第35話 繊維で造られた身体
三号を交渉役として雇う、これによって今後起きるであろう外部との接触においてノヴァが見えない地雷を踏み抜いて交渉が難航するような事が起きる事は無くなる。
煩わしい交渉事は専門家である三号に任せる事でノヴァはすれ違いによる心労から解放された!……とは直ぐにはならない。
先ず交渉以前に三号の見た目という大きな問題を解決しなければならない、何せ今の姿は頭部だけの生首状態である。
ハッキリ言って交渉以前にホラー案件である。ノヴァであれば目の前に生首が出てきた瞬間叫び声を上げ、その場から脱兎のごとく逃げ出す、ホラーは守備範囲外であり鬼門なのだ。
先ずは三号に新しい身体を用意しなければ交渉も何も始まらない。
「私は今の状態でも問題ありませんよ、ノヴァ様が交渉相手から見えない様に通信機器を装備していただければ通信する事でアドバイスが出来ます」
三号のアイディアは所謂二人羽織の様なものだろう。
別室には三号が待機しており、通信機器を通して交渉を把握し必要であれば通信を通してノヴァに適切な指示を出す。
実に簡単なアイディアであり用意する物も通信機器だけであり非常に低コストで簡単に実行できる──だが問題が無いわけではない。
「だけど絶対ボロが出る、自慢する訳じゃないが演技は苦手なんだ。刻々と状況が変わる交渉を三号の指示を聞きながら熟すのはハッキリ言って出来ないだろう」
「そうですね、ノヴァ様は腹芸や演技の類は苦手でしょう。そうなると私が直接交渉する必要があるんですが……私、アンドロイドなんですよね」
ノヴァの演技力に期待できない以上三号が交渉の矢面に立つ必要があるが、連邦に生きる人々の対アンドロイド感情は最悪である。
アンドロイドを見かけたら逃げるか攻撃して破壊する事が常識であり、もし交渉役としてアンドロイドが出てくる様であれば交渉の前に弾丸をプレゼントされるか逃げられるだろう。
そうなってしまえば交渉どころの話ではなく、だからこそ三号は自分が裏方に回ることを最初に提案した。
だがそれが出来ないとなれば何処からか演技力の高い人間を連れてくる必要がある、それもアンドロイドに対して偏見が無い人間だ。
それが出来ない以上どうすればいいのか三号は頭を抱えるしかないのだが──
「なら一見アンドロイドに見えない身体であれば交渉役は出来るか」
「……出来ますけど機体の上から服やマスクを着けたとしても動作に伴う駆動音は誤魔化せませんよ?それ以前に着膨れしたマスクを着けた人物なんて生身の人間であっても近付きたくないでしょう」
アンドロイドの機体はサーボモーターやアクチュエーターといった駆動部品で作られた機械的な身体が主流である。
その為動作の度にモーター音といった機械駆動特有の音が発生するのは構造的に避けられない。
音を誤魔化そうとするなら機体の上から防音素材の布を巻くといった処置が必要になる。
そうした場合、駆動部の動きが阻害されることで身体の動きが怪しくなり、また駆動音を消そうとすれば着ぶくれは避けられず見た目も悪くなる。
交渉役が動きが怪しく着膨れしているなど怪しすぎて誰も寄り付かない目に見える。
「ああ、拠点にいるアンドロイド達に支給している機体とは異なるんだ。説明は出来るけど見たほうが早い、付いてきて」
そう言ってノヴァは部屋から出ていく、その後ろを三号の頭部を抱えた二号が後に付いて行く。
ノヴァが向かった先は直ぐ近くにある実験開発室という名のノヴァの工作室である、中には一通りの工作機械と素材が備え付けられておりノヴァが作ろうと思えば大抵の物が作れるだろう。
その部屋の中には一体のアンドロイドの機体があった、だがそれは三号が知るどの企業の機体とも異なり類似品も見つからなかった。
「此処で作ったアンドロイドの機体、プロトタイプで一機しかないけど見た目だけなら人間とほぼ変わらないよ」
「……これはどういう機体ですか?モーターやアクチュエーターと言った駆動装置がないのですが」
「うん、モーターもアクチュエーターも一切ないよ。これは繊維、人工筋肉で作った機体だからね。稼働方式は生物と同じで、これなら駆動音は発生しないし体つきも人間に近くなる」
基本的に生物は伸縮する筋繊維で身体を動かしている、それと同じように人工筋肉という電気を通す事で伸び縮みする繊維を束ねて筋肉として機体に用いる。
フレームとなる骨格も人間と同じように作り、それに合わせて人工筋肉を配置する事で人間と変わりない動きを可能とする。
とはいっても未だ試作品の段階であり人工筋肉自体の性能も人間の筋繊維と変わらない為、機体の性能も生身と大差がない。
今はまだ機械的な駆動方式を持った機体の方が馬力が高い為用途が見いだせていなかった。
だが姿形だけであれば人間とそう変わらない姿を現段階でも持っているため、交渉用として使える。
「……ノヴァ様、実は宇宙人だったりしませんか?遠い惑星から態々この星に征服に来た奇特な宇宙人とか」
「酷いな、正真正銘の人間だよ」
「いやでも……、そもそもこの機体を使うってことはアンドロイドではないと偽ることになりますけど」
「噓も方便、無害なアンドロイドと言っても理解されないのならこうするしかないよ。今は円滑な交渉が何よりも最優先、ばれたとして……その時の状況によって策を考えるよ」
嘘をついて物事が円滑に回るならそうしよう、何より無用な衝突が偽るだけで回避できるのであればそれに越したことは無い、それがノヴァの考えである。
「三号、諦めなさいこれがノヴァ様です」
「姉さんも苦労しているのね……」
「ねえ、その言い分は酷くない?」
機体自体は最初から頭の中にあったのではなく一から考えた物である。
現状アンドロイド達に支給している機械的駆動装置を持った機体をさらに強力なものにしようとした場合加工精度と金属精製設備の機能上昇が避けられず、またモーターなども強力にしようと思えばそれだけ素材や加工精度の要求水準が高くなる。
出来ない事もないが総じて難易度は上がる、それを避けられるような機体は何かないかと考えた時に思いついたのが人工筋肉を用いた機体だ。
そんな涙ぐましい努力から生まれた機体を見るなり人を宇宙人と言われるのは心外である。
「とにかく機体に乗り換えるよ。制御ソフトも作ってあるけど実際に動かすのはこれが初めて、だからこの機体を三号専用にカスタムするよ」
そう言ってノヴァは三号の電脳をプロトタイプである機体に移す。
それから諸々の初期設定を行いながら三号に機体を動かしてもらい不具合を洗い出す。
「奇妙な感覚ですね、記憶にある前の身体の感覚とは全く違います」
「駆動方式が全く違うからね、経験を積んで行けば慣れてくから少しずつ動かしていこう。制御システムも此方で最適化していくから存分に動いてくれ」
三号は新しい自分の身体を動かしていく。
歩き、しゃがみ、その場で跳び、走り、手を握る、様々な動作を行うがそれ自体の動きは何処かぎこちない。
だが、そのぎこちなさをノヴァは適時修正していき動きを少しづつ滑らかにしていく。
そうして人間らしい動きの目途がついて来ると次にノヴァは機体の顔に取り組んでいく。
「三号は顔についての希望はあるか、可愛いほうがいいのか、綺麗なほうがいいとか」
今の機体の顔は無個性かつ中性的な顔である。
また表情を動かす制御システムはまだ入れていない為無表情のままである。
そのため表情が全く変化しない三号が色々と動いているので少しばかり恐い。
「そうですね、前の機体が女性型だったので女性に見えるようであれば十分です」
「そうか……だったら骨格も少し調整して顔は三号のイメージ、お調子者なお子様か?」
「其処は、大人な女性でお願いします!」
「生意気お調子者OL顔か……」
三号の希望を聞きながら機体の細かな調整案を組み立てていく。
機体そのものを大きく弄るような調節は無い為そう時間は掛からないだろう。
そうであれば力を入れるべきところは表情や顔の造形と言った交渉中に注目される個所を作り込んでいく必要がある。
そう考えた場合、やはりプロトタイプである機体にはまだまだ改良するべき点が多く残っている。
「取り敢えず二週間後くらいを目安に改良を続けて行こうか、多分その位に行商人のポールさんが来るから顔見せとして交渉に出てもらうから」
「いや、それかなり無理があるスケジュールではないですか?」
「大丈夫だ、問題ない」
「ホントですか~」
三号が無表情ながら呆れた声を出す、それは多分出来ないだろうと思っているからだ。
だが散々怪物だの宇宙人だの言われたノヴァは三号に意趣返しをするつもりで機体の改良に取り組んでいく。
その傍から見れば微笑ましいやり取りを二号は静かに見つめていた。
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