第34話 自覚するべき
怪物、定義として得体の知れない不気味な生き物、ばけものを示す。
それ以外の意味では理解しがたいほどの不思議な力をもっている人や物、また、とび抜けた実力や強い影響力・支配力をもつ人物を指して呼ばれる。
それらと照らし合わせれば三号の言う事も理解できる。
「なるほどね、俺が持つ知識と技術が異端と言う事か。言われてみればそうかもしれない」
何の前触れなくこの世界にノヴァは現れた。
身体はゲームで作ったキャラであり、そのキャラが持っている能力をそのまま使える。
この世界に生きる存在からしたら異端と呼ばれても可笑しくはない、だが能力を持っているだけで悪用して積極的に他者に害を成した事はない。
だからこそ、そこまで恐れられる理由がノヴァには本当に分からなかった。
「ああ、違います。貴方が持っている知識、技術だけをさして怪物と呼んでいるのではないのです」
「なら何が原因なんだ?」
ノヴァをノヴァ足らしめているモノはこの世にあって余りにも異質な知識、技術である。
それが怪物の根幹を成していると考えたがそれだけではないと言う三号の言葉が本当に分からない。
「ノヴァさん、その話は長くなりますがいいですか」
「ああ、今日は特に急ぎの予定はないから時間はあるぞ」
「分かりました、これから私が幾つか質問をするので答えて下さい」
「アンドロイドは恐ろしくありませんか?」
「いいや、敵対するなら四肢を壊して無力化すればいいし、会話が出来るなら話せばいいだけだし、恐ろしくはないな」
アンドロイドに対しての対処方法は確立しているから恐怖を感じる対象ではない。
もし対話不能のアンドロイドが問答無用で襲ってこようが三号に言ったように四肢を破壊して身動きが取れないようにしてから破壊するなり逃げればいいのだ。
「アンドロイドが自我を持つことに関して恐怖を感じますか?」
「いいや、自我の有る無しに恐怖は感じないな」
ノヴァの中身は未来の青いタヌキが国民的人気者である国の生まれである。
アンドロイドが自我を持とうが問題は感じ無ければ、アンドロイド特有の自我についての葛藤といった苦悩は大好物である。
何ならアンドロイドと人間の恋愛物に始まり人外×人間も守備範囲、メカ娘×人間は良い文明であり文化である。
「見ず知らずの人が荒野で倒れていたらどうしますか?」
「罠じゃないか警戒しながら近付いて安否確認するかな」
其処は道徳心の問題になるがノヴァは基本的に心配する。
何があったのかどこが悪いのか聞き出来る範囲で力になろうとは考えている。
その程度の善良さはこの世界に迷い込んでそこそこ過ごしてきた現在でも捨て去っていないつもりである
「……貴方は非常に強大な武力を持っています、それを使って他者を支配したいと考えますか?」
「えっ、しないよそんな事」
なんでわざわざそんな危険な事をしなきゃいけないのか。
ポストアポカリプスな世紀末世界において幾ら武力があったからといって無敵なわけではない。
他者を力尽くで支配なんてすれば不平不満が溜まるのは目に見えている、それが爆発すれば下剋上、暴力革命なんて事もあり得る世界なのだ。
態々余計な恨みを買って何時寝首を掻かれるか怯える日々を送るなんて御免である。
「では最後に、目の前で助けを求める人がいたらどうしますか。罠も策略も全くない無い、只々救いを求める人がいたらどうしますか」
「助ける」
罠も策略も無ければ助ける、それで見捨てたとあってはこの先ずっと後悔する事になる。
それがノヴァの基本となる道徳心である。
「……改めて貴方がどの様な人物が知る事が出来ました、やはり貴方は正体不明の怪物です」
全ての質問を答えた後、改めて三号に告げられた事に変わりはなかった。
むしろ質問前よりも深く確証を抱いたようである。
「今の崩壊した連邦において貴方の様な感性を持つ人はいません。アンドロイドは恐ろしい殺人機械であり、自我を持った存在などは何時いかなる時に襲ってくるのか分からない恐怖の象徴です。今、崩壊した連邦で生きる誰もが明日の生活の為に必死にならざるを得ず他者を助ける余裕を持ちません。その中で余裕を持つ者は極僅かな人間に限られ、その余裕も打算をもって使われます」
三号の口から出てくるのはノヴァとは全く反対である感性、価値観である。
「飾らずに言います、今を生きる人々は無償の善意を信じられないのです。何か裏があるのではないか常に考えさせられるのです。それなのに貴方は無償の善意を与えた、特に意識する事もなく背後に強大な武力を持った状態で」
貴重な薬をノヴァの考える適正な価格で売った、アンドロイドを治療して生活基盤を整えた、全てがノヴァの感性、価値観に基づいた行動である。
其処には他者を貶めよう、害しようという考えは全くない、あるのは下心があったとはいえノヴァの善意から成り立っている。
その善意が大き過ぎた、釣り合いが採れないのだ、ノヴァにとっては大したことの無い筈のそれを与えられた者は何を求められているのか考えさせられてしまうのだ。
アンドロイド達はノヴァに積極的に協力する事で善意に報いる事が出来ている、だがアンドロイド以外は如何なのか。
「それが正体不明の怪物の正体です。言葉を交わすだけでは埋めようがない感性、価値観の差があるのです」
三号は質問を通してノヴァが悪人でなく善人である事は理解できている。
だが相手は違う、ノヴァを知らない他人は悪人か善人かも判断が出来ない、感性と価値観の溝が避けられない障害となってしまっている。
この荒廃した時代において野心を持たない強大な力を持った善人に対してどのような対応をすればいいのか分からないのだ。
「姉さんから聞きましたが都市探索の時に人間の集団と不意に遭遇して襲われたそうですね。襲撃から脱した後も拠点に戻り連れ去った子供と救出に来た父親と何とか会話を通じて理解を図ろうとして出来なかった。状況が悪かったせいもあったようですが、最終的には集団を突き放すしかなくなった」
「……そうだ、その通りだ」
都市で出会った人間の集団に対して交渉の糸口さえ掴めず、突き放すしか当時のノヴァ達には出来なかった。
後悔はしていない、だが違うやり方があったのではないかと考える事はある。
「話せば分かる、それだけでは足りません。互いの価値観の間にはどうしようない深く広い溝がある事を理解しなければまた同じことを繰り返してしまうだけです」
ノヴァの感性・価値観と現地人との間にあるどうしようもない溝が引き起こした事件だといえる。
その事実を理解して漸く交渉の入口に立てる、出来なければ交渉など何時まで経っても出来ないのが三号の分析だ。
「……俺の言葉は届いてさえいなかったのか」
「そうですね、彼らも信じられなかったのでしょう。アンドロイドである私でさえ最初はそうなのです」
「彼らには俺がどんな風に見えたと思う」
「人と変わらない姿を持つ人に成り代わったアンドロイドが多数の武装アンドロイドを従える怪物に見えたのでしょう」
「……そうか、怪物に見えるのか」
姿形がミュータントでもアンドロイドでもなくとも、理解できない強大な力を持った存在は十分に怪物なのだ。
明確な言葉で告げられた内容はノヴァを凹ませるのに十分であった。
その上でノヴァの今までの振る舞い自体が恐れられるならどうすればいいのか、新たな問題の解決策を考える必要があった。
「その上でどうでしょうか、私を交渉役として雇いませんか!」
「……うん?」
先程迄シリアスめいた表情で語っていた三号の顔は今や笑顔だ、その代わり身の早さにノヴァは呆気に取られた。
「ノヴァ様自身は善良であり、物事に対して公平な姿勢を持とうとする姿勢はこの時代にあって絶滅危惧種です。ですが話を聞く限りでは貴方は交渉が苦手であり、ハッキリ言えば下手です。そのせいで不幸なすれ違いを起こしてしまうなんて事がかなりあるのではないですか?」
「あ、うん、結構当てはまるかな……」
「でしたらノヴァ様に不足している交渉力、それを私なら補う事が出来ます!姉さんが資産家令息の養育と護衛を目的にカスタムされたように私は企業間の交渉や折衝に重点を置いて会話機能を重点的にカスタムがされています。ノヴァ様に不足している分野を補う事は十分に可能です、どうでしょう!」
「あ、あ、うん、お願いします」
「ありがとうございます、契約完了です!もう破棄は出来ませんのでご了承ください!」
三号の怒涛のセールストークに流されるままのノヴァ、しかし今までの会話からでも分析能力や交渉力に優れているのは実感できているので契約そのものに不満はない。
今までのシリアスな会話も事実であり全て此処まで話を持ってくる三号が上手だっただけ、決してノヴァが押し売り販売に弱いわけではない。
──それでも小言を一つくらい零しても罰は当たらないだろう。
「もしかして、此処迄読んで話を運んだのか?」
「無いと言えば噓になります、ですが私は私の有用性を貴方に提示したかった」
やめろ、テンションのアップダウンが激し過ぎる。
もう少し手加減してくれとノヴァは言いたいが三号の話は止まらない。
「放浪時代の私は役立たずでした。交渉能力に重点を置いたカスタムが施されていましたが交渉しようにも人間は基本的にアンドロイドを敵視して会話さえままならず、アンドロイド同士に至っては交渉なんて過程は不要でしたから。何度も自分の存在意義について考えてましたから、ええ、正直に言いますと私は興奮しているのです。放浪時代でまともな会話をしたのは姉さんだけ、そして今漸く自身の存在価値を示せる機会に巡り会えた、しかも私の能力を高く買ってくれる方が目の前にいるのです!」
「……それは俺の考え一つで無かった事に出来ることも分かっているのか」
「ええ、ええ!分かっています、それでも貴方は私を雇わない事は出来ない、何故なら此処には私以上の交渉能力を持ったアンドロイドがいないのでしょう。そして貴方は自らを律し理性的に振る舞う事が出来る人です、何が必要なのか、何が自分に欠けているのか分かれば最良の行動をします、その過程で自らの感情に折り合いを付ける事が出来る!」
「……その通りだ、交渉に特化したアンドロイドは此処にはいない、此処には資源回収や施設の運用、戦闘用に調節した機体しかいない。それに俺自身交渉を上手く出来るとは口が裂けても言えない」
色々お世辞もあるだろうが、三号の言う事は間違いはない。
外部との交渉役を担う事が可能な者が不在であり、三号は交渉役を担う事が可能な能力を有している。
本人もやる気を出して取り組むようであるし任せても大丈夫だろう。
あくまで交渉役であり交渉の方向、最後に下す決断をするのはノヴァなのだ。
「いいだろう、お前を雇う」
「ありがとうございます、この身が朽ちるまでお仕えさせていただきます」
目が覚めてから始まったノヴァと三号の話は終わった。
ノヴァは自分に欠けた能力を補う三号を新たに迎え入れた。
三号の後ろにいた二号が申し訳なさそうな表情をしているのを視界に収めながらノヴァは押し売りに弱いと分析されてしまったんだろうな〜、と疲れた頭でぼんやりと考えていた。
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