第36話 一号と二号……ついでに三号

 行商人ポールの来訪に間に合うように三号の機体の調節を行っていくノヴァ。

 一日ごとに機体の動きは滑らかになり、生身の様な動きを可能にしていく機体。

 

 だがノヴァは一日中三号に付きっきりという訳ではない。

 今の所急ぎの仕事は無い、だがアンドロイド勢力のトップであるノヴァには一号からの報告を欠かさず聞く必要がある。

 何せ現状でも本拠地の開発計画に始まり、地方都市郊外の前線拠点の運営状況、石油採掘施設及び精製施設の稼働状況、それ以外でも雇用しているアンドロイドの状態等報告内容は多岐に渡る。

 施設の運営そのものは一号とその配下であるアンドロイド達に任せているが技術的な問題が起これば彼等では対応は難しい場合がある。

 マニュアルに従って解決できれば問題は無いのだが、それでも解決しない技術的な問題であればノヴァが解決する必要があるからだ。

 そうでなくても問題が起こる前に把握する事で事前に予防する事が出来る場合がある。


 そういった理由とまたノヴァの生来の生真面目さによって一号の報告を聞くことは既に生活の一部に組み込まれている。


「資源不足が解消されたので建築速度は通常時に戻り、現状の本拠地の開発状況は順調です。しかし此処に流入するアンドロイドに支給する機体の生産が追い付いていません」


「現状の生産設備ではこれが限界だが、支給できるまではメンテナンスで何とか持たせるしかないか。生産設備を増強する事は可能か?」


「資源の備蓄状況に余裕があるので用地を確保出来次第建設は可能です。効率を考えて既にある生産設備の近くに建設します」


「任せた、それと石油採掘施設の稼働状況はどうだ」


「順調に進んでいて此処で消費する分を賄う量が可能な産出量が確認できます。また推定埋蔵量からこのままの採掘ペースを維持しても80年は持ちます。念の為に他の油田の探索を行いますか?」


「急ぐことは無いが油田の探索は継続してくれ。他にも利用可能な油田があると安心できる。あと新規設計の精製施設は問題はないか、異常があれば運転を中止して問題点を洗い出すけど?」


「今の所問題は発生していないようです。ただ精製過程で現状利用用途の目途が立たないジェット燃料などの資源の一時保管設備が80%埋まっています。資源を廃棄するか保管を続けるのかノヴァ様の判断が必要です」


「ジェット燃料か……、監視と通信の中継地点を兼ねた大型ドローンでも運用するか?作れないことは無いから今から設計して製作、試験もする必要があるな……、一号本拠地近くに無人航空機用の滑走路を確保できそうか?」


「本拠地周りは既に開発計画があるので出来ません、此処から少し離れた地点に大きめの用地を確保して拡張可能な滑走路を建築する事が最善と考えます」


「それでいこう、航空機の図面は設計完了次第送る。あと航空機と滑走路の運用人員の選定は任せる」


「分かりました。それと前線拠点からの報告で備蓄している弾薬が……」


 ノヴァと一号の会話は続く、初めて出会った頃の様な小さく隠れ住むような拠点では考えられなかった量の情報が日夜舞い込んでくる。

 無論、悪い事ばかりではなく拡大発展を続けた事でできる事は多くなり、ノヴァも夜に怯える生活とは無縁となった。

 その代償として忙しくなる事はあるが一号を筆頭としたアンドロイド達の協力で無理なく仕事は出来ている。 


「施設関連の報告は以上で終わりです。それとアンドロイド達の方からの要望で現在行っている資源回収以外の仕事に就きたいという要望が僅かですが挙がっています」


「要望か……、確かに元から肉体労働を任せられるようなアンドロイドばかりじゃないしね。医療や接客用途で造られたアンドロイドは出来れば製造目的の仕事がしたいだろう」


 アンドロイドの要望、それは彼らが持っている自我による欲求から起こるものだ。

 

 人間と同じように積み重ねていった知識と経験、そして外部からのストレスによってアンドロイドの自我は芽生える。

 本来であればノイズとして処理され、定期的なメンテナンスによって調律される電脳内に生じた僅かな揺らぎ。

 それが知識と経験を蓄積し、外部からのストレスにさらされることで揺らぎが大きくなり最終的にはアンドロイドの自我へと成長する。

 自我を獲得したアンドロイドは独自に考え、独自に行動する事が可能となり、蓄積した知識や経験によって個性もまた芽生える。

 

 本来であれば自我などアンドロイドに不要な物、崩壊を迎える前の連邦であれば即座にリコール対象になり初期化か廃棄処分が行われるだろう。

 だが連邦が崩壊した現状ではそんな事が出来る筈も無く、自我が芽生えたアンドロイド達は連邦各地に散らばり隠れながら生存しているらしい。

 そもそもとして自我持ちのアンドロイドしか今の連邦で生き残れなかったのだろう、襲い掛かる人間にミュータント、淘汰されざるを得なかった結果として本拠地には自我持ちのアンドロイドが集ったのだ。

 そんな彼等に製造目的に則った仕事をしたいと言う欲求があっても不思議ではない。


「ん~、悪いが解決方法が思い浮かばない。例えばアンドロイドのメンテナンス仕事はどうなの?」


「既に十分な人員は確保していますし、彼らの要望に沿うものではありません」


「となると、今はどうしようもない。彼等には我慢を強いる事しか出来ない」


「それで大丈夫です、あくまで要望であり彼等も現状を理解できています。無理を承知で要望を出した訳ではなく、彼らの世間話から汲み上げたものです」


 アンドロイド側も要望が通るとは考えていない愚痴の様な物だろうか。

 それでも目に見えないストレスは溜まっているのだろう、アンドロイドが鬱病に罹るかは分からないが放置し続けるのは良くないだろう。

 そう考えた時目のまえにいる一号はどうなのか、本拠地の運営や開発でストレスが溜まっていてもおかしくはない。

 その働きに見合った報酬を渡せているか、不満があるのか一度聞いてみるべきだろう。


「……話は変わるけど一号は何か欲しい物や要望はある?個室が欲しいとか、新しい機体が欲しいとか」


「突然どうしたのです?」


「いや、此処の運営に限らず建設とかでもかなり働いてもらってるから褒賞みたいな……なんだろう要望があれば叶えたいと思って」


 ノヴァに要望を聞かれた一号は珍しく口ごもる、そして数秒間じっくりと考えてから口を開いた。


「……でしたら名前を下さい。一号ではなく私自身を示す名前を下さい」


 一号の要望は個室や新しい機体といった物ではなく、自らを表す名前を求めた。

 それを聞いたノヴァは呆気に取られ、再度一号に尋ねる。


「名前でいいの?個室でも新しい機体でも用意するつもりだったけど」


「ノヴァ様、其処はアンドロイドと人間の感性の違いとでも捉えて下さい」


 ノヴァと一号の間、アンドロイドと人間の感性の違いについて傍にいた二号が解説を行う。


「アンドロイドには初期設定として購入者から名付けを行う事で所有者と認識されます。一号のような企業によって購入されたアンドロイドは所属番号を与えられ企業が所有者になります」


「それは知っているけど」


「ですが自我を持ったアンドロイドの中には付けられた名前を捨てる個体もいます。名前に紐づけられた所有者を捨てる為なのかはわかりませんが、アンドロイドにとっての名付けの意味は以前とは変わっています」


「成程、でも君達自我を持っているアンドロイドなら自分で名付けが出来るんじゃないの?」


「そうですね、二号の言う通り今の我々なら名前を与えられたとしても所有者と認識はしないでしょう。ですが自分で付けるのではなく信頼した相手からの名前が欲しいと思っています」


 二号の説明の後に一号が隠す事の無い本心を伝える。

 それは長い付き合いであり互いを尊重して培ってきたノヴァとの信頼から出る嘘偽りの無い言葉だ。


「……なんか照れるが考えておく、間違いなく悩むから明日でいいか?」


「構いません、明日を楽しみにしています」


 名は体を表すと言う、一号の本心を聞き届けたノヴァは早速一号に相応しい名前を考える。

 だが一号だけでなくこの場には一号の次に付き合いの長い二号がいる、彼女にも何か要望があるのか聞くべきだろうとノヴァは考えた。


「さて一号の要望は聞いたけど二号はどうだ。君も付き合いは長いから何かあれば言ってくれ」


「……では私も一号と同じように名前を下さい」


 責任が倍増した。

 嫌ではないし、それだけ信頼されていると考えれば誇らしくもあり素直に嬉しい。


「……分かった、考えて──」


「ノヴァ様、三号こと私にも名前を下さい!行商人と会うのに名前が三号だなんて怪しすぎますから!」


 何処から聞きつけたのか三号も同じく名前を付けてくれと言い出した。

 しかも未だ制御が不完全な顔面を動かしてクソ生意気な表情をしている。

 非情にむかついたので痛覚レベルを最大限に上げてデコピンする事をノヴァは誓う。


「お、おう、任せなさい……」


 それでも名前を付けるアンドロイドが三体、しかも内二体は付き合いが長く信頼している相手だ、下手な名前は付けられない。

 

 自身のネーミングセンスが試される、かつてない程の窮地にノヴァは追い詰められた。

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