生存戦略!

第56話 休養期間

 無茶をした自覚はある、その代償として身体の彼方此方が痛み碌に歩く事が出来ない。

 鎮痛剤で痛みは何とか誤魔化せてはいる、もしこれで鎮痛剤が無ければ碌に眠る事も出来なかっただろう。

 もし事前にこの痛みを体感する事を知っていれば無茶はしなかったのかとノヴァは自問するが何度問いかけても帰ってくる答えは否である。

 

 ──ペロペロ


 あの時──頭のいかれた自称帝国最高峰の頭脳を持った生物学者エドゥアルド・チュレポフとの邂逅はノヴァにとって全くの想定外であった。

 彼が語った言葉、人類の生活圏の縮小や在来種の人間に代わる人類の創造などに僅かながらに興味を持ってしまったのも事実だ。

 だがその過程で行われる人体実験を含めた行為は容認できるものではなかった、ノヴァとは相容れない人間である事を知り拒絶した。

 その事に後悔は無い、本音であればノヴァは自らが選ばれた存在であると何処かで驕っていた。

 それにノヴァは自らが強いかと問われればさんざん悩んだ末で強いと答えられる程度の強さは持っていると思っていた。


 ──ペロペロペロ


 だが拒絶の直後に襲われたクリーチャーによって驕りは木っ端みじんに砕かれた。

 死闘と言っても過言ではない戦いには辛うじて勝てた、だが人型クリーチャーを倒した直後にもう一体、エドゥアルドの傍に控えていたクリーチャーを差し向けられたらどうなっていただろうか。

 恐らく高い確率で敗けて捕らわれていただろう、そして狂った科学者によって同胞に変えられていたに違いない。


 そこから先はどう考えても碌な事にはならない、それだけは確信できた。

 だがノヴァは生き残った、見逃されたともいえるだろう。

 その事に関しては助かったと安堵する気持ちがある──だが舐められた、何時でも捕らえられると見下されると感じてしまった。


 ──ペロペロペロペロ


 だからこそノヴァは決めた、次に会ったら必ず殺すと。

 己の命、尊厳を守る為に自称帝国最高峰の頭脳を持った生物学者エドゥアルド・チュレポフを容赦なく万全の構えで殺害する事を。






 そんな風に何時か来るであろうマッドな科学者に対して絶対ブチ殺すと決意したノヴァの現状、それは──


「ポチ、まだ終わりゃ、せんか、まだすか、うっす……」


──ペロペロペロペロペロペロペロペロッ!!


 と、ポチに顔をひたすら舐め回されていた。


 事の起こりは死闘を終えて意識を失ってから丸一日経ってから起こった。


 死闘に伴う肉体疲労、強化薬物の過剰摂取によってノヴァの身体は命に別状はない物の大きなダメージを負っていた。

 ゲームであればダメージを負っても回復薬で即座に体力を回復できた、だが現実はゲームとは違い無茶の代償はノヴァの身体を蝕んでいる。

 ダメージを負った身体は碌に動かす事が出来ず、そして全身には絶え間ない痛みがあった。

 それでも丸一日寝た事と鎮痛剤により大分マシにはなったのだ。


 そして目が覚めた瞬間を見計らったかの様にサリアがノヴァの病室に現れた──ポチを伴って。

 その動きは正に風のようであった、四肢が躍動し全身の筋肉が無駄なく動いていた。


 目で追えてはいたが、寝起きの頭は情報を上手く処理できなかった。

 ベット目掛けて駆け出し跳んだ、その着地地点はノヴァの身体だった。


「お~、ポチ、久ぶりゃああ!?」


 ポチの全体重が小さな四肢に集約され身体に突き刺さる。

 別に死ぬほどのものではない、只ひたすら痛かっただけだ──だがそれでポチは終わらなかった。


「ワウワウ!」


──ペロペロペロペロペロペロペロペロッ!!


「おち、落ちつ!鼻ぁああ!!」


 ポチの舐める!ノヴァは避けられなかった!!

 

 顔を舐め、瞼を舐める、そして舌を丸めて鼻の穴にまで押し込もうとするポチ。

 其処に悪意はない、ずっと心配していたのだろう、傷も負っているから舐めて治そうとしているのかもしれない。

 最初こそ容赦ないペロペロ行為を中断させようとしたノヴァだが現状では碌に身体を動かす事は出来なかった。


「んなあぁぁぁ~」


 よって抵抗を諦めた、ポチに気が済むまでなめさせるしかなかった。

 それでも舌を丸めて鼻に押し込むのだけは阻止した、小型犬ならまだしも大型犬に分類されるポチの舌では冗談抜きで鼻の穴が裂けそうであったからだ。


「ママッ!パパが食べられちゃう!」


「大丈夫です、怪我をして帰って来たパパが無事か確かめているだけですから」


 病室の入口では何時の間にか来ていたルナリアがポチを指差しながら涙を流していた。

 傍にいたサリアが慰めているが初めて犬を見たルナリアは泣くばかりで話は耳に届いてないようだ。

 

 それからもう少しだけポチのペロペロタイムが続いた。

 そして満足したポチがベットから下りてから漸くノヴァはルナリアに家族の一員であるポチを紹介したのだった。











「ポチ 捕って来て!」


「ワウッ!」


 ルナリアが投げたフリスビーは只の子供では出せないであろう速さで遠ざかるがポチは見事にキャッチする。

 尻尾をブンブン振りながらルナリアの下に駆けていく姿は実に楽しそうである。

 そしてフリスビーを受け取ったルナリアもまた嬉しそうに笑いながら再度フリスビーを勢い良く投げる。

 そんな微笑ましい遣り取りをノヴァは車椅子に座りながら眺めていた。


「流石アニマルセラピー、心配していたが直ぐにルナと打ち解けてくれてよかった」


 最初の出会いこそ余り良くなかったルナリアとポチ、互いに声を上げることなく睨み合っている姿を見て如何にか打ち解けられないか方法を模索していたノヴァ。

 だが尿意によってノヴァがトイレに籠っている間に一人と一匹は何時の間にか仲睦まじくしていた。

 もしかしたらノヴァが目を離した間に二人の間で格付けが終わった事によるものなのかもしれないがノヴァとしては仲良くなったのであれば問題は無かった。

 その後はサリアに車椅子に乗せてもらい自宅にある庭でルナとポチを遊ばせることにしたのだ。


「それにしても何時の間にこんな豪邸作ったの?大きな庭付きで一部屋が大き過ぎて驚いたよ」


「ノヴァ様の自宅については最初から計画にありました。今迄は生活基盤を最優先で建設していたため後回しになっていたのですが一通り建築も済んだので着工したのです。一週間前には建物は完成し四日前には内装を仕上げました」


「出来立てほやほやだ、それにしても医療設備まで整えた病室まであるなんてなんて言えばいいのか……とっても贅沢?」


「これ位はノヴァ様が成されてきた事に比べれば大したことではありません。それに今後の事も考えれば警備が不足しています、不意に襲撃を受けた際の迎撃設備にも改善の余地が多くあるので安心はできません」


 迎撃設備まで考慮するのは行き過ぎではないかとノヴァは考えるが虎視眈々と身体を狙っているであろうマッドを考えればサリアが不満なのも頷ける。

 根が小市民な日本人としては豪邸には戸惑いが大きいが慣れるしかなかった。

 

「成程ね、それじゃ自宅に関してはサリアに一任するから任せたよ」


「お任せ下さい」


「うん、任せた。それで気を失った後はどうだ」


「特に大きな問題は起こっていません。ですが街の方では大きな動きがありました」


 そう言ってサリアは車椅子に座ったノヴァに端末を渡す。

 画面には偵察機から撮影した映像、撮影日時からして気を失ってから今日に至るまでの映像ファイルがあった。

 先ずは気を失ってからの映像ファイルをノヴァは選択、画面に映し出された映像を見るが最初の方は人が一人も映っていなかった。

 しかし時間の経過に伴い街の住人が少しずつ表に出てくる、そして終盤に至っては街の中心部には大きな人だかりができていた。


 そして翌日、画面に移された街は大きく動き出していた。


「うわ~、立場が逆転してんじゃん」


「残党を警戒して常時偵察機を飛ばして動きを監視していましたが街の住人が報復行動を開始したようです。街の至る所で戦闘が行われ多くの怪我人を出しながらも戦闘が停止する動きはありません」


 画面には映されているのは逃げ惑う無法者達と、手に武器をもって追い掛ける住人達。

 一夜にして立場は入れ替わり始まったのは命懸けの鬼ごっこ、捕まれば待っているのは死──いや街の住人達の受けた仕打ちを考えれば楽には死なせないだろう。

 死に至るまでに凄惨な報復が行われるのは想像に難くない。


「諸行無常と言うべきか因果応報か。まぁ、それだけの業は重ねて来た奴等だからな。それでこの動きは計画の無い突発的な動きなのか、それとも組織的に動いているのか?」


「始まりこそ組織立った動きではなく突発的なモノでした。ですが時間経過と共に現在は組織的に動き出して残党狩りを行っています。この調子であればあと数日で事態は沈静化するでしょう」


「そっか~、沿岸拠点の解体は早まった行動だったかな?」


 サリアの予想通りに事態が進むのであれば無法者達の襲来を考えて施設を解体した事が無駄になってしまったとノヴァは考える。

 だが画面に映る復讐に取り付かれた街の住人の姿を考慮すれば別に無駄でない、何より彼等のアンドロイドに対するスタンスが敵対であれば何れ襲撃されるだろう。

 それを考えれば解体は誤った選択とは言えない、ノヴァはそのように考えた。

 

「……何人か偵察機に視線向けてない?もしかしなくても見られてる?」


「情報収集を優先して低高度を飛行していますから視力が優れた人物であれば視認できます。ですがそれだけです、碌な対空兵器を持たない彼等は何も出来ませんよ」


「そうか、ならいいいけど」


 画面に移された映像の中には明らかに偵察機に視線を向けてる住人が何人か確認できた。

 そして彼等は手に持った武器を掲げて何かを叫んでいる様に見える。

 偵察に対する威嚇か、それとも俺達の街に手を出すなと叫んでいるのか、映像から口の動きを解析しようにも煙や元の映像の解像度の低さから分析は出来なかった。

 それでも血気盛んで無法者達を殺しまくっている街の人間に関わる気はノヴァには全くなかった。

 できれば沿岸拠点は速やかに解体するか、街の住人が襲ってきた時に中に引き込んで拠点ごと爆弾で吹き飛ばそうと考えている。


 だがノヴァが気になっているのは街の様子だけではない。

 優先度で言えば街から逃げ出したマッドサイエンティストの行方の方が最重要であった。


「それでマッド、エドゥアルドの行方は何か分かったか」


「そちらに関しては奴等は街の地下に張り巡らされている下水から逃走したようで上空からの偵察では何の情報も得られませんでした」


「下水道については……流石に無いか」


「はい、街の地下にある下水道に関して全くの情報がない為逃走経路の予想も出来ません。また偵察機の機数も限られ街の継続的な監視が限界でした」


「そうか、なら追跡は諦めよう。あれ程のクリーチャーを従えていたんだ。まだ偵察機の活動範囲内にいるだろうが現状のセンサーでは捉えられないだろう」


 サリアは現状において最適な手を打ち続けた。

 その上で見つからないのであれば相手の方が上手だったのだ。其処はもう諦めるしかなかった。


「……戦力強化が必要だな」


 現状で破格と思っていたノヴァの戦力、しかし実際の所は命辛々で生き延びたに過ぎない。

 それも相手が今少し戦果を欲張っていたら敗れていた、そんな薄氷の上での勝利に何の意味があるのだろうか。


 このままではいけない、次こそは敗れるかもしれない、そう考えれば何時までも呑気にしていられない。

 手元の端末を操作し、今後の活動に必要と思われる資源、兵器をピックアップし──


「はい、そこまでです」


 ノヴァが操作していた端末はサリアに取り上げられた。

 端末を取り返そうとノヴァは腕を動かそうとするが碌に動かない腕では端末をサリアから奪い返す事は出来なかった。


「確かに街での戦闘は辛勝と呼べるものでした。ですが此処は我々の本拠地、動員できる戦力も街の比ではありません。絶対とは言い切れませんが非常に高い確率で迎撃が可能なので気を張らないで下さい」


 サリアの言う事は事実である。ノヴァが今いる場所は本拠地の最重要区画である。

 警備も厳重であり、いざという時には多くの戦闘用アンドロイドが駆け付ける事が可能だ。

 それを指摘されれば流石にノヴァも口を閉じるしかなかった。


「それにノヴァ様に今必要なのは休息です。それと今からは昼食の時間です」


 サリアの言葉と共に庭に食事を持ったアンドロイド達が現れ昼食の場を整える。

 そしてノヴァの目の前に差し出されたのは栄養バランスを考えつつも食欲を掻き立てられる料理達だ。


「わ~お、凄い美味しそう。いや絶対美味しいでしょう」


 ノヴァの乏しい語彙力では料理を見てもそれくらいしか出てこなかった。

 それでもサリアを含めたアンドロイド達には十分なようで誇らしげな表情している。


 だがこれで終わりでは無かった。ノヴァに食器は渡されずサリアが代わりに食器を持ち料理を切り分ける。

 そして一口大に纏めた料理をスプーンに載せノヴァに差し出した。


「……サリア、流石に一人で食べられるし、あと半身不随ではないので車椅子は要らないかと──」


「駄目です、最低でも一週間は座ってください。その間のお世話は私が責任を持ってやりますので何も心配する事はありません」


「あ、いや……ハイ、ワカリマシタ」


 取り付く島は無かった。それ以前に碌に動かない腕で如何やって食事をするのか。

 深く考えなくてもサリアの食事介助は必要であるのだ、とノヴァは自分にそう言い聞かせる。


「口を開けて下さい、あ~んです」


 ノヴァが開けた口にサリアが差し出したスプーンが入っていく。

 スプーンから舌に乗った料理は見た目通りの美味しさを味覚神経に伝える。

 気付けば口の中にあった筈の料理は消えていた、口の中が寂しくなりお代りを頼もうとしたノヴァ。

 しかし目の前には既に新しい料理を乗せたスプーンが差し出されていた。

 サリアから出された料理をノヴァは口に入れ味わった。


「おいちい……」


 自分の中の何かが音を立てて崩れる音がする──それとは別に何か開いていけない扉が開く音がノヴァに聞こえてくる。

 

 急いで身体を治さねば、そう決意したノヴァは無心に、されど味わって料理を食べる。

 その姿は親鳥から餌を貰う雛鳥のようであり、親鳥であるサリアが非常に満足そうな表情をしているのをノヴァは見ない振りをした。


 なおルナリアとポチは各々食事に夢中でノヴァを見ていなかった事がノヴァの今日の救いであった。

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