第54話 棄てられた、価値がない者達 下
アンドロイドにスカベンジャーを売り込む。
メトロから地上に追放されたスカベンジャー達が生き残る為に下した決断である。
ジョズが持ち帰ったアンドロイドとの試験雇用をウィルが率いるスカベンジャーは全力で務めた。
実際の仕事内容は彼等が地上の都市で行う物資回収の道案内人だ。
彼等が最も欲しがる金属資源の溜まり場に案内する、付近を徘徊しているミュータントに遭遇しない様に移動の時は先導を行う。
実際の物資回収はアンドロイドが担当し、その時のスカベンジャーの仕事は周りの警戒を行う事である。
他にも実際の戦闘はアンドロイド側が行う、回収した物資の質と量によって報酬は増減するなどの細かな取り決めはしている。
だが少人数でコソコソとミュータントから隠れて行っていた物資回収とは違い多くのアンドロイド達を伴っての回収作業は勝手が違っていた。
大人数が移動できる経路の選定、警戒すべきミュータントの種類と数、道中で起こるであろう不測の事態。
慣れない作業でありながらもウィルは仲間達と共に日夜頭を悩ませ、不意に遭遇したミュータントの集団を容赦なく殲滅するアンドロイド達に肝を冷やされながらもなんとか大きな問題を起こす事なく試験雇用期間を終えた。
「ジョズ、ダニエル、俺もうメトロの人間を信用できなくなっちまった。アンドロイド達に乗り換えた方が良くないか?」
「分かる、分かるが早まるな。まだ試験雇用が終わっただけだ、今後も継続して取引が出来るかは分からないんだ、気を抜かないでくれ」
試験雇用期間を通して必死になって働いたスカベンジャー、その対価として与えられた報酬がスカベンジャー達の目の前に積み上がっていた。
根城にしているビルの一画に積み上がる報酬は水や肉を含めた食料品は言わずもがな、包帯や薬といった貴重な医薬品、それに僅かながら嗜好品も含まれている。
「見ろよ量は少ないが酒があるぞ。それに……味も悪くない、いやメトロの安酒が不味すぎたのか、俺は初めて酒の本当の美味しさが分かった気がする」
「オイこらダニエル、先に味見してるんじゃねぇ!」
「騒ぐなウィル!いつ連絡が来るか分からないから気を抜くな!」
目の前にあるアンドロイド達から対価として渡された報酬をスカベンジャー達は最初信じられないような目で見ていた。
だが実物を手に取りそれが夢でも何でもない現実であると認識して初めて顔が綻んだ。
メトロでは必死になって集めた物資は買い叩かれ僅かな報酬しか得られなかった、それに不満を抱き買取価格を上げるように働きかけようとすればメトロ全体に即座に通達され何処も買取を拒んだ。
スカベンジャーが相手にしたメトロは巨大であった、逆らった下層民に掛ける慈悲はなく彼等は生きる為に飼殺され燻ぶる事しか選べなかった。
だが今回の仕事は全く違った。
大変な仕事だったがそれに見合う報酬を手に入れたスカベンジャー達の顔には今迄感じた事のない達成感と喜びがあった。
「ジョズ分かってる、だがアンドロイド達は明日以降に連絡すると言っていただろう。だから今夜くらい少し気を緩めてもいいだろう、お前も飲むか?これ飲んだらメトロの安酒がミュータントのションベンにしか感じられないぞ!」
だからこそジョズは仲間達が興奮し過ぎている事に気付きながらも止める事は出来なかった。
それにジョズ自身も彼等と同じ様に報酬を目にして気持ちは昂っていた。
「あぁもう!酒は飲み過ぎるなよ!」
スカベンジャー達は得られた報酬を前にして誰も彼もが浮かれ騒いだ。
ジョズとしては浮かれる事を出来れば諫めたいが苦労の連続であった最近を思えば仕方がないと受け入れるしかなかった。
そうしてスカベンジャー達が占拠しているビルの中では小さいながらも今までの苦労を労う形で宴会が開かれていた。
誰もが腹いっぱいに食べ、水で、酒で喉を潤した、それはスカベンジャー達の奥底で溜まっていた不平不満の大部分を解消してくれた。
そんな姿を宴会から少し離れた席でジョズは見ていた。
仲間達が浮かれる姿に呆れながらも微笑ましく見物していた──だが、その表情は手元にあるモノを見れば長くは保たなかった。
「ジョズ、俺の様に浮かれろとは言わないが肩の力を抜いたほうがいいぞ」
「ウィルか……、確かにリーダーの言う通りだ。けどコレが気になって仕方がないんだ」
そう言ったジョズは酒瓶を片手に持って近付いて来るウィルに手に持った
それはアンドロイド側からスカベンジャー達に渡された物、今後も仕事を頼む際にあれば便利と言う事で渡された通信機能を持たせた端末である。
メトロにおいて遠目で見る事はあっても自分には一生縁のない物だと思っていたジョズにしてみれば気になって仕方がない物であった。
アンドロイド達が彼等の拠点に戻った後は誰にも貸すことなく一人で子供が新しい玩具を手に入れた様に夢中になって操作していた、だがそれも直ぐに終わった。
スカベンジャー達に与えられた端末は機能を制限された物であった事も理由の一つ、だが最も大きな理由は掲げた端末の画面に表示された一覧である。
「画面に載っているのは俺達が対価として得られる物の一覧だ。水と食料は分かる、これが無いと俺達は生きていけないからな。医薬品も酒もあったら仲間達が喜ぶから分かる。だがな、水インフラと書かれた貯水タンクに浄水装置のセット、通信や機械装置の運用が可能になる電力インフラ、それに野菜の栽培セットなんてとんでも無い代物が選り取り見取りであるんだ。コレを見て素直に喜べるほど俺は素直になれない、逆にアンドロイドがどんな思惑を持っているのか気になって仕方が無いんだ」
画面に載っていたのは生きるための消耗品だけではない、根城の生活環境を向上させる生活インフラをはじめ、あろうことか防具や武器なども載っているのだ。
流石に武器に至ってはアンドロイド達が装備しているような物は載っていないが粗悪な鉄パイプに比べれば単発式のライフルやクロスボウは魅力的な武器である。
そんな明らかにスカベンジャーという勢力を強くしようとするアンドロイド達の意図が理解できずジョズは怪しんでいたのだ。
「ジョズが怪しむのも仕方がない、なら明日此処に来るアンドロイド達から直接聞くしかないだろう。一人の勝手な思い込みで突っ走って痛い目を見たくないだろ」
「…確かに経験者が言うと説得力があるな、余程謝罪が堪えたようだな」
「ああ堪えたさ、だからこそお前には同じ思いをして欲しくないんだ」
「そういった気の利いた言葉は男じゃなく嫁に言ってやれ」
「なんだよ、人が心配してやったのに」
そう言ってウィルがジョズの肩を小突く、目を凝らせば顔は紅くなっており口からはアルコール臭が漂ってきた。
その気の抜けた姿を面白くないと感じたジョズはウィルが片手に持った酒瓶を素早く奪い取る、そして中身を勢いよく飲み干していく。
「あぁ、俺の酒!」
「うるさい、嫌なら飲み切ってから近付くんだったな」
そう言って空になった酒瓶を返したジョズの表情は思い詰めたものではなくなっていた。
そして宴会が行われた翌日、スカベンジャー達が根城にしているビルは緊張に包まれた。
原因はビルに入って来た二体のアンドロイド、一体はアンドロイド達の拠点を任されている上級アンドロイド、そしてもう一体が──
「スカベンジャーの皆さん初めまして、私はアンドロイド勢力の交渉を統括・担当しているマリナと言います、今日はスカベンジャーとの契約を結びに来ました」
「は、初めましてスカベンジャーを率いているウィルです」
スカベンジャー達の前に現れたマリナと名乗るアンドロイド。
見た目はほぼ人間の女性と変わらず、唯一両耳を覆うように付けられた機械装置が彼女をアンドロイドだと示している。
身なりもまるでメトロの上流階級が纏うような清潔感に溢れ且つ華美になり過ぎない衣服を着ている、何よりジョズが言っていた上級アンドロイドを後に控えさせていた。
止めに交渉を統括・担当しているときた、これだけで目の前のアンドロイドがアンドロイド達の中で上位に位置する機体であるとスカベンジャー達は理解してしまった。
「あはは、そんなに緊張しないで下さいよ。私は貴方達スカベンジャーとの今後の関係についてお話に来ただけですよ」
「すみません、契約について後ろに控えているアンドロイドから交渉を担当している機体が行うと聞いてはいたのですが……」
「それだけ貴方達との取引は有意義なものだったのです。我々は貴方達スカベンジャーを高く評価しています、今後も継続して取引を続けたいと考えて今後の物資回収に関する詳細な契約を結ぶために私が来たのです」
そう言ってマリナはウィルに詳細な契約内容が書かれた端末を差し出した。
「この端末に記載されているのは今後の貴方達に任せてみたい業務の一覧になります。今回の様な物資回収の道案内役から都市に関する情報提供、発見した稼働状態にあるアンドロイド及び自立機械の情報提供、スカベンジャーが独自に物資を回収して我々に売却するなど多くの仕事があります。報酬に関しては当面は現物支給と言う事で水や食料をはじめ端末に載っているモノを報酬から買い取って頂きます。報酬の方は一律ではなく仕事内容の出来によって増減します、加算に関する項目も載っているので後で確認してください。質問はありますか?」
「アンドロイドの保護なんだが……報酬がかなり高めに見えるのだが間違いではないのか?」
「間違いではありませんよ。彼等は我々の新たな同胞になる可能性があるのですから」
「俺からは報酬の一覧だが……食料と水は分かるのだが武具や生活インフラも売ってくれるのか?」
「はい、可能です。生活インフラの水道であれば水の貯蓄タンクに安全に利用できるよう浄化設備も付いていますよ。そして水だけではありません、電気に通信と各種インフラを我々は取り揃えています。とは言っても無料ではなく、それなりの対価を頂きますが」
端末に表示されている契約内容をマリナが端的に説明する。
説明自体は短いが端末に表示された契約の中身はスカベンジャー達にとって余りにも破格なものである為にウィルは眩暈が起こしかけた。
昨日酒に酔っていたがジョズには深く考えすぎるなとは言った、だが実際はウィルの想像を超えた契約が目の前に提示されている。
それは今迄スカベンジャー達がメトロで経験してきたモノとは全く違う代物であった。
「おや眩暈ですか?体調管理は万全にして頂かないと仕事の最中に事故が起きてしまいますよ?」
ウィルの目の前に立つマリナがなんて事もない様に心配する。
だがその原因がマリナの持ち込んだ契約にある事を彼女は理解しているのか、それともしていないのかウィルには判断できない。
此処で見栄を張って何でもないと装う事は簡単だ、しかしスカベンジャーを率いるウィルはアンドロイド側の思惑を確かめなければならない。
何より此処迄スカベンジャーに有利な契約は喜びよりも不安や猜疑心の方を強く感じてしまうのだ。
「すみませんが、なぜアンドロイド側がスカベンジャーをこれ程厚遇するのか理由を聞いてもいいですか」
「ええ、構いませんが我々は貴方達スカベンジャーを特別に厚遇してもいるつもりはありません。端末に載っている報酬は貴方達が自力で稼いだ正当な対価であり我々は正確に試算した上で提示しているだけです」
そう言ってマリナは先程迄の柔和な表情を消す、そして真剣な眼差しでスカベンジャーを率いるウィルを見つめる。
「騙そうと思えば騙せますけど我々にそれをする理由がありません。労働に見合った対価を渡す、それで貴方達が仕事に精を出してより多くの成果を持ち込んでくれることを期待しているのです」
ウィルはマリナから視線を外す、そして根城にしているビルの一角に積み上げられた報酬を見る。
確かにアンドロイドの言う事は最もだ、労働に見合った対価を得られるのであればウィルを含めたスカベンジャー達は懸命に働くだろう。
それはスカベンジャー達の嘘偽りも無い本心である。
「もう一つは信用です。貴方達は試験雇用期間中に我々が満足する成果を上げ続けた、その事実が貴方達を信じて用いる事が出来ると判断されたのです。後はメトロに対する窓口ですね」
そう言った直後、契約内容を映していた端末の画面が切り替わる。
代わりに映し出されたのはスカベンジャー達が根城にしているビルを含めた地方都市の簡略図だ。
しかし簡略図は地方都市の地上部分を一通り網羅しているが都市の地下部分──メトロに関する簡略図は表示されていない。
それはアンドロイド達がメトロの全体像を現状掴んでいない事を端的に示していた。
「現状は我々からメトロに接触を行う計画はありません。しかし予想外の遭遇が無いとは言い切れず、極めて低確率ですが偶然の接触が起こるかもしれません。もしメトロの住人が我々を見付ければ問答無用で攻撃を加えてくるでしょう、そんな事態に陥った時にスカベンジャーは我々の側に立ってもらいメトロとの仲立ちをしてもらいたいのです」
アンドロイドがウィルに語った可能性は確かにありえなくは無い話である。
何よりウィルはメトロの住人が動いているアンドロイドを見た瞬間どの様な行動を取るのか容易に想像できてしまった。
「我々としても事態の悪化は避けたいのです、ですが我々がメトロの住人に呼び掛けても耳を傾けてはくれないでしょう。ですからスカベンジャーにはメトロに対する緩衝材の役割を期待しているのです。しかし現状ではスカベンジャーの意見をメトロが聞き届けることは無いでしょう。ですからメトロに見縊られない為にも生活インフラや防具等を貴方に買ってもらい、そしてスカベンジャーそのものがメトロに見縊られず意見具申できる程度に強くなって欲しいのです」
アンドロイド達がスカベンジャーに将来的に担ってもらいたい緩衝材としての役割。
ウィルの目の前にいるマリナは人間がアンドロイドを敵視している事を理解した上で余計な衝突が起こらない様に、起こっても被害を最小限に留めたいと考えているのだろう。
……仮定の話だがメトロがアンドロイドに攻撃を加えた場合の反撃はアンドロイド側の一方的なものになるだろう。
それ程の戦力をアンドロイド側は保持しており衝突による犠牲者は膨大なものになり発生するであろう確執もまた膨大だ。
彼等であれば事態を迅速に収束させる為に物理的な
そんな事態を防ぐ為にも緩衝材としてスカベンジャーが必要であるのだ。
将来に起こるであろう面倒事に比べれば彼等に便宜を図ることはアンドロイド側にとって損ではないと判断を下したのだろう。
「なるほど……分かりました、この契約を結ばせてください」
「ありがとうございます。我々は貴方達スカベンジャーの労働に見合う対価を提供する用意があります。今後ともよい取引が続く事を期待していますよ」
こうしてスカベンジャーはアンドロイドとの間に契約を結んだ。
漸く先の見えない暗闇から抜け出したスカベンジャーではあるが先には未だに多くの苦難や困難が待ち構えているだろう。
だがスカベンジャーの顔は暗く淀んだものではなかった、明るく明日への希望に顔を子供の様に輝かせていた。
「なぁ、俺達頑張って働けばいい暮らしが出来るのかな……、夢見てもいいのか」
「分からない、だがメトロに飼い殺しにされることは無くなった、それは確実だ」
「私は毎日お腹いっぱいに子供達に食べさせたいな」
なぜなら彼等は漸く掴んだのだ。泥水をすする事もない、腐った食べ物で腹を下す事もない、真っ当な生活を送れる可能性を。
それは直ぐには手に入らない物ではある。だが今迄夢見るだけで自分達には一生縁がない物と諦めていた日々から彼等は脱却したのだ。
それだけでスカベンジャーは立ち上がれる。明日に向けて備える事が出来る。
夢を、可能性を掴むために彼等は今度こそと決意を新たにして懸命に足掻き始めた。
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