第42話 偽りの家族

 ノヴァには子育ての経験がない。

 それはノヴァの中身である人格には結婚した記憶が無ければ、想いを寄せた人との子供を授かった記憶がないからだ。

 だが年の離れた弟妹がいた記憶はある、統率等取れない傍若無人に動き回る年下の家族を長男としてお世話をした記憶があるのだ。

 そのお陰もあって子供の面倒を見ること自体は得意であった──そのせいで親戚のやんちゃな子供の面倒を見る苦役を何度も押し付けられる羽目になったが。


 そんな苦い記憶を持つノヴァは自分をパパと呼ぶ子供、ルナリアと一時的に呼んでいる彼女の対応も過去の経験に則ったやり方を行っている。

 可能な限り付き添い、疑問があれば答え、危険行動をしようものならそれとなく遠ざける。

 大変であるが目を離した結果起こる事故の方がより大変なことになるため目を離さずノヴァはルナリアに付き添っていた。

 

 結果としてノヴァの行動は正解であった、何故なら痩せ細った身体が膨らんでいき歩けるようになるとルナリアは辺り構わず歩き回るようになったのだ。

  

「パパ、これ何?」


「工業塩製造装置、危ないから近付いちゃダメだよ」


「此処は?」


「ミュータントの死骸を腐敗させてガスを取り出している施設、とても臭いから近付いちゃだめだよ」


「これは?」


「武器庫、危険だから近付いちゃだめだよ!」


 訂正、基本的に拠点内にある施設は子供からしてみれば危険な物しかないから目が離せない。

 身体が健康になった事で自力で行動できるようになり、加えて好奇心が旺盛であり目につく物・施設に興味津々なのだ。

 これがもしノヴァとサリアだけであれば途中で限界が来たかもしれない、だが幸いにもルナリアを見ているのは二人だけではなかった。

 

「おや、此処は危険ですから立ち入り禁止ですよ、ルナお嬢様」


「お嬢様、ノヴァ様が探しておりましたよ。あまり心配を掛けてはいけませんよ」


「うん!」


 拠点に詰め掛けているアンドロイド達がルナリアが危ないところに入り込もうとしたら止め、注意を行ってくれるのだ。

 その際の呼びかけがいつの間にかルナお嬢様になっていたが呼ばれている本人も満更でもなさそうなのである。


「皆ノリノリだな、子供とはいえ人間だから心配していたが」


「まだ幼い子供ですから。アンドロイドを恐れないだけでなく、積極的に関わりを持とうとする彼女が可愛くて仕方ないのでしょう」


 そう言ってアンドロイド達の心情をサリアは代弁してくれる。

 確かにルナリアは出歩けるようになった初日こそアンドロイドに対して緊張していたが、翌日には積極的に話しかけるようになってはいた。

 以前手違いで誘拐してしまった子供はアンドロイドに対して並々ならない恐怖を抱いていたが、ルナリアにはそれが無かった。

 怖がりも怯えもせずに積極的にアンドロイドに関わっていくルナリアは、アンドロイド達にとってもかわいい存在なのだろう。

 何よりアンドロイド達も自覚がないまま人との触れ合いに飢えていたのかもしれない。

 そうであればルナリアとの触れ合いは彼等にとっても癒しになっているのだろう。


 そんな感じで日中は拠点内を元気に走り回った結果夜には体力が尽きて直ぐに寝てしまう──なんてノヴァの甘い考えは数日で吹き飛んだ。


「パパ、この本読んで!」


 ルナリアが差し出したのはノートサイズの大型端末、其処に表示された電子書籍である。


「グリム童話のシンデレラか、というかあったんだなグリム童話」


 本拠地のネットワークには数は少ないが童話や小説と言った電子書籍のアーカイブがある。

 元々の町にあった図書館に備え付けられていたもので小規模な物であるが過去の新聞から娯楽関係の本が納められていた。

 連邦全体から見れば1%にも満たない量であるがルナリアが興味を引く本がかなり多くあったのは幸いである──ルナリアが文字を読めない為サリアと交互に読み聞かせを行う事になってしまったが。


「──こうしてシンデレラは王子様と末永く幸せに暮らしました、めでたしめでたし」


 ルナリアが画面に表示された文字を読み聞かせに合わせて目で追う。

 基本的に読み聞かせは静かに聞いているが絵本の挿絵が変わるごとに表情がころころ変わるのは見ていて面白い。

 未知なる冒険に旅立つ場面では目を輝かせ、宝物が見つかれば顔一杯に喜びを表した──そして物語の主人公が悲しく辛い目に遭っている時は我が事のように悲しみ涙を流した。


「お姫様は幸せに暮らせたのかな」


「暮らせたさ、シンデレラには心強い魔法使いとお友達がいるからな。辛い事があっても励ましてくれるさ。さて。もう寝る時間だ、いい子にして寝るんだよ」


「パパ、お休みなさい」


 そう言ってルナリアは布団を被ると直ぐに寝息を立てて眠った。

 朝から晩まで活発に動き回ったせいで溜まった疲労は夜更かしをさせることなくルナリアを夢の世界に導いた。

 運び込まれて数日は悪夢にうなされていたが、今は影も形も無くなり健やかな寝顔を見せている。

 余計な物音を立てて起こさないようにノヴァは物音を立てずに部屋から出る。


「父親の振りも板についてきたな、結婚していないけど……」


 ノヴァは今の奇妙な状況に何とも言えない感情を抱いているが不快ではない、そんな事を考えながらある部屋に入る。

 其処にはサリアとルナリアの治療を担当しているアンドロイド──マカロンが待機していた。


 マカロンという名は自分の治療をしてくれるアンドロイドが名前を持っていない事を知ったルナリアが付けた名前だ。

 出典元は世界のお菓子図鑑であり、医療とは全く関係のない名前ではあるが名付けられたマカロン自身が笑いながらも気に入ったので正式な名前になった。


「ルナリアの容体は安定しているように見えるがマカロンから見て問題はないか?」


「経過観察、バイタルの値から私も安定していると考えます。ただ気がかりとして回復が早すぎる位でしょうか」


「そうか、何かされているのは確定か」


「ですが彼女の身体の回復力が並外れて高いだけの可能性もあります。それだけであれば危険視する必要は無いと考えます」


「私も同意見です、仮に彼女が私達に何らかの危害を加えようとしても直ぐに取り押さえられる体制にあるので問題はありません」


 子供の怪我は治りが早いと言うがルナリアの場合は身体中にあった内出血跡、栄養失調によるるい痩が食事療法によって見違えるように改善した。

 本来であれば体調回復に一ヶ月を予定していたが、ルナリアは僅か五日間で急速に回復したのだ。

 骨が浮き出ていた身体は脂肪が付き健康体に近付いて行き、内出血は身体中からほぼ姿を消してしまった。

 通常であれば急激な変化には何らかのリバウンドが考えられるようなものだがルナリアの体調は至って健康である──それが彼女が常人とは何かが違うことの証拠である。

 そしてサリアの言う事も事実であり健康になったルナリアが何かしらの危害を加えようとしてもアンドロイド達によって容易く制圧出来る程度の力しか持たない。


「それに関しては任せる、後は記憶の方だが戻ってきているな」


「はい、ここ数日は特に顕著です。ですが自分から言い出さない事からも思い出したくない記憶である可能性が高いです」


 記憶に関しても日常生活を送る過程で出てくるふとした動作や行動からも記憶が戻ってきている事が分かる。

 だがルナリアはそれを隠そうとする、咄嗟に出た行動を誤魔化し記憶が戻っていない振りをする。

 どうして振りをするのか、それとなくルナリアに聞いてみても戻っていないと必死に誤魔化すだけだ。


「本人から言い出してくれるまで待つしかないが」


「そうするべきでしょう、失った記憶の向き合い方に正解はありません。彼女自身が答えを出すのを我々は待つしか出来ませんから」


 思い出したくない記憶なのだろう、ルナリアは不安を感じるとノヴァやサリアに抱き着いてくる癖が出来つつありここ数日は特に多い。

 出来れば問いただしたいが誤魔化す事が分かっている以上、無理矢理聞き出す事をするつもりがないノヴァ達はルナリアの方から言い出してくるのを待つしかなかった。

 

 そしてルナリアについての報告を終えたマカロンが部屋から出ると残されたノヴァとサリアは医療アーカイブの確保に向けた話し合いを始める。


「ノヴァ様、此方が空撮で得られた航空写真です」


 サリアはノヴァにノート型端末を差し出す。

 端末には沿岸拠点から遠くない位置にある工業地帯の航空写真が映されている。

 夜間の撮影にも関わらず画面には明かりらしき物が多数確認でき街を照らしている。

 だが偵察機に搭載されているカメラが廃品からの発掘流用である為解像度には限界があり、人らしき存在は確認できてはいるがそこまでだ。

 

「空撮は此処までが限界か、だが人が住んで居る事が確定しただけでも十分。後は工業地帯に潜入する人員だが……」


「私は勿論付いて行きます」


「サリアには勿論付いてきてもらう、他にも人員としてハイブリット機体を持つアンドロイドを二人、合わせて四人で潜入する」


 詳しい生活状況までは撮影から推測する事は出来なかったがそれでもノヴァにしてみれば初めて見る人の集落である。

 だがこの辺りは行商人のポールの巡回範囲外であり、彼の同業者も同様であるため事前の情報収集が出来なかった。

 出来れば行商人といった身分を偽って正面から街に入りたい、だが街の詳しい情報が判明していない事に加えルナリアの虐待を見過ごしていた可能性が高い街である。

 治安維持に問題があるのか、それともルナリアの虐待は巧妙に隠されたものなのかを判断する為に情報収集を兼ねた潜入が最適とノヴァは考えた。


「明日の日暮れに紛れて街に接近、潜入する。戦闘は可能な限り避けていき目的の医療アーカイブがあるだろう中核病院に向かう」


 そうして街に潜入する計画を立て終わったノヴァは翌日、準備を整えて拠点を出発しようとした。


「パパ、ママ、何処行くの」


 だが拠点入口には潜入用に用意した車両に乗り込もうとしたノヴァに立ち塞がる様にルナリアがいた。

 そしてノヴァを見付けると此処からいなくならないでと言わんばかりに脚にしがみ付いてきた。


「ルナ、仕事で少しだけ離れるだけだよ明後日には戻ってくるから」


「いや、行かないで、此処に居て?」


「向こうに大きな街があるらしいから色々と買ってこようと思ってね。同じような食事で食べ飽きて来ただろう」


「……ダメ、行っちゃダメ!我儘言わないで我慢してご飯食べるから…、行かないで!」


 ノヴァが何を言おうとルナリアは取り合わない、ひたすら脚にしがみ付いて嫌々と首を横に振るだけだ。

 其処にあるのは両親から構ってほしいと言う幼心ではなく、必死さと悲観が合わさったものである。

 正直に言えばノヴァは見ていて辛い、だが此処で中断してしまえばこのままズルズルと延期を続けていくのが目に見えてしまうため中断は出来ない。


「何か思い出したのか?」


「……!」


 ノヴァは卑怯ではあるが記憶について尋ねる事でルナリアを動揺させて拘束から抜け出そうとした。

 だがノヴァの予想を裏切りルナリアの脚を掴む力は弱まる事無く、寧ろより強くノヴァの脚を拘束する結果となった。


「怖い感じがするの、だからいかないで!」


「ルナ、私達はこう見えてもとても強いのです。ママもそうですが、パパもミュータントも一人で倒す事も出来ます。だから安心してください」


「そうですよ、ノヴァ様もサリア様も皆さんとても強いのです。ルナリアは此処で私と二人の帰りを待ちましょう」


 ノヴァだけでなくサリアとマカロンも加わっての説得は困難を極めた。

 何とかノヴァの脚を掴んでいたルナリアを両手を外したが、今度は泣き出す一歩手前の顔になるとノヴァとアンドロイド達が慌てふためいた。


「……絶対帰ってきてね」


「大丈夫だよ、仕事が終わったらすぐに帰ってくるよ」


 顔にはありありと不満があったルナリアだが最終的には送り出してくれた。

 車両に乗り込み拠点を出発するノヴァ達、後ろを振り返るとルナリアが見えてしまい後ろ髪を引かれるのでノヴァは振り返ることは無かった。

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