第58話 中間報告 1

 ノヴァが発案した計画は本拠地の潤沢な資源と生産能力によって急ピッチで進められていく。

 本拠地にある大型演算装置を使用したシミュレーションで最初期の素案に修正・変更を加え第一ロットを3Dプリンタで出力する。

 短時間で何度も設計変更と解析を行うことで図面の方は一週間足らずで書き上げる事が出来たが出力してそれで終わりではない。

 シミュレーション上では判明しなかった製造時においての問題点を洗い出すと共に組み上がった部品が正常に稼働するのか確認しなければならない。

 

「う~ん、もう少し反応速度が欲しい。配線を弄るだけで済むかな?」


 本拠地の工場の一角でノヴァは出来上がった兵器の構成するパーツを見て頭を抱えていた。

 出来上がった設計図を基にして出来上がった実際の部品を製造し組み上げていく過程までは良かった。

 しかし実際にパーツ単体で稼働させて要求スペックを満たしているのか確認を兼ねた試験を行ってみると得られたデータはスペック以下の数値しかない。

 こればかりは仕方が無い事だ。ノヴァは失敗そのものも初めから計画に組み込んでいるため落ち込むことは無い。

 参考になる資料もなく手探り作業の中での試作品の製作だったのだ。スペック通りの性能を満たせなかったもののこれも貴重な経験である。

 この失敗を次にどう活かすか。現状のフレームではこれ以上の性能向上を図るのは厳しい事が判明した以上はフレームの設計から見直す必要がある。

 しかし出来上がった試作品をこのまま棄てるのは勿体ない。どうせなら限界まで酷使して数値取りに使ってやろうとノヴァは考えた。

 

「ノヴァ様!貴方は落ち着く事を知らないんですか!」


 そんな風にノヴァが考えていると大声を上げながら一体のアンドロイドが工場に現れた。

 振り返れば其処には見た目人間の女性──でありながら中身はアンドロイドであるマリナがいた。

 その顔に誰もが見て分かるほどの怒気を滲ませながら。


「や、久しぶりマリナ。元気そうでよかったよ」


 あっ、これは下手な事を言えばめんどくさい事が起こるな──そう悟ったノヴァはさも何事も無かったかの様にマリナに挨拶を行う。

 だがそれで誤魔化されるマリナではない。それどころかノヴァの呑気な挨拶はマリナの虎の尾を踏む結果となる。


「ええ元気ですよ!ノヴァ様がやらかした事の大きさに頭が痛くなりながら、現在計画を進めている地域に特に悪影響がないか走り回って確認してきたんです!それ以前に御自分がやらかした事の意味を分かっているのですか!」


 マリナはその場にいなかったのでノヴァが起こした出来事の詳細を伝聞でしか知らない──なんてことは無く現場にいたアンドロイドの視覚データを共有すれば何があったのか詳細に知る事が出来る。

 理由も当時の状況もマリナは理解している。その上でノヴァにマリナは言わなければならない。


「ノヴァ様はやりすぎなんです。ゴロツキを殺してしまったのは仕方がないにしても数が多すぎますし殺害方法も過激すぎます。ノヴァ様の印象はあの街に限定すれば最悪なのは間違いありません。そしてノヴァ様だけでなく我々アンドロイドに対する印象も最悪になったでしょう。あの一帯で我々が彼等に友好的に話しかけても返ってくるのは明確な拒絶です」


 結果だけを見ればノヴァの行動で街が救われたとも言えるだろう。

 だが人は結果だけでなく過程も大事なのだ。

 汗の匂い、血の味、焦げた匂い、五感を通して得た情報を咀嚼し理解してからでないと納得できないのが人なのだ。

 唐突に街を苦しめていたゴロツキの多くが殺されました、街が平和になったのは我々のお陰です、仲良くしましょう!

 そんな事を信じる人間は街にはおらず此方を恐怖の眼差しで見るだろう。 


「あぁ……うん、ゴメン」


「本当ですよ。私達アンドロイドが悪く言われるのは仕方がないにしてもノヴァ様が悪く言われれば我々も怒りを感じるのです。少数であれば隠蔽が出来たかもしれませんが、今回のように大規模なものになれば現状では隠し通す事も出来ません。敵対する組織や集団を容赦なく潰して回る狂人であると誤解されたくないのであれば、突発的な行動は慎んでください。それでも今回は通信電波が確認できなかったので影響は街に限定される事が唯一の救いでした」


 *マリナはノヴァの戦闘が有線通信で連邦に流れた事を知りません。


「ノヴァ様は我々アンドロイドの顔でもあるのですから気を付けて下さい。交渉ではイメージが大切。現在進行中の計画でも平和的な交渉を進めていくのであればノヴァ様のイメージが悪化するようなことは避けて下さい」


 *マリナはノヴァの戦闘が有線通信で連邦に流れた事を知りません!


「本当にすみませんでした……」


 マリナの正論はノヴァに響いた。

 最初こそ小言として聞き流そうと考えていたノヴァであったが、マリナの話が終わるころには冷たい床に正座になり聞き入っていた。

 街の無法者を殺した事に後悔は無い。だがもう少し穏便な殺り方があったのではないかとマリナの話を聞いたノヴァは考える。

 そんな風に反省しているノヴァの姿を見た事でマリナのメンタルも漸く落ち着きを取り戻した。

 そうなるとマリナの視線は嫌でもノヴァの背後にある巨大なパーツに引き寄せられてしまう。


「特別手当として新しい服を請求します……なんて冗談ですがまた何か凄い物作ってますねノヴァ様」


「あぁ、出来たばかりの試作品だが形にはなっている。でもそれだけだ。これから徹底的にデータを取ってから設計の修正、シミュレーション環境の再構築もあるから完成はまだまだ先だよ。それに部位毎に試験して要求性能を満たして一つに組み上げた時に大小問わずに出てくるであろう問題も解決する必要もあるから時間は更に掛かる」


「それでも一週間しか経ってないんですよ。普通に考えて頭の可笑しい進行速度ですよ」


「……細かい事は気にしちゃ駄目だぞ」


 ノヴァの持つ反則染みた異能と独裁体制。これ程の条件でなければ開発は出来ない代物である。

 

「この兵器が完成したら私も取り扱ってもいいですか?」


「完成とは言ってもまだプロトタイプも出来ていないよ。この試作品を叩き台にしてプロトタイプ、先行量産型、その次に漸く量産だから最低でも二か月は待つよ?それにこれ単体で買っても運用できるインフラがないとその内に鉄屑になるぞ」


 兵器は買って終わりではない。

 常に万全な稼働が出来る様に整備は欠かせず、いざという時の保守部品も欠かせない。

 そして何より整備が行える技術者に、整備道具を万全に運用可能なインフラが無ければ手を付ける事さえ出来ない。

 兵器を常時運用する事はそれだけの困難を伴うものなのだ。


「その通りです。だから運用に必要なインフラも纏めて売り込もうと」


「……買い手いるの?」


「今は皆無ですよ。それでも念を入れて一通りの計画は立てておかないといけないと思いまして」


 マリナとしては念の為に作っておきたいのだろう。

 しかしノヴァにしてみれば過去に運用実績がない奇天烈な兵器を欲しがるものはいないというのが持論であり、正直な所信じられない話である。

 それでもマリナが進めるのであれば止めるつもりはない。


「分かった。計画の閲覧は許可するから好きに見てくれ。それとそっちの計画の進み具合はどうだ?」


「進んでいるも何もサプライチェーンも何もかもが寸断されて僅かに残ったか細い繋がりしかない現状なんです。今は千切れた繋がりを基に各地を繋ぎなおす事が主な仕事ですよ」


 話題を転換してマリナが進める計画の進捗状況を尋ねれば、マリナの口からは苦労話が溢れる様に出てくる。

 やれあの村は警戒し過ぎている、ぼったくりが蔓延している、それでも村の子供たちの反応は悪くない、といった愚痴は止まることは無い。

 それでもマリナは仕事に対する責任や遣り甲斐、面白さを感じているようで、その表情は非常に明るい。


「無責任な事は言えないけどさ。今の計画が成功すればマリナの計画で扱えるリソースも増えるから楽しみにしてくれ」


「楽しみにしてますよ」


 ノヴァの軽口にマリナは笑いながら返答する。

 いい仲間に巡り合えた。そんな事を考えながらマリナとの会話をノヴァは楽しんだ。

 そしてマリナとの会話が終わると共にノヴァは失敗作である試作品に再び取り組み出した。











 対大型ミュータント駆逐機動兵器Anti-Large Mutant Destroyer Mobile Weapon製造計画。

 ノヴァが閲覧許可を出した計画を読み終えたマリナは顔を引き攣らせ、直ぐに頭を振って持ち直すと計画を練り始める。


「頼もしいですね。本当に頼もしいんですけど、影響が未知数過ぎて予想できないってなんですか……」


 この兵器がどの様な影響を与えるのか。そもそも上手く行くのか。

 参考になりそうな過去の記録を検索するが適当なものは見つからない。それが余計にマリナの悩みを深くしていく。


「辞めよう、これ以上深く考えすぎるのは」


 上手く行った場合に世界に与える影響はどれ程の物になるのか。

 用途は対大型ミュータントだけなのか、それ以外には活用できないのか。

 ノヴァはそこら辺の事は殆ど考えていない。只の便利な兵器としか考えていない。

 だがマリナはアンドロイドでありながら勘のようなもので一つの確信を得ていた──絶対これ厄介ごとになる、と。

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