海へGO!
第38話 海を目指そう
ノヴァの目の前にグールが現れる。
ミュータントの一種であり細身ながら突然変異によって並の人間を超える膂力を持ち、身体能力も高い。
効率的な走り方など忘却の彼方に消え去ったような無茶苦茶な走行でも身体能力に任せて走ればそれなりの速度が出る。
そして組み付かれれば柔らかな喉笛に牙を突き立て肉を食い千切る、単純ではあるが死に至る傷である。
だが組み付かれる前に倒せば問題ない、ノヴァは右手に持った拳銃を発砲。
撃ち出された9㎜の弾丸は狙い通りグールの眼窩に侵入、眼球を貫き薄い頭蓋骨を砕いた先にある脳を変形した弾丸が掻き雑ぜる。
脳を破壊されたグールは糸の切れた人形の様に倒れる、それでも駆け出した勢いは残ったままであり身体がノヴァに向かってくる。
それを難なく飛び越え、先にいるグール6体を視界に捉えて近い順番に弾丸を撃ち込む。
ヘッドショット、ヘッドショット、ヘッドショット、ヘッドショット、外れ、照準を修正して発砲、ヘッドショット。
グール七体を迅速に処理したノヴァは拳銃のマガジンを廃棄、新たな弾倉を詰めグールの屍を越えて先へ進む。
その先にいたのはグールが9体、その足元には犬型のミュータント・ハウンドが4体、大所帯である。
並の人間なら脱兎のごとく逃げ出し、それでもハウンドに追いつかれ脚を噛み砕かれ動けなくなってからグールと共に全身を美味しく食べられる未来しかない。
ハウンド四体がノヴァに向かって駆ける。
剝き出しの牙は鋭くノヴァの皮膚を、肉を貫き骨を砕く事など造作もない。
そんな殺意に満ちたハウンドに向かって発砲、狙うは剝き出しの頭部──ではなく前足。
それぞれのハウンドの前足を弾丸で撃ち抜く、ハウンドは倒れることは無い、だが以前の様な素早い動きは不可能、それでノヴァには十分。
満足に動けないハウンドを足場にして移動、その先にいるグールに弾丸を撃ち込み即座に無力化。
そうしてから満足に動けないハウンドを仕留めようとするが──
「ッ」
眼前に迫る刃をバックステップで躱す、そのまま距離を取ろうとするがノヴァに追随するように刃──生身では到底扱えない大きさの戦斧の刃が迫る。
「もう追いついて来たか!」
だがノヴァに焦りはなく、戦斧を振るう相手に向かいマガジンにある残りの弾丸を全て放つ。
ノヴァの扱う拳銃の装填数はマガジン17発、薬室に1発、計18発、先程のミュータント集団に13発放ち残り5発。
刃を振るう相手の四肢、頭部に残された5発を早打ちで放つ。
「!」
流石の相手も防御に回らざるを得ず、巨大な戦斧を盾代わりに扱い追撃を中止せざるを得ない。
その僅かな間にリロードを済ませたノヴァは機動力を奪ったハウンドを仕留めようとするが四体は既に身体を真っ二つに斬り裂かれていた。
そうなるとミュータントは既に殲滅してしまい、残っているのは戦斧を振りかざす相手のみ。
ならばとノヴァは拳銃を戦斧を振るう敵に向け、敵も防御を捨て被弾覚悟でノヴァに向かい突き進み──両者の耳にも届く大音量のブザーが鳴り響いた。
『演習終了、演習終了、直ちに参加者は武装を解除して下さい。スコアはノヴァ:208512、サリア:185890、繰り返します、スコアは──』
「負けました」
戦斧を握った女性サリアは落ち込む、身長はノヴァに迫り筋肉質な身体ではあるが巨大な戦斧を扱うには十分な力を持っているようには見えない。
「現状の機体スペックから考えれば最高パフォーマンスは発揮しているから。後は機体の強化と経験を積んでいけば追い越せるよ」
だが戦斧を握るのは人間に非ず、顔・身体は人間の様だが胴体は研鑽を重ねた人工筋肉で織られ四肢に至っては頑丈な機械製である。
五指は鋭く貫手となればグールの身体を容易く貫き、脚撃はミュータントの骨を砕くに十分な頑丈さと威力を持つ。
そんな凶悪な機体を持ったアンドロイドだが、その身体を以てしてもノヴァのスコアを超える事は出来なかった。
「幾ら強化外骨格を着込んでいるとはいえ、ノヴァ様のスコアを超えられないようではセカンドの名が泣きます」
「適材適所じゃダメ?」
「ダメです」
そう断言しするサリア──二号は、自らのスコアがノヴァのスコアに届かない事を悔しく思う。
妹のマリナとは違い、可憐ではなく綺麗であり鋭利さを感じるサリアの容貌が悔しさに歪む姿を見てノヴァは思った。
──戦斧じゃなくて機関銃でも背負えばよかったんじゃないの、と。
◆
ポール達行商人との取引を三号が代わりにしてくれるようになってからノヴァには余裕が出来た。
なんやかんやで働きづめであったノヴァにとって久しぶりの余裕のある生活である。
そうであれば今まで出来なかった拠点の自室でダラダラと過ごす事をノヴァは満喫した。
日が昇っても惰眠を貪り、アンドロイド達が用意してくれる食事を食べ、ポチと遊び、廃墟にあった図書館のデータを復元して書籍を読み漁った。
ノヴァは満足だった、初めてこの世界に放り出されてから目標としてきた文明的な生活を送れる事に。
アンドロイド達も満足だった、何かと落ち着きがないノヴァが大人しく過ごしているのだ、サリア等の身の回りのお世話をするアンドロイドはこのまま平穏な日々をノヴァに送ってほしいと思っていた。
「あかん、このままじゃダメ人間になる。仕事をしないと」
だがノヴァの中にある魂は日本製、染みついた勤労精神が怠惰に過ごす事を許さなかった。
ノヴァは端末を操作し何か出来ることは無いかと探し──地方都市での自らの醜態を思い出した。
咄嗟の行動であり、不幸なすれ違いである事は既にノヴァ自身も分かっている、だがもう少し上手く出来たのではないかと考える。
ならばどうすればよかったのかノヴァは考え一つの答えを出した。
──戦闘技術が高ければ人質を取る事無く安全に無力化できたのではないかと。
そんな答えに至ったノヴァは直ぐに行動を開始した。
適当な施設を見繕って中に様々な機材を持ち込んでは組み立て制御システム関連を作成、そうして仮想訓練施設をノヴァは作り上げた。
ノヴァが知る限りのミュータント等の敵に加え、人質救出や潜入等の様々なシミュレーション全て組み込んだ。
敵役には電脳の無いアンドロイド機体等に姿形を投影し、銃は限りなく拠点で使われる銃器に近付けた物を用意した。
そんな限りなく本物に近く、されど死ぬ事はない安全な訓練を行える一連の設備を用意したノヴァはそこで自らの戦闘技術の向上に努めるようになった。
最初の頃は真剣に挑み、途中からは体感型のアミューズメントみたいに感じて夢中になって遊び、さらに途中からノヴァ様には戦闘技術はそこまで必要ではありませんとやんわりと訓練をやめさせようとするサリアが混入。
人工筋肉式と機械式が合わさったハイブリット機体を新たに支給されたサリア、その戦闘力は以前とは比較にならず設計したノヴァも理解している。
そこでふとノヴァは思い付きを口にした──俺のスコアを超えたら一生お世話されるよ、と。
サリアは何時になく真面目な顔で言った──そのお言葉に嘘はありませんね、と。
ノヴァは後悔した、今更無しとは言い出せない、だが遅かった、サリアはノヴァのスコアを超えた、急ぎノヴァはスコアを積み上げた、そうしてサリアとノヴァの人の尊厳を賭けた戦いが始まった。
高難度のシミュレーションを組んでは挑み、高いスコアを出しては追いつかれ、そんな戦いは未だノヴァに軍配が上がってはいるが油断は出来ない。
ノヴァは元から身体に刻み込まれたようにある戦闘技術を十全に使いこなし、更なる研鑽を積み上げていく事で個人としての戦闘力を向上させていった。
そして拠点の開発も落ち着いてきた頃にノヴァは決心した。
「海へ行こう」
「何故、そのように考えたのか理由をお聞きになっても?」
「工業塩が欲しい、これがあれば色々作れるようになるし、正直に言えば塩無しで此処迄来ると非効率に一層の拍車がかかるから最優先で解決したい」
今までのノヴァの拠点では工業塩からなる薬品や素材を大量に使用していない。
基本的に石油関連の物質で代用するか、集めた廃材から目的の物を抽出して少量用意する事しかしていない。
それでも現状如何にかなっているが、正直に言えばギリギリの綱渡りでありノヴァとして好ましくはない。
加えて塩がある海へは拠点から遠く、今までは沿岸部に行くこと自体が不可能であった。
「分かりました、遠征部隊の方は既に編成が完了しています。ですが沿岸部の拠点構築部隊はまだ編制していないので数日待ってください」
だが今や長距離遠征が可能な物資と補給体制の整備は完了、部隊が編成できれば投入可能である。
「ああ、此処まで来るのに長い道のり──という程の時間は経っていないか」
「何も無い廃墟から此処迄可能になった時間を常識に当てはめれば十分早い部類です、人によっては法螺話と言われても仕方がないですね」
「デイヴ、言い方もう少し優しく出来ない?」
「これでもしてますよ、オブラートをしなければ非常識の一言で終わってしまうのですから」
一号、もといデイヴの評価に苦笑いをするしかないノヴァを尻目にデイヴは沿岸部への遠征計画を詰めていく。
「事前に航空偵察を行い遠征予定場所の地形の把握を行い、また偵察機をローテーションで運用し警戒網を構築します。ですがカメラの解像度の関係で見落としがある可能性もあるので気を付けて下さい、高度を落せば解像度は上がりますが飛行型ミュータントに対する対抗手段が現状ないので最悪の場合喪失もあり得ます」
「安全優先で行こう、機体については喪失しても問題ないから」
「分かりました、ですがノヴァ様自身も気を付けて下さい。特に自ら危険な事へ遭遇しないよう警戒してください」
「分かった、不測の事態に備えて自分の装備も整えたから大丈夫……とは口が裂けても言えないね。それでも、なるだけ安全確保を最優先するよ」
「本当にそうしてくださいよ、本音であれば貴方を此処から出したくないのですから」
そう言いつつもデイヴがノヴァを止めないのは付き合いの長さから何もしない事がノヴァのストレスになる事を理解しているからだ。
アンドロイドである自分としては安全な場所で過ごして欲しい、だがそうできないのがノヴァである。
ならば危険を承知した上でノヴァの安全を図るしかない。
「さて、塩を沢山採ってきますか!……あと海産物も」
塩が欲しいのは本心である、だが海産物を求める日本魂も本心である。
沿岸部其処に生息するデカいエビ型ミュータントの味についてノヴァは遥か彼方にある海へ思いを馳せる。
ノヴァの小さな呟きも聞き逃さなかったデイヴはサリアに沿岸部でのノヴァの拘束を言い含ませておこうと内心で決めた。
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