第60話 中間報告 3
「ノヴァ様は世界征服をするつもりなのですか?」
「えっ、何言ってんの?」
拠点防衛用の設置型兵器の調整をしている中で言われたノヴァはデイヴの言葉に呆気に取られた。
そしてノヴァの傍らで稼働中の設置型防衛兵器から放たれたレーザーに偶々通りかかったミュータントが無慈悲にこんがりと焼かれていた。
「いえ、個人でこれ程の武力を持っていて周辺地域には比肩しうる戦力を備えたコミュニティは存在しません。やろうと思えば世界は無理でも周辺一帯を支配する事は可能ですよ」
「いや、まあ、そうだけど」
デイヴが話す本拠地周辺の情勢から考えて言っている事は荒唐無稽な話ではない。
実際にアンドロイドを率いるノヴァがその気になれば幾つかのコミュニティは短時間での制圧は可能だ。
例えコミュニティの自警団が抵抗しようも装備の質と数によって簡単に蹴散らす事が可能、煮るなり焼くなり好きに出来るだけの戦力がノヴァの常備戦力にあるのだ。
「でも支配するってめんどくさいじゃん」
そんなデイヴの提案に対してノヴァは本心からの言葉を発する。
その傍らで稼働中の防衛兵器が射程範囲内に入った哀れなミュータントを悉く丸焼きにしていく。
「めんどくさいですか?」
「うんめんどくさい。支配した住人達の衣食住を保障する必要があるし、将来を考えた政策を幾つも実施しないと駄目じゃん」
「間違ってはいませんがノヴァ様が言うめんどくさい事は我々アンドロイドに丸投げする事も可能ですよ」
「そうだけどあれだ、俺は他者の人生まで背負いたくないんだよ」
確かにデイヴの言う通り面倒事はアンドロイドに丸投げする事は可能だ。
むしろアンドロイドが職務に忠実であり迅速かつ正確な差配が行われる可能性の方が高いだろう。
だがそうではないのだ、仮に能力があったとしてもノヴァは為政者として最終責任者として他人の人生に責任を負いたくないのだ。
「俺は為政者には向かないよ」
それがノヴァの偽らざる本音である。
能力の有る無しではなくノヴァの性分として人の上に立つ事が苦手なのだ。
「アンドロイド達に関しては持っている能力を活用して直せば後は素直に従ってくれるから統治しているとは言えないし、ポール達とは友好関係を築けているけど仕事上の付き合いだけに留めているし。出会った時に言ったけど俺がやっている事は全部『生きたい』という願いに収束するんだ。其処に支配欲とかは全く含まれないんだ」
「ノヴァ様がこの世界で生存していくとしても現状で十分ではないのですか?」
「まぁそうだけど……、でも『生きる』と言っても襤褸を纏って原始人みたいに生きるのは嫌だからね。文明的な生活が送れるように環境を整える為に頑張る必要があるし、付き従ってくれているアンドロイド達にひもじい思いはさせたくないのもある。それに今は娘もいるからね、あの子が安心して大きくなれる環境を作るのも親の役目でしょ。それらを含めた環境を維持するにはのんびりしている暇は無いさ」
ノヴァの望みは世界征服や人類を救うと言った御大層なものではない。
ただ自分とその周りの人達が安心して生活できればそれでいい、そんなささやかな願いでしかないのだ。
それを実現する為の兵器開発でありAW、願いをかなえるための手段でしかない。
「欲がないですね」
「あるよ、文化的な最低限度の生活を送れるようになるって欲望が」
そんなノヴァの考えを聞いたデイヴは欲の無さに呆れると共に安心した。
主であるノヴァがAWという比類なき力を得た時に何か変わってしまうのではないのか、そんな疑念を持っていたデイヴだが会話を通してノヴァと言う人間を改めて理解した。
言葉を飾らずに言えばノヴァは善性の小心者であるのだ。
身の丈を超えた欲望や願望とは無縁であり名誉や名声に飢えていた嘗ての連邦人とは根本からして考え方が違う。
もし大崩壊を迎えていない連邦であれば善良且つ模範的な国民としてあれただろう。
そして時と場合によってノヴァは非常に攻撃的な一面を覗かせる。
その最たるものが攫われたルナリアを取り返すための街への襲撃、ノヴァの攻撃的な一面が色濃く出た出来事と言えるのは間違いない。
ノヴァにある譲れない一線、其処を無断で踏み越えた相手に対して向ける敵意は苛烈であり冷酷無比だ。
逆に言えばその一線を超えない限りはギリギリまでは妥協してしまう悪癖がノヴァにはある。
其処迄分析したデイヴはノヴァの人間性から今後起こるであろう“めんどくさいこと”について頭を悩ませるしかなかった。
「そうでしたね。それでAW計画の進捗状況はどうですか」
「今の所は問題は無し。機体とOSに比べればFCSは順調に進んでいる。武装の方も拠点防衛兵器を流用するから開発期間は短く済む。何より実体弾を使わないから弾薬製造に必要な資源を別な事に流用できるのがいい」
ノヴァが笑顔で報告する内容、それは元軍用兵器を修理再生していた工場に勤めていたアンドロイドとして実に頭が痛くなる問題である。
AWという兵器が齎す影響は間違いなく多方面に影響を与える、それに使われる技術も含めてだ。
機体は簡素且つ拡張性を備えた堅牢なつくりであり兵器としてだけでなく崩壊した世界において貴重な重機になりえるポテンシャルを持っている。
搭載される予定の兵器であれば大崩壊前の連邦軍でさえ開発困難として諦めていた大出力の光学兵器を小型化し実用的なサイズに落とし込んだのだ。
止めが機体と兵器を動かすための動力源は機体に載せられるサイズにまで小型化した核融合炉、それも廃品を修理再生した物ではなく新規で作成した物だ。
予言ではない、AWは将来確実に何かしらの事件を引き起こすであろう可能性の塊なのだ。
「それなら安心です。ですがこの兵器が齎す影響は予測しきれないので扱う際には慎重を期して下さい」
「安心してくれ。コイツの役割は多種多様なミュータントを倒す事だから人前に出ることは無いさ」
デイヴの進言に対してノヴァは真摯に答える。
AWは対ミュータント用の兵器でありそれ以上でも以下でもないと。
その言葉はデイヴを安心させるものであるが同時にノヴァのAWに対する認識そのものでもある。
「分かりました。それで防衛兵器を止めなくていいのですか?先程から通りかかるミュータントを片端から焼いているのですが」
「ああ、大丈夫だよ。防衛兵器として使い物になるかの試験だからな」
そうノヴァが応える間にも防衛兵器は高出力のレーザーを吐き出しミュータントを一匹も逃すことなく焼き続ける。
素早い翅虫であろうと光を振り切る事は出来ず全身を焼かれて火達磨になり、地上を歩いて移動するミュータントは体内にまで浸透した高熱で焼かれた。
見晴らしのいい荒野での運用もあるだろうが防衛兵器の登場によって本拠地の守りは更に堅牢になるのは確実だ。
──そして射程範囲内はミュータントを駆逐した“安全地帯”となり、更なる拡張と発展の可能性が得られる領土となる。
その意味を間違いなくノヴァは分かっていない。
ミュータントと隣り合わせである現状はコミュニティを囲む物理的な障壁として防壁等が無ければ安全を確保できない。
だが障壁の存在はコミュニティの成長限界である。
障壁を越えたコミュニティの拡大は困難であり、また防衛範囲の拡張は人的、物資的負担となりコミュニティの経済を圧迫する。
リスクに見合うリターンが得られるのならばコミュニティは拡大基調になるのだろう。
だがデイヴは此処へ流れ着いたアンドロイド達からはその様なコミュニティの存在を得られることは無かった。
それが意味するのは現生人類は物理的な障壁を越えてコミュニティを発展させる事が出来ないということだ。
そんな彼等が防衛兵器を、AWの存在を知った時に平静でいられるのか、そんな問いの答えは火を見るよりも明らかだろう。
「……非常に良好な結果ですが幾つ製造するつもりですか?」
「其処はまだ決めてないかな。現状の本拠地だと防衛隊の手で十分だし運用するにしても新規に発電施設を増設しないと停電しちゃうからデイヴの判断に任せるよ。あとは第二候補地を占拠した時に使う予定だから発電施設と合わせて10基先に製造して保管しといて」
「了解しました。それと本日の予定は終了ですのでサリアを呼びましょうか?」
「う~ん、いやもう少し此処に居るよ。あと此処に住んで居るアンドロイド達やルナの様子、街の様子とか詳しいデイヴの口から直接聞いてみたいんだがいいか?ルナの事は気に掛けているけどアンドロイド達に関してはデイヴに任せっきりだったから」
「分かりました。ですが少しばかり話が長くなりそうですがいいですか?」
「全く問題なし、寧ろ彼等はしっかりと働いてくれているから見合った報酬を与えないと駄目でしょう」
ノヴァは当たり前の事だとデイヴを見て言い切る。
だがノヴァは気付いているのだろうか、その当たり前の報酬を与えられる環境そのものが得難いものである事を。
先細りするしかない現状でどれ程恵まれた環境であるのか、その環境を作り上げた事がどれ程称賛されるものなのか。
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