第57話 リハビリと思い付き

 カンカンと甲高い音が鳴る。

 リズムよく、時に連続で、時に崩れたリズムで響き渡る音は静かな庭に一際大きく響く。

 その音の中心にいるのはノヴァとサリアだ。 

 二人は互いに持った模造刀を振るっている。刀身同士が衝突して甲高い音を出し続ける。


 ノヴァとサリアが掛かり稽古染みたチャンバラを行っているのには二つの目的がある。

 

 一つはノヴァの鈍った身体を回復させるためだ。

 前回の戦闘によって疲弊したノヴァの身体は約一週間に及ぶ療養生活を過ごす事になった。

 碌に動かない四肢で日常生活を送る事は困難だと身構えていたノヴァ、だがサリアの献身的な介護によって何不自由のない生活を送れ傷付いた身体も順調に回復していった。

 

 ──しかしサリアの献身的な介護はノヴァの考えを超えていた。

 

 朝の目覚めから始まり三食の食事介助、移動の際はノヴァを車椅子に乗せる時もあればお姫様抱っこで軽々抱える時もあった。

 それに止まらずサリアはノヴァの排泄ケアまで行おうとしたが、流石にノヴァもそれは嫌だと必死の説得で断る一幕があったりもした。

 だが総合的に判断すればサリアの介護は非常に満足できるものだ──圧倒的な包容力はノヴァの新たな性癖の扉を半ばまで開いたのだから間違いない。

 そして自堕落な生活を送った代償として当然のことだが身体が鈍ってしまった。

 リハビリで軽く走っただけで息の上がる身体は負傷していた事も考慮に入れたとしても到底見過ごせる事ではない。

 ノヴァを甲斐甲斐しく介護しようとするサリアの誘惑を振り切り、リハビリを懸命に熟して鈍った身体を鍛えなおす事にしたのだ。


 二つ目は白兵戦に備えた戦闘技術の向上だ。

 ノヴァが戦った人型クリーチャーはゲームの後半で登場する緑の巨人染みた強さを持っていた。

 ゲームであればどんな強敵であろうと強化アイテムと回復薬でゴリ押しで倒せる多少厄介な敵でしかなかった。

 

 だが今は違う。現実と化したこの世界でノヴァが戦ったクリーチャーは想像を超えた強敵であった。

 銃弾が全く効かない強固な皮膚に強化外骨格を着込んだノヴァを吹き飛ばす膂力、そして強靭な身体を十全に扱う技を持っていた。

 それはノヴァの固定観念を粉々に打ち砕く敵であった。

 あの狂った科学者が一体どの様な手段であれ程のクリーチャーを作り出したのか。碌でもない方法であるのは間違いない。

 

 だからこそノヴァはあのクリーチャーに対する備えをしなければいけない。

 それは対クリーチャー用の兵器の開発であり、直接戦わなければいけない窮地に追い込まれた時に備えた戦技の研鑽。

 その中でも白兵戦。ノヴァは無自覚で使っていた力でありナイフをはじめとした刃物を使いこなす異能を改めて自覚し理解する必要がある。

 ノヴァが剣を振るうのは、自らの異能を改めて身体と脳に刻み付け十全に扱えるようになるためだ。


「ノヴァ様、そろそろ打ち合ってから三十分は経過しています。一度休憩を挟みましょう」


「ん、分かった。それにしても身体が動かないな。今後はコレを習慣化するか」


 薄手のシャツとズボンという涼しそうな格好のノヴァだが激しく動き続けた事により全身から滝のような汗を流している。

 汗を吸った衣服は重くまた肌に張り付いて心地が悪い。

 模造刀を置いてノヴァがシャツを脱ぐとサリアがタオルを差し出してくれた。

 それを受け取ったノヴァはシャツが吸いきれなかった身体に流れる汗を拭いていく。


「リハビリとしては激しい動きですが身体の方は大丈夫ですか」


「ああ、問題は無い。それにリハビリだけが目的じゃないからな。それで沿岸部はあれからどんな感じになった」


 ノヴァは療養生活から継続して街の動きを監視するようにサリア達に命令していた。

 街に残された無法者達の行動を監視するためでもあるが、本命は街にエドゥアルドが潜伏していた場合に備えてだ。

 だが監視網にエドゥアルドは引っ掛からず偵察機は街中で行われる残党狩りを映すだけだった。


「街中での戦闘は停止。残った残党も粗方処刑してから目立った動きは見えません。ですが街の住人の動きから何らかの準備は行っているようです」


「案外早く狩り尽くしたな。まぁ、それだけ恨みが積もっていたんだろう。だけど狩り尽くした後の動きが分からないから正直言って関わりたくない」


 ついこの前まで支配され搾取されていた街の住人達。彼等が怒涛の様な勢いで生き残った無法者達を狩っていたのが二日前まで。

 戦闘が止んでからは正当な報復と言わんばかりの処刑が行われた。

 嬉々として残党を吊ったり容赦なく袋叩きにする映像。正当性があるとしても当分の間は街に不用意な接触を控える事を決めさせるには十分なものであった。


「それでも一応は街の監視は継続で。それで工業塩とそれに類する資源の備蓄状況はどんな感じ?」


「そちらは私が説明しましょう」


 その言葉にノヴァが振り向けば本拠地の運営、資源管理を担っている一号ことデイヴがいた。

 サリアやマリナ達が高性能で人に近いハイブリット型の機体に乗り換えていく中でデイヴはフレームが剥き出しの古風な機体を使い続けていた。

 無論、機体はノヴァの手によって製造整備された物であり錆や目立った傷は無い。

 だが彼はこの古風な機体が気に入っているのか新たな機体に乗り換えようとはしなかった。

 もし仕事に支障があれば新しい機体に乗り換えるのをノヴァは勧めた。だが今の所大きな問題は起こっていないので本人の意思を尊重して身体はそのままだ。


「今回は短期間の製塩であるため工業塩を筆頭に想定以下の資源しか回収できませんでした。それでも大量消費の予定が無ければ三か月は持ちます」


「たった三ヶ月分しかないのか……」


「アンドロイドの流入は未だに止まる気配が無いので本拠地の消費資源は上昇するばかりなので仕方がありません。代わりの採掘施設を建設するか資源消費を抑えるしかないです」


「抑えてどれくらい持つ?」


「再利用を行うにしても半年。100%の回収は不可能ですから。運用していけば回収できない細かな破片として少しずつ摩耗していくのは避けられません」


 再利用にも限度がある。それは分かりきっていたことだが具体的な数字は頭の痛い問題である。

 持たせて半年。六か月の間にノヴァは解決策を見付けなければいけない。

 無論六ヶ月が過ぎたからと言って直ぐに大きな問題が起こる訳ではないが、間違いなく何処かで問題は起こる。

 それは始めこそ小さいが時間経過と共に膨らみ限界を迎えた瞬間に破裂するだろう。


「現状では第一候補であった沿岸部が使えないのであれば第二候補地に新たな製造拠点を構えるしかありません。ですが建設予定地には非常に強力なミュータントが多数確認されています。現状の遠征部隊であっても苦戦する事は免れません」


「そうなんだよな。デーモン以上のミュータントがゴロゴロしているし何だよあの魔境は」


 サリアを筆頭とした遠征隊の装備は常に最新の物である。

 並のミュータントであれば造作も無く蹴散らし、地方都市で遭遇したデーモンであっても正面から戦い勝てる練度にまで高まった。

 

 だが第二候補地に生息しているミュータントは桁が違う。

 デーモンの体高2~3mの大きさで最低クラス、並で5~7mの体高、現在確認できたもので最大は10mを超えている。

 文字通りサイズが違う。アンドロイドの携行兵器では焼け石に水。豆鉄砲でしか無く根本的に対抗する事が出来ないのだ。

 そんな魔境染みた場所が第二候補地であり、其処しか有力な採掘地が残されていないのだ。


「攻略プランの一つで現有の偵察機を爆装させれば簡易的な対地攻撃機として運用は可能です。しかし消費される航空爆弾の製造にかかる資源は膨大で赤字になります」


 アンドロイドでダメなら航空兵器は如何か。その考えを参考にデイヴと共に試算を行ったノヴァだが結果は散々なものである。

 大量に消費される弾薬と爆弾。しかし浪費に見合う戦果は得られないとシミュレーションで判明した。

 

「あぁ、これがエドゥアルドが言っていた人類生存圏の縮小の原因かな。そりゃあ何もかもがない崩壊した世界で巨大怪獣が来れば諦めるしかないだろうさ」


 第二候補地がある場所はゲームでは存在しない。

 オープンワールドとは言え限りがありプレイヤーが辿り着ける限界は決まっていた。

 其処はゲームの内側だ。外側は存在せずオープンワールドに奥行きを見せるための固定された映像が変わらずに映り続けているだけだった。

 そして今回、外側に踏み入れたノヴァが見たのは巨大なミュータントが蠢いている魔境であった。

 未だに巨大ミュータントがノヴァ達の下へ押し寄せてこないのは現状の生息範囲で事足りているからなのか、それとも別の理由があるのかは現状では分からない。

 

 だがノヴァは何時までも指を咥えて魔境を遠くに見続けるつもりはない。


「そうなると攻略、占領には戦車が必要?でも戦車だけじゃ力不足なんだよな」


「そうです。大崩壊前の連邦軍であっても第二候補地を占領・支配する事は困難です。潤沢な補給と戦力を大量に投入し諸兵科が連携し絶え間ない襲撃に備える必要があります。現状の我々では不可能でしょう」


 戦車だけでは足りない。一点特化の能力では駄目なのだ。

 最低でも飛行型のミュータントに備えて対空砲が必要で。地中から襲ってくるミュータントに察知して逃げ、ミュータントを倒すのに丁度よく長持ちする火砲が必要で。ミュータントを振り切れる移動速度が出せる必要がある。

 とても戦車一台で対応できる範疇を超えており、全てを満たそうとすれば多くの兵科と共に連携して対処しなければいけない。

 そうなれば攻略に必要なのは数多くの兵器を持った軍団であり、流石にノヴァ達であっても不可能に近い。


「過去の兵器を再現しようにも能力が特化し過ぎているんだよ」


 戦車、自走砲、戦闘機、ミサイル等の多くの兵器が対人類を念頭に開発された兵器だ。

 明らかにミュータントとの継続的な戦闘に適しているとはいえない。

 今ノヴァが欲しているのは何でもこなせる器用貧乏な兵器なのだ。

 だがそんな兵器はない。過去の連邦軍でも帝国軍でも開発したという記録は無い。


「──作ろうか、器用貧乏な兵器」


「あるのですか」


「ない。だから作る。試作に使える資源はどの位ある」


 散々頭を悩ませたノヴァだが参考になりそうなものはなかった。

 

 ならば一から作るしかない、対人類の系譜から外れた兵器を生み出さねば先が開けないのだから。


「此方になります」


「それで充分。今週中に設計を終わらせて一ヶ月以内にはプロトタイプを作ろう」


 実は大まかな案は以前からあった。

 だがそれはこの世界では異質であり、世に出した瞬間にどのような影響があるのか未知数であり、何より製造に必要な設備も資源も無い。

 それに加え過去に全く例を見ない兵器であるせいで参考になる具体的な設計図は皆無。運用ノウハウも皆無という頭のネジが一本どころかダース単位で無くした産物である。

 

「分かりました。それではこの計画の名前は如何しますか」


対大型ミュータント駆逐機動兵器Anti-Large Mutant Destroyer Mobile Weapon製造計画……長いな。頭文字でALMDMWだからAWプランで」


「分かりました」


 だがノヴァは腹を括った。

 外聞よりも今の生活を維持する事の方が最優先なのだ。

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