第51話 可能性
ノヴァを吹き飛ばしたクリーチャーが動く、砂埃から抜け出して現れたのは二メートルを超える人型をしていた。
今までのクリーチャーの様な身体の一部が肥大している事もなく灰色の皮膚を纏い均整の取れた筋肉質な身体である。
唯一特徴を挙げるとすれば顔に装着された鉄仮面だろう、視界と呼吸を確保する為のスリットしかないそれはクリーチャーの異質さを際立たせている。
だからと言ってアンドロイド達が恐怖に脚を竦ませることは無い。
何より守るべき主を傷つけた、その事実はアンドロイド達の戦意を沸き立たせるだけだ。
「──」
人型のクリーチャーは自らを取り囲むように動くアンドロイド達を一瞥もしなかった。
下された命令に従うため吹き飛ばされたノヴァの回収に脚を進め──踏み出した脚に銃撃が加わる。
脚だけではない、頭を胴体を腕を、全身をアンドロイド達からの銃撃がクリーチャーを襲う。
「!?」
だがクリーチャーは倒れない、銃弾は灰色の皮膚を貫くことは無かった。
無駄という訳ではない、銃弾の持つ運動エネルギーは伝わっていてクリーチャーの動きは鈍り、そして止まった。
だが幾ら銃弾を撃ち込もうとクリーチャーから血が流れることは無い、アンドロイド達の予想を遥かに超えた頑強さをクリーチャーは持っていた。
しかし、それでもアンドロイド達は撃ち続ける。
銃撃が効かないのは理解した、だが倒す事が目的でない。
クリーチャーの動きを止めノヴァを救出する、それがアンドロイド達の目的だからだ。
「──」
だがクリーチャーは無暗に撃たれるがままの敵では無かった。
アンドロイド達が鉄仮面から零れた音声を拾った、クリーチャーの口から人語ではない何かが呟かれる。
それが始まりだった。
「!!」
銃撃を加えていたアンドロイドにクリーチャーが接近する。
その速さは全身をサイボーグ化したゾルゲを超えており、瞬く間に距離を詰めるとアンドロイドの片手を握る。
近接戦闘も考慮して設計された戦闘用の腕が軋みをあげる。
灰色の皮膚の下に隠された筋繊維が生み出す力は強化外骨格を装備したノヴァを冗談の様な勢いで吹き飛ばしたばかりだ。
まるで枯れ木を折る様にアンドロイドの片手が潰された、だがそれに終わらず握ったままアンドロイドをクリーチャーは投げ飛ばそうとした。
武装を施し軽く見積もっても優に百キロを軽く超えているアンドロイドの投擲、その威力は無視できるものではない。
「パージ!」
腕を掴まれたアンドロイドは自らの腕を撃ち抜いて強制的に切り離す。
銃弾がフレームを削り、配線を引き千切る、それで何とか投擲前に腕を切り離す。
ハンデを負ったアンドロイドの戦力は下がる、だがクリーチャーの持つ能力の一端は測れた。
通信を介して情報共有を行ったアンドロイド達は接近しても回避できる距離を維持しながら銃撃を繰り返す。
それはクリーチャーにとって厄介な行動であった。
アンドロイドに近付こうにも逃げられ、効かないとはいえ不快な銃撃が絶えず襲ってくるのだ。
だがアンドロイド達の銃撃にも限界はある。
残弾は時間が経つほど減っていき、だからといって弾丸を惜しんで弾幕を薄くしてしまえば足止めにもならない。
残された時間は僅かだった。
アンドロイド達は急ぎノヴァの救出に向かう。
だがクリーチャーはその動きを見逃さなかった。
絶え間なく全身を襲う銃撃は無視、ノヴァの救出に向かうアンドロイドにクリーチャーは狙いを定める。
灰色の皮膚の下にある筋繊維が隆起させ力を蓄える。
そしてアンドロイドの一体にクリーチャーは狙いを定める。
──今度は逃がさない。必ず破壊する。
言葉はない、戦闘が始まってから一言も話さないクリーチャーには発声器官がないのかもしれない。
だかクリーチャーがこれから何をするのか、何を言いたいのかをアンドロイド達は理解した。
そしてクリーチャーは必殺の気配を纏い、はち切れる寸前まで溜めた力を解放し──だがクリーチャーはその場から急ぎ飛び退いた。
その直後、先程迄クリーチャーいた地面が轟音を立てて爆ぜる。
かなりの衝撃がある事から何か重量物が高速で衝突した様だ。
だがそれで終わりでは無かった。
舞い上がった砂埃を突き破り一体のアンドロイドがクリーチャーに迫る。
その手にあるのは銃器でない、強大な鋼鉄で造られた戦斧だ。
「ノヴァ様に近寄るな、出来損ないの肉袋が」
サリアが戦斧をもってクリーチャーに切りかかる。
銃撃とは比べ物にならない威力がある事は一目でわかった。
そんな一撃はクリーチャーと言えども受けたくない。
だが避けるには遅すぎた、故にクリーチャーは片腕を差し出し迫る戦斧の軌道を変える。
銃撃では傷付かなかった身体、それが戦斧によって削がれる。
それ程の威力が戦斧に籠っている。
「しぶとい!」
だがクリーチャーは生き残った。
片腕の前腕を骨が見える程に削ぎ落されただけで致命傷には程遠い。
何よりこの程度の損傷など大した事ではないのだ。
クリーチャーの削ぎ落された身体の断面から肉が盛り上がる。
それは出血を止め、血管・神経・筋繊維を急速に再生させ、サリアが付けた傷は十秒も掛からずに消える。
サリアはそれを驚愕を持って見ながらも攻め手は緩めない。
だが当たらない。
サリアの一撃を搔い潜る様にクリーチャーは避け、隙を見出した瞬間に反撃を加えようとする。
それをアンドロイドの銃撃が防ぐ。
ダメージにはならないが動きを邪魔する事は出来る。
アンドロイド達の銃撃は有効打にならず動きを阻害する事しか出来ない。
サリアの一撃は重く致命傷に至る事は可能だが遅くクリーチャーには避けられてしまう。
クリーチャーの一撃はアンドロイドを破壊するのに十分だが動きを阻害され攻撃できないでいる。
膠着状態であった。
誰もが隙を見出しては一撃を加えようと虎視眈々と機会を待った。
反撃のチャンスを掴んだのはクリーチャーだった。
アンドロイド達の援護射撃が途切れたのだ。
元から残弾は心許ない量まで減ってはいたがその銃弾が遂に底を尽いた。
最後の一発はクリーチャーの頭蓋に当たった。
だがそれだけだ。
頭蓋を貫くどころか、血を流す事すら無かった。
そして銃弾一発に込められた運動エネルギーでは動きを阻害するには全く足りなかった。
邪魔であった銃撃が止んだ瞬間クリーチャーが動き出す。
サリアの振るう戦斧を掻い潜り、引き絞った拳で無防備な胴体を狙う。
その一撃に込められた力は容易にサリアの鋼鉄の身体を撃ち貫く。
受けた瞬間にサリアの敗北が確定する。
回避するには少しばかり時間が足りなかった。
「サリア!合わせろ!」
だが拳が放たれることは無かった。
クリーチャーの背後からノヴァが斬りかかったのだ。
強化外骨格に装着されていた増加装甲だけでなく重要なバイタルパートを守る部位以外の装甲を全て強制排除したノヴァをサリアは見た。
少しでも機体重量を軽くするため、人工筋肉から生み出される馬力を全て外骨格の駆動速度の向上にまわすための苦肉の策。
それだけではない。
ノヴァは切り札の一つであった薬物による一時的な身体能力の向上も行った。
どう見ても身体に悪そうな真っ青な薬品であるが齎す効果は絶大。
情報処理能力の向上により世界の動きがスローモーションのように感じられ、身体のリミッターを強制的に解除する事で各種パラメータを大幅に向上させる。
『近接ブレード、アーマーシュナイダー起動、エネルギーバイパス接続、出力90%を維持します』
そしてノヴァが握る剣。
それは強化外骨格を装備し漸く振るう事が適う程の近接武器。
それはサリアの復讐相手、軍用アンドロイドが無理矢理身体に付けていた規格外装備の高周波ブレードだったもの。
強化外骨格装着時に利用できるように修理、再調整したそれは生身で持てば大剣と呼べる大きさであった。
記憶が確かであればノヴァはゲームでナイフ操作の技能を取得していた、暗殺者プレイをするには欠かせない技能であり何よりも使いやすかった。
其処から習熟し発展して習得できる剣術は切断系武器に大幅なダメージ補正がかかるものであった。
ゲーム後半では強化外骨格を装着した上での近接武器をぶんぶん振り回すのが最も効率的な戦闘であった。
下手にペチペチと銃撃するよりもダメージが与えられ、ノックバックも大きかったからだ。
「はぁあああっ!」
しかし全てはゲームでの話、今目の前にいるのは物言わぬ決められたルーチンに従うNPCではない。
だがクラフト技能の様に剣術の技能も変化していた。
ダメージ補正といったゲーム仕様ではない、確かな剣術としてノヴァの身に宿っている。
そしてノヴァの繰り出した一撃は背後からクリーチャーを切り裂いた。
灰色の皮膚から今までにない量の血が噴き出る。
「──!?」
クリーチャーが声なき叫び声を上げる。
吹き飛ばされたノヴァが戦闘に加わりサリアと共に容赦なく追撃を加える。
戦斧と剣、サリアとノヴァの攻撃がクリーチャーを切り刻む。
致命傷には未だ至ってはいないが、それでも身体を少しずつ切り飛ばしていた。
だが未だに天秤は傾かない。
ノヴァが加わって漸く互角になっただけである。
──クソ、再生能力が高い!
そして未だに時間はクリーチャーの味方であった。
クリーチャーと言えども生物である。
血を流し続ければ動きは鈍り、判断能力は低下する。
だが目の前のクリーチャーは何度切り刻もうと即座に治してくる、驚異的な速度で血が止まり傷が塞がる、圧倒的な再生速度により失血を期待する事は出来ない。
何より刻一刻と限界に近付いているのはノヴァの方である。
そして効果が切れた瞬間にペナルティーとして体力が三分の一になる。
ゲームであれば回復薬を飲んで体力を回復させてから再度使用するゾンビプレイが出来た。
だがそれは出来ない、ノヴァは失った体力を即座に回復する事が出来る
本拠地で試しに服用したところゲームでのペナルティーは効果時間を過ぎた瞬間に激しい倦怠感と脱力感、そして激しい眩暈という形でノヴァを襲った。
時間経過で回復するものの立つこともままならない程のペナルティー。
それを今喰らえば敗北は不可避である。
そして負けた先にあるのは器として捕獲され何かをされてしまう。
それは間違いなく死ぬ事よりも悍ましいモノである。
白衣の男に捕らわれた先に待つのは終わりしかない。
そんな未来を跳ね退けるには此処が踏ん張りどころだ。
比喩でも何でもない死に物狂いにならなければならない。
死中に活を求めるしか生存の可能性は無い。
『
強化外骨格に装備している二本目を入れる。
視界が紅く染まる、心臓が早鐘を打つように鼓動する、身体が燃えるような熱を感じる──だがまだ動ける。
攻撃の速度を落とすことなく剣を振るう、クリーチャーの肉を切り飛ばし、その命を狩り取ろうとノヴァは迫る。
だがノヴァよりもサリアよりも先に振るう武器が限界を迎えた。
「!!」
サリアの振るう戦斧。
クリーチャーを叩き潰そうと振るい、放たれた拳を受け流し続けていたが想定を超えた圧力に晒され続けた柄が中程から千切れた。
先に限界を迎えたのはサリアの戦斧だった。
刃先が繋がりを断たれ勢いよく飛んで会場の壁に突き刺さる。
その瞬間をクリーチャーは見逃さなかった、背後にいた得物を失ったサリアに向けて脚撃が放たれる。
拳以上の力が込められた一撃。
避ける事は叶わずそれでもサリアは両手を前で組み盾にし後ろに飛ぶことで破壊されることを逃れようとした。
防御は間に合った。
だがサリアはクリーチャーの一撃を受け吹き飛ばされる。
それを視界に収めながらノヴァは剣を上段から振り下ろす。
目の前のクリーチャーは片足の状態。
即座に動けず両手を盾にして防ごうともバランスを崩し圧し切れる。
必殺を確信した、盾となる腕ごと切り裂く勢いで振り下ろされたノヴァの一撃。
クリーチャーは逃げる事も防ぐ事もしなかった──サリアに向けて放った脚を勢いよく戻し、その勢いを保ったままノヴァに向かって脚を蹴り上げた。
狙いはノヴァの身体ではなく、その手に握った剣。
肉と鋼が衝突し異様な音を響かせる。
ノヴァの一撃が振り下ろされる途中で両手から剣は弾き飛ばされた。
──勝負あり。
声を発せないクリーチャーでありながらノヴァには何故かそう聞こえた。
だがその通りだった。
クリーチャーに有効であった剣を失い、残った武装も非常用の大型拳銃が一つだけ。
効くとは考えられない。
だがまだ終わりではない、素直に負けを認められる訳が無い。
ノヴァは大剣を失った両手で引き戻しクリーチャーに殴りかかる。
確かに速い。
力もある。
だが避ける程でもない。
一瞬でノヴァの繰り出した拳の脅威を理解したクリーチャーだが避けない。
そればかりか伸びた腕を掴み逃げ出せないように圧し折ろうとした。
だがノヴァはクリーチャーの身体に触れる寸前で拳を開き、そして掌をクリーチャーの身体に押し付ける。
『最大電圧で放電します』
人工音声のアナウンスの直後にノヴァの掌、強化外骨格の外部武装用の給電装置から電流が放たれる。
サイボーグやミュータントを焼き切れるレーザーを放つ武装に迅速に給電する仕組み。
それを使って最大電圧でクリーチャーに流せばどうなるか。
「!?!?」
クリーチャーの身体が内側から焼かれる。
声を与えられていないクリーチャーが悲痛な叫び声を挙げる。
肉を神経を焼く電流は余すことなくクリーチャーの全身に流れる。
電撃が齎す苦痛から逃れようとクリーチャーは距離を取り、態勢を立て直そうとする。
「オラァアッ!」
だがノヴァに逃がすつもりはない。
遠ざかるクリーチャーに合わせる様に身体を前に進める。
そして完全に動きを取り戻していないクリーチャーの頭部を掴み、電撃を放ち続ける。
それだけでなく逃げられない様に身体を会場を囲う壁に押し付け、暴れて抵抗が出来ない様に壁に押し付けたまま摩り下ろす勢いで会場を駆ける。
「!?!?!?」
身体を脳を焼かれている。
それが齎す苦痛は耐え難く終わりが見えない。
其処から脱する為にクリーチャーは身体を動かそうとするが電撃によって身体を動かす電気信号が狂わされる。
銃弾でも傷付かない強靭な身体が碌に動かない。
クリーチャーの身体を流れる電流は筋繊維を内臓を脳を内側から焼き尽くそうとする。
『給電装置に過剰な負荷がかかっています。これ以上の酷使は危険と判断し機能を停止します』
だが終わりは来た。
本来の用途を外れて運用した強化外骨格の給電装置が先に壊れたのだ。
身を焼く電流が収まった瞬間クリーチャーは脇目も振らずに暴れ、動きを押さえきれなかったノヴァの拘束から脱する。
ノヴァの手から逃れたクリーチャーは一目散に距離を取ろうとした。
だがそれは逃げる為ではない。身体を再生させる時間を稼ぐためだ。
損傷は広範囲に及んでいる。
肉も内臓も脳も焼かれた。だが治せない事は無い。
十秒もあれば最低限の動きが出来る。
それだけの力がクリーチャーに残されていた。
「サぁリアぁあああ!」
ノヴァが叫ぶ。
逃がすつもりはない。
これが最後の機会である。
残された最後の
上昇した血圧に耐え切れなかった眼球の血管が裂け視界が真っ赤に染まる。
だが目はまだ見える。
吹き飛ばされたサリアは呼び掛けに応えた。
回収した剣をノヴァに向けて投げ飛ばす。
手渡しをする時間は無い。
全てがスローモーションに見える世界でノヴァは回転しながら迫る剣を視界に収め、そのグリップを掴み取る。
『出力160%、オーバーロード開始』
残った無事な給電装置から注がれるエネルギーで大剣が白熱する。
許容範囲を超えたエネルギーが処理しきれずに熱となって放出される。
陽炎を纏った剣がクリーチャーに振り下ろされた。
抵抗は感じられない。
あれほど強固であったクリーチャーの皮膚を肉を剣は容易く斬り裂いていく。
それと同時に白熱した刀身が傷口を焼く。
出血は無く断面は焼き固められクリーチャーの再生を阻害する。
ノヴァが振り下ろした一撃はクリーチャーの右肩から入り左腰骨まで切り裂いて身体を二つに切り分けた。
だがまだ足りない。
これだけでは仕留め切れていない。
ノヴァは続けて剣を斬り上げる。
二撃目は空中に留まる上半身を更に半分に切り裂いた。
残った片手も斬り飛ばし中空にはクリーチャーの頭部と首が浮いている。
そして続けて繰り出された三撃目。
頭部に向けて最後の一撃を振り下ろす。
皮を肉を頭蓋を脳髄を切り裂き焼く。
再生も叶わない一撃が頭部を真っ二つに割る。
散々に斬り裂かれたクリーチャーの身体が地面に落ちる。
その瞬間薬の効果が切れた。
「~~~~!?!?」
三度に及ぶ服用。
たった一回の服用とは比べ物にならない程の副作用がノヴァを襲う。
視界はぼやけ、倦怠感や疲労感を塗りつぶすような激しい痛みが身体を苛む。
叶うのであればこのまま倒れ込みたい。
目を瞑り意識を手放してしまいたかった。
「素晴らしい、素晴らしいです、Mr.ノヴァ。まさか彼が倒されるとは思っていませんでした。ええ、貴方は私の想像を超えた、正しくイレギュラーと呼ばれるケースです。益々貴方が欲しくなりました」
だがそれは出来ない。
感極まって拍手を辞めない危険な男がまだいるのだ。
その目はノヴァに注がれている。
ここで気を失って倒れでもすれば男は嬉々としてノヴァの身柄を確保する為に動き出すだろう。
それをさせないためにもノヴァは倒れる訳にはいかない。
「──ですがこれ以上は無理ですね」
ノヴァの後ろではサリアがレーザー兵器を構えていた。
矛先は男を守るクリーチャーに向けられている。
もし放たれれば自慢のクリーチャーといえでも危険である。
最悪の場合一撃で仕留められてしまうだろう。
しかし実際にはサリアにレーザー兵器を扱う事は出来ない。
撃てるだけの電力を賄う事が出来ず放てない。
ブラフであった。
だがそんな事を知らない男はノヴァの追撃を諦めた。
そして男を守るクリーチャーの身体から酸性の液体が湧き出ると身体を伝って落ち貴賓席の床を融かし始めた。
「残念ですが今日は引き下がります。ですが諦めた訳ではありません。Mr.ノヴァ、再び会える日までどうか死なずにいて下さい」
言い終わると同時に男──エドゥアルドはクリーチャーに包まれ溶解して空いた穴から逃げ出した。
貴賓席から姿を消し地面から伝わる振動が小さく、そして全く感じなくなった瞬間にノヴァはその場に座り込んだ。
「ノヴァ様、これ以上は無理です。引き揚げます」
全く身体を動かせない。
視界は真っ赤に染まり、耳元から絶え間なく心臓の鼓動が聞こえる。
「……頼んだ」
それでもサリアの声は何とか聞き取れた。
だが言えたのはその一言だけだ。
サリアはノヴァの強化外骨格を外し身軽になったノヴァを優しく抱えると共に会場から離れる。
スタジアムにいるアンドロイド達もノヴァの外骨格を回収、手酷い損傷を負った仲間を背負ってサリアと共に会場を離れていった。
スタジアムには静寂が戻った。
最初の無法者達が醸し出した狂気は其処には姿形も残っていない。
ただスタジアムに残された夥しい数の死体が彼等が其処に居た唯一の証だった。
そしてその光景を始まりから終わりまで全自動で撮影し放映していた撮影機器の駆動音だけがスタジアムに響いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます