第39話 あぁ、海産物が!?

 ノヴァ達が遠征で目指す場所は航空偵察を事前に行い策定した沿岸部にある工業地帯──ではなく、其処から少し離れた場所にある小さな港町を目指す。

 

 なぜ沿岸部の工業地帯を目指さないのかと言えば、航空偵察によって夜間に人工的な明かりが幾つも確認できたからだ。

 無人航空機のカメラで得られた画像をより詳細に分析する事で夜間の人工的な明かりと共に人影らしきものが写っており、工業地帯は無人の廃墟ではなく何らかのコミュニティが既に築かれている可能性が非常に高いと考えられる。

 其処にノヴァがアンドロイドを引き連れて接触を行えば不用意な衝突を招く恐れがある、それを避ける為にノヴァ達は工業地帯を沿岸部の拠点候補から除外した。

 だがノヴァ達が遠征計画を中止することは無い、不必要な衝突は避け、加えて工業塩などの資源獲得の拠点を築けそうな代わりの場所は他にないか。

 航空偵察と戦前の地図から情報収集を行い、最終的に工業地帯から離れた場所にある纏まった面積を持つ無人の港町を沿岸部の拠点とする事を決定した。


 そうしてアンドロイドの遠征部隊、拠点構築部隊の編成が完了してからノヴァ達は沿岸部の港町を目指して出発した。

 道中は至って順調でありミュータントの襲来も小規模でありノヴァが出るまでも無く遠征部隊のアンドロイド達によって迅速に処理されていった。

 

 そしてノヴァが車両に乗って数時間、部隊は目的地である港町に到着した。

 車両から下りたノヴァ達が目にしたのは航空写真と相違ない廃墟と化した港町だった。

 瓦礫、ミュータント共に大量に存在し何とも拠点構築しがいの有る立地であり──だがノヴァのやる気は数日と持たなかった。

 何故なら遠征部隊は襲い掛かるミュータントを迅速に処理し、拠点構築部隊は廃墟を解体し数日で拠点を構築したからだ。

 ノヴァが拍子抜けになる程に作業は進みノヴァが暇を持て余すのに時間は掛からなかった。









 近接武器は銃より劣る。

 最たるものは射程であり近接武器の間合いから遥かに離れた所から銃は相対した相手を殺傷する事が可能だ。

 加えて銃器は極論ではあるが引き金を引くだけでいい、それらが合わさって銃器は剣や槍等の近接兵器を戦場の主役から引きずり下ろした。


 だがそれは人間同士の戦いに限られ、ミュータント等の強靭な生命力を持つ生物は少しだけ違う。


「キシャ――!」


「お、生きの良いエビ発見」


 ノヴァの視線の先にはザリガニが巨大化したようなエビの姿を持つミュータントがいた。

 ビックシュリンプというそのまんまの名前だが巨大化に合わせて纏っている外骨格も強固になっており拳銃弾程度では罅を入れるだけしかできない。

 倒そうとするならより口径の大きな銃器を用意し遠距離から仕留めるのが安全で確実な方法である。

 

 だがノヴァは拳銃を取り出してミュータントの足に照準を合わせる。

 ノヴァの持つ銃では外骨格に罅を入れるだけだが関節部に限れば拳銃弾でも有効である。

 何より生きの良い海産物に余計な傷を付けたくない、食欲を優先したノヴァの合理的な判断である。

 

 ノヴァは狙いを定め前足を一つを吹き飛ばそうとし──ミュータントがサリアの持つ戦斧によって真横に吹き飛ばされた。


「──!?」


 ミュータントの声にならない甲高い悲鳴が辺りに響き渡る。

 自慢の外骨格は戦斧の質量と遠心力が合わさった一撃で容易く砕かれた。

 外骨格が砕かれ剥き出しになった中身から血が噴き出す、ミュータントの命の灯はたった一撃で掻き消されようとしていた。

 致命傷である、目前に迫った命の危機にミュータントは逃亡を選択するが──判断が遅すぎた。


「あ、止めて、エビ味噌が!」


 ノヴァの静止の声も虚しくサリアが上段から振り下ろした戦斧の一撃がミュータントの頭蓋を粉砕した。

 鋼鉄で造られた身の丈に迫る戦斧の質量と人工筋肉が生み出す膂力が合わさった一撃はミュータントを絶命させ、エビ味噌を辺り一面にぶちまけた。

 残されたミュータントの身体は僅かに震えると糸が切れたかの様に地面に身体を横たえた。

 

「酷い、折角の生きの良いエビだったのに……」


「食糧なら安全な物を持ち込んでいるのでそちらを食べて下さい。それに海洋性ミュータントは中にどんな寄生虫を持っているか分からないので危険です」


「生で食べないから、じっくり焼いて塩を振るだけでもいいから、お願い!」


「ダメです」


 無残に爆散したミュータントの傍で何度目か分からないノヴァとサリアの押し問答が繰り広げられてた。


 ノヴァとしてはゲーム知識として高濃度に放射線や毒物に汚染された地域を除いて海洋性ミュータントは食べても大丈夫だと言う知識がある。

 勿論ゲーム知識でしかないので寄生虫や食中たり等の危険性を考慮して火を通してから食べるつもりでいる。

 何より今までは野菜と肉しか食べられなかった。だが海へ来たから日本人の性として海産物が無性に食べたくなっていたのだ。

 サリアの作ってくれる食事に不満があるわけではない、だがこればかりは理性でどうにかなるものではないのだ。


 サリアとしては寄生虫以前の問題として安全性が確保された食材以外をノヴァに食べさせたくない。

 食材の安全性に関しては本拠点の野菜工場で栽培している物であれば問題なく、行商人ポールから購入する食材も安全性を確認したものだけだ。

 ノヴァの食生活を管理するサリアとしては此処で安全性が確認されていない物など認められず、ノヴァが密かにミュータントを食べようとするなら実力で阻止するだけである。


 そうしてノヴァとサリアによるミュータントの奪い合いが始まりこれで7回目、7回もノヴァの目の前で待ち望んだ海産物が爆散したのだ。

 流石にノヴァも諦めサリアの言う事に従いトボトボと拠点に帰る──となるノヴァではない。


「分かってくれサリア、これは他の有機物を恒常的に摂取しなければ生命活動を維持できない人間の宿命なんだ」


「でしたら拠点に戻り次第お食事を用意します、それで問題はありませんね」


「違う、違うんだ、身体と魂が海産物を求めるんだ、魚とかエビとかカニとか海産物が無性に食べたいの!」


 最早無理なのか、目の前に広がる雄大な海からの恵みを口にする事は出来ないのかと悩むノヴァ。

 だがサリアも何度も繰り返されるノヴァの奇行を止めるのが段々と困難になってきている。

 訓練においてノヴァのスコアを超える事が出来なかった事からもノヴァ自身の戦闘能力や身体能力は見掛けによらず高い。

 このままではあと数回でノヴァに出し抜かれてしまう事がサリアには予想できてしまった。

 此処で何とかノヴァとの合意を得なければ認知していないところで食べる可能性が上昇してしまう、それだけは何としても防ぐ必要があるとサリアは考え不本意ながら妥協案を出す。


「何度も言いますが駄目です、安全性が確保されていない食材は認めません……ですが安全性が確保されたのなら食べてもいいです。具体的には栄養検査装置を拠点に設置して検査を行い、寄生虫対策で72時間以上の冷凍をした物であれば食べられると判断します」


 これがサリアの譲歩できる限界である、これで同意が得られなければ部隊を動員して妨害を行う必要がある。


「…分かった、それでいこう」


「それと決して生で食べないでください、火を通すか煮込むかの加熱調理をしたものを食べて下さい」


「…………分かった」


 こうして7度目の攻防で漸くノヴァは海産物を食べる事が可能になった。

 サリアもこれでノヴァの奇行が収まってくれると安心できた、何故なら基本的にノヴァは約束を守る人間であるからだ。

 だが最後の生食に関する返事に関しては少しばかり不安を感じるサリアである。


「ならさっさと検査装置と冷凍庫を設置できるように拠点周りのミュータント狩って安全を確保しよう」


 そうしてノヴァはアンドロイド達を引き連れて港町のミュータントの駆除を開始した。

 港町にいるミュータントは大した脅威ではなく、武装したアンドロイド達、ノヴァとサリアの戦闘力の前にはあっけなく狩られる存在でしかなかった。

 グールは正確無比なノヴァの銃弾で脳を貫かれ、硬い外骨格を纏ったミュータントはサリアによって粉砕され、徒党を組んで襲い掛かったとしてもアンドロイド部隊の火力によって迅速に処理された。

 特に目立たった障害も確認できずアンドロイド達は拠点を作成し、ノヴァは検査装置と冷凍庫を心待ちにして沿岸部で平穏な数日を過ごした。








「ノヴァ様、巡回中の部隊が人間の子供を保護しました」


 だがサリアから告げられた一報がノヴァの取り巻く状況を変え始めた。

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