第31話 なんとかなーれ!

 元物流拠点はノヴァ達の手によって前線拠点へと大きく様変わりした。

 日中であろうと夜間であろうと武装したアンドロイドが拠点を巡回し、周囲に張り巡らせた監視網がミュータントの接近を迅速に発見する。

 その甲斐もあり拠点は安全が保たれ、気を抜いても問題の無い場所になった。


 具体的に言えばアンドロイド達のトップに立つノヴァがショックと自己嫌悪に襲われてベッドに突っ伏そうが問題なく運営できる程の盤石さを持っている。


「──死にたい」


 咄嗟の判断とはいえ襲撃者を牽制するために身近にいた子供を人質に取ったのだ。

 しかも、挙句の果てに誘拐したのだ、拠点に戻り冷静に考える事が出来る様になって初めて自覚した瞬間に襲ってきたショックと自己嫌悪にノヴァは問答無用で圧し潰された。


「死なないで下さい、それに我々に非はありませんから落ち込む必要はありません」


「そうだけどさ~、結果としてあんなちっちゃい子を攫ったんだよ」

 

 実際に二号の言う通りノヴァ側に非はない、だがそうだとしてもノヴァ自身が納得する事が出来ない。

 確かにデーモンが夢中になっていた物の正体を探していたら小さな子供を見付けたら何処からおっさんが出てきて銃をぶっ放してくるわ、突然殴り掛ってくるとか意味わかんない事態ではあったけども。

 しかも運よく無力化できたと思ったら、おっさん達の叫び声を受けて廃墟の彼方此方で物音がしたのだ。

 コレはヤバい、総数が全く分からない人間の集団にいつの間にか囲まれていたのだ、いや人間の集団の只中に準備も何も無く飛び込んでしまったのだ。

 戦力も何もかも分からないという未知の恐怖を感じて急いで逃げ出したのだ。

 

 その過程で子供を特別扱いしていたようだから安全に逃げられそうだからとノヴァは反射的に子供を人質にしてしまった。

 しかも「動けば殺す」とか言って子供に銃を突き付けての脅迫、何処からどう見ても悪役、まごう事なき現行犯であった。


 それでも結果として総数不明な集団に追撃を受けることなく撤収する事は出来た、人質という子供を抱えて。

 

 いやだってさ、集団が何処に潜んでいるか分からなかったから人質は取り続ける必要があったのだ。

 ──そうして無我夢中で気付いたら脇に子供を抱えていたのだ、しかも子供は凄い涙目で怯えながらノヴァを見ていた、良心が凄まじい悲鳴を上げた。


「そうせざるを得なかったのは私の油断のせ──」


「それは違う、俺の軽率な行動が招いた。謝る必要はない」


 だが二号が謝る事は無い、自己嫌悪もショックもノヴァの物だ。

 そもそもの原因はノヴァ自身の軽はずみな行動である事を自覚している。

 自覚しているからこそ責任を肩代わりしようとするのは間違っていると二号に伝える。


「であれば落ち込まないで下さい。あの時、あの場所においてノヴァ様は最善の行動をしたのですから」


「……分かった、落ち込むのは終わりにする。それで、あの子から情報は引き出せそう?」


 二号の言う通りいつまでも落ち込んで居られないとノヴァは漸く落ち込むのを止める、二号であれば満足するまで落ち込むのを許してくれそうだが甘える訳にはいかない。

 今すぐ取り組むべきは事は襲ってきた人間の集団の情報を集める事、現状を整理し、最良の行動について考え行動に移す事が現状で最優先するべきことである。

 その為に、追い打ちを掛けるようで悪いが攫ってきた子供から何とか情報を引き出す必要があるのだが。


「無理ですね、此方を怖がって部屋の隅で小さくなってます」


 ノヴァに渡された端末に移っているのは前線拠点の数ある個室の一つ、急遽監視カメラを増設して暫定的な牢にした部屋の中が映されている。

 映像の中では誘拐した子供が部屋の隅に丸くなっているのが分かり、念の為に出した水や食料には全く手が付けられていない。

 付け加えると水と食料を運んできたアンドロイドを一目見るなり泣き出したとの事、どう見ても此方を完全に警戒して心を閉ざしているのが一目瞭然で分かる有様だ。


「アンドロイドってそんなに怖い物なのか?」


「怖い物なのでしょう、ウイルス汚染された機体は人間を見付ければ見境なく襲ってきますから。それが人間の集団の間で曲解・装飾され伝わったのでしょう」


「そうか、怖いか」


 身近にアンドロイドしかいないから考えた事もなかった。

 ウイルス汚染されたアンドロイドに関しても製造企業や機体、治療後の労働力ゲット!位しか考えてこなかったノヴァには思い至らない事であった。


「あの子どうしよう」


 そうなると人間であるノヴァが接するしかないのだが攫ってきた本人である為アウト、結果として手詰まりである。

 

「前線拠点から放り出せばいのでは?」


「ミュータントに見つかったら一発でアウトだからダメ」


「でしたら襲ってきた集団を見付けて返すしかありませんね」


「どこにいるか分かる?」


「襲われたのは監視装置の範囲外ですから追跡は出来ません。彼らの行動原理も分からないので予想も立てられません」


 二号と顔を突き合わせて解決策について考えるが良案は全く思い浮かばない。

 そうして悩んでいると前線拠点の監視班から新たなる情報が齎された。


「前線拠点の監視から報告が入りました。成人男性が一名近付いていると」


 端末に表示された監視カメラに写っているのは一人の男性、しかもノヴァに向かって発砲して殴りかかって来たおっさんであった。


「これは子供を奪還しに来たのではないですか?」


「デスヨネー」


 いや、攫う時に子供の名前らしき事を大声で叫んでいたし、子供もパパって言っていたから間違いなく親子関係にあるのだろう。


「そうなると俺は親子の仲を引き裂いた事になるな、物理的に。うん、自己嫌悪がまた沸き上がって来た」


「勝手に落ち込まないでください、それより侵入者はどのように対応しますか」


「……子供がいる部屋まで連れて行ってあげよう。それで話し合って誤解を解くしかないだろう」


 我が子を攫った犯人の言い訳を聞いてくれるかな、と不安になりながらもノヴァは子供がいる部屋に向かって重くなった足を動かして向かう。









「ジェイ!」


「パパ!」


 感動の再開、洋画であれば涙なしには見れないシーンである。

 だが当事者どころが誘拐実行犯として同じ部屋にいるノヴァとしては胃が締め付けられる光景である。


「お取込み中の所申し訳ありません。今回貴方の子供を攫ってしまった事についてなのですが──」


「息子に何をした!」


 誠意を伝えためにもある程度落ち着いてからノヴァは話しかけたのだが相手は全く聞く素振りはなかった。

 自らの背後に子供を隠しながらノヴァを睨みつけると隠し様も無い怒りを露わにしてきた。


「いいえ、誓って何もしていません!喉が渇いているようなので飲料水を出したのですがそれすら口にしないので此方も困っていまして……」


「一体何の目的で攫った!」


「あ、いや、本当に、ただの咄嗟の行動でして……」


 何とか誤解を解こうと話しかけるが父親は全く聞く素振りは無い。

 それだけでなく声を荒げさせながら部屋中に視線を彷徨わせている事から此処からの脱出でも考えているのだろうか。


「ノヴァ様、監視班からの連絡です。更に成人男性が3名此方に向かってきています」


「えっ、マジで!」


「ダニエル、あのバカ野郎!」


「う、うぇ、え」


 追い詰められるノヴァの頭の中に更なる追加情報が二号から齎される。

 追加の侵入者に対して心当たりがあるのか父親は何とも言えそうにない表情を作り、後ろに隠れた子供は父親の足にしがみ付いてぐずり始めた。


「あの落ち着いてください、私は貴方達に危害を加えるつもりはありませんから!」


「その言葉を保証するものはあるのか!デーモンを誘き寄せる餌に息子を使おうとしているんじゃないのか!」


「食べられるの、いやぁああああ!」


「いや、それは誤解です!食べさせないから、餌にしないから!」


 虚しく響き渡る釈明、それに対して飛び交う怒声、待ち受けるかもしれない未来を考えて鳴り響く泣き声、小さな個室は混乱の極致にあった。


「ノヴァ様代わります」


 混乱を最中に二号から発せられた一声はノヴァの耳にしか届かなかった。

 それでも二号にとっては全く問題にならない、ノヴァを庇うように前に出ると銃を取り出して男性に突き付ける。


「何を……」


「囀るな、今から一言でも口を動かせば子供共々殺す」


 捕縛して個室に連れてくるにあたり父親の武装の類、成りそうなものは全て没収してある。 

 銃を突き付けられた男には抵抗する術はなく、僅かでも抵抗の動きを見せれば殺されるので二号の言う通りに従うしかない。

 男が口を閉ざして静かになると二号は前線拠点に属するアンドロイド達に命令を下す。


「防衛班は侵入者を捕縛、殺害はするな。偵察班は前線拠点付近を捜索、怪しい集団を発見次第前線拠点に連行しろ。抵抗した場合は任意での発砲を許可するが殺害は許可しない、あくまで脅しに使うように」


「二号何するつもり……」


「ノヴァ様、今の彼らにはどんな言葉も届きません。目に映る全てを疑い、恐怖している状態です。冷静な判断など望めません、それは追加の侵入者も同じでしょう」


 それが事実である事をノヴァは先程迄のやり取りで理解し、追加の侵入者に対しても恐らく間違ってはいないだろうと思う。

 問題はその状態である集団に対して二号が何をしようとしているのか、それが全く分からないのだ。


「この場で必要なのは反論でも釈明でも話し合いでもありません。反論も抵抗も一切許さない、一方的に相手に理解させることが必要なのです。彼等を皆殺しにするようなことはしませんので此処は私に任せて下さい」


 いつの間にか音がしなくなった部屋、ノヴァの顔に冷や汗が一筋流れた。

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