第53話 棄てられた、価値のない者達 中

 確信があったわけではない、本心で言えば破れかぶれの策であった。

 だがジョズがこのような奇策に打って出るにあたり全くの当てがなかった訳ではない。

 

 それは攫われたウィルの子供、あの子から聞いたアンドロイド達がどの様に扱ってくれたのか。

 極限状態であり、まだ幼い事もあって話は所々要領を得ない所があったが総じて手荒に扱われる様な事はなかった。

 それはジョズやウィル、スカベンジャー達が知る恐ろしく狂ったアンドロイドとは似ても似つかぬものである。

 そしてアンドロイドに捕らわれた時、彼等は此方を殺害する事なく忠告を加え放逐した。

 

 其処には理性がある、話す事が可能なのだ。


「それで、君は如何して此処に近付いた。前回セカンドが忠告を行ったはずだ、私にはこの拠点を任された者として君が我々に危害を加えるなら反撃を行う事が可能だ。その結果として君は高確率で死んでしまうだろう、その事を理解しているのか?」


 ジョズは今、アンドロイドが犇めく彼等の拠点の中にいた。

 

 此処までは上手く行ったと言えるだろう。

 予想通り彼等の拠点に近づいていき服を脱ぎ棄て白旗を振った、敵意は無く危害を加えるつもりが無い事を全力で示した。

 プライドも意地も無い、仲間達の生存の可能性を掴み取る為に行ったジョズの姿は滑稽だったろう、だが現れたアンドロイド達はジョズを取り囲むだけで攻撃は加えてこなかった。

 そして行動が功を奏したのかアンドロイド達はジョズを取り囲み拠点に連行した。

 

 ジョズの考えた第一段階は成功した、そして此処からが最も大事な所、スカベンジャー達の未来が決まる時である。


「ええ、理解しています。しかし今回は、貴方方に危害を加えようと、近付いた訳ではありません。貴方達と、お、お話したいことがあって来たのです。信じられないのは、当たり前です、武器を突き付けたままでも、構いません、お話しさせてくれませんか」


「……いいだろう、だが変な行動は起こさない様に」


 目の前にいるアンドロイドがこの施設における司令官の様な役目を持った機体なのであろう。

 前回連行された時には居なかった機体、ジョズが知る身体に錆が浮いたアンドロイドとは全く違う。

 手入れが行き届いた身体だが目を引くのは顔である、其処にあるのは無機質な機械ではない人間の顔があった。

 端から顎先まで覆う鋼鉄のマスクによって目元しか露わになっていないが見た目は若い男性の様にも見え灰色に近い色合いの髪をしている。

 彼だけではなくジョズと取り囲む四体のアンドロイドも同様に人間の顔を持っている。

 男女半々であり彼等は一様に武器を構えて取り囲んでいる、撃鉄に指は掛けられていない事がジョズが唯一の安心できる要素であった。

 そして先程迄拠点の中にあった喧騒が静まり拠点にいるアンドロイド達の視線が向けられていた。

 ジョズを取り囲む彼等とは違い他のアンドロイド達の見た目は以前とは変わらない、それでも数は増えており整備は行き届いている。

 連行された時とは全く違う、アンドロイド達の装備は急速な勢いで整備されていると言えるだろう。

 

 その事を思い知ったジョズは気が遠くなりそうだ。

 息が上がる、呼吸が浅くなる、無数の視線に晒されているのは慣れた筈だった。

 侮蔑の視線も、見下される視線にも数え切れない程晒されて来た。

 だが今自分が置かれた状況は過去の修羅場がおままごとの様に見えてしまう、培った度胸が急速に萎んでいくのを嫌でも思い知らされる。


「あ、あ、わ……」


 言葉が出てこない、口を無意味に動かすだけで息が漏れるだけ、意味のある音として出てこない。

 言わなければ、伝えなければいけない事があるのにジョズの身体は、口は動いてくれない。


「どうした何か言いたい事は……ってお前らコレは見世物じゃない、散れ仕事に戻れ!」


 そんなジョズの様子を不審に思ったアンドロイドだが、周りで見学をしているアンドロイド達が向ける無言の圧力が人間を委縮させている事に気付いた。

 上級アンドロイドの言葉によって周りで動きを止めていたアンドロイドは動き出す。

 誰もが名残惜しそうにしながら離れていくのを見て上級アンドロイドはジョズに向き直る。


「此処では話し合いになりそうにない、個室で話そうか」


「あ、は、はい、お願いします」


 取り囲んでいるアンドロイド達はジョズを拠点の中に作られた応接室に案内する、その際に不審物がないか確認を終えた衣服を返す事も忘れない。

 流石に最低限の下着だけを着たままで会話をするのは見た目が流石に悪い。


「どうぞ」


「あ、ありがとう、ございます」


 応接室に置かれたソファーに恐る恐る座るジョズに水が出される。

 コップに入った水をまじまじと観察したジョズが恐る恐る水に口を付ける。

 濁ってもおらず変な匂いも味もしない、それが分かったジョズは勢いよく水を飲んだ。

 すかさずアンドロイドが水を継ぎ足せばそれも勢いよく飲んでいき、三回目で漸く喉を潤せたのか継ぎ足された水は飲まなかった。


「すみません、喉が渇いてしまっていて……」


「構わないよ。さて、ここなら余計な視線に晒される事もないだろう、それでどういった目的で此処に近付いたのか話してくれるね」


「はい、私達は貴方方と、と、取引をしたいのです」


 多くのアンドロイド達から向けられる視線からの解放と水で喉を潤した事でジョズの口が動き出す。

 手の裏に流れる冷や汗を感じながら震えそうになる脚を押さえつける。


「ふむ、続けてくれ」


 上級アンドロイドの言葉に従ってジョズは語る。

 自分達が何者なのか、メトロという世界を、そこで生きていくための地上に出て物資を漁るスカベンジャーになった事を。

 しかしメトロの情勢が一変し、その煽りを受けてメトロから追放されたことをジョズは語る。

 そして地上に出てから安全な場所を探している最中にアンドロイド達と遭遇し、捕らわれて放逐された事を。

 今はビルの廃墟に隠れているが水と食料が尽きかけている事を、全てを隠すことなくジョズはアンドロイドに語った。


「以前無礼を働いた事も此処に捕らえられて宣告されたことも覚えています、あの時は本当にすみませんでした」


「なるほど、君はそれを承知で此処に来た。君達スカベンジャーが回収した物資を我々が買い取り、その対価として水と食料を君達に渡す。その取引を我々に提案する為に君は単身で此処に来たと、間違いは無いね」


「はい、そうです」


「分かった、だが君に聞かせて欲しいのだが……」


 上級アンドロイドはジョズから語られた内容から彼等が窮地にある事は理解した。

 何とか生存しようと出来る事は全て行ってきた、だが味方は何処にもおらずスカベンジャーは全滅の危機に瀕している。

 その内情を理解した上で上級アンドロイドは口を開く。


「その取引で我々が得る利益はあるのかな?」


 目の前のアンドロイドの口から出た言葉、それを聞いたジョズは全身が一気に凍り付いたと錯覚した。

 だが聞き間違いではない、耳にはアンドロイドが言った言葉が何度も繰り返し響いている。


「君も見ただろうが此処では多くのアンドロイド達が物資回収を行っている。それこそ君達スカベンジャーが一日で集めた物資を数時間で集める事が出来るだろう、それなのに君達をわざわざ雇用する利益はなにかな」


「ええ、その通りです。貴方達であれば我々より短時間で集める事は可能でしょう、ですが物資は無限にあるわけではありません、この辺りに大量に物資が眠っていたとしても何れ取り尽くします」


「そうだね、何時かは取り尽くすだろう。だが明日、明後日の事じゃない」


「私達が加われば貴方達の回収は捗ります。私達スカベンジャーはこの都市で長い間活動を続けてきました、何処に何があるのか、ミュータントの活動範囲はどうなっているのか、多くの情報を持っています、これらの情報は有用なものではありませんか」


 ジョズは懸命に頭を働かせる、此処で黙っていては何も得られない、可能性を失ってしまう。

 口を動かして目の前のアンドロイドにスカベンジャーの有用性を、使える存在である事を懸命に説く。


「確かに有用ではある、君達に道案内をしてもらえば捗るだろう」


「なら──」


「だけど、それだけだ。それは我々単独でも可能な事だ、別に君達に協力してもらわなくても出来る事であるんだよ」


 だが効果は無かった、アンドロイドが言うように態々スカベンジャーの力を借りなくても彼等であれば多少の障害は自力で排除できるだろう。

 何より過去に見せ付けられた武力があればミュータントなぞ邪魔な障害物の一つでしかない、都市での活動が遮られる事もない。

 

「あ、いや、しか、」


「前回の事もある、正直君達と関わる事で生じるであろう問題の方が我々には最大の懸念事項なんだ。君が持ってきた荷物はそのまま返そう、落ち着いたら此処から離れてくれ」


 アンドロイドは話は終わりとでも言う様に席から立ち上がる。

 このまま何もしなければ、何も言わなければアンドロイドは此処から去っていくだろう。

 何かを言わなければいけない、如何にかして話を聞いてもらわなければいけない。

 此処で荷物を返されてスカベンジャー達の下に帰っても何も得られない、仲間達の未来は潰えてしまう。


「た、た」


 だが何を言えばいいのかジョズには分からない。

 理詰めで動く事を得意とした彼にはこんな場面で相手を引き留められる程の力を持った言葉を知らない。

 しかし身体は動いていた、離れようとしたアンドロイドの脚を何時の間にか両手で捕まえていた。


「助けてくれ」


 結局出てきたのはそんな一言だけだ。

 理詰めの言葉でもない、着飾った言葉でもない、ただ助けを求める言葉しか出てこなかった。


「助けてくれ、水も食料も殆ど残っていないんだ、このままじゃ、俺達は生きていけない」


「あ、いや、ちょっと……」


「頼む、助けてくれ、仲間達を、助けて……下さい!」


「お、おい、止めてくれ、放してくれ!」


 取り繕う余裕などない、みっともなくジョズはアンドロイド脚に縋りつく。

 それがどれ程無様で嗤われるものかジョズは知っている、こんな事をメトロで行えば嗤われ見下され足蹴にされるだけだ。


「分かった、分かったから!いきなり雇用する事は無理だ!試しに雇用してから成績で判断する、だから放してくれ!」


「ほ、本当ですか?」


「本当だから、試しに取引してみるから脚を離してくれ」


 だがそんな無様な行動こそがアンドロイドを動かした。

 困惑し戸惑う彼の口から出た言葉はジョズが求めていたモノであり、だからこそ言い逃れをされない様に確約が欲しかった。


「取り敢えず君が持ち込んだ物資を買い取ろう、食糧と水は用意するが運ぶ手段はあるのか」


 そう告げるアンドロイドの言葉を信じてジョズは手を離した。

 そして自由になったアンドロイドから指令を受けたのか基地の一角が騒がしくなるのがジョズの耳にも聞こえた。 











 ジョズが生きて帰って来た、それをスカベンジャーが根城にしているビルの一角で聞いたウィルは急いで出迎えに行った。

 其処にはジョズがいた、此処から出ていった時と全く変わらない無事な姿で駆け込んできたウィルを見ていた。

 その姿を見る事が出来たウィルは薄っすらと涙を浮かべ──だがその涙は直ぐに引っ込んでしまった。 


「『雇用に当たり万全の状態で仕事が出来る様に』と言って持ち込んだ物資以上の物をくれたよ」


「……人間不信になりそうだ、メトロの奴等なんかよりアンドロイドの方が血が通っているんじゃないのか」


 そう言ったウィルの目の前には根城に運び込まれる多くの物資があった。

 ダニエルが動ける仲間達を率いて運び込む物資は水と食料、スカベンジャー達が欲していたものだ。

 しかもメトロが出してくる腐りかけのものではない、清潔で新鮮な水と食料だ。 


「まさか、まさか成功させるなんてな……、ジョズどんな手を使った」


「悪いが聞かないでくれ……と言いたいがウィルだけには伝える、話すとしてもダニエルだけにしてくれ」


 ウィルはジョズがどんな風にアンドロイド達を言い包めたのか知りたかった。

 だが違った、人気のない一画でジョズから告げられたことを理解したウィルの浮ついた気持ちは瞬く間に萎んで消えた。


「……そうか悪かった、いや、違う、ジョズ、ありがとう」


「ああ、だけど俺が出来るのは此処迄だ、サポートはするがスカベンジャーを率いているのはお前だ」


 よく見れば両目がまだ赤いジョズから言われた事がウィルの胸を締め付ける。

 今回ジョズが行った事は相手の良心に付け込んだ形である。

 それでスカベンジャー達は一時的に救われた、だがアンドロイド達の心証は良くは無いだろう。

 此処でアンドロイド達の良心に付け込み続ければ僅かに残った関心すら失われ、最悪の場合邪魔者と判断されて皆殺しの可能性もある。


「分かっている、仕事を通してアンドロイド達に価値を認めてもらう」


「その前に」


「……頭を下げるよ、これだけ貰っておきながら謝らないのは筋が通らない、それだけの事を俺は過去にやらかしたんだ」


「ウィル一人じゃない俺もだ、アンドロイドに掴みかかったからな」


「あぁ、そうだな」


 運び終えたダニエルが落ち込むウィルに声を掛ける。

 それを聞いたウィルは乾いた笑い声を出した、そして一通りの気持ちの整理が済んで動き出す。

 これが最後の機会、スカベンジャー達がこの先で生き残る為に乗り越えなくてならない仕事、ジョズがもぎ取って来た最後の機会でアンドロイド達が満足できるような仕事をするのだ。

 

 待ち望んだ水と食料を手に入れて安心した仲間達の前にウィルは立つ。


「これが俺達に残されたチャンスだ、皆、気合を入れろ!」


 ウィルの言葉を聞いたスカベンジャー達は思い思いの声を挙げる。

 このチャンスを逃せばもう後はない、その事を理解している仲間達は皆真剣な表情であった。











 物資を背負った人間と数体のアンドロイドが拠点を離れていく。

 上級アンドロイドはその姿を拠点の指令室から眺めていた──そして此処から離れた本拠地ともリアルタイムで通信を行っていた。


『これで良いのですか?もう少し穏便に事を運べたと考えるのですが』


『ええ、今の段階ではこれで十分なのです。確かに貴方が考える様に穏便に事を運ぶ事は出来たでしょう。ですが、それでは駄目なのです』


 通信を行っているアンドロイドからの返事に上級アンドロイドは何とも言えない顔をする。

 それだけ彼女の指示は上級アンドロイドにとっては不本意なものであった。

 だがそれの持つ意味を理解し、且つその場で対応できるのは自分しかいなかった為致し方無いものであると上級アンドロイドは自分に言い聞かせる。


『それにしても中々真に迫った演技でした、見ているこっち迄ドキドキしましたよ』


『揶揄わないで下さい。それで今後は如何するつもりです、サード』


『それについてですが──』


 通信は続いている、遠く離れた本拠地の企みにスカベンジャー達は否応なく巻き込まれるだろう。

 それを理解している上級アンドロイドは遠く離れていく人間の背中を何とも言えない表情で見送っていた。

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