第62話 ゲームチェンジャー 2
AWは効率的に大型ミュータントを駆逐するためにデザインされ生まれた兵器だ。
多種多様なミュータントが生息する環境に適応して一定の機動力を保持し、ミュータント毎に最適な武装を装備して常に優位を保ったまま戦闘を行う。
AWという兵器が約10mの大きさを持つのも大型の兵器を搭載し機敏な機動が可能なサイズの限界がそうであったからだ。
現に小型、中型のミュータントは常時優位を保ったまま戦いこれを殲滅、ノヴァの想定した結果をAWは示した。
『これは……未確認の超大型ミュータント……該当データなし!?』
だがこれは想定外だ。
試験小隊の前に現れたのは大型ミュータントの体躯を遥かに超えた大きさを持つナニか。
AWのセンサーは直ぐに正体不明の何かに対して情報集を行う、そして得られた情報は目の前の物体が生物であると示している。
旧来の生態系では不可能である巨体、それが構築されて生きて動いているのであれば正体はミュータントである可能性が最も高い。
『異常事態と判断、第一試験小隊は現時刻を持って作戦を中断し撤退せよ』
CQは試験の中止から撤退を最速で伝える。
下された命令は理にかなった物でありリーダーは即座に作戦地域から離脱を小隊に伝達。
だが試験小隊が行動を開始した直後に超大型ミュータントが行動を起こした。
『センサーが超大型ミュータントからの飛翔体を検知、数は89!』
AWに搭載されたセンサーが超大型ミュータントからの大量の飛翔体を検知。
レーダーを埋め尽くす勢いで迫る飛翔体をメインカメラが捉える。
それは小型ミュータントよりも一回り小さい翅を持った昆虫のように見え、それが猛烈な速度で試験小隊に迫っていた。
『CQ撤退は不可能。超大ミュータントから多数の飛翔体が出現したのを確認。小型飛行ミュータントに見えるが正体は不明、飛行速度が速すぎたため撤退は不可能であり防空戦闘を開始する』
当初の予定ではAWが撤退するには輸送ヘリにAWを固定し運搬してもらうつもりであった。
それが不可能であればAWに長距離行軍をしてもらい安全圏迄退避、その後に輸送ヘリで運搬してもらう予備プランもあった。
だが現状では撤退を行う時間も余裕も無い、状況はアンドロイド達の思惑を超えて動き出した。
『各機散開、兵器使用自由、回避運動開始』
密集していては格好の的である、そう判断したリーダーは小隊を分散させる。
α1から4のAWは肩部に搭載されたレーザー兵装を起動させ迫る飛翔体を迎撃する。
兵装から発振されたレーザーは空気中の塵を焼きながら一切のタイムラグなく飛翔体に命中、その身体を高熱で焼き飛行能力を喪失させようとした。
レーザーが照射された飛翔体の外殻は高熱により白濁し炭化させ中に収まっている生体組織を凝固させる──筈であった。
『飛翔体爆発!レーザー照射を受けた飛翔体が爆発しました!』
だが飛翔体は飛行能力を喪失して墜落することは無く爆発を起こした。
身体組織に含まれる水分が気化し急激な体積膨張による爆発などではない、それは炎色反応を伴った意図した爆発である。
『敵の飛翔体は自立飛行が可能な生体爆弾である、各機機体に近寄らせるな!』
リーダーは飛翔体が自立飛行可能な生体爆弾──ミサイルそのものであると判断を下した。
AW各機は撤退速度を機体スペック限界まで上昇、肩部レーザー兵装は発振器が焼き切れる寸前までの酷使を行う。
迎撃された生体ミサイルが空中に青白い華を咲かせる、それは一見して美しい光景であった。
だがセンサーが情報収集を行った結果、携帯型の対戦車ミサイルに相当する威力を発揮すると判明した今は呑気に眺めている余裕はない。
試験小隊はデータリンクによる防空射撃を行い迅速且つ飛翔体を一つ残らず迎撃する。
『超大型ミュータントから飛翔体の第二波が確認されました!数は128、増えています!』
『α3、レーザー兵装の冷却が間に合いません!』
『α4も同じです』
「二体の大型ミュータントより遠距離砲撃!弾着予測地点を表示、回避してください!」
だがそれで終わりでは無かった、味方機からの新たな知らせは戦況が好転どころか悪化した事をリーダーに伝えている。
このままでは試験小隊は敵ミュータントに磨り潰されるしかない、それは作戦御失敗だけでなくAW各機に搭乗しているアンドロイド達の自我の喪失・死を意味する。
『α1、第四兵装の使用許可を願います』
『許可する。各機散開を維持したまま攻撃を継続。α5が射撃可能になるまで敵を引き付けろ』
『『『了解』』』
『CQより試験小隊各機、随伴輸送機を対地攻撃形態で展開させます。防空性能は皆無ですが弾避けにはなります、制御権を譲渡するので活用してください』
だが我々は軍用アンドロイド、戦う為に作られた兵器である。
自我があろうと存在意義は変わらず、勝利の可能性が皆無であれば探し出し貫くまで。
それが可能になる武器も支援も潤沢に与えられている、我々はまだ戦えるのだ!
『試作プラズマキャノンを展開します。脚部固定、エネルギーバイパスをジェネレータに直結、機体側非常用電源を使用します』
α5が停止、機体を超大型ミュータントに向け背部に背負った大型兵装を展開。
同時に腰部に取り付けられた追加装備である機体固定用アンカーを展開し機体姿勢を固定させ射撃体勢に移行。
『エネルギーチャージ完了まで30second、砲身展開、照準装置稼働、目標捕捉』
α5を除いたAWは制御権を与えられた輸送ヘリを伴い敵を誘導する。
砲撃によって地面が爆ぜ、迎撃された飛翔体によって空中に青い華が咲く。
だが迎撃しきれなかった飛翔体が輸送ヘリに取り付き爆ぜると制御能力を喪失したヘリが黒煙を上げながら墜落、燃料に引火し大爆発を起こした。
『重力、大気状態に関する環境補正完了。エネルギーチャージ80%を超えました。射撃可能です』
レーザー、生体ミサイル、銃撃、砲撃が入り乱れたまごう事なき戦場が其処にある。
その最中にあってα5の兵装が放つ光は一際強い輝きを放つ。
供給される電力を全て注ぎ込んで起動する戦術兵器、三つに割れた砲身の中で壊滅的な威力を持ったエネルギーが解放の時を待っている。
『α1、離れて下さい!』
『全機散開、目標から距離を取れ!』
肩部の追加照準装置から送られてくる情報を元に弾道を修正、予測被害範囲をデータリンクで共有した小隊は被害範囲から即座に離脱。
未だ尽きることが無い飛翔体が超大型ミュータントから撃ち続けられているが最低限の防空を行いつつ全力でAWをアンドロイド達は動かす。
そして射線上から仲間が全機退避したことを確認したα5はトリガーを引いた。
『プラズマキャノン発射』
短い人工音声に続いて砲身からレーザーとは比較にならない熱量を持ったエネルギーが放たれる。
射線上は勿論の事、付近に滞空していた生体ミサイルがプラズマから生じた余波で次々と暴発していく。
進行上のありとあらゆる物を焼き尽くしながら進むエネルギーは一秒も掛からずに目標に着弾、構成物質の原子結合を問答無用で引き裂き昇華させる。
『目標沈黙……、いえ、いまだ健在です!』
だが超大型ミュータントは倒れなかった、プラズマ兵器を撃ち込まれても身体は少しずつ動いているのがレーダーで確認できる。
それでも身体の約三割、飛翔体を放っていた器官がある場所は誘爆したのか大きく抉れてはいるなど損傷は大きく戦闘能力は大幅に低下している。
だがそれは試験小隊も同様、防空兵器として活用していたレーザー兵装はオーバーヒートを起こし使用不可状態が2機、レールガンの残弾に至っては30%を下回っている。
止めがプラズマ砲であり砲身は融解し第2射は不可能、無理に放てばエネルギー制御が追い付かず暴発してしまうだろう。
ミュータントとAWは互いに相手の様子を伺うためにか双方とも動きを止めた。
退くか攻めるか、確立したコミュニケーションなんてものは無いのに関わらず奇妙な静寂が戦場を満たした。
『超大型ミュータント、大型ミュータントが共に後退していきます』
束の間を平穏で先に動いたのはミュータント側であった。
大きく抉れた身体を動かし後退する、その姿は一見無防備であり追撃の好機としか見ない。
『全機発砲を禁ずる、このまま作戦地域を全力で離脱する』
だがリーダーは追撃を掛けなかった。
それが誘いである可能性が拭えず、何より現状戦力で戦闘継続は困難極まる。
試験小隊はミュータントがレーダーから消えるまで警戒を続けながら遠ざかっていく。
そしてミュータントの姿が遠く荒野の丘に消えると同時にCQから通信が入る。
『作戦を終了します。全機その場で待機、回収機が向かいます』
それは試験の終わりを告げる言葉であった。
試験小隊の最初の作戦は想定を超えた事態に見舞われながらも全機生存という結果で終える事が出来た。
◆
「世界観変わってない?」
「何を言っているのですか?」
本拠地に作られた作戦司令室兼オペレーションルームの中、一際見晴らしのいい席に座り大型モニターを眺めていたノヴァが堪らずに呟く。
試験小隊から送られてきた映像は出る作品を間違えているのではないかと言わざる得ない怪獣対決であった。
全てがノヴァの思惑を超え、されどこれが現実であるとAWから送られてくる各種データが証明している。
思わず口に出てしまった言葉だが見逃して欲しい、ノヴァにとってそれ程の衝撃であったのだ。
「何でもない、それで機体の方はどうだ」
「想定を超えた戦闘によって機体の各所にエラーが出ています。致命的な損傷も何カ所か確認できています」
「仕方がない、結構跳んだり跳ねたりしていたからその程度で済んでいる方が驚きだ」
プロトタイプである為AWの機体は頑丈且つ可能な限り簡素化している。
これは実戦を経なければどのような方向性で機体を改良していけばいいのか目星がつかなかったため一先ずは機体の頑丈さを優先した結果であった。
それが最適では無かったのだろう、AWの各関節やフレームに大量のエラーが発生している。
激しい戦闘機動により想定以上の負荷が掛かった結果であるのは一目瞭然であった。
「総点検、オーバーホールをするか!セルフチェックプログラムも出来立てだから信用できないし」
ノヴァは立ち上がり、帰ってくるAWについて頭を動かす。
結果としては引き分けではあったが得られたデータは想定以上、ノヴァにしてみれば正しく黄金に匹敵するお宝である。
ノヴァは今回の戦闘で得られた情報からAWを含めた兵器の今後の開発方向を──
「ノヴァ様!」
だがノヴァの思考を遮る様にマリナの切羽詰まった言葉が耳に聞こえて来た。
「どうしたマリナ、そんなに慌てて?」
普段から余裕の表情を崩さず、手厳しいツッコミ役であるマリナ。
だがノヴァが見たマリナの表情は呼び掛けた言葉と同じく切羽詰まった表情をしていた。
それが意味するのは何であるか、不吉な物を感じ取ったノヴァが身構える。
そしてノヴァが落ち着いたの見計らってからマリナが口を開いた。
「沿岸部の街、ウェイクフィールドからの交渉団を名乗る集団が沿岸拠点に現れました」
その言葉はノヴァ達が新たな局面に入った事を示した。
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