリアの言葉をノヴァは最後まで聞き届けた。

 そして自らに問いかける、今何をすべきなのか、何を成し遂げたいのか。

 その根源をノヴァが問い詰めれば答えはあっさりと手に入った。


「支援しよう」


 ノヴァはサリア達に正対し言い切った。


 唯の善人で救える人は少なく、個人で為せる事には限度がある。

 だが組織であれば規模を大きくする事で個人では不可能な事が可能になる。

 そして今現在、組織としての力をノヴァは振るう事が出来る。


「下手すれば殺される可能性があって、それでも震えながら助けを求めた。そんな人を見殺しには出来ない、そうしてしまえば私が私でなくなる」


 全てを損得勘定で考え、効率を第一にした生き方を出来る程の冷酷さをノヴァは持てない。

 それは今迄の人生で培った価値観であり、この世界に迷い込み新たな価値観を学んだとしても根本は変わることは無いだろう。

 それがノヴァの精神なのだから。


「全てを無料で施すつもりはない。それ相応の対価は求め、それに見合った支援を行う」


 沿岸部の租借権なり、治外法権なり、見合った対価は求める。

 それは支援の価値であり、ノヴァ達の価値なのだ。

 それを安売りするつもりはない。


「これは私の自己満足の為に行う」


 只の善人ではいられない、此処から先は善人の意識のままで踏み入ってはいけない領域なのだ。

 それでもなお進むのであればノヴァが変わるしかない、そうしなければ結果を受け止める事は出来ない。

 3人のアンドロイドはそれを気付かせてくれた、ならばノヴァは彼等に応えなければならない。

 それが自己満足でしか無かろうと彼等に自らの言葉で命じなければならない。


「その上でお前達に命じる。ウェイクフィールドの復興計画の草案を24時間以内に作成し提出せよ」


「「「了解しました」」」


 気儘なプレイヤーとしての生活は此処迄。

 楽しく舞台で踊る側から一勢力を率いる者として舞台を用意する側にノヴァは回ったのだ。






「ノヴァ様、それなら私達の勢力の名前を決めて下さい。公式文書を交わすにしても『アンドロイド勢力』じゃダメですよ」


「えっ?」


「公式文書を交わすのであればノヴァ様には正装が必要ですね。今迄の様な機能性を重視した服だけではなく、ドレスコードに従った格式ある服が必要です。今日まで後回しにしていましたが急いで仕立てましょう」


「あの??」


「本拠地に人間用の居住区域が必要だ。公式行事で此方から招待するのはまだ先の事であっても準備は必要だろう。行商人が利用している宿泊施設一帯に加えて幾つかの区画も併せて区画整理したほうがいいだろう」


「お~い、そこまでするの?」


 3人のアンドロイド達はそれぞれ成すべき事をしているのだろう。

 だがその内容はノヴァの想像斜め上を行っている様にしか見えない。

 その事について疑問を感じてしまったノヴァが3人のアンドロイドに尋ねる。


「「「当たり前です」」」


 アンドロイド達の意見は一致していた。

 其処にノヴァが入り込む余地は無く、ならば邪魔にならない様にノヴァはひっそりと自室に引きこもろうとし──


「何処に行くつもりですか?」


「邪魔にならない様に部屋で待っていようかと……」


「ノヴァ様、安心してください。これから服の仕立てがあるので逃げる必要はありませんよ」


 そう言ってサリアはノヴァの肩を優しく、されど振りほどけない様に掴んでいた。

 そしてこの後ノヴァはサリアに服の採寸の為にドナドナされたのであった。

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