第32話 脳に刻み付けろ

 文明の明かりを失くした地上の夜は暗闇に包まれている。

 松明の頼りない光では辺りを照らすのには全く持って足りず懐中電灯などの電灯であっても僅かな数では暗闇に吞まれてしまう。

 だが暗闇に包まれた都市においてノヴァ達アンドロイド勢力が支配する土地は暗闇を晴らす文明の光が煌々と基地を照らしている。


 その基地内の一画に数多くの人間、大人だけでなく老人から子供まで集められた集団があった。

 集団を形成する人間の年齢層は幅広くまとまりがない、だが全員が周りを取り囲む武器を持ったアンドロイド達に怯え、恐怖しながら少しでも距離を取ろうとしている事は共通していた。

 

 その一角にはノヴァ達の拠点に忍びこもうとして捕まった父親と、その子供の姿もあった。

 そして二人の傍には遅れてアンドロイド達に捕まったダニエルが神妙な顔をしながらいた。


「つまり、アンドロイド達はジェイを殺さなかったと……」


「ああ、なんでかは分からないが奴らは息子を殺さなかった、しかも水や食料を与えていたらしい」


「……忍び込んで目にするのが死体でなかったことは素直に喜べ」


 ウィルはアンドロイドの巣窟に忍び込む時に既に息子は殺されていると覚悟をしていた、せめて亡骸を持ち帰ろうと心を決めて忍び込んだのだ。

 アンドロイドの死角を縫うように這いつくばりながら進んだ、都市にいる狂ったアンドロイドであればそれで充分だった。

 だが今回はそれだけでなく身体を隈なく汚し、伏せれば瓦礫としか認識できないような偽装を纏ったうえで実行に移したのだ。

 しかし巣窟に入る前にアンドロイドに囲まれ武装も何もかも没収されたうえで拘束され連行されるという散々たる結果になっただけだ。

 

 だが息子と再び会う事が出来た、五体満足の生きた状態で。

 

「……アンドロイド共は俺達をどうするつもりか分かるか」


「分からない、奴らの思考回路が全く分からないんだ。だから予想も立てられない、これから何をされるのかも分からないんだ」


 ダニエルの質問にウィルは答えられない、それ以上は会話が続かなかった。

 ウィルとダニエルは互いに顔を見合わせるが出てくる言葉はない、只時間だけが過ぎていく。


 ウィルやダニエル、仲間達にとってアンドロイドとは此方を見付けるなり問答無用で殺しにかかってくる殺人機械だ。

 会話・交渉と言った意思の疎通は不可能、交わせるものは銃弾しかないのが彼らの世界の常識であるのだ。

 だからこそアンドロイド共が会話する事・確かな命令系統を持って行動する事が信じられない、アンドロイドの思考・価値観が全く分からない。

 分からないものを予想する事が出来るはずもない。

 

 そうして誰も言葉を発さない時間が暫く続いているとアンドロイド側に動きがあった。

 其方に目を向ければ新たにアンドロイドに捕まった仲間達の姿が其処にはあった。


「なんだ、死んだかと思えば此処に居たのか、ウィル」


「ジョズが此処に居ると言う事はアンドロイド共の行動範囲と索敵の能力は俺達の予想以上だな」


 息子を取り戻すために仲間たちとはもう会えないと、これが最期になるだろうと考えて別れを告げた筈だった。

 だが蓋を開けてみれば再会を果たしてしまった、無数のアンドロイドが集う彼らの拠点の中で。


「……すまんウィル、お前の言う通りアンドロイドの部隊に見つかって此処に連行された。逃げようとしたら足元に銃弾を撃たれてな、下手な行動は取れなかったよ」

 

「俺と同じさ、気付かれない様にしていたつもりだがアンドロイドには丸見えだったのさ」


「もう嫌になってくるな……」


「全くだ」


 ウィル、ダニエル、ジョズは互いに顔を見合わせて笑う。

 だが口から出てくるのはか細い乾いた笑いであり、表情には隠し様も無い疲労と諦めが現れていた。


「ジョズ、すまなかった。お前には何度も助けられたのに……」


「謝るな、もうどうしようもない。メトロを追い出された時点で俺達の命運は尽きていたのさ」


「俺たちどうなるんだろうな……」


 互いの口から出てくるのは後悔、諦め、不安、集団の中でも上位三名が言葉を繕う余裕すら無くしている。

 それを理解してしまっている集団の誰もが諦め、絶望の淵に沈んでしまった。

 それでも破れかぶれな行動を起こさず、纏まっていられるのは此方を見張るアンドロイドが恐ろしいからだ。


 だが保たれていた纏まりに綻びが生じる。


「何の音だ?」


 アンドロイドに囲まれながらも彼等は僅かに震える地面と何かの声を聞いた。

 それは時間が経過する事に強く大きくなっている。

 そして集団の中の一人が拠点の外を振り返った時、その正体を理解した。


「グールだ……、とんでもない数のグールが此処に近付いてきているぞ!」


 アンドロイドの拠点を囲む塀の隙間から外を見れば夥しい数のグールが此方に向かって全速力で進んでいるのが見えた。


「ふざけるなよ、馬鹿みたいな数のグールだけじゃなくハウンドにウォーリアーまで居やがる!」


 そしてグールの中には大型犬の様な大きさと姿を持つ四足歩行のハウンド、一際大きな体を持ったグールの変異体、強靭な四肢で人間を掴んでは手足を簡単に引き千切る怪物であるウォーリアーが何体も紛れている。

 その地獄の様な光景を見て彼等は思い至った、アンドロイド達は餌として私達を此処に集めたのではと。


「おい、アンドロイド共、俺達を奴らに食わせる気が!」


「こんな数で奴等の腹が膨れる訳ないだろ!」


 先程迄の静けさはもうない、誰もがアンドロイドに囲まれる恐怖より生きたまま餌として喰われることにより強い恐怖を感じてしまった。

 それでも動けば殺される可能性がある以上、何か行動を起こす事は出来ない。

 撃たれて死ぬか、生きたまま喰われて死ぬか、行動を起こす気力も何もかもを失くした彼らに出来る事は周りにいるアンドロイドに罵声を浴びせる事だけだった。


 だが一発の銃声が轟き、彼らの口は強制的に閉じられた。


「言ったはずですが、余計な事はするな、喋るなと」


 アンドロイドの中でも上位である一体、二号と呼ばれるアンドロイドの片手には拳銃が握られていた。

 弾丸は空に向けて撃たれたようで誰も銃撃を受けていない、それでも先程の狂騒を鎮めるには十分であった。


「……馬鹿みたいな数のグールが此処に迫ってきているぞ、言っておくが俺達は奴等を此処に引き入れたりしていない。それで、どうするつもりだ」

 

「セカンド、準備完了です」


「分かりました、開始しなさい」


 尻込みしてしまった仲間達の視線を受けてウィルが二号へ話しかける。

 だが二号はウィルへ視線を向けることなくアンドロイド達に指示を出し続けていた。


「おい、聞いて──」


 差し迫る異常事態を目前にして何故無視するのか、その理由を尋ねようとしたウィルの言葉は続かなかった。

 

 背後に迫るグールの群れが炎に包まれた。

 生きたまま身体を焼かれるグールがウォーリアーが悲鳴をあげ、錯乱し、肉が焼ける嫌な匂いが襲い掛かかる。

 勢いを失くして炎に焼かれながら悶えるミュータントの集団をウィルはただ見る事しか出来なかった。


「何だよ…コレは……」


「これを見てもまだ理解できないのですか」


 誰もが目の前の惨状に目を奪われ口を閉じている中で二号の言葉はよく響いた。


「ミュータントは楽でいいですね、本能に従って行動するから予想がしやすい。適切な装備と補給があれば処分にも困らない」


 二号が移動する、燃え盛り、炭と化していくグールとウォーリアーを背景にしてウィル達に向き合う。


「此処に集められたお前達に通告する、今後我々に干渉するな。それだけを理解しろ、出来なければ目の前で焼き尽くされるミュータント共と同じようにお前達を焼き尽くす」


 アンドロイドが背負った火炎放射器から噴き出す炎、車両用の燃料に添加剤を加えたナパームは激しく燃え盛る。

 炎はミュータントの皮膚を内臓を焼き、熱は体内水分を沸騰させ身体を弾けさせる。

 熱によりタンパク質が変性し、身体の骨があり得ない方向に骨折音を響かせながら曲がる。


「我々はお前達に何の価値も見出していない。お前たちが持つ服、道具、食料、武器、いかなるものにも価値を見出していない」


 焼死は最も苦しい死に方の一つとされる。

 身体が焼ける痛み、酸欠による呼吸困難、意識を失うことが出来ないまま味わう苦痛は筆舌に尽くしがたい。

 その有様を見せつけられている、次に焼かれるのはお前だと突き付けられている。


「よって我々がお前達を襲う理由がない。殺したところで価値あるものは手に入らないからだ、そればかりか我々の貴重な弾薬と燃料を無駄に消費するだけだからだ」


 アンドロイドは淀みなく火炎放射器を扱い、未だ焼かれていないグールを見付けては炎を吐き出し焼いて行く。

 グールの身体を燃やし尽くす炎が暗闇に包まれていた都市を紅く紅く照らしている。

 悲鳴、何かが潰れる音、骨が折れる音が重なり悍ましい音楽を奏でる。

 吐き気を齎すような地獄が目の前に広がっている。


「我々はお前達に興味はない、何処で何をしようが何処で死のうが興味がない」


 アンドロイドは一抹の価値も彼等に感じていない。

 彼等の行動も生死にもいかなる価値も見出していない。


「この様に一カ所に集めたのも何度も説明をするのが面倒だからだ。今この場で見た事、話したことを脳に刻み付けろ、二度目は無い」


 面倒、ただ単に面倒なのだ。

 只避けられる手間があるのであれば避ける、無駄な行動はしたくない、その為に一カ所に集めただけ。


「我々の邪魔をするな、それだけが分かればいい。もし我々に危害を加えたならば敵とみなして殲滅する。老若男女問わず平等に死を与える」


 そう告げると二号と呼ばれるアンドロイドは拠点の中に戻る、だがその足が途中で止まる。


「もう告げることは無い。都市に戻るも荒野に消えてもいい、朝が来るまでに此処から離れなさい、もし残っているなら処分する」


 最後にそう言い放つと二号は拠点の中に戻っていった。

 








 二号に分からされた子供と父親達の集団が前線拠点から離れていく。

 その足取りは重く、顔にも生気が無い事から二号の思惑通り事が運んだとノヴァは理解した。


「出過ぎた真似をしました」


 拠点に戻った二号がノヴァに頭を下げる。

 彼等に対して行った事、誘引してきた大規模なミュータントを虐殺する事で彼我の戦力差を自覚させ反抗の意思を折り干渉を控えさせるよう誘導する。

 ノヴァの性格から考えれば思いついたとしても実行しない策である。

 それほど迄に高圧的であり、野蛮な暴力を背景にした一方的な宣言である。

 ノヴァの感性、特に感情の面では容認できない、したくはない。


「……いや、あれが現状で最良な行動だ」


 だがノヴァの理性は二号の行動を肯定している、それが最も効果的で余計な衝突を回避できる策であると理解している。


 今迄ノヴァはアンドロイドも人間も話せば分かるという楽観的な考えが根底にあった。

 だが今回の出来事を通して理解した、それが可能なのは法治が行き届いた環境下でしか成り立たない事を、この世界においては力を伴わない言葉には意味が無い事を。


「俺はマフィアのボスかな?」


「であればスーツを用意しますか、黒服に紅いワイシャツはどうでしょう、きっとノヴァ様に似合いますよ」


「また次の機会で。取り敢えず暫く休んでから探索に向かおうか、テクノ社支部に今度は色々器材を持ち込んで再チャレンジだ」


 ショックではあった、改めて此処が過酷な世界であると認識した、ならばノヴァに足を止めている暇は無い。

 何故ならこの世界にはまだ知らない、見た事もない数多くの困難があるのだから。

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