第37話 人は学べる

「いやはや、また大きくなりましたね」


「此処まで大きくなれば俺達なんて路傍の石みたいなもんですな」


「兄貴、事実だけど虚しくなるから言わないでくれよ」


 行商人ポールと護衛の兄弟は目の前に広がる都市を見るたびに胸から湧き上がる感嘆を抑える事が出来なかった。

 ノヴァと初めて出会ったときは只の廃墟でしかなかった町が再び訪れた時は多くのアンドロイド達が町を解体し新しい建築物を建てている時だった。

 そして三回目、四回目と訪れる度に廃墟であった町は大きく様変わりしていき、六回目の今回に至っては廃墟は完全に姿を消した。

 今やノヴァが拠点とする町だった場所には新たな街が築かれていた、しかもこれが再開発が終わった段階であり今や更なる拡張の段階に入っているとなると最早笑いしか沸き上がらない。


「……ホントにアンドロイドの町があったんだ」


「俺幻覚見てる?いつの間にかヤバい薬キメてた?」


 だがそれはノヴァと取引を続けて来たポール達だけであり今回初めてノヴァが治める街に来た行商人仲間達とその護衛達は違う。

 比喩でも冗談でもなく目の前に広がる寂れた村や町とは一線を画す街の姿が信じられないのだ。

 だがそれをポールは責める事は出来ない、痛いほど気持ちが分かってしまうからだ。 


 今迄ポール達はノヴァの唯一の取引相手であり、情報提供者であった。

 その分の得られた大量の医薬品や道具等の貴重品を捌いてきたが他の行商人仲間が黙っている筈がない。

 一回目なら偶然として片づけられるが二回も三回も続けば偶然ではない。

 だが物が物である為、ポールはかなりヤバい相手との取引をしているのという共通認識も同業者達は持っていた。

 それでも取引に加わりたいとポールに迫る同業者達の中から素行が良く問題を起こさないであろう何人かを見繕い今回の取引に同行させたのだ。


「こんにちは、行商人のポール様御一行ですね。よくぞお越しくださいました、宿泊施設の方は既に準備できていますので何時でも利用可能です」


「ありがとうございます、今回は持ち込んだ量が多いので数日お世話になります」


 何度も訪れ顔を合わせた街の守衛アンドロイド、狂って無差別に人間を襲う殺人機械とは違って手入れの行き届いた身体に装備を持つ彼に入場許可を貰い街に入るポール一行。

 初めて街を訪れた同業者達は彼等の知識とは全く異なるアンドロイドを見て、そして街の中の景色を見る事で再び呆気に取られる。

 

「はいはい、呆然としてないで足を動かして下さい」


 足が止まった仲間達をポール達は強引に引っ張りながら宿泊施設に向かう。

 ポール達が普段の取引で利用している宿泊施設は大人数が泊まる事も可能な建物である。

 此処でも足を止める仲間達をそれぞれに割り当てられた部屋に押し込んで漸くポール達は一息吐ける事が出来た。


「あにき、おれ、ここのじゅうにんになる……」


「分かる、気持ちは凄い分かるがしっかりしろ!俺達はプロの護衛として来ているんだ、気をしっかり保て!」


「はは、今日はこのまま休んで貰って大丈夫ですよ。ノヴァさんとの取引には私だけで行きますから」


 部屋には清潔なベットと飲み放題の清潔な水が常備されている。

 何よりスプリングの利いた寝心地の良いベットは護衛の弟を掴んで安らぎの彼方に連れ去ろうとしている。

 それを何とか引き留めようと奮闘する兄を見ながらポールは身嗜みを整えてノヴァへの面会に向かおうとしていた。


「いいえ、弟はまだしも私は付いて行きます。それが仕事なのです、弟には他の行商人の方々が馬鹿をしないように見張らせます」


「そうですね、もう一度私の方からも伝えておきましょう。流石にしつこいと思われるかもしれませんが……」


 ひたすら呆気に取られていた彼らが悪事を働くとは思えないが、気を抜くわけにはいかない。

 些細な勘違いが大きな問題に発展する可能性があり、しかも此処はノヴァが治める街である。

 人柄から考えて厳しい対応はしないと思うが、問題を起こして積み上げて来た信頼関係に罅を入れたくない。

 そう考えたポールは部屋を巡り出発時と同じような注意を呆然としている同業者達に告げていく。

 

 それらを終わらせてからポールはノヴァが住んで居る建物へ向かう。

 案内役のアンドロイドに付いて行き厳しく警戒された施設の中を進んで行くと一匹の犬がポール達の目の前に現れた。


「ワン!」


「おお、ポチ!元気だったか、俺に会えなくて寂しかったか~」


 出発時のプロとしての引き締めた表情は霞と消え、走り寄って来たポチに顔面をぺろぺろ舐められる護衛がいる。

 コイツ取引に付いて来た理由がノヴァの飼うポチに会うためじゃないかとポールは確信にも似た想いを持つが余計な口は出さない。

 彼が厳つい表情をしながらも動物好きである事は昔から知っており、何ならミュータントであるベスを一番に可愛がっているのは彼である。

 そっとしておく分には無害である為、彼を放置してアンドロイドに付いて行く。 


「此処でお待ちください、もう少しでノヴァ様が来られます」


 アンドロイドに案内された部屋は何時もの取引で使われている部屋だ。

 だがこの部屋も変わっており、以前の様な装飾も何もない実用一辺倒の内装から、テーブルクロス等の装飾が使われ客人を持て成す部屋へと変わっていた。

 そんな風に内装についてポールが分析をしていると部屋の扉が開きノヴァが入って来た。


「こんにちはポールさん、今回の取引もよろしくお願いします」


「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 互いに挨拶を交わすがポールはノヴァの背後にいる一人の少女に気が付いた。


「すみませんがお傍にいる少女はどなたですか」


「マリナといいます、今後ポールさんとの取引は彼女に任せるつもりで連れてきました。今日が初めての顔合わせになります」


「初めましてポール様、マリナと言います。ノヴァさんから交渉を任せられましたが経験の浅い若輩者ですので何かとご迷惑をおかけするかもしれません。その時は遠慮せずに指摘してください」


 少女の容姿は一言で言えば可憐だ。

 行商人で多くの村を訪問しているポールだが村に住んで居る少女たちは何度も見て来た。

 そんな彼から見てもマリナという少女は村娘にありがちな日焼けは無く、栄養状態が良かったのかやつれてもいない健康体だ。

 肩で揃えられた髪も手入れが行き届き、くすんでもいない、何処か街の有力者の娘と言っても信じられる。

 言葉遣いと何より飾り気の無い服を着こなしている姿からは確かな教養を感じられる。


「彼女は荒野を彷徨っているところを姉妹で保護したのです。理由を聞いても答えてくれませんでしたが何か働いて恩を返したいと言うので交渉関係を任せようと思いいたりまして。部屋の内装も彼女の発案ですし、先程の会話からも私より交渉が上手く出来るのではと期待しているのです」


 ノヴァの話した通りであれば実用一辺倒の部屋を此処まで飾り付けた知恵者である。

 行商人として油断ならない相手であるとポールは気を引き締める。


「分かりました、これから先よろしくお願いしますマリナさん」


「よろしくお願いします、ポールさん」


 差し出された手には日焼けは無く白く綺麗な手である。

 その手を少しだけ緊張しながら握れば手にはマリナの手の感触が伝わり──言いようもない違和感をポールは感じた。

 それでも少しばかり引っ掛かるだけであり、先ずは取引をしなければとポールはノヴァに今回持ち込んだ商品が書かれたリストを差し出す。


「此方のリストに書いてあるものが今回持ち込ませていただいた商品です。今回は私以外にも行商人仲間を数人伴っていますので商品の方も大量にあります」


「確かに今回は物が多いですが問題ありません。此方は医薬品と農具、照明用、暖房用の燃料等を用意しています、それ以外でも何かあれば相談してください」


「ありがとうございます、同業者と相談させていただきます」


「それで商品の方ですが──」


 今回の様な大量の商品を持ち込んでもノヴァは躊躇う事もなく取引を続けていく。

 その手法に駆け引きといった物は無く、傍から見る分には羨ましく見えるだろうがポールからしてみれば心配である。

 取引を続ける事でポールはノヴァが善人であり、しかも駆け引きが苦手な不器用な人間でもある事を既に理解している。

 ポールにノヴァを騙す意図は欠片も無いが自分以外の取引相手が現れたら尻の毛までむしり取られるのではないかと心配になった。


 だが今回の取引に加わったマリナがポールの心配事を解決してくれた。

 交渉術に加え、取引の最中に見せる抜け目のない指摘は行商人であるポールをして感心させるものであった。

 彼女がいればノヴァが騙されることは無いだろうと確信できる、そう考えていれば何時もよりも時間は掛かったものの有意義な取引を行う事が出来た。


「これで取引は成立です。今回も良い取引でした」


「いえいえ、此方も大いに稼がせていただきました。今後もよろしくお願いします」


「はい、ですが次回からはマリナに任せます、それで取引に問題があれば私が対応します」


「よろしくお願いします、ポールさん」


 差しだされたマリナの手をポールは握る。

 やはり軽い違和感の様な物をポールの手は感じていた。

 マリナに感じる違和感、そして優れた交渉術など、育ちが良いお嬢様なら納得できるものだ。

 そう自分を強引に納得させればそれでいいのだ。


「よろしくお願いしますマリナさん、それでノヴァさん──彼女、人間ではありませんね」


 だがポールは自らを誤魔化す事を選ばなかった。

 秘密ならしょうがないと、個人の事情として追及をすることは無かっただろう。

 だが疑念は違う、疑念を抱えたままでは有意義な取引は出来ない、少なくともポールはそうだ。

 そして彼女が人間ではないと言った瞬間、マリナは変わらなかったがノヴァは隠す努力をしていたようだが動揺が丸分かりであった。

 ポールは自分の疑念が間違っていないという確証を得た。


「彼女の見た目は何処からどう見ても人間です、動きも声もアンドロイドの特徴は全くありませんでした。ですが手が違いました、握った時の彼女の手が綺麗過ぎたのです。荒野を彷徨っていたとしては傷も箱入りお嬢様としてもペンダコといった何の特徴も無い、真っ新過ぎたのは怪しすぎます」


 口に出すのは僅かに感じた違和感、大したものではなく人によっては無視してしまう僅かなものだがポールは何かを感じ取った。 

 そして指摘を受けたノヴァの表情は──ただひたすら申し訳なさそうな顔をしていた。

 その顔を見たポールは立ち上がりノヴァに頭を下げる。


「ノヴァさん、すみませんでした。私達の気持ちを酌んでくださり宿泊所や水の補給も手配して頂き、そればかりか取引にはアンドロイドを伴う事はしませんでした。その負担がノヴァさんに皺寄せになっているとは思い至らず申し訳ありません」


 今までの取引はアンドロイドを介す事無くノヴァが直接行っていた。

 アンドロイドの街を治めているノヴァだが暇な訳ではないだろう、様々な仕事に追われながらも取引を直接行っていたのはアンドロイドに恐怖を感じるポール達を考えてくれたからだ。

 取引以外にも宿泊施設や飲料水の補充といった多くの便宜を図ってもらっている、だが流石に限界なのだろう。

 そこまで考えが及ばなかった自分の愚かさにポールは頭を抱えたくなった。


「私と護衛の二人は大丈夫です。今回連れて来た同業者には私から話します、アンドロイドを従えているかは関係なく良き取引相手として今後もよろしくお願いします」


 ポールの家訓として取引は互いに利益を齎すものでなければならない。

 理想論であるが守ろうとする心構えは失ってはいけないものだとポールは考えている。

 その家訓によれば一方的に負担と便宜を図ってもらう今の状況は到底認められるものではない──それを正すのは今しかなかった。


「……ばれてから言うのも卑怯ですが彼女はアンドロイドです。身体は取引相手に余計なストレスを与えないよう私が設計しました」


「そうですか、繰り返しになりますがノヴァさんに気を回させた事申し訳ありません。このポール、臆病で小心者なのは自覚していますが恩知らずではありません。今ならアンドロイドが取引相手であっても問題はありません」


 此処迄気を使われ、今までの取引も併せて考えれば甘え過ぎである。

 アンドロイドについての認識をノヴァが治める街限定でも変えて、それを受け入れなければならない。


「ノヴァ様の思い過ごしでよかったですね、あと変な罪悪感を抱えずに済むし人間と偽る必要がないから私としても良い事尽くめですよ~」


 正体が明らかになった事で取り繕う必要が無くなったマリナの変わりようにポールは驚いた。

 深窓の令嬢かと見間違えた表情は屈託のない笑顔に変わり、纏っていた落ち着いた雰囲気も霧散してしまった。

 その変わりようはポール自身も見事に欺かれていたことの証明でもあるのだが、見事に欺かれたため笑うしかなかった。


「お客様の前だぞ、少しは口を閉じなさい」


「まあまあ、擬態計画は白紙に戻して根本から練り直す必要がありますが、ポールさんが予想以上に協力的なので計画を飛ばして一気に進めるのもアリだと思いますよ」


「そこはポールさんと相談して賛同を得てからだ」


 どうやらポールのあずかり知らない所で色々と計画は進んでいたようだが頓挫したらしい。

 だがノヴァとマリナの会話から聞こえる内容にそこはかとない悪い予感をポールは感じるがカッコよく言い切った手前逃げ出す事は出来ない。


「さて、ノヴァ様の許可も貰ったので話を進めましょう、ポールさん。我々と貴方方、人間とアンドロイドという違いはありますが共存共栄していく計画があるのですが乗りませんか?」


 心機一転した気持ちでいたポールだが、人間にしか見えないマリナの屈託のない笑みに不吉な予感を覚えざるを得ない。

 せめて心臓に優しい話であってほしいと願いながらポールはマリナの話を聞くほかになかった。

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