第63話 決めなければならない

 廃墟と化した港町には小規模な監視所がある。

 元々は海水を原料に各種化学物質を生産する小規模な生産所があったが沿岸地域の情勢が現地の犯罪集団によって壊滅的に悪化している事が判明。

 襲撃のリスクを考慮し施設を撤去、沿岸部の監視の為に小規模の戦力を常駐させるに留めていた。


 その監視所の一室に二人の現地人が案内されソファーに座っていた。

 対面には監視所を任された上級アンドロイドが座り聞き取り調査を行っていた。


 ソファーに座った現地人の一人は体格のしっかりした男性、年齢は40代と推測され皴を刻んだ顔には細かな傷が見られ戦闘経験の豊富である印象を受ける。

 だが今の状況が不安で仕方ないのか表情は硬く、視線は先程から目立たない様に彼方此方に向けられている。


 そして残った一人も体格のしっかりした男性──ではなく女性であった。

 年齢は若く20代にも届いていないと推測されるが男性とは打って変わり堂々としたもので対面に座ったアンドロイドの聞き取りにしっかり答えている。

 だがアンドロイドの搭載されたセンサーは女性……にはまだ幼い少女の身体の震えをしっかりと感知していた。


『それでは今までの話を纏めましょう。貴方方ウェイクフィールドはレイダーの襲撃で大損害を出し破綻寸前の街を救いたい。その為には急いで支援を取り付け大量の物資を必要としている。だが今迄深い協力関係を築いてきた筈のハルスフォードからの支援が望めなくなった。そして他のコミュニティは支援を出来るだけの余力は無くウェイクフィールドは崩壊を迎えようとしている。間違いはありませんか?』


『はい』


『此処に来たのは我々に支援を、助けを求めるため。それが極僅かな可能性であり危険を伴う事を自覚していた、それでもウェイクフィールドに出来る事はそれくらいしか残されていなかった。間違いはありませんか?』


『はい』


『今回の交渉が不調、あるいは決裂して支援が望めなくなった場合は武力による物資強奪を計画していますか?』


『そんなことは決してありません!』


『お嬢様!』


 ソファーに座っていた少女は立ち上がりアンドロイドの問いに答える。

 突然の行動に隣に座っていた男性は驚き、そして生殺与奪を握られた環境である事を嫌でも自覚しているのか顔は見る見ると青くなっていった。

 少女の方も男性の声によって自分の行動が軽率さに気付き顔を青くする。


『お見苦しいところを大変失礼いたしました。たとえ交渉が決裂しようとウェイクフィールドは貴方達アンドロイドに手を出さない事は私、カーラ・グラハム・マクティアが誓います。これは今回の交渉に関する全権を委任された私の判断でありマクティア家の総意でもあります』


 急いでソファーに座りなおした少女はアンドロイドに向き直り非礼を詫びると共に言葉を発する。

 皮膚は血の気を失ったように真っ白になり身体もごまかしが効かないほどに震えている。

 だがその目は真っ直ぐアンドロイドに向けられていた。


『分かりました。では今まで話していただいた情報と合わせて我々の本拠地に転送します。それと私は情報を送るだけです、ノヴァ様及びナンバーズがどの様な判断をするのかは分かりませんのでご理解を』


『はい、分かりました……』


『長時間に及ぶ聞き取りで疲労しているでしょう、一旦退室して外で待機している仲間達の下に戻って下さい。それと騒ぎを起こさないのであれば監視所の空いたスペースに案内するのでそこで楽にしていて下さい』


『お気遣いありがとうございます』


 聞き取りの終わったアンドロイドは部屋からの退室を現地人に促す。

 密室でアンドロイドの傍に居続けるのは二人に余計なストレスを与えるだけ、外に待機している仲間達の下にいる方が安心できるであろうと上級アンドロイドは判断した。

 それを聞いた現地人の二人の表情も明るいものになり、足早に──されどアンドロイド側に失礼にならない速さで部屋の外に向かう。


『あの!』


『何でしょうか?』


 少女が部屋の入口で立ち止まりアンドロイドに声を掛ける。

 そして振り向いたアンドロイドに対して少女と男性は頭を深く下げる。


『お願いします、どうか街を、皆を助けて下さい……』


 少女は震える声でアンドロイドに言葉を発した。

 それに対しアンドロイドは何も答えなかった。











「見ていて気持ちのいいものではないな……」


 ノヴァがいる本拠地の会議室には大型モニターが備えられている。

 そのモニター画面に映されているのは上級アンドロイドが記録した視覚データ、現地人の聞き取り調査の一部始終であった。

 それに合わせて手持ちの端末には聞き取り調査で判明したウェイクフィールドに関する情報が纏められている。

 その二つの情報は現地人たちが生活を営んでいるウェイクフィールドと言う街が危機的状況である事を否応なしに告げている。


・元は6,000人程度のコミュニティであったがノヴァ達が無法者・犯罪集団と呼んでいるレイダー〔略奪者〕により多くの死傷者が発生。

・長期に及ぶ劣悪な生活環境によりコミュニティ内で飢餓が進行中、今後継続的な食料供給が無ければコミュニティ内半分が餓死する可能性が高い。

・多くの自警団員がレイダーとの戦闘により死亡、街の防衛組織は壊滅しかかっている。

・今迄交流していた他のコミュニティもレイダーによる被害で交流が途切れ物資補充が出来ず街では物資不足である。

・レイダーの圧政により衛生環境が悪化しており医薬品も強制徴発が何度も行われ医薬品は慢性的な不足状態であり、止めに街全体で伝染病の兆しが確認されている。

・街をレイダーから奪還したが治安改善が進まず犯罪が絶えず起きており住人の大きなストレスになっている。


「これは酷い」


 大きな問題でさえこれなのだ、小さな問題を含めた場合など考えるのが億劫になる。

 そして危機的状況どころか明日には壊滅しそうな街で生活を営んでいた現地人側がアンドロイド側に求める支援、それもまた膨大なものである。


・飢餓を防ぐ為に大量の食料を迅速かつ継続的に送って下さい

・自警団を再建する為の武器・弾薬の支援、及び再建が完了するまで街に迫るミュータントから守ってください。

・伝染病を防ぐ為の医薬品を下さい、等々。


「これは何だ……、舐められているのか、それともなりふり構っていられないほど追い詰められているのか」


「何方かと言えば後者でしょう。それとウェイクフィールドを名乗る街の現状に我々が航空偵察などから得た情報と合わせてシミュレーションした結果になります」


 ノヴァの疑問に対して傍に控えたサリアが答えると共にアンドロイド側が手持ちの情報からシミュレーションした結果がモニターに映し出される。

 詳細なグラフと共に被害状況が視覚的に表現され、それは時間経過と共に悪化の一途を辿っている。

 其処には救いは無く、ウェイクフィールドが破滅するまでのタイムリミットを誤魔化すことなく明確に表示されている。


「うわっ、これは酷い」


「加えてウェイクフィールドが現状から復興できず破綻した場合に考えられるリスクです」


「まだあるの~」


 既にお腹が一杯であるノヴァだがサリアは気に掛けることなく淡々と会議を進めていく。

 アンドロイド側が算出した街が破綻した場合に起こるであろうリスクは大きく分けて三つある。


・街の治安が悪化し続けた事で生存する為に住人達がレイダー化、ウェイクフィールドを中心にしてレイダーが活発に活動する事で地域情勢が悪化するリスク。

・住人が街から離れて難民と化し付近にあるコミュニティに流入する、その際に沿岸に構えた監視所に難民が流入するリスク。

・現状最も可能性が低いが本拠地に少なくない数の難民が押し寄せスラムを形成するリスク。


 発生する確率が高い順に並べられたリスク、どれも現実となれば頭が痛くなるものしかない。

 だがこれらのリスクが爆発寸前で留まっているのが現状のウェイクフィールドなのだ。

 

「どん詰まり・破綻は目前・打つ手なし。どうすんのこれ?」


「そのための白紙の小切手なのでしょう」


 そう言ってサリアがノヴァの目の前に出したのは街を治めている領主が直筆で描き署名した一枚の紙。

 其処には飾り立てられた言葉も、如何様にも解釈できそうな言葉は無かった。


・支援にかかる費用に代替可能な人・モノ・土地は全て差し出す事を誓う。


 少なくともウェイクフィールドを治める領主は差し出せる全てをノヴァに差し出すつもりである。

 無論ノヴァが持つ書類が本物且つ効力を持つものである場合に限るが……。


「何でもします、何でもあげますから支援して下さい、って事か……」


 交渉なんて物は無い、彼等は差し出せるモノを全て差し出して助けを求めている。

 そしてその決断を下す事が出来るのはノヴァしかいない。


「これは寄る辺の無かったアンドロイドや自立しているポール達とは全く異なります。費やすリソースが片手で収まる事態ではありません、介入するのであれば切れ目のない本格的な支援を実施しなければなりません」


 そう言って会議室にいるデイヴは支援に必要なリソースをモニターに表示する。

 現状の本拠地が持つリソースとウェイクフィールドの復興に必要なリソースを可能な限り情報を集めた状態で行った試算が幾つもの数字とグラフで提示される。


「なるほど、確かに捨て猫を拾う様な軽率な行動は出来ないな」


 本拠地のリソースを全て食い尽くす程ではない、だがそうでなくても費やすリソースは膨大だ。

 もし問題が追加で起こり街の現状が悪化すれば費やすリソースもまた増えるに違いなく下手をすれば本拠地のリソースを食い尽くす可能性は捨てきれない。

 これはノヴァが考えなしに決断できるようなものではない、熟慮を重ねた上での慎重な判断が求められる問題だ。


「何かいい考えはあるか?」


 ノヴァが会議室に集った腹心であるデイヴ・サリア・マリナに尋ね、そしてサリアがノヴァに向かって最初に口火を切った。


「全てはノヴァ様の決断次第です。助けるもよし、見捨てる事も可能です。ですが先ずはノヴァ様が決めて下さい、ウェイクフィールドをどうするのかを」


 だがサリアが口に出したのは現状に対する解決策ではなかった。

 膨大なリソースを投じて街を助けるのか、あるいは街を見捨て不干渉を貫いて助けないのか。

 その判断を下すのは此処に居る我々アンドロイドではない、誰でもないノヴァであるとサリアは告げたのだ。

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