第55話 アンドロイド側の思惑
「いや~、本当に今時珍しい擦れていない素直な人達でしたね。生まれた環境を思えば今迄生き残れたのが不思議でなりません!」
そう言ってマリナは上機嫌で拠点への帰り道を歩き、その後ろには物資回収拠点を任された上級アンドロイドが護衛として付き従っている。
「……まぁ、実際の所はあの気弱な気質のお陰でメトロが生かさず殺さずの判断を下した結果でしょう。使い潰す前提で生かされたと私は考えますが、貴方はどうですか?」
「サードと同じ考えですよ。彼等はメトロにとって都合の良い道具でしかなかった。だからメトロで起きた政変で真っ先に切り捨てられた、その境遇には同情しますよ」
二人の考えは同じであった。
スカベンジャーである彼等が如何に働こうとメトロは彼等を認めない。
もし認めてしまえば薄氷の上で保たれたメトロの平穏は瞬く間に破壊されてしまうだろう。
メトロにとってスカベンジャーは便利でありながら厄介な存在でしかないのだ。
「それで貴方が態々此処に脚を運んだ理由は何ですか。契約を結ぶだけなら私に権限を与えて代行させれば簡単に終わるでしょうに」
「それは彼等に期待している事を明確に示す為にも必要と考えたからです。それに地上に追放された彼等を直に見てみたいと思いまして」
二人のアンドロイドが脚を止めることは無い。
スカベンジャー達の根城と拠点との間はミュータントが出ないように間引いたばかりであり比較的安全である。
それでも仮にミュータントが出てこようとも二人の敵では無い、戦闘を想定した身体を持つ上級アンドロイドは勿論の事マリナも最低限の武装は施してある。
それもあって二人は会話を途切れさせる必要は無く、会話は続いていた
「それが全てではないでしょう、此処までくれば彼等の耳には届きません。教えてくれてもいいではないですか」
「酷いですね。まぁ、彼等に言った事も本当の事ですが理由に占める割合は三割しかありません」
「残る七割は何ですか?」
「私が彼等に求めているのは主に二つです。一つは今後接触するであろう小規模コミュニティーにおける我々の関与が与える影響についての調査。二つ目は我々アンドロイドに対して友好的な人間を増やすためです」
歩きながらマリナは上級アンドロイドの疑問に答える。
スカベンジャー達に語った事は嘘ではなく本当の事ではある、しかしマリナは彼等に全てを伝えてはいないし今後も教えるつもりは無い。
「今後ノヴァ様の活動範囲の拡大に伴って私達の活動範囲も広がっていくのは確定です。その範囲内には大小問わず生存している多くのコミュニティーがあるでしょう。それらと接触する前に我々が接触した事によってコミュニティーにどのような影響を与えるのか参考になる具体的かつ詳細なデータが欲しかったのです。そのデータ収集のサンプルとしてスカベンジャーは実に都合が良かったのです」
拠点へ続く道を歩くマリナ、その脚は止まることなく背後に付いて来る上級アンドロイドに此処に来た本当の目的──データ収集の意義を語る。
「彼等のコミュニティーは丁度良い大きさでした。それで我々の干渉によってどのように変化するのか、何処まで干渉できるのか、その線引きは、禁忌は何なのか、得られる情報は大変貴重です。今後のコミュニティーとの接触とその後の関係構築の参考になります。それに育成にかかる費用に関して言えば私達に大きな負担は無いと言えるでしょう。廃棄予定の食料と装備を流すだけでいいのですから」
スカベンジャーの育成に掛かる費用、共通の通貨を持たない現状では現物供与になるしかない。
そして拠点には現物給与に使える物資──行商人達から買上げた使い道のない食料が大量に保管されていた。
どうして食料を消費する人間がノヴァしかいないアンドロイド達が大量の食糧を持っているのか、その理由はマリナが計画し現在進行形で行っている事業が原因である。
マリナはポールをはじめとした行商人達を通して流通経路の拡大と交流の促進、経済活動の活発化を目的に事業を開始した。
しかしこのマリナの計画にも穴があり、それは行商人を通して得られる物が食料位しかなかった事である。
そもそも行商人達が活動している一帯が小さな農村や町しか無く生産物が売り物になりそうな商品が農作物をはじめとした食料品しか無いのだ。
それでも交流促進と経済活動の活発の為にノヴァ達アンドロイド側が赤字で事業を継続しているのが現状であり、今後十年程の時間を掛けて農村の開発を進める計画であった。
しかし今回のスカベンジャーとの契約により不良在庫と化していた食料の処分先が決まったのだ。
装備に関しても遠征部隊をはじめとした戦闘部隊の装備更新は続いており旧式化した武器や防具が倉庫に積み上がっていた。
分解して再利用する事も可能だが手間と時間が掛かるばかりであり、装備は新造したほうが早かったため倉庫で埃を被っていたものだ。
本拠地では無駄に倉庫を圧迫していた物がデータ収集のついでに価値を持って処分できるのであれば喜ばない理由がない。
「ですが過度な干渉は行いませんよ。それで得られるのは口を開けて餌が貰えるのを待つ雛鳥ですから。そんな面倒なコミュニティーのデータは参考にもならない不要なものです。彼等からは自ら考えて行動し結果を得る、そんな健全なサイクルを経て成長したデータが欲しいのです。その過程で友人になれたらいいなと考えていましたが友人になるのに時間は掛からなそうですね」
マリナの答えを聞いた上級アンドロイドは考える。
確かに中途半端な保護は後々禍根を生み出す事を歴史が証明している。
それを防ぐには彼等には援助を通して自立をしてもらい、その上で契約や友好関係を築く方が互いの利益になる。
そして今回の場合であればスカベンジャー達は古巣であるメトロとアンドロイドを比較してくれるだけで勝手に信用と信頼が時間と共に積み上がり友好関係の構築に大して手間がかからない。
だが彼女の本当の目的はもう一つ残っている。
「成程、一つ目の目的は理解した。それで二つ目はどうなんだ」
「友好的な人間を増やしていくのは今後人間勢力との交渉を円滑に行うため、そしてアンドロイド達の働き先の確保ですよ」
アンドロイド達の働き先の確保、それが何を意味しているのか上級アンドロイドはイマイチ理解できなかった。
「働き先も何も我々はノヴァ様の下で働いているのだが?」
「あぁ。そう言えば貴方は元々が軍用アンドロイドでしたね。貴方には回収拠点の運営は崩壊前と変わらない業務だったのでしょうが他のアンドロイド達は違いますよ。接客を目的に作られたアンドロイドもいれば、保育や教育の為に作られたアンドロイドもいるのです。そして彼等には今行っている物資回収の仕事はあまり好ましいものではないのです」
何でもできるように見えるアンドロイドだが大崩壊前から生き残っている個体は全て何らかの仕事に従事する為に専用で作られている。
それは教育、医療、美容、食品等アンドロイド達にはそれぞれ作られた時点で割り振られた仕事に電脳が最適化されているのだ。
だがその能力の多くはノヴァの下では発揮できず現状は物資回収や戦闘、製造と言った特別な能力を求められない仕事に従事するしかないのだ。
無論アンドロイド達も自分達が置かれた環境がどんなものであるかは理解している。
だがそれでもと大崩壊前に行っていた職業に就きたいと考えるアンドロイドは数多くいる。
自我を持ったことで不適切な刺激を受けたアンドロイドは人間と同じように精神的なストレスを感じる様になってしまった。
それを防ぐ為にもアンドロイドは適度な刺激の供給源として人間との関りが必要だ。
だが人間であれば誰でも良いという訳ではなく、極悪人などアンドロイドにとってはストレス解消どころかストレスを急激に悪化させてしまう。
故にアンドロイドにとって無害且つ安全な人間の確保が必要であり、スカベンジャー達はそれに合致した人間であったのだ。
「だからと言って本拠地で元の仕事に就いたとしても人間はノヴァ様だけで利用者は殆どいない。これで我々が自我なんかを持たなければ与えられた命令に永遠に従っていれば良かったのですけど私も貴方も含めて我々には自我が芽生えてしまいました。……誰も利用しない店で待ち続けるのは死ぬほど辛いですよ。なので人間に我々は危険な存在ではないと宣伝しているのです。ゆくゆくは本拠地にもアンドロイド以外の住人を迎え入れたいと私は計画しているんです」
マリナが語る計画は壮大である、だが決して不可能な事ではない。
現にポールをはじめとした行商人達とは友好関係を築き上げている、此処から彼等に友好的なアンドロイドの存在を宣伝してもらうつもりだ。
そうすれば興味を持った人間が少しずつ集まってくるだろう、無論現状のアンドロイドに対する警戒心を考えれば長い期間を必要とするのは避けれない。
だが時間はアンドロイドの味方である、機械の身体は適切な整備が行われれば人間とは比較にならない寿命を持つ、それは人間が古来から憧れ続けた永遠の命とも言えるだろう。
だからこそマリナはスカベンジャーを選んだのだ。
マリナが進める計画のサンプルに丁度良い規模を持つコミュニティーであり、その追い詰められていた状況もアンドロイド側にはプラスであったのだ。
「これが現状の私が考えている事です。何か質問はありますか?」
「ありませんよ。貴方の目的は理解しましたが気の長い計画とはいえ不用意に彼等を追い込まないで下さいよ。彼等と長く接するのは私になりそうなのでギスギスした関係にはなりたくないのです」
「酷いですね、まるで私が彼等を使ってあくどい事をやろうとしているみたいに聞こえます」
「そう見えてしまうんですよ、貴方は」
帰り道で二人のアンドロイドは笑いながら歩き続けた。
実際の所マリナの計画が成功するには何年かかるのだろうか、一年か、十年か、もしくは百年か。
だが進める価値のある計画である、その先には大崩壊前の人間とアンドロイドが共に生きていた時代が再来するだろう。
「ですが貴方の懸念も理解できるので其処は加減をしま──ちょっと待って下さい」
マリナと上級アンドロイドとの他愛もない会話は突如止まった。
その原因はマリナに届いた緊急連絡であり、しかし上級アンドロイドの権限ではその内容は知ることが出来ない。
だが先程迄ノリノリで話していたマリナが黙る程である、余程の緊急事態が発生したと上級アンドロイドは身構える。
「何か緊急事態が発生したのですか!一刻も早い対処が必要であれば協力します!」
「え、え~と」
真剣な表情をした上級アンドロイドとは正反対にマリナの表情は何とも言えないものである。
視線を泳がせ、口を開いては閉じるを繰り返すだけであり──しかし上級アンドロイドの真剣な眼差しに観念したのか口を開いた。
「ノヴァ様がやらかしました……」
ノヴァ様がやらかした、それを聞いた上級アンドロイドは張り詰めていた表情を解き何とも言えない表情をマリナに向ける。
「私は急ぎの仕事に戻ります。……ですが、まぁ、頑張って下さい」
そしてマリナを追い抜き拠点へ一人で歩き出した。
「あ、ちょっと!」
マリナが止める間もなく意外にも速い足取りで上級アンドロイドは拠点に帰って行く。
置いて行かれたマリナだが周囲に誰もいないか確認すると大きく息を吸い──大声で叫んだ。
「ノヴァ様何やってんですか!!!」
アンドロイドの自我、それは人間の持つ意思や感情にかなり似ていると言えるだろう。
人間と同じように悲しみ、喜び、怒り等の感情を感じる事が出来る──出来てしまう様にアンドロイド達は変化してしまった。
故にマリナは叫ぶ、いや叫ばなければならない、この様なやらかし案件を起こしてしまったノヴァに対する湧き上がってくる感情を上手く処理しなければいけなかった。
「私が欲しいのは適度な刺激なのです!こんなやらかし案件は求めてないのです!まぁ、頑張って熟しますけど!絶ッッッ対特別手当を請求してもぎ取ってやる!!」
マリナの叫びは誰にも聞かれる事なく廃墟に消えていき、叫び終えたマリナは急いでノヴァがやらかした面倒事の後始末に動き出した。
だがマリナは知り頭を悩ませるだろう、ノヴァが起こしたやらかし案件の詳細を。
街を占拠していた無法者に全滅に近い大損害を齎し、何故か生き残っていた帝国の生物学者と昔の映画の様な派手な戦いを繰り広げた事を。
その全容が撮影され電波を用いない現存していた有線通信を通して連邦中に配信されていた事を。
──そしてマリナの計画がとんでもない軌道変更に晒される事になるのを。
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