第49話 そんな理由で?

 悪夢である、これは悪い夢である。

 そうだ、これは決起会の前日に幾つも呑んだ酒の、アルコールが見せる夢幻である。

 ゾルゲは自らにそう言い聞かせる、だが幾ら頭を掻きむしろうとも悪夢は醒めない。


 ゾルゲがいる最上階の貴賓席、其処は会場が見下ろせる作りになっており全面がガラス張りである。

 そのガラスに付着する赤黒いシミが増えていく──それは肉片だ、階下で行われる戦闘で……、いや、最早虐殺と化したアンドロイドの銃撃によって貫かれ、引き裂かれ、吹き飛ばされた同業者の肉片なのだ。


「これは、まあ、凄まじいやられっぷりですな」


「……他人事と見物している余裕があると思っているのか」


「他人も何も私にこれ以上何を求めるのです。私はこの通り研究者であり戦う術はありませんし出来る事はクリーチャーを作成して貴方に渡す事です」


 契約によって結ばれたビジネスパートナー、ゾルゲに多くのクリーチャーを作成し提供してきた男の表情に深刻さは感じられない。

 そして白衣の男の言う事も事実であった。だがこの場において男の吐く正論はただひたすらにゾルゲの神経を逆撫でするだけだ。

 しかしゾルゲの怒りを超え、憎悪ともいえる感情を向けられながらも男の表情は何一つ変わらない。無駄に時間を浪費するだけだとゾルゲがやり場のない感情の矛先を変える。


「ならもっと強力なクリーチャーはいないのか!あれだけ素材を出させておきながら一匹もいないとは言わせないぞ!」


「これも何度も言いましたが強力な個体を作ろうと思えばそれ相応の時間と設備が必要なんですよ。それを『これ以上強力なクリーチャーは不要だ、今後は質を抑えて数を用意しろ』と言ったのは貴方ではないですか」


 ゾルゲは自らが座っていた席をサイボーグ化した足で蹴り飛ばした。


 貴賓席にあってたった一つしかない席はまるで玉座の様に飾り付けられていた。

 事実それは街を支配するゾルゲにとって玉座で、自らの立場を力を誇示し周りに周知する装置であり、ゾルゲの夢の一つであった。

 それが粉々に破壊される、残骸が貴賓席に撒き散らされ傍に侍らせていた女共が部屋の隅で固まって震える姿が見える。


「まあそこまで悲観する事も無いでしょう、アンドロイド達を率いるリーダー個体、会場にいるアレを破壊出来れば現状変更が可能でしょう。先程から撃ち続けていますから弾切れは近いでしょう」


 男の言う事は的外れではなかった。

 事実観客席にいるアンドロイド達の銃撃音は最初の頃より小さくなり、最も大きな銃撃音を出していた会場に立つブリキも同様だ。

 アンドロイド共も無限の銃弾を持っているわけではない、弾は有限であり、撃った分だけ消費されているのは間違いない。


 だがその代償が大き過ぎた。


 観客席にいた兵隊共も殺されるだけではなかった。

 持ち込んでいた銃で反撃を行いアンドロイドを破壊しようとした。

 だが彼等の銃弾はアンドロイドにとって痛打にはならなかった、銃弾はアンドロイドの纏う装甲を貫通する事が出来ず砕け散るだけ。

 それでも数に任せて銃弾を撃ち込めば一時的に動きを封じる事は出来た、動きが止まった瞬間を好機とみてハンマーといった打撃武器で破壊しようとした。

 アンドロイドが一体であれば破壊できたはずだった、だがこの場には無数のアンドロイドがいた、彼等は仲間を庇い合う様に銃撃を行ってきた。

 正確無比な銃弾が反撃しようとした兵隊の命を迅速に刈り取り、それに動揺し銃撃が怯めば動きを取り戻したアンドロイドが反撃に加わった。

 時間が経つほどに銃弾は消費された、階下にいた兵隊の命を刈り取る手間賃として。


 そして会場にいるアンドロイド共のリーダー個体に差し向けた戦力。

 選りすぐりの兵隊にクリーチャー、並の自警団であれば一日も掛からずに殺し尽くせる戦力でありゾルゲの軍団の中核を担う存在だ。


 それが磨り潰されていた。


 銃弾を弾く大楯を持たせた兵隊、自警団の銃撃をものともせず近付き片手に握るメイスで頭を潰して来た気狂い共。

 それをブリキが片手に握る長大な銃から吐き出された弾丸が盾を容易く貫き、身体を上下に引き裂いた。


 銃撃を受けても高密度の筋肉で覆われた身体には致命傷にならず即座に再生し、敵に接近してその凶悪な爪で容易く人体を切り裂くクリーチャー。

 それを只々圧倒的な火力で、多連装銃身から吐き出される鉛弾の嵐で身体を端から消し飛ばしていくという暴挙。


 ゾルゲが多大な費用を掛けて作り上げた軍隊が圧倒的な火力という単純極まる手段によって磨り潰されていく。

 

 だが、だが、決して無駄ではない、無駄ではない筈だ!

 見ろ、奴を、ブリキ野郎を、両手に持った凶悪極まりない武器から鉛弾はもう出ない、硝煙だけが吐き出され無用の長物に変わったのだ!


「弾切れですね、かなりの損失ですが……大丈夫ですか?」


「……直轄のサイボーグ部隊を出す、これで終わりだ」


 ゾルゲは紅く染まった会場を見下ろす、武装を失ったブリキを破壊する為に今迄温存してきた切り札を使う。

 会場に幾つもある出入り口、其処から出てくるのは只の兵隊ではない。

 ゾルゲの野望に集った替えの利かない、最も信頼のおける仲間達。

 誰もが身体をサイボーグ化し並の人間を大きく超えた力と速さ、反応速度を持つ。

 たった一人でミュータントやクリーチャーと渡り合える強者、それが五人。

 

 ゾルゲの切り札、最強のサイボーグ部隊である。


「ああ、それなら破壊出来ますね。ですが、なるべく綺麗に破壊して下さいね、あそこまで保存状態の良い戦闘用アンドロイドは貴重なので」


「そいつは確約しかねるな」


 男には歯切れの悪い返事をしたゾルゲだが端から約束を守るつもりはない。

 装甲を一枚一枚丁寧に剥がし、配線を無理やり引き千切り、フレームをぐちゃぐちゃに折り曲げ、最終的には破砕装置で身体を粉々に砕く。

 そうでなければ示しがつかない、そうでなければ腹の虫がおさまらない、そうでなければこの燃え盛る感情を鎮める事が出来ない!


「破壊しろ!」


 ゾルゲの命令の元サイボーグ部隊が動き出す。

 生身では得られない馬力が繰り出す加速によってサイボーグ達が迫る。

 これで勝ちだ、俺の勝ちだ、ゾルゲは武装を失ったブリキを眺め醜く口を歪ませた。


『試作兵器X-04起動、エネルギーバイパス接続、エネルギーの流入開始』


 場違いな人工音声が会場に木霊する。

 音の発生源は何処だ、ゾルゲが素早く会場を見回すがそれらしい物は見つからない。

 そして最悪の考えが芽生えゾルゲはやつを見た。

 両手に持った武装をその場に落としたブリキが背負う白く背丈を超える大きさを持つ長方形の物体。

 多連装ガトリングの弾倉と思っていたそれが背面から移動し、機械音と共に取っ手の様な物が現れそれをブリキが握る。


『照射機構展開、セーフティーロック解除、内部温度上昇…許容範囲内です、落ち着いて目標に射線を合わせて下さい』


 変化はそれで終わらない。

 人工音声が進むにしたがって白い長方形の物体が変形を続ける。

 装甲がスライドし内部機構が露わになる。幾つもの装置が迫り出し、長方形からその姿を大きく変える。


『エネルギー充填65、72、77、84、発射可能状態です』


 サイボーグ部隊に向けた箱の先端、それが二つに割ける。

 その割けた根元からは光が漏れ時間が経つほどに光は強烈になっていく。

 ゾルゲも、光を差し向けられているサイボーグ達も理解した、理解させられた。

 アレは危険だと、今すぐ回避行動を取らなければならないと。


「逃げ……」


『強烈な閃光、輻射熱が発生します。付近のアンドロイドは注意してください』


 極光が放たれた。

 比喩でも何でもなくサイボーグであっても光速を超える事は出来ない。

 避け損ねた一人の胸元に照射された極光が金属を瞬時に蒸発させその先にある生体を炭化させる。

 蒸発により瞬時に体積を増加させたことに伴って発生した衝撃はサイボーグの身体を容易くバラバラに吹き飛ばした。

 しかし犠牲になったのはまだ一人だ、まだ四人も残っている!

 生き残った者達は回避行動から転じてアンドロイドに向かう、仲間の仇を取る為に。


 そして気付いた、アンドロイドが放つ光が途切れていない事に、光を放ったままアンドロイドが残されたサイボーグに極光を向けようとしている事に。


「……これはまた強力なレーザー兵器ですね」

 サイボーグ部隊が全滅するのに時間は掛からなかった、光速から逃れる事は誰一人として出来なかった。

 誰もが身体を光で切り裂かれ、膨大な熱量によって焼かれ爆ぜた。

 会場には強力無比であったサイボーグの姿は一人も残っておらず、吹き飛ばされ会場に散らばった機械部品が彼等が此処に居た証になった。


「それで直轄のサイボーグ達は何も出来ずに倒されましたがどうしますか」


 男は会場を見下ろしているゾルゲに問いかける。

 アンドロイドが放ったレーザーが掠った事で貴賓席のガラスは粉々に砕けた。

 赤黒い肉片で見え辛かった視界は明瞭になり男にも階下の有様がはっきりと見える。


 ゾルゲが誇った軍団は消えていた。

 会場は鮮血に染まり、観客席を埋め尽くしていた同業者達は皆等しく赤黒い肉片をまき散らして死んでいた。

 辺り一面の死者、其処に生者はおらずアンドロイドがいるばかりだ。

 最早ゾルゲには何も残っていない、これ以上此処に留まるのは無意味であり直ぐに此処から逃げるべきである。

 だがゾルゲは男の言葉に何の反応も示さない、ただひたすら階下を見下ろしているだけだ。


 呆然となるのも仕方がない、もう一度声を掛けようとした男だがゾルゲの身体が震えているのに気付いた。

 

「く、く、く」


「おや、ゾルゲ殿どうなされました?」


「くはははははは!」


 ゾルゲは笑っていた、大声で、目から涙を流しながら。

 それだけなら男は呆れるだけで済んだ、だがゾルゲは笑いながら前に進み貴賓席から会場に向かって跳んだ。

 アンドロイド達からの攻撃はなく、轟音を響かせながらゾルゲは会場に降り立った。


「ああ、壊れましたか。滅多に見つからない良いビジネスパートナーでしたが、此処が潮時ですかな」


 男は見切りをつけた、今迄良好な関係を築けていたがビジネスパートナーが壊れたのであれば契約は打ち切り、最後まで泥船に乗り続ける気は全くない。


「おいおい、よくもまあ殺してくれたな。誰も、生きていないじゃないか」


 ゾルゲは会場を、観客席を見渡す。其処には誰もいない、ゾルゲが築き上げてきた何もかもが死に絶えていた。

 笑いながら、泣きながら、ゾルゲは会場に立つアンドロイドに言葉を掛ける。 


「……」


 だが返事は無かった。

 無機質な視線がゾルゲに注がれるのみであり、返事が返されることは無かった。


「だんまりは良してくれよ、お前は俺の夢を粉々にぶち壊したんだぞ?何もかも諦めてそこそこな生活で自分をだまし続けてきた男が一念発起して行動を起こしてここまで来たんだぞ、凄いだろ、憧れるだろ。まだまだこれからだったんだ、酒も女も地位も金も何もかもまだまだ足りない、もっと、もっと沢山手に入れる筈だったんだ。その為にハルスフォードから此処まで来たんだ、その為に馬鹿どもを従えたんだ、その為に軍団を作り上げて来たんだ、それがよ、何にもなくなっちまった。……それでクソアンドロイドは誰からの命令で動いているんだ、ハルスフォードで虚仮にしたダグラスからの命令か、それとも物資を奪われたアリナスか、まさか大穴で侵攻するはずだったミルスタウンに雇われたのか?此処までやってくれたんだ、なあ、答えを聞かせてくれよ」


 ゾルゲの口は止まらなかった。

 留まる事無く吐き出された言葉、どうして俺の夢は此処で潰されたのか、それを実行に移した者が誰なのかその正体を知りたかった。


「一体誰の事を言っているんだ」


「はは、俺の夢を壊して、これだけ殺しておきながら惚けるなよ、ブリキ野郎、誰に、命令、されたんだ」


「命令なんてされていない、ここに来たのは私自身の意思によるもの。襲撃の理由はお前らが私達の同胞を襲い攫ったから、そして街の有様を見てお前らが危険だから、充分な理由だろう」


 だが返ってきた答えはゾルゲの想像していたものとは全く違った。

 ハルスフォードからの指示でもなければ、他の有力なコミュニティからの刺客でも何でもなかった。

 そして理由についてゾルゲには心当たりがあった、配下が大量の資源とアンドロイドを何処からともなく運んできた事があった。

 だがそれは街を襲撃し支配した時に得られる大量の戦利品と比べれば大した量ではない、ゾルゲにしてみれば取るに足らない程度のものでしかなかった。


「それだけの理由で此処迄したのか……」


 それだけで、そんな事で俺の夢は壊されたのか!


「ははっ、ははははは、糞ブリキがぁああああ!!」


 ゾルゲが紅く染まった会場を疾駆する。

 サイボーグ部隊の比ではない、彼等の人体におけるサイボーグ化の比率は最高でも40%程度しかないものだがゾルゲは違う。

 人体の約80%、四肢だけでなく胴体、そして五感の内視覚、聴覚を機械化し脳には情報処理速度を増大させる処置を施している。

 圧倒的なサイボーグ化が齎す人外の力を完璧に制御し行使できる、それがゾルゲという男の強さである。


 目の前のアンドロイドが反応するよりも前にゾルゲは懐に潜り込んだ。

 背負ったレーザーを発射される前に鋼鉄の拳を──クリーチャーの頭蓋を一撃で爆砕させるほどの威力を持つ拳を頭部に叩きこむ。

 強力無比な拳が齎した威力を受けてアンドロイドは碌な防御を取る事も出来ず、吹き飛ばされる事もなくその場から地面に叩きつけられた。


「ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!俺の、俺の夢を壊しやがってぇええええ!」


 地面に全身を叩きつけられたアンドロイドに跨りゾルゲは拳を繰り出す。

 執拗に頭部を殴り、フレームを歪め恐し中身を潰していく、拳を叩きつけられた地面が陥没し頭部が胴体から千切れてもゾルゲは殴るのを辞めなかった。

 そして殴りに殴りつけて原型を留めない程に頭部を破壊し、活動を停止したアンドロイドを見下ろして漸くゾルゲは正気に戻った。


「ああ、最初から俺が出張れば良かったんだ、そうすれば俺の軍団は壊滅しなかったんだ」


 後悔が今になって湧き出てくる、ああすれば、こうすれば、止めどない考えが湧き出てはその度にゾルゲの気持ちは沈み込む。


「だが俺は生き残った、糞アンドロイドをぶっ壊したんだ!俺は強い、俺は強いんだ!ああ、軍団は壊滅した、だが俺がいる、なら俺の夢は終わっていない、まだ夢を目指す事が出来る!」


 ああ、次は今回の様な失敗は冒さない、もう一度軍団を作り、街を支配しよう。そして今度こそ夢を叶えるのだ!

 ゾルゲは自らを鼓舞し奮い立たせる。そして軍団の再建に取りかかる為に動き出し──









「独白はもう終わりか?」


 破壊したはずのアンドロイドの声が聞こえた。

 そんな筈は無い、この手で破壊したはずだ!ゾルゲは自らの下敷きになっているアンドロイドを見るが確かに破壊されている。

 ならばこの声は何処から聞こえるのか、急ぎ身体を動かして見つけようとし──


「身体が、動かない!?」 


 だがゾルゲの身体は動かなかった。

 四肢に始まり指先まで、幾ら動かそうとしてもピクリとも動かない。

 唯一動くのは首だけだ、それでも無いよりはマシと考えてゾルゲは首を動かす。

 そして気付いた、顔を上げた先に破壊したはずのアンドロイドがいた事に。


「い、一体、どうして……」


「視界を盗んだだけだよ、あと自分が殴り続けていた者が何であるか見せてあげる」


 眼を盗んだと、ハッキングしたのだとアンドロイドが事も無げに言う。

 それがゾルゲには理解できない、何時からだ、何時から俺の目は盗まれたのか。

 困惑している間に視界にノイズが走った、盗まれた視界が戻されたのだ。

 そしてゾルゲは見た、己が先程迄殴り続けていたアンドロイドだと思っていたモノの正体を。


「ご、ゴードン」


 其処に居たのはサイボーグ部隊の一人、部隊の中でも特に気心が知れた友人とも呼べる男がいた。

 だがその男の頭が潰されていた、僅かに残る見慣れた面影が彼がゴードンである事を示している。

 誰が潰したのだ、誰が、こんなひどい仕打ちをしたのか。


「お前だよ、お前がぐちゃぐちゃに潰したんだろう」


 アンドロイドが、糞ブリキがゾルゲに告げる。

 

「は、はは、はは、はぁああああああああああああああああ!!!ぶっ壊れた人形が、ブリキが!俺が、俺達が貴様らに!!」


 口からは最早意味のある言葉は出てこない。

 只ひたすらに呪詛が吐き出される、ゾルゲの持ち直した筈の感情が砕け荒ぶる。


「煩いな、お前に付き合うつもりはないからさっさと死んでくれ」


 そう言ってアンドロイドが何も持っていない片手を振るう。

 そうすると動かなかった筈のゾルゲの片腕が動いた、だがこれはゾルゲの意思ではない。

 それだけではなく腕に内蔵されていたブレードが勝手に展開される。


「な、何をするつもりだ!」


 ゾルゲの質問にアンドロイドは答えない。

 そしてゾルゲの意思に関係なく腕は動き展開されたブレードを自らの腹に突き刺した。


「や、やめろぉおお!」


「うわ、しぶといな、痛覚切ってんのか、ならもう少し切るか」


 ゾルゲの声は届かない、制御を奪われた腕は再び動き出しブレードは更に深く突き刺さり腹部を切り裂いていく。


「殺せ!一思いに殺せ!殺してくれ!!」


 痛みはない、痛覚は邪魔になると判断して切ってあるのが裏目に出た。

 幾ら切り裂かれても痛みを感じない、只鈍い痺れを感じるだけだ。

 だからこそ恐ろしかった。自らが精神の根幹を支える力、それを齎した身体の制御を奪われ操られる。

 気が狂いそうだった、いや、狂える事が出来ればどんなに楽であったか、ゾルゲの精神は追い詰められていたが狂うには少しばかり足りなかった。


「糞ブリキが!壊れかけの人形が!狂ったアンドロイドがぁああああ!」


 ああ、もはや何も出来ないゾルゲは呪詛を巻き散らす事しか出来ない。

 だがそれはアンドロイドには全く効果のない言葉でしかない──その筈だった。


「本当に煩いな、あと俺はアンドロイドじゃない、人間だ」


 そう言ってアンドロイドの頭部が割れた。

 いや、頭部だと思っていたのはヘルメットだった。

 ヘルメットから現れたのは黒髪の男、年老いてもいない青年と呼べるだろう顔が其処にはあった。


「は、ははは……」


 先程迄吐かれていた呪詛は止んでいた。

 それ程ショックだったのかはアンドロイド、いやノヴァにとってはどうでもいい事であった。

 それより散々腹部を切り裂いた筈なのにいまだにゾルゲが死んでいない事の方がノヴァにとって問題だった。

 ノヴァは再び目の前の男の腕を操作する、そしてブレードを男の首に当て動かす。

 

「何故だ!何故お前のようなような奴が、今、此処に居るんだ!俺が!ここ迄来て!こんなクソガキに殺されるのか、ふざけるな!!」


「今迄散々殺しているんだ、殺されもするだろう。そして死ぬ順番が回って来ただけだ」


 漸く衝撃から立ち直ったのか再び呪詛が零れるがノヴァは気にも留めない。

 ブレードは首を切り裂いて進む、肉を裂き、頸骨を切り裂き、気道を切り裂く。


「まっ」


 最後の命乞いだろうか、掠れた声で何かを言おうとしたのが見えたがノヴァは止めなかった。

 頸骨を切り裂いた瞬間、ブレードは反対側まで勢いよく切り裂いた。

 全ての繋がりを断たれた頭部が胴体から転がり落ちた。


 此処に満たされることが無い夢を、野望を持って悪逆非道を行ったゾルゲは死んだ。

 

 その事に対して何ら感慨を感じないノヴァ、だが会場に拍手が鳴り響いた。


「素晴らしい、実に素晴らしい!今日この日、君に会えたのは奇跡だ!」


 スタジアムの貴賓席、其処から白衣を着た男が拍手を送り、ノヴァを褒め称えていた。

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