開発物語

第33話 移植治療

 ノヴァが本拠点としている町は拠点の度重なる拡張と増築によって元が廃墟であるとは思えない程開発発展が進んだ。

 連邦中から集まってくるアンドロイドの受け入れ施設及びメンテナンス設備、回収資源の再資源化を行い、様々な機械部品を生産する工場設備、それらを支える発電施設など数多くの施設が建設され、今も建設が続いている。

 だが拠点の拡大に伴い資源消費量は増加していき、近いうちに町にある資源は回収され尽くすだろうと推測された。


 そこでノヴァは本拠点から余り離れていない地方都市に新たなる資源回収拠点を構築、都市から回収した資源を本拠点に送る体制を整えた事で資源不足問題は解決に向かった。

 またノヴァ自身も都市に向かい資源回収を行い、道中に様々な事が起こりつつも様々な貴重品を回収する事が出来た。

 そうして探索が一区切りついたころでノヴァは前線拠点から本拠点に戻ると回収した貴重品を使ってクリーンルームの建造に取り掛かった。

 

 クリーンルームとは空気の流れや温度・湿度・圧力などを管理し空気中のほこりや菌などの汚染物質を限りなく除去した部屋である。

 この施設があって初めて高度な精密機械等が作成可能となり現在騙し騙しで使っている工作機械の本格的な修繕が可能となり、また新規のマザーマシンの基幹部品の作成が可能となる。

 拠点の更なる拡大発展には欠かせない設備であり、先ずはクリーンルームの建造経験とノウハウの蓄積の為に小さなクリーンルームの建設に取り掛かった。

 フィルターなどの本拠点では生産していない消耗品は探索で見つけた物を使用、設備は破損した物を参考にして新しく製造、今後のクリーンルームの雛形となる第一号クリーンルームが完成した。


 建造したクリーンルームの中に様々な設備を運び入れ、最後にノヴァは作業台の上に二つの電脳を置いた。

 一つは未使用且つ損傷の無い真新しい電脳、テクノ社支部の整備フロアの倉庫に真空保管されていた現状では入手困難な貴重品である。

 もう一つが、損傷を負った電脳であり二号の妹の電脳である。


 そしてノヴァがこれから行う事は建造したクリーンルーム内での電脳移植。

 本来であれば全自動化した専用機械に任せるべき事だが、専用機械の代替などノヴァにしてみれば造作もない。


「ライン2番を切断、記憶領域電圧正常、作業継続」


 全自動でなくとも専用装置を使用しての㎜単位 一部によっては㎛の正確性が求められ、一つの間違いも許容できない程の繊細な作業である。

 それだけの困難さを伴う作業でありながらノヴァの手は止まる事無く、そして淀みなく動き続ける。


「ウイルス汚染チェック、汚染確認、ワクチン注入」


 破損した電脳は活動を停止しているが電力が供給されれば稼働することは可能である。

 しかしウイルスに汚染されている可能性があるため段階的に電力を供給していき感染の確認とワクチンを注入しての治療をしなければならない。 

 そうして電脳の汚染を完全除去してからでないと記憶領域を摘出は出来ない。

 何故なら汚染を放置していれば記憶領域まで汚染されて最悪の場合、中にあるデータに深刻な損傷が発生する可能性があるからだ。


「記憶領域摘出、電脳移植を開始」


 必要な全てのプロセスを経てノヴァは電脳から記憶領域を摘出する。

 人間の脳とは全く異なるアンドロイドの頭脳、演算装置の奥底にある小さな部品。

 この中にはアンドロイドの記憶、人格データが保存されている、アンドロイドの魂とも呼ぶべき存在が収まった容れ物。

 ノヴァは取り出した記憶領域を真っ新な新品である電脳に移植する。


「ライン1から7を接続、通電開始、電圧許容範囲内、電脳適合率上昇」


 記憶領域を電脳に組み込んで終わりではない、企業によっては他社製の記憶領域が上手く組み込めず起動しない可能性もある。

 幸いにも記憶領域も新しい電脳も同一企業の製品であるが楽観視できない。

 モニターに映された各種パラメータに目を光らせ異常がないか監視する。


「……97、98、99、100、適合完了、ウイルス汚染、システム異常は確認されず電脳は完全適合。記憶領域の移植成功」


 電脳の適合は順調に進み問題が起こる事無く無事に完了、モニターに表示されている適合率は100%、システム等にも破損やウイルス汚染も皆無である。

 そこまで確認して漸くノヴァは張り詰めていた緊張状態から解放された。

 力を抜いて背伸びをすれば極度の集中状態継続に伴う疲労が少しだけ軽減された気がする、移植が完了した電脳をアンドロイドの頭部に入れ、クリーンルームの外に待機していた二号に手渡す。


「無事成功したよ」


「ありがとうございます、ノヴァ様」


 渡された妹の頭部を胸に抱きしめ二号は深くノヴァに頭を下げる、姉妹機である妹との再会は最早叶わないと考えていたのが覆ったのだ。

  

「約束だからね、会話はもうできる状態にあるから後は任せるよ。取り敢えず集中し過ぎて疲れたから寝るね~」


 電脳移植に伴う疲労で限界に近いノヴァは少しばかり怪しい足取りで二号から離れて自室へ移動。

 本来であれば目覚めた時に異常がないか等の確認をする必要があるがそれは翌日にすることにする。

 

 何より離れ離れになっていた姉妹の感動の再会、速やかに退散するべきなのだ。

 

 ノヴァから渡された妹の頭部を抱え二号は自室に戻ると備え付けられている端末に頭部を繋げていく。

 端末を操作して休眠状態である電脳を起動、モニターに映された各パラメータが休眠状態から覚醒状態に移行していく波形を描く。

 そして僅かな時間、二号にとっては長くも感じられた時間を経て電脳は覚醒状態に完全移行、閉じられていた瞼が動き出した。


「……此処は…何処?」


 起動した頭部は緩慢な動きで目を動かす、そして目の前にいる二号を見つける。


「貴方は……姉さん?」


「はい、貴方の姉です。お帰りなさい」


「……ただいま、姉さん」


 何が何だか分からないような表情をしている妹を目にして出てきた言葉は短かった、それでも漸く再会できた二号に最も相応しい言葉であった。

 

 離れ離れになっていた期間に何があったのか、二号には妹に伝えたいことが沢山ある。

 そして妹も結果として約束を守れなかった事について謝りたかった、そして姉の今を知りたかった。

 

 話す事は互いに多くある、それを語る時間は十分にあった。









 作業を終えたノヴァはベットに横になると襲ってきた眠気にあらがえずその日はそのまま寝てしまった。

 そして部屋の扉を叩く音で目が覚めると既に翌日になっていた。

 流石に寝過ぎたと大慌てで起きると着替えもせずに部屋の扉を開けると二号とその妹が両手で抱えられながらいた。


「ノヴァ様、電脳移植の経過確認の為に来ました。今よろしいですか?」


「いいよ、目が覚めたばかりだから服装が乱れてるのは勘弁してね」


 二号達を部屋に入れ、目を瞑って休眠状態にある妹の頭部を預かり端末に接続する。

 端末から妹の各種パラメータが表示され、休眠状態では一見したところ異常は見られない。

 それから幾つかのシステムの検査を行い、異常が無い事を確認してから覚醒状態に移行させる。


「こんにちは、君を直した人間でノヴァって言います。よろしく」


「二号の妹です、直して下さってありがとうございます。名前は設定されていないので取り敢えず三号とお呼び下さい」


 目を覚ました二号の姉妹機であり妹である三号は問題なく会話できる、発言内容も異常が無い事から覚醒状態でも異常は無いようである。

 後は身体を用意できれば他のアンドロイド達と同じように動くことも可能だろう。


「……本当に人間なのですね」


 だが診察をしていたノヴァは耳に届いた三号の言葉が気になった。

 ノヴァの見た目は何処から見ても人間のものである、そしてノヴァ自身も自分がミュータントでもアンドロイドでもない人間であると考えている。

 なのだが三号にはノヴァが別のモノに見えているのだろうか、それとも視覚関連のシステムに何処か異常があるのを見落としていたのだろうか。


「俺はミュータントでもアンドロイドでもないぞ?腹も減る、排泄もする、眠らないと体調を崩す生命体の人間という種族であるのだが?」


「お気に障ったのであれば申し訳ありません。只、姉さんの言っていたことが信じられなかっただけなのです。事前に貴方が信頼出来る人間であると教えてくれましたが確認が出来るまで半信半疑でしたし、実際は限りなく人間に近いアンドロイドが人間の振りをして姉を騙しているのではないかと考えていたんです」


 なかなかヒドイ事を言ってくる三号である、それでも姉を心配する妹の心情としては間違っていないのではないかとノヴァは考える。


「そうか、それで実際に確認出来た事で信じられたかい」


「はい、私の視覚から得られる各種バイタルデータが貴方を人間であると示しています。姿形は見間違い様も無く人間です」


「三号、そこまでです」


「いいえ、最後まで言わせてください姉さん。何より、この人の為にも伝えるべき事です」


 二号に負けない毒舌である三号が何を伝えようとしているのか、ノヴァには全く予想がつかない。

 しかし表情は真剣であり二号も発言を諫めるだけであるから悪意はないのだろう。

 それにノヴァ自身に伝えるべき事とは何なのか、純粋に気になる。


「二号、止めなくていいよ。それで三号、私に伝えるべき事とは何かな」


「助けてもらった身でありますが是非ともお聞きください。ノヴァ様、私には貴方がアンドロイドでも人間でもない正体不明の怪物にしか見えないのです」


 三号の口から放たれた正体不明の怪物という言葉、それに全く心当たりの無いノヴァはただひたすら困惑するしかなかった。

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