第59話 中間報告 2

 AW計画に初動から躓いたノヴァだが試作パーツから得られた実験データを基にしてフレームの再設計を行いながらも着実に計画は進んでいた。

 そしてパーツ単位での試験に合格するとノヴァは急ぎ機体を組み上げて実機による稼働試験を実施する。

 試験会場に選ばれたのは本拠地の中心から離れた場所に広がる荒野である。

 ノヴァの拠点は多くのアンドロイド達の働きによって発展してきたが流石に大型兵器を動かせるだけの土地は余っていない。

 よってノヴァは本拠地の中心から離れた未だに開発されていない広大な荒野で稼働試験を実施するしかなかった。

 既に試験会場に指定された荒野の一角には急造で造られた建物が複数立ち並んでおり、中では少なく無い数のアンドロイド達が働いている。

 そしてノヴァはその中で一際高い建物の屋上に双眼鏡を片手に立ち試作起動兵器の実験を監視している。

 

「何とか形になったが……やっぱり生で見るとすごいな」


 双眼鏡を構えたノヴァの視線の先では巨大な機械が動いたことで巻き上げられた砂埃が立ち込めている。

 姿は隠れてしまったが砂埃に映ったシルエットの動きからして大きな問題は起こっていない。

 長くは無かったが漸くまともに動く姿を確認出来た事でノヴァは肩の荷が下りた。

 だが新兵器開発は未だ途上、完成に至るにはまだまだ解決しなければいけない問題が多く残っていた。


「開発自体はギリギリ、機体の方は大丈夫だが問題はソフトだ」


 現状でハードである機体は形にはなった。

 だがハードを動かすソフト、機体を動かす基本的なOSが未だに完成していなかった。


「アンドロイドが操作する事を念頭にしたせいで繊細過ぎる。流入する情報が多すぎて処理が追い付かない。机上の計算だけで作れないのは当たり前か……、プログラムの見直しと簡素化、それで最低限の要求スペックは満たせるか?」


 こればかりはノヴァの見通しの甘さが招いた事態、巨大な兵器を動かすシステムの構築がこれ程困難なものであると想像出来ていなかったのが大きな問題であった。

 ノヴァは当初は軍用アンドロイドの姿勢制御プログラム等を参考にしてOSを設計するつもりであった。

 だが人体とはかけ離れた構造を持つ兵器の参考にするにはプログラムが乖離し過ぎていたため、流用できる部分が殆どなく一から開発する事になったのだ。

 手探り状態で始まったOSが一応の完成を迎えたのが二日前、前日はプログラムの最終確認で一日が潰れてしまった。

 そして新兵器に載せるソフトはOSだけではない。


「ヤバい、火器管制装置Fire Control System.(FCS)もまだ残っているのに間に合うか?OSに最低限の改修を施してから計画通りに試験を実施するか……」


 未だに概念実証機の域を出ない機体だがその将来性は確かなものであるとノヴァは考えている。

 しかし時間制限がある中で進めているAW製造計画、その過程で重要な実働データ収集の期間を延長する事は計画の長期化を招く可能性が高い。

 だが必要なデータが一通り揃わなければ概念実証機からプロトタイプの製作に移行できない。

 

「いや、素直にデイヴに謝って資源を融通してもらうしかないか……」


 ノヴァは自身が立てた計画が既に破綻しかかっている事を認めるしかなかった。

 その上でデイヴに計画の延長と追加で資源を融通してもらう必要がある。

 本拠地に資源分配を一手に任されているデイヴにしてみれば痛い出費ではないが無視できない量である。

 今後の配給計画に何らかの支障が出るのは間違いない。


「デイヴが怒る事は無いけど気まずい……、次からは見切り発車じゃなくてちゃんと試算してから計画を進めよう」


 端末を操作してデイヴ宛のメールを作成する。

 自らの見通しの甘さが招いた事態を解決する為に計画の延長と追加資源の投入を求む……、誤魔化しは一切書かず反省文の様なメールを打ち進めていく毎にノヴァの気持ちが沈んでいく。

 だがそんなノヴァの気持ちを吹き飛ばす事態がサリアによって知らされた。


「ノヴァ様、監視している街の方で動きがありました。武装した住人が街を離れて移動しています」


「行先は分かる?」


「進行方向から予測しますと行先はダムのようです」


「ダム?」


 現状に於ける監視対象である街に何らかの動きがあり。

 すぐさま監視映像と予想進路を端末に表示、其処には稼働可能な車両に乗り込んだ武装した住人がダムに向かっている様子が映しだされていた。

 次にノヴァは端末を操作して予測進路先にあるダムの映像を映し出せば此方も武装した物々しい人間達で溢れかえっていた。


「ダムにいる人間は街にいた無法者達の一味?それにしてはえらい数が多いけど」


「はい、元々駐留していた集団に加え街から逃げだした残党が合流したようです。如何やらダムの下流域にあるコミュニティの貴重な水源且つ電力源として利用されているようです。街の動きは此処の残存を殲滅、同時にダムを奪還するためと思われます」


「ダムか…、貴重な水源と電力源でもあるし決壊させて洪水を起こされる可能性もある要所だね。街が奪還に躍起になるのも分かるけど、それにしては動きが遅すぎないか?」


「流石にそこまでは分かりませんが街の掌握を最優先にしたのでは?加えて現在のダムの貯水率からそこまで脅威でないと考えて後回しと考えた可能性もあります」


 ノヴァがソルト(?)とかいう無法者達のボスを討ち取ってから二週間以上も時間が経過している。

 その間に街の統治を取り戻し掌握を行き届かせる事を最優先にしても時間が掛かり過ぎではないのかとノヴァは思った。

 サリアが言った事も十分に考えられるが、所詮は部外者による勝手な憶測に過ぎない。


「そうかもな。まぁ、実際のところ彼等が此方に向かってこなければ放置で」


 だがそれ以上に街に関する感想はこれと言ってノヴァにはない。

 自分達に被害を与えないのであれば放置、それが街に対する基本的な方針なのだ。

 そして何より今のノヴァが全力で取り組むのはデイヴへの反省文の提出なのだ。


 結局その日はデイヴへの反省文提出と共に軽い叱責と今後の計画立案は事前に相談する事をノヴァは約束させられた。

 いい年をした大人であるノヴァが至極真っ当な叱責を受けた事に羞恥心や情けなさを感じて悶え──その翌日に状況が動いた。


「総攻撃だな」


「闇雲に攻撃しているわけではないようです。ダムを中心に包囲網を築き少しずつ狭めています」

 

「一人として生きて出さないつもりだね。そりゃ残党も必死で抵抗するわ」


 ノヴァは自室の中で端末に映された監視映像を見る。

 一日を掛けてダムに辿り着いた街側はダムを左右から包囲するように布陣、夜明けとともにダムに立て籠る残党に対して苛烈な攻撃を加える。

 激しい銃撃戦がダムの上で繰り広げられ特に管理事務所とダムの下流側にある発電施設は激戦である。

 どちらの陣営もダムが要所であるのを理解しているからか一歩も引き下がることが無い。

 だがダムに立て籠もっている残党側が必死に応戦しているにも関わらず少しづつ押し込まれている。

 趨勢を決めたのは数であった、残党側は街から辛うじて逃げ出した仲間が加わっても街側の数には遠く及ばない。


「時間の問題だね」


 刻一刻と戦況は街側の優勢で進んで行く。

 戦闘開始から一時間も経たずにダムの下流側にある発電施設が奪還され残党はほうほうの体で残された管理事務所に逃げ込んだ。

 だが発電所から逃げ遅れた残党は街の住人達によって無残な最期を遂げる光景が彼方此方で起こっていた。

 そして攻撃先が一つに絞られた事で街側の攻撃は更に苛烈さを増し──だが攻撃の手が止まった。

 それだけに止まらず一際体格が優れたサイボーグである男が管理事務所から出て来ると身振り手振りで街側に何か伝えている様子が監視映像に映し出された。


「何を言っているか判別できる?」


「少々お待ちください……、解析終わりました。人工音声で再現します」


『……ぇ……!……ら聞こえねえのか!これ以上近付いたら人質を殺してダムも吹っ飛ばしてやる!それが嫌ならお前らはそこでじっとしていろ、俺達が此処から出ていくときに手を出すな!』


『無駄な抵抗は辞めろ!人質を解放すればこれ以上攻撃しない、今すぐその爆弾の起爆スイッチを捨てろ!』


『はっ、そんな言葉を信用すると思っているのか。馬鹿にすんじゃねえ!』


「如何やら残党側はダムと管理事務所にいる人質に爆弾を設置、街側の攻撃を中断させダムから逃げるようですね」


「流石悪党、糞みたいなことを平気でするクズだな」


 ダムに関する仕掛けは街側が攻める前に仕込んだのであろうことは想像に難くない。

 人質に関してもダムの運営や点検を無法者達が出来るとは思えないため高確率で街から攫ってきた技師たちを奴隷の如く扱っているのだろう。

 そして無法者達がお行儀よく技師だけを攫ってくる訳が無い、食事に洗濯等の身の回りを世話させる多くの人間も共に攫っている筈だ。


『ああ、くそ、どうしてこんなことになったんだ!なんでゾルゲが死んだ!何でゾルゲが殺されたんだ!』


 人質が効いて街側の攻撃が止んだ、その事に残党の男は気を良くしたのか今度は身勝手な独り言を吐き出し始めた。

 人工音声で流される残党の独り言はゾルゲ(?)の素晴らしさと街の住人が大人しく従わない事についての怒り、ついこの間まで続いていた輝かしい日々を懐かしむモノである。

 その事について声高らかに話す男は自分は被害者である、この様な仕打ちはあり得ないだの聞いていてノヴァの耳が腐る代物であり聞かされている街の住人も堪ったものではないだろう。

 だが男の聞くに堪えない演説も管理事務所から車両が現れる事で終わりを迎えた。


『俺達は此処で終わらねえ!いつかもう一度ここに戻ってくる、その時にお前らを皆殺しにしてやる!』


 起爆装置を片手に声高に逃げ台詞を吐く男は忌々しいが起爆装置を握っている以上下手な行動は出来ない。

 街側の考えを理解して宣言した男の顔は勝ち誇っていた、一手でも間違えれば皆殺しになっていただろう残党たちも自分達の生存が確保されたことを理解するや下卑た顔を街に向けた。

 そして生き残った残党達は車両のエンジンを起動させダムから逃げ出そうとし──最後の捨て台詞を吐き出した。


『そしてゾルゲを殺したクソガキを俺が殺してやる!』



「あ゛?」



『糞アンドロイドも全部だ!アレのせいで何人もダチが死んだ、手足を引き千切ってスクラップにしてやる!』


『そうだチャップ、お前ならできる!』


『アンドロイドもクソガキも皆殺しだ!』


『ああそうだ、俺には、俺達にはやることがある、此処で死ぬべきじゃないんだ!』


 画面に映る残党達は声高らかに吠えている──自分達が監視されているとは知らずに。


『妄言も大概にしろ。数を減らしたお前達があのアンドロイド達に復讐できる訳ないだろう。見逃す代わりにさっさと起爆装置を此方に渡せ!』


『策ならあるに決まってんだろぉ、クソガキが大切にしているガキを攫えばいいんだよ!』


『ガキを攫って、指を一本ずつ切り落として送ってやる、助けて欲しければ自分の頭に鉛弾をぶち込めって言ってやる!それで死んでも死ななくてもガキは切り刻んで──』


「サリアもういい、充分だ」


 街側の指摘を残党達は笑いながら聞き流していた。

 彼等の耳に明確な事実は届かない、耳触りの良い妄言しか届かないのだ。

 

「今偵察している機体に武装は付いているか?」


「対地支援用にガンポットが二門あります。攻撃しますか?」


「してくれ。第一目標はサイボーグ、第二は逃走車両、中にいる人質を傷つけないようエンジン部を狙え」


「了解しました」


 そして残党が垂れ流す妄言は状況からして負け惜しみでしかない内容だ──だが実現の可能性は零ではない。

 将来的な危険分子であるのは間違いない、ならばノヴァが見逃す理由は無く残党が大きくなる前に此処で殲滅する方が手間暇が少なくて済のだ。


 ダム上空を旋回していた偵察機が軌道を変更、下降しながら翼下に装着したガンポッドの銃口をサイボーグに向ける。

 目標との距離、機体の速度、重力加速度、諸々の数値から弾道を算出、搭載された火器管制が機体降下に伴う振動の制御を行いながら照準を補正し発砲した。

 機体の降下に伴う加速度が追加されたガンポット二門による銃撃はサイボーグに命中、豪雨の如く降り注ぐ弾丸が起爆装置を含めてサイボーグごと地面を耕した。

 時間にして五秒も無い出来事、だが土埃が晴れると其処には土とサイボーグであった男の肉片が混じった真っ赤な染みしか残されていなかった。


「第一目標攻撃成功、続けて第二目標に移行します」


 未だに十分な高度を持つ偵察機が銃口の矛先を変える。

 そして未だに何が起こったのか理解していない残党達が乗る車両のエンジン部へ容赦の無い銃撃を撃ち込んだ。


「第二目標に攻撃成功、車両はエンジン部喪失により逃走は不可能です」


「後は彼等が自力で何とかするだろう。監視だけは継続してくれ」


 映像から解析した起爆装置は単純な仕組みであり起爆信号を発信、信号を受け取った爆弾が爆発する仕組みである。

 よって起爆装置を跡形も無く破壊したおかげでダムや人質に仕掛けた爆弾が爆破することは無い。

 残ったのは黒煙を上げる車両に乗ったまま呆気に取られた残党だけであり街側が片を付けるだろう。


 これ以上見る物は無いノヴァは端末から視線を外すと概念実証機が保管されている場所に向かって歩き始めた。

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